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2022/04/01

ひとが死ぬのはどうということもない

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(4 min read)

 

父は2014年の夏に亡くなったんですが、享年もちゃんとした没月日も憶えていません。ぼくってそんなやつですよ。たとえ肉親であれ死んでもべつになんとも感じないっていう。平気だったし喪失感もありません。

 

そもそも亡くなる五、六年前(だったか)に胃がんで胃を全摘出する手術を父は受けたんですが、そのころぼくは東京住まいだったため、近所で面倒を見ていた上の弟から連絡があったものの、手術に立ち会うために帰省することはしませんでした。正直なフィーリングとして「どうでもよかった」んです。

 

その後ぼくは愛媛に帰り大洲に住むようになりましたが、大洲 ⇄ 松山間はJRの特急で30分程度なんだから、いよいよ終末期ということで入院し日々弱り細っていく父の顔を見に帰ってきてほしいとの弟二名からの再三の連絡も無視していました。自宅で自分の楽しみ(音楽)に時間を費やすことのほうがはるかに大事だと思えていました。

 

とうとう亡くなって(実はその直前に一回帰りましたが、病室で父の顔を見て、まだきょうあす死ぬわけじゃないと知ったぼくは、そのまま自宅へトンボ帰りした)やっぱり通夜とか葬儀とかは顔を出さなきゃまずいんだろうという世間一般的な考えがまだ残っていたので、いちおうそのために帰りました。

 

母はまだ存命ですが、なにぶん高齢ゆえいつそのときが来るかわからないという状態かもしれません。そうなったら、こんなぼくはどう感じるか?弟二名とは断絶状態とはいえ、それでもやっぱり亡くなったら連絡くらい来るのかなあ?とぼんやり考えていますが、現在入院中であることはいっさい知らされていません(実家近所のコンビニ店員さんに聞いた)。

 

母はいはゆる「毒親」で、ぼくはずいぶんひどい目に遭いつづけてきた人生だったので、正直いまはもう顔も見たくない、ましてやしゃべったりなどしたくない(なにを言われるかわかったもんじゃないから)、要するに離れていたい、接点を持ちたくないというのが本音。ですけどさすがに亡くなったらなにか違う感情がわくかもしれません。

 

なにも感じないかもしれません。わかりません。

 

どう感じるにせよ、母の葬儀や法事関係に顔を出したくないといまは思っています。弟から連絡も来るかどうか知りませんし。

 

そもそも敬愛しているミュージシャンの訃報に接しても特になんとも思ってこなかった人生で(マイルズ・デイヴィスのときもそうだった)、死がどういうことなのかわかっていないというか、特別な感慨がわいたことがなく、ましてやショックを受けて落ち込んだりっていう経験が一度もありません。

 

もう新曲や新作アルバムが出ないのは残念だと思うものの、なんというか人間的にというか、この世から存在が消えるっていうことをべつになんとも思わないんです。音楽家でも肉親でもどんな親しい友人でも。

 

こんなぼくもいつかは死にます。しかも還暦を迎えたのでもうそんな遠くない未来の現実になりつつあるわけですが、自分の老化、衰弱、滅亡は、やはり「イヤだな」「受け入れたくない」「つらい」という気分がいまもうすでにしっかりあります。

 

生活上不便に感じるほどの変化はまだありませんが、こんな、ある種の人非人的なというか血の通った人間的感情がないようなぼくでも、いよいよ自己の死が間近という状態になれば、なにか気持ちの変化が生じるかもしれません。生じないかもしれませんが、ちょっとづつゆっくりと精神的準備をしていこうと思っています。

 

(written 2022.3.25)

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