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2022/05/22

マイルズ流ジャズ・ファンク完成へのアプローチ1965〜68

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(8 min read)

 

Miles Davis 1965 - 68
https://open.spotify.com/playlist/0IIQR2HvQVurNbeQWfqGWM?si=d3c219700fb846d8

 

さあ、これを書くのはですね、ちょっと前のInstagram投稿で「生涯の探求テーマである」みたいなことを言ってしまったがため大仰なことになってやりにくいですが、気にしていたらいつまで経っても書けないので、軽い気分でちょこっとメモしておきます。

 

1963年にレギュラー・メンバーとなっていたハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズにくわえ、64年にウェイン・ショーターをむかえニュー・クインテットになって『E.S.P.』(65)を発表して以後のマイルズ・デイヴィスが、徐々に8ビートと電気楽器をとりいれての(ジャズにおける)ニュー・トレンドに移行したというのはまぎれもない事実。

 

そのプロセスは(かつての油井正一さんの見解とは異なりますが)実験の段階をとびこえて一気に完成品として世界に提示された(『ビッチズ・ブルー』70)というわけじゃなく、マイルズなりの試行錯誤や準備段階があったんだという、これは当時リリースされていた公式アルバムだけたどってもわかることです。

 

1965年というとアメリカ、イギリスといわず世界中をすでにビートルズが席巻していた時期。若いころからあたらしい音楽、未知の音楽をふだんからどんどん聴いていた向学心旺盛なマイルズで、晩年には東京ドームで「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」を演奏したことだってあるんですから、60年代のビッグ・バン当時からロックを聴いていたことは “絶対に” 疑えません。

 

なんとか自分の音楽にそれをとりいれて活かしたいとも考えていたでしょうが、公式録音となると慎重さや保守性もかなりあったミュージシャンなので、なんの躊躇も衒いもなくそれを示すということは(当時)しませんでした。ロックというよりカリブ〜アフリカ方向を経由するような変型8ビートといったかたちでまずは姿を現しはじめたんです。

 

もちろんリズム&ブルーズやロックの8ビートだって、源流をたぐればアメリカン・ポピュラー・ミュージックの歴史におけるカリビアン・アフロ回帰なんですけども、マイルズはまずとりあえずメインストリームなアクースティック4ビート・ジャズとラテンな8ビートを(ちょっとゆがめて)かけあわせるという地点から出発しました。

 

その端緒が初作の『E.S.P.』からすでに出ているようにみえますが、本格的にはその次『マイルズ・スマイルズ』(67)以後、ポリリズミックなビート活用が鮮明に聴かれるようになりました。プレイリストに選んでおきましたが「オービッツ」「マスクァレロ」「ライオット」でも、特にトニーとロンの重層的なインタープレイで、4/8ビートが混淆されています。

 

たとえばロンが4/4拍子のウォーキング・ベースで刻んでいるあいだも、トニーは特にシンバルとスネア(なかでもリム・ショット)で8ビートを表現していたり、ばあいによってはトニーひとりで、ハイ・ハットを一小節に四つベタ踏みしつつスネアではカリビアンな8ビート・リム・ショットを同時に奏でている時間もあります。

 

こうした(ジャズ・ロックへの準備段階としての)アフロ・カリビアン・ジャズがもっと色濃く鮮明に表現されているのが、1981年の未発表集二枚組『ディレクションズ』で日の目を見た二曲「ウォーター・オン・ザ・ポンド」「ファン」。これらにはエレキ・ギターリストも参加していています(67年録音の前者はジョー・ベック、68年の後者はバッキー・ピザレリ)。

 

それだけでなくハービーにもエレキ・ピアノやエレキ・ハープシコードを弾かせ、テーマ演奏部でロンの弾くベース・ラインにギターと電気鍵盤をユニゾン・シンクロナイズさせることによってグルーヴを産み出そうとする試みが聴かれます。曲想もカリブ〜アフリカ的ですし、傑作『キリマンジャロの娘』(69)を先取りしたものだといえるはず。

 

このへんまでくると、『ネフェルティティ』(68)までは可能だった従来的なメインストリーム・ジャズの枠をポリリズム方向に拡張するという態度では理解がおよばないといった地点にまでマイルズの音楽は到達していて、間違いなく他ジャンルとの接合でニュー・ミュージックにチャレンジしていることがあきらかになっているでしょう。

 

その結果、ジャズ的なインプロ・スリルというより明快でグルーヴ・オリエンティッドな音楽を志向するようになり、出てきたのが「スタッフ」(『マイルズ・イン・ザ・スカイ』68)です。プレイリストではその前に同アルバムから「カントリー・サン」をおきましたが、これがなかなか興味深い一曲。

 

「カントリー・サン」にはテーマがなくソロだけでできていて、しかも4/4ビートのパート/テンポ・ルバートなバラード・バート/ファンキーな8ビートのジャズ・ロック・パートの三つが直列し、ソロをとる三人がこれら三つを順に演奏するといった具合。であるがゆえにロックな8ビートの生理的快感がきわだっていますが、曲全体では過渡期的といえるものです。

 

それら三つの要素、『E.S.P.』〜『ネフェルティティ』あたりまでは多層的にレイヤーされていたもの。ジャズ耳にはそちらのほうがおもしろいでしょうけど、マイルズとしては分割し、ファンキー・グルーヴをとりだして鮮明に打ち出す方向へと進んだんです。

 

こうしたマイルズのニュー・ディレクション in ミュージックは、チック・コリア&デイヴ・ホランドにメンバー・チェンジしての初録音「マドモワゼル・メイブリー」「フルロン・ブルン」(『キリマンジャロの娘』)でようやく完成品となり、新時代のジャズ・ロック、ジャズ・ファンクがはっきりしたわかりやすいかたちで表現されるようになりました。

 

ギル・エヴァンズの助力を得てジミ・ヘンドリクスの「ウィンド・クライズ・メアリー」(67)のコード進行を使いながらも、ロック・バラードというよりリズム&ブルーズ/ソウル由来のディープなノリとタメを持つ「マドモワゼル・メイブリー」もすばらしい。

 

そしてなによりジェイムズ・ブラウン「コールド・スウェット」(67)におけるドラミングをトニーが参照している爆発的な「フルロン・ブルン」のグルーヴ・フィールは、完璧なるマイルズ流ジャズ・ファンクの完成品といえるもの。69年夏録音の『ビッチズ・ブルー』への道標はここにくっきりと示されています。

 

(written 2022.5.21)

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