平穏な日常にトミー・フラナガンの『ソロ・ピアノ』がよく似合う
(4 min read)
Tommy Flanagan / Solo Piano
https://open.spotify.com/album/5SNof6oUTrG6W0xWBg0iyc?si=RJzVD978QlmjI6z8m5j3pA
まったく素っ気ないアルバム題とジャケット・デザインですが、音楽は極上のトミー・フラナガン『ソロ・ピアノ』(2021)。このひとのソロ録音はあまりなく、これを入れて生涯三作だけ。
録音は1974年にスイスのチューリッヒで行われています。ちょうどエラ・フィッツジェラルドの伴奏をしていた時期で、その楽旅で訪れたついでにスタジオ入りしたんでしょう。
2005年に今回と同じストーリーヴィルから一度CDリリースされはしたんですが、違うピアニストの音源も混ざって収録されていると判明、そのまま長期にわたりカタログから消えていました。
フラナガンの演奏だけ全11トラックをきちんとまとめなおし、昨年再リリースされたというわけです。このピアニストにとって生涯初のソロ録音である本作、演奏されているのはスタンダードや有名ジャズ・オリジナルばかり。
ぐいぐい迫るドライヴ感とかファンキーさ、ブルージーさとかじゃなく、リリカルで美しいメロディをじっくり静かに、とことんきれいに弾いているのは、このピアニスト本来の持ち味。そういう傾向に沿って選曲されたであろうものが並んでいて、おそらく自身でチョイスしたんでしょう。
しっかりした鮮明なタッチで弾くビ・バップ・ナンバーが最初に二曲、その後スタンダード・バラード・セクションへと移っていきますが、タッチは決してハードではなくどこまでもおだやか。特にリリカルなスタンダード・バラードでは、メロディの美しさをそのまま活かすように淡々とつづっているのが好印象です。
ちょっとした注目は7トラック目「ビリー・ストレイホーン・メドレー」と10「ルビー・マイ・ディア」(セロニアス・モンク)。ストレイホーンはデューク・エリントン楽団に印象派ふうのきれいな情景描写を持ち込んだコンポーザーで、ここでのフラナガンもそれをよく理解しての演奏。
そもそもずっと前からストレイホーンの曲が好きだったとみえて、1957年のトリオ名作『オーヴァーシーズ』でも「チェルシー・ブリッジ」をやっていましたね。今作のメドレーでも演奏されています。このピアニストのスタイルはメロディが美しくリリカルなストレイホーン・ナンバーをやるのにぴったり。
モンクの「ルビー・マイ・ディア」はご存知のとおり美しくチャーミングなメロディ・ラインを持っていますから、ここで選ばれたのも納得です。個人的なことを言えば、これとか「クレパスキュール・ウィズ・ネリー」とか「リフレクションズ」とか、モンクの書くきれいなメロディはこの上ない好物なんですね。
フラナガンの、確実で輪郭が鮮明で、音の粒だちがよく、滑舌のいいおしゃべりみたいなあざやかな鍵盤さばきで、全11トラック、曲の持ち味やよさが活きるできばえ。なんでもないような平凡な音楽と聴こえるかもしれませんが、おだやかで静かな日常にはこれ以上ない心地よさでくつろげます。
(written 2022.2.22)
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