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2022年6月

2022/06/30

#2022年上半期ベストアルバム

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(2 min read)

 

My Best Songs 2022
https://open.spotify.com/playlist/6dVHmu1vZhUQyYf9c2GojA?si=834a655c829b4ae4

 

毎年一回、年末にベスト・アルバムを発表し続けている人生ですが、なんとなく気が向いたので今年は上半期ベストもきょう六月末に書いておくことにします。画像が上掲のようにタイルできるよう九作だけ。

 

1) Nduduzo Makhathini / In The Spirit of Ntu(南アフリカ)

メインストリームなジャズの枠内で現代にどこまでやれるか可能性を最大限に発揮した傑作。

 

2) Flora Purim / If You Will(ブラジル)

サンバ基調のブラジリアン・フュージョン第一人者がいまだ現役トップであることを立派に証明。

 

3) 原田知世 / fruitful days(日本)

円熟したまるみと深みのあるサウンドとヴォーカルは、伊藤ゴローがプロデュースするこの歌手の最高作になったのでは。

 

4) Rumer / B Sides & Rarities Vol.2(アメリカ)

知世もそうだけど、こうしたとことんおだやかで静かで落ち着ける世界こそが還暦を迎えたいまのぼくの気分。

 

5) Edu Sangirardi / Um(ブラジル)

ジャズ・ボッサをベースにした、これもそんなおだやか路線。音楽的にはなかなか難度も高そう。

 

6) 大西順子 / Grand Voyage(日本、2021)

ほとばしり飛び散る肉体派ジャズ・ピアノの快感充満。

 

7) Juanita Euka / Mabanzo(コンゴ)

アフリカン・ポップス最良の現在進行形は、コスモポリタニズムに下支えされている。

 

8) Taj Mahal & Ry Cooder / Get on Board: The Songs of Sonny Terry & Brownie McGhee(アメリカ)

1960年代的なフォーク・ブルーズだって現代にも意味を持っているし、なにより楽しいっていうことをベテランが再認識させてくれた。

 

9) Stro Elliot, James Brown / Black and Loud: James Brown Reimagined(アメリカ)

ジェイムズ・ブラウンの音源をヒップ・ホップでリミックスし歴史の連続を示した、これもアメリカン・ブラック・ミュージック。

 

(written 2022.6.29)

2022/06/29

コメ食い女まゆみ(仮名)

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※ 写真はこないだの自作リゾットで、以下の本文とは関係ありません。

 

(5 min read)

 

主食がお米じゃないとダメっていうところがぼくにはなくてですね、パンやうどんやパスタなど小麦粉系とか、そばや、あるいはじゃがいもなど、そういったものでじゅうぶん満足できる人間です。いつもいつもお米ばかりじゃなくていい。

 

だから過去にをちょっとだけ外国旅行したときも、現地の料理店で(偏食者だけど)メニューにあるものを食べればそれでおっけ〜だったんですけど、パートナーはときたま無性にお米が食べた〜い!と言い出すひとでした。

 

外国旅行はすべてパートナーといっしょでした。そんな調子ですから、特に夕食ですね、お米!お米!と強く主張されることもあって、バラバラでというのもあれですから、いっしょに行けるところでお米メニューのあるレストランなりビストロなりをさがすんですけど、お米文化が根付いていない土地もありますから。

 

アメリカのニュー・オーリンズ(や近隣南部)にはジャンバラヤ、ガンボといったお米料理があるし、イタリアにもリゾットがある。香港や台湾も行きましたけど東アジアは米食文化圏だからパートナーも困りません。そうじゃない土地でも夕飯はお米を食べたがるので弱って、結局いつも中華料理店でチャーハンを注文することに。

 

みなさんもご存知でしょう、中華料理店ってほんとうに世界中どこにでもにあるんですよね。だからお米渇望がもたげてきたときの中華料理店だのみにパートナーのなかではなっていて、ヴェネツィアとかでもチャーハン食べたい!からぼくにもいっしょに行ってくれと言うんです。

 

そもそもぼくなんか大のパスタ好きですから、せっかく料理のおいしい国イタリアに来たんだから、本場の各種パスタを食べまくりたいぞと思っていたのに、ヴェネツィアだけでなく、なぜかローマでもフィレンツェでもミラノでも毎夕がチャーハンになってしまい、なんだったんだあれは、まゆみさん(仮名)。

 

パリでだって、朝も昼も小麦粉系だから夕食くらいはお米を食べたいんだと主張され、結局宿の近くにあった手狭で安い庶民派中華へ通うハメになり、見た目中国系の店員みたいでしたから「Deux 炒飯 s'il vous plait!」などというムチャな仏中ちゃんぽんでオーダーしたりはぼくでしたが、通じました。

 

そんなお米大好き人間だったパートナーなのに、せっかくお米類が食べまくれるニュー・オーリンズでの夕食は、ぼくがジャンバラヤをオーダーするかたわらでいきなり口が裂けそうなほど大きなハンバーガーをぱくついたりなど、なんだかワケわかりませんよねえ。

 

それはそうとニュー・オーリンズではフレンチ・クォーター内の専門店で毎昼のように食べたガンボがおいしかったです。ガンボは見た目が泥なんですが、超美味。なんとかあれを再現したいと思い帰国してからあれこれ試しましたが、どうも日本に住む素人一般家庭料理人にはムリみたい。

 

フィレが入手できないし、ケイジャン・スパイスだってねえ。東京あたりだと本格ガンボを出すお店があってよさそうなのに、ないと思います。食べた料理は再現できることもあるぼくですが、ガンボは思い出のなかにしか存在しません。だからなのか、世界のお米系料理のなかでいちばん好きだったかも。過去の記憶が美化されているだけかなぁ。

 

働かなくなったので経済的な余裕がなくなって、外国旅行はもうできなくなりました。国内だってどこへ行くにしてもぼくはわりと foodie な人間なんですよね。その土地その土地のおいしい料理を食べて、それでいい気分で、それこそがあちこち行く醍醐味のひとつでもあるんですから。どこへ行ってもチェーン店牛丼かハンバーガーか回転寿司なんてイヤ。

 

いまはもう自宅近所のスーパーで入手できる材料でちゃちゃっと、それでも多少手をかけて、つくって食べるのがほんとうに楽しみで充実していますが、そんな生活のなかでも週七日の夕食のうち二日か三日くらいはお米料理じゃないものをつくって食べていますね。

 

(written 2022.4.29)

2022/06/28

どこまでも自然体のまろやかな老境 〜 ボニー・レイト

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(3 min read)

 

Bonnie Raitt / Just Like That…
https://open.spotify.com/album/5urpeKkrqE82otTOfs8OFd?si=rfmr8NrNQxWrSWeShLOnnQ

 

なぜか楽しくてくりかえし聴いてしまうボニー・レイトの最新作『Just Like That…』(2022)。っていうのはそもそもこのひとそんなに大好きというほどじゃなかったのです。それもおかしな話、こういったブルーズ・ロックはどう考えてもぼくの嗜好どまんなかのはずなのに。

 

それなのにいままではボニーのどのアルバムを聴いてもあまりピンときたことがなく。決してつまらないなんてことはなかったけれど、ふ〜ん…っていう感じで、惚れ込んで聴きまくったっていう経験がなかった音楽家なんですね。ホントなぜだろう?自分でもわかりません。

 

それでもこの最新作で聴ける、どこにもムダな力の入っていないきわめて自然体な音楽姿と、それでいながらぼんやりしてなくてタイトに引きしまったバンド・サウンドは、いまごろになってようやくこのミュージシャンが大好きだと思えるだけの魅力があります。

 

個人的には、ファンキーでグルーヴィな6曲目「ウェイティング・フォー・ユー・トゥ・ブロウ」、気怠るそうにブルージーなスロウの7「ブレイム・イット・オン・ミー」あたりの流れが、本作でのいちばんの聴きどころと思えます。そして、これら二曲ではハモンド・オルガン(グレン・パッチャ)が目立ってすばらしい。

 

まさしくブルーズ音楽をやるベテランのうまみが発揮されているわけですけど、バンドの演奏もボニーのヴォーカルもしっとり落ち着いていて、きわだってまるやか。けっこう隙間の空いたラフでラクなサウンドなのも心地よく、でありかつタイトにグルーヴしているっていう、ほとんど奇跡と思えます。

 

迫力で圧倒したりなんか絶対にしないこんな境地、いかなボニーでもこの老歳になったからこそ実現できたものかもしれませんが、いや、ふりかえって考えてみたらこの音楽家はもっとずっと前から同じこんな自然体な姿勢で音楽をやり続けていたじゃないかと思え、つまりは聴き手のこちらのほうがようやく追いついただけってことか。

 

アルバム全編で本人のスライド・ギターも冴えた音色で鳴っているし、しんみりとおだやかにアクースティック・サウンドで決めたものも複数あり、それになにより声の質感がナチュラルでとってもいいですよね。すっと軽く歌っているだけでしょうが、そんな日常的なありようがそのままこうした上質な音楽になるというのが音楽を生きている人間のあかしです。

 

(written 2022.6.27)

2022/06/27

不思議とクセになる官能 〜 ラスミー

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(2 min read)

 

Rasmee / Thong-Lor Cowboy
https://open.spotify.com/album/3Y15o4O2ZzpyD4ebt3dyN4?si=wBjx5wpPTmWBYNM5Ngay6Q

 

bunboniさんのブログで知りました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-04-07

 

タイはイサーン地方出身のモーラム歌手、ラスミーの最新作『Thong-Lor Cowboy』(2021)は、なぜかニュー・オーリンズの先鋭新世代ジャズ・プロデューサー、サーシャ・マサコフスキーと組んでの、ハイブリッドでオルタナティヴな、クセになる不思議な甘美と官能に満ちた一作。

 

特に官能性というかセクシーさですね、ぼくが強く惹かれるのは。そのおかげで、なじみのないよくわからない音楽なのに、もう一度もう一度とくりかえし聴いてしまいます。そうした引力はイサーンの臭みの強いヴォーカル・ラインにだけでなく、打ち込みメインのサウンドというかビートにもあります。

 

サーシャ・マサコフスキーというのはまったく知らない音楽家なんですが(ラスミーもだけど)、本作ではシンセサイザーとプログラミングを担当、さらにニュー・オーリンズから鍵盤奏者、ギターリスト、ベーシストを連れてきていて、それでこのなんともいえない独特のサウンドをつくりあげているんですね。

 

ビートにメロウネスがこもっているというか、曲はラスミーの自作なんですが、こんなふうに仕立て上げることで、タイのモーラム音楽でありながら、新世代ジャズ・ヴォーカルの文脈でも聴けそうなハイブリット・ミュージックになっているのがすばらしいですね。

 

なにもわからない音楽なのに、不思議となんども聴いてしまうチャームを感じ、離れられないっていう本作、得体の知れないセクシーさに満ちていて、いまのところはそうしたわからないなりの解析できない快感に身をゆだねています。

 

(written 2022.6.21)

2022/06/26

21世紀のスタンダード・ジャズ・ヴォーカル 〜 みんなエラが好き

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(4 min read)

 

v.a. / We All Love Ella: Celebrating The First Lady of Song
https://open.spotify.com/album/2aNwDScTeNVRQEiqa42tVs?si=_KOz5NmYSwqRxTaz-MAhwg

 

Astralさんの紹介で知りました。
https://astral-clave.blog.ss-blog.jp/2022-02-19

 

あれっ、いつのまにか15曲目ディー・ディー・ブリッジウォーターの歌う「コットン・テイル」がグレー・アウトしているぞ。こだわってもしょうがないので聴けるもので書こう、エラ・フィッツジェラルド・トリビュート『ウィ・オール・ラヴ・エラ:セレブレイティング・ザ・ファースト・レイディ・オヴ・ソング』(2007)。

 

かのフィル・ラモーンがヴァーヴのためにプロデュースしたコンピレイション・アルバムで、エラの生誕90周年を記念してリリースされたもの。現代のさまざまな歌手たちがエラのレパートリーだったスタンダード・ソングを一曲づつ歌うっていう趣向で、このアルバムのための新録じゃないものもありそう(わかりませんけど)。

 

あきらかに新録じゃないのは14曲目「ユー・アー・ザ・サンシャイン・オヴ・マイ・ライフ」。もちろんスティーヴィ・ワンダーの曲で、なんとエラとスティーヴィの共演 at 1977年ニュー・オーリンズ・ジャズ&ヘリティジ・フェスティヴァルっていう。エラ本人が登場するのはここだけで、本作の目玉みたいな発掘音源でしょう。

 

メロディを歌うだけでなく、スティーヴィもエラばりのスキャットを披露し本人と応酬して、なかなか聴きごたえあります。エラの代名詞の一つでもあった器楽的な速射砲スキャットといえば、アルバム・ラスト16「エアメイル・スペシャル」をやるニキ・ヤノフスキも聴かせます。

 

ベニー・グッドマン楽団時代の1941年にチャーリー・クリスチャンが書き同コンボで初演したものですが、すべてのジャズ・ファンは1957年ニューポート・ジャズ・フェスティヴァルにおけるエラの名唱で記憶しているだろうもの。ニキのこのヴァージョンもほぼ忠実にそれを再現しています。

 

しかし器楽的なスキャットばかりとりざたすのでは歌手エラの真価を理解したことになりません。ティン・パン・アリー系などスタンダードな歌メロも深く咀嚼してしっかりと美しくつづるさまに本領があった歌手だとぼくは理解していて、このアルバムでもほとんどの歌手はエラのそういった部分を再現していますので好感が持てますね。

 

さほどコンテンポラリーなアレンジとサウンドがたくさん聴けるというわけでもなく、こうしたジャズ・ヴォーカルの世界は永久不変のものなんだということもよく伝わります。それでもそれなりに新時代のディープなビート感みたいなものが聴けるトラックもあります。

 

いちばんそれを感じたのは10曲目グラディス・ナイトの「サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー」。アクースティック・ギターのアルペジオと、軽いけれどしっかりシンコペイションを効かせたドラムスが表現するグルーヴ感は間違いなく21世紀のもの。そこにきれいなストリングスがからんだりするさまにはためいきが出ますね。

 

(written 2022.5.12)

2022/06/25

雰囲気一発でたまに聴くと悪くない 〜 スコット・ハミルトン

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(3 min read)

 

Scott Hamilton / Classics
https://open.spotify.com/album/5nqCI1rOU2bhoTNAmxU0jM?si=snq_FuXcQfO4M7MWIBxp0g

 

どう考えても生まれてくるのが遅すぎたジャズ・サックス奏者、スコット・ハミルトン。完璧なるスウィング〜中間派スタイルの持ち主で、なのにデビューは1977年。当時はエレクトリックなフュージョン全盛期、だから40数年くらい遅かったよねえ。

 

そうしたジャズがむかしから大好きなぼくでも、あくまで愛好対象は1920〜30年代末ごろに録音されたヴィンテージもの復刻、せいぜい50年代録音までで、同時代人なのにこんな古くさいレトロなやつなんか!と思ってスコット・ハミルトンに見向きもしないまま40年以上のジャズ・リスナー歴を送ってきました。

 

まだ67歳なんで、新作はリリースし続けているというわけのスコット。2022年最新作『クラシックス』をなにげなくチラ聴きしてみたら(サブスクの利点、こんなのCDなんか絶対買わない)、悪くないじゃん、なかなかムードのあるリラクリング・ミュージックだよねえと、深夜寝る前に部屋の照明を落とした状態でたまにかけてみればいいムードだなと思います。

 

『クラシックス』というアルバム題は、クラシック音楽の名曲の数々をジャズ・アレンジでやってみたという意味。ラフマニノフ(1)、ラヴェル(2)、チャイコフスキー(4、7)、ドビュッシー(5)、ドヴォルザーク(8)など、よく知られているもの中心ですが、そっち方面にうとければ、これなんというジャズ・バラード?とってもいいね、と言われそうなムードですよ。

 

完璧なくつろぎ系の音楽で、緊張感とかスリルみたいなものなんてこれっぽっちもなく、でもこれはこれでTPOさえ間違わなければじゅうぶん聴ける、っていうかリラックスできるものです。スコットのテナーを中心に据えたメインストリームなジャズ・カルテット編成で、スウィング・スタイルでありながら随所にメリハリが効いていて、なかにはジャズ・ボッサっぽいものすらもあったり。

 

なかでも3曲目「If You Are But A Dream」とか5「My Reverie」みたいな切々とつづるバラードでは、こんなにうまくこんなにきれいに抒情を表現した演奏ってなかなかないもんだよねえと思えるすばらしさで、思わず手を止めて聴き入ってしましました。ただのコンサバかと思えば、そういうよさもあるんですよね、スコット・ハミルトン。

 

(written 2022.6.22)

2022/06/24

My Favorite 美空ひばり in the Early Era(演歌前)

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(4 min read)

 

My Favorite 美空ひばり in the Early Era
https://open.spotify.com/playlist/75OXS3FlLhYWO8da4pds1H?si=faae34770496481d

 

またまた書きます美空ひばりの10代エラ。ここらへんこそがひばりのいちばんよかったころだというぼくの考えは微塵も揺るがないもので、ふだんからいつも楽しんでいるのに、世間は理解しませんからね。それどころか演歌時代しか存在しなかった歌手のようにみなされたりすることもあって、なんだよモ〜。

 

若かったころのひばりのジャジーでシャープでスウィンギーな魅力とそれを愛するぼくの嗜好が理解されずとも、最高に楽しい〜っ!というのは間違いのないことなので、大切なことだからやはりなんどもくりかえし言っておきたいわけです。

 

いままでの記事と今回の違いはSpotifyでプレイリストをつくっておいたということ。日本コロムビアの『アーリー・ソング・コレクション 1949-1957』から、個人的に特に好きだ、もうたまらんというものばかり、たった12曲とはいえ、抜き出してまとめて聴けるっていう、これはすばらしい(自画自賛)。

 

これら10代だったころのひばりの魅力に、いはゆる「おんな」的な部分はほぼ(まったく)ありません。ちょっとボーイッシュというか中性的っていうか、さっぱりあっさりしたヴォーカルで、後年大歌手になって以後のもってまわったような女々しくおおげさな感情表現もなし。

 

演歌というジャンルが確立される前の時代で(それっぽい先駆けフィーリングが聴けるものは数曲あり)ロックも台頭していなかったですから、日本でも流行歌といえばジャズ系のポップスばかり。ひばりだってブギ・ウギ・ベースの、つまりジャンプ・ミュージックっぽいスウィンギーな歌をやっていたのがピッタリ好みなんです。

 

ジャンプといってもさわやかで軽快なノリのやつで、ひばりがやったのは。重さや激しさのない薄味の音楽です。「河童ブギウギ」だけでもお聴きになれば、ぼくの言わんとするところはわかっていただけるはず。軽やかなユーモア・センスも込められていて、人生の悲哀をマジにつづる、なんていう部分はちっともないわけです。

 

「リンゴ追分」も入れておきましたが、これなんかは要するに望郷演歌っぽい内容なわけで、といっても東京に出て働いている人間が北の故郷をしのび泣くというんじゃなく、主人公のいる舞台は津軽で、東京で死んだおかあちゃんのことを思い出してしんみりするという内容。

 

すなはち典型的な演歌テーマではあって、濃厚でシリアスになりがちなものなのに、この初演でのひばりのヴォーカルにはそれがなく、歌の世界に没入しすぎずどこか他人事みたいに突き放して外側からあっさりやっているというのが、ぼくから言わせたら健全な距離感。「悲しい酒」でほんとうにステージで涙をこぼしながら歌ったようなああいった姿とは真逆。あんなのは気持ち悪かった。

 

「お祭りマンボ」にせよ「港町十三番地」にせよ得意レパートリーにしていて亡くなるまでひばりはずっと歌ったし、スタンダード・ナンバーとしてカヴァーしている演歌歌手も多いんですが、初演時のひばりヴァージョンが持っていたノリよい軽みはいずれからも消えています。

 

伴奏だってゴテゴテの派手な分厚いオーケストラ・サウンドじゃなく、必要最小限のシンプルな楽器編成でスカスカ隙間のあいた、もういま聴いたら「こんなんでええのんか?」と心配になってくるくらいなんですが、実に味わい深いものです。特に「港町十三番地」、も〜う大好きでたまらん!

 

(written 2022.5.14)

2022/06/23

カァ〜ッコいい!〜 ヨアン・ル・フェラン

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(2 min read)

 

Yohann Le Ferrand / Yeko
https://open.spotify.com/album/71whFKXlyWXyiJf47fkc3x?si=RpzDN9ULQcmeeWu5zeo94w

 

bunboniさんに教わりました。

https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-04-11

 

これ、Spotifyだと音楽家名のところが「Yohann Le Ferrand Yeko」になっていますけど、『Yeko』はアルバム名でしょ。いいかげんだなあ、Spotifyなのか提供したがわなのかわからないけど、サブスクではときたまあります。ちゃんとしてほしいよ。

 

ともあれ、ヨアン・ル・フェランは独学のフランス人ギターリスト。さまざまなバンドに参加して各地でツアーをくりかえしていたようですが、2012年にマリにおもむいたことが決定的なターニング・ポイントになったようです。

 

そこから10年という年月をかけてゆっくり誕生したのが新作アルバム『Yeko』(2022)で、といってもたった六曲23分しかないEPですが、中身は極上、とっても楽しくて、そのおかげもあって一瞬で吹き抜ける風のごとく。でもしっかりした手ごたえを残します。

 

bunboniさんは1曲目出だしのカッコよさを言っていて、たしかにこれにはシビレますね。ぼくがいちばん気に入ったのは2「Dousoubaya」。マリのラッパー、ミルモをフィーチャーしたアフロ・ヒップ・ホップで、これですこのノリというかグルーヴがいいんですよね。フランス人らしいドラマーによる生演奏ビートもうまあじ。サイコーです。

 

ママニ・ケイタが歌う4曲目「Konya」も、その塩辛い声で惹きつけられます。ママニはサリフ・ケイタのバック・ヴォーカルなどもつとめた経験があるそう。トラックはなんてことないマンデ・ポップですけど、ママニの声のトーンが好みっていうか、なんだか抵抗できない魅力があります。

 

ラスト6「Yellema」はコート・ジヴォワール出身の歌手カンディ・ギラが参加。これはもう断然バンド・アンサンブルがはじけていていいですね。特にヨハンの弾くクリーン・トーン(アルバム中ずっとそう)のエレキ・ギター・リフ反復がグルーヴィでノリがよく、リズム陣も冴えています。

 

(written 2022.5.11)

2022/06/22

レトロな70年代オルガン・ジャズ・ファンク 〜 クレステン・オズグッド

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(2 min read)

 

Kresten Osgood Plays the Organ for You
https://open.spotify.com/album/1ffpH63vJM6iPzjFh4zZvy?si=d7gB-5DYQX-BO2QuSI_jUQ

 

新着をお知らせしてくれるSpotify公式プレイリスト『Release Rader』(毎週金曜更新)、こないだ、いつだったかの週分で出会ったカッコいいグルーヴィなジャズ・ファンクが、クレステン・オズグッドの『Kresten Osgood Plays the Organ for You』(2022)。もうめっちゃ気持ちいい。

 

初めて見た名前だと思い調べてみたら、どうもデンマーク人らしいです。しかもすでにキャリアがじゅうぶんにあって、北欧ジャズの「重鎮」という表現も見つかりました。そうなのか…。そのうえファンキー・スタイルではなく、どっちかというと先鋭的な音楽性を持つ、さらにドラマー(&マルチ楽器奏者)なんだとか。

 

アルバム題からすれば今作ではオルガンを弾いているんでしょう。ハモンドに間違いないサウンドで、ほかはやはりデンマーク人らしきギターリスト+ドラマー、さらにパーカッショニストをくわえリズムを強化。でもパーカッションの参加は実はさほどの効果でもなく、従来的なオルガン・トリオのサウンドですね。

 

そう、だからつまり、1960年代〜70年代前半によくあったファンキーなやつ。ブラザー・ジャック・マクダフ、ドクター・ロニー・スミス、ジミー・スミスとか、あのへんの音楽を本作でのクレステンはそのまま再現しているわけです。

 

そのままといっても、もちろんこのデンマーク人のばあいは、直にというより1990年代にレア・グルーヴ的なもので一回濾過されたやつを参照しているんでしょうけどね。ファンキーだけど、ほんのりとややブラジルふうの軽妙でさわやかな味もあったりして(特にドラマー)、暑苦しいコテコテの濃厚ジャズ・ファンクとは若干違うのかも?という気もします。そこがいいですよね。

 

(written 2022.6.20)

2022/06/21

Release Rader

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(3 min read)

 

っていう毎週金曜日更新のSpotifyプレイリストで新着音楽をチェックしているんですが、これはユーザー各人のためにそれぞれあつらえられたもの。もちろんAIが自動でやっているんですけど。

 

なにかこうしたものがないとサブスク・サービス内で新作リリース到着を知る機会がないということで、ある時期に『Release Rader』の存在を知り、毎週末に定期チェックするようになりました。最初はメールで更新のお知らせが来ていたような。

 

『Release Rader』のおかげでニュー・リリースに気づくことができて、聴けばなかなかいいぞと感じ、そのままたぐって新作アルバムに行きついたり、あるいは一曲だけでも、それが結果的にそこそこのブログ記事に結実したりも多いのでいいと思います。

 

ユーザーのふだんの聴取傾向や好みを分析してなるべく合致するように、あるいはよく聴いている音楽家や音楽ジャンルなどを考慮してできあがるんですから、縁もゆかりもない、まったく聴いたこともないという分野のものが実はなかなか出てこない、そっちですぐれたニュー・リリースがあっても情報が入ってこないというのは、正直言って欠点ですけどね。

 

あちこち興味が拡散する人間には、そこだけがちょっともどかしく。チック・コリアとかウェザー・リポートとかその手の新作なんか教えてくれなくたっていいよ、自分でさがせるぞって思っちゃう。ほんとだったらゾクゾクする未知の音楽を推薦してほしいぞと『Relaease Rader』に望みたいんですが、そんなのプログラムが組めないでしょうから。

 

商売ってそんなもんではありますね。顧客のニーズというか、以前はこれを買ったとかこういうのをチェックしていているみたいだとか、その手のデータをもとにして、人力でも自動でも「次はこれ、どうでしょう?」と差し向けるわけで、それ以外にやりかたなんてなく、180度違う別のなにかを常にさがしている人間なんてそもそも少数派ですから、こぼれ落ちるしかないんです。

 

そんなこんなで、(ほぼ)完全にSpotifyでしか音楽を聴かなくなったぼくも、狭い一定傾向を囲い込むような聴きかたに徐々に移行しつつあります。そうするとこれほど便利で心地いいサービスはなく、同時にたいへんつまらなくも感じるので、適度に補うべくネットで情報をあさっていますね。

 

(written 2022.6.14)

2022/06/20

「愛の魔力」(ティナ・ターナー)by マイルズ・デイヴィス

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(6 min read)

 

Miles Davis / What’s Love Got To Do With It
https://open.spotify.com/album/6QeWVuTZluyIIsbJWzXYHK?si=TOQxM4LJRpKqmWQ_O0EMBw

 

いまはスイスで悠々自適の余生を送っているティナ・ターナー。そのソロ歌手生涯を代表する傑作曲「愛の魔力」(What’s Love Got To Do With It)は、1984年の復帰アルバム『プライヴェイト・ダンサー』に収録されていたもの。シングル・カットもされ大ヒットしました。

 

これをマイルズ・デイヴィスがスタジオで正式録音したっていう、なんだか風説みたいなものは、1984〜85年ごろにぼくもどこかでチラ読みしていたんですよね。ひょっとしたらソースはインタヴューかなんかで本人がぽろっとしゃべったものかも(70年代からよくある)。そこから伝言ゲームみたいになったんじゃないかと。

 

かなり前のことなので当時のことはだいぶ忘れましたが、読んだのはたしかコロンビア時代末期か、あるいはワーナー移籍(1986)直後あたりだったかもしれません。しかしマイルズによる「愛の魔力」録音が84/85年ごろだったというのは記憶のなかの一片として、ほんの小さなものだけどしっかりと、2022年でも残っています。

 

それがとうとうこないだ6月17日に公式リリースされました。見つけたときはうれしかったなあ。瞬時に脈拍が速くなり血圧も上がったような、そんな感じでした。だって、マイルズがティナの名曲「愛の魔力」を吹くのを聴けるんですから。ウワサがようやくホンモノになったし、アルバム『プライヴェイト・ダンサー』のなかでいちばんの愛聴曲でしたから。

 

聴けば、かの1985年バンドとわかります。そのまま85年夏に来日したので勝手にそう呼んでいますが、要はアルバム『ユア・アンダー・アレスト』(1985)をやったメンバー。ボブ・バーグ(sax)、ジョン・スコフィールド(g)、ロバート・アーヴィング III(key)、ダリル・ジョーンズ(b)、ヴィンス・ウィルバーン(dms)、スティーヴ・ソーントン(per)。

 

そのへん、ちゃんとしたレコーディング・データ・クレジットは、来たる9月16日にCDなら三枚組のボックス『ザッツ・ワット・ハプンド 1982-85:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol.7』が発売され、それに「愛の魔力」も収録される予定なので、それが出れば録音に至ったエピソード的なものもあるいはふくめ、あきらかになると思います。三ヶ月前に先行で一曲だけ聴けるようになったというわけ。
https://www.legacyrecordings.com/2022/06/17/miles-davis-thats-what-happened-1982-1985-the-bootleg-series-vol-7-coming-september-16

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この1982〜85年、特に『ユア・アンダー・アレスト』に至った84年ごろのマイルズは、ラジオのヒット・チャート番組で流れてくるようなポップ・ヒットをそこそことりあげ録音していた時期で、それはティン・パン・アリー系や同時代のものでもスタンダードな流行歌をたくさんやっていた1960年代前半までと同じこと。

 

ご存知のように『ユア・アンダー・アレスト』には「ヒューマン・ネイチャー」(マイケル・ジャクスン)と「タイム・アフター・タイム」(シンディ・ローパー)がありますよね。マイルズによる録音は前者が84年12月、後者が同年1月です。

 

ですからティナの「愛の魔力」もマイルズによる録音はやはり84年だったであろうと推測できるんです。アルバム『プライヴェイト・ダンサー』は同年5月に発売されていて、シングル盤リリースも同時期、ってことはマイルズが耳にして演奏したのは同年それ以後ということになります。

 

バラードだけどしっかりしたビートが効いていたティナのオリジナルに比べれば、マイルズ・ヴァージョンはぐっとテンポを落とし、ビート感は弱くして、マイルズが吹くメロディ・ライン一本をきわだたせるようにアレンジ(おそらく本人か、ロバート・アーヴィング IIIの手になるもの)されています。

 

浮遊感の強いイントロのシンセサイザーとギターのリフ・フレーズはそのまま踏襲されていますね。ティナのでは聴けないややラテンというかカリビアンな香味がまぶされているように感じるのは、スティーヴ・ソーントンのおかげでもありますが、このころレゲエ・ビートをマイルズはときどき使っていましたから(「タイム・アフター・タイム」だってそう)。

 

メロディをきれいに吹くバラディアーとしての本領発揮といえるリリカルで内省的でメロディックな吹奏ぶりで、こういうのこそまさにマイルズのマイルズたるゆえんですよ。原曲のメロディ・ラインが美しいがゆえなんですけど、ハーマン・ミュートをつけたトランペットのサウンドは、まるで泣いているような、きわめて線の細い、いまにも消え入りそうなデリケートさ。

 

1957年のコロンビア移籍に際し同社のジョージ・アヴァキャンが「卵の殻の上を歩く」とマイルズの演奏スタイルを評し、この比喩も有名になりましたが、そんな持ち味は81年復帰後もまったく失われていない、それどころかいっそう磨きがかかっていたという聴きかただってできそうです。

 

なお「愛の魔力」という邦題になっていますが、「What’s Love Got To Do With It」というのは「それに愛なんてべつに関係ないでしょ」という程度の意味。ティナの歌う歌詞を聴いても、実にマイルズが共感しそうな内容だと思います。

 

(written 2022.6.19)

2022/06/19

ディランで聴くよりディランっぽい 〜 ニッティ・グリッティ・ダート・バンド

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(3 min read)

 

Nitty Gritty Dirt Band / Dirt Does Dylan
https://open.spotify.com/album/4F0CjdewrCbNZ5k13SOs3T?si=hKgXBQURQamRfNEu8QAyvg

 

メンバーは替わりながら50年以上続いているニッティ・グリッティ・ダート・バンドの2022年最新作は『ダート・ダズ・ディラン』というタイトルのボブ・ディラン曲集。こ〜れが、グルーヴィで、カッコいい。

 

かなりの有名曲から地味なところまでとりまぜて全10曲、さほどオリジナルとアレンジも変えずそこそこ忠実にカヴァーしているのに、ディラン自身(やザ・バンドとか)のよりずっといい、曲の魅力がいっそうよく伝わるできばえだと聴こえるのは不思議です。

 

個人的に特に好きだと感じるのは、3曲目ブルージーな「イット・テイクス・ア・ラット・トゥ・ラフ、イット・テイクス・ア・トレイン・トゥ・クライ」から、ディープなノリがいい6「シー・ビロングズ・トゥ・ミー」まであたり。

 

ことに4「カントリー・パイ」からそのまま切れ目なくつながる5「アイ・シャル・ビー・リリースト」には、かの二人組若手ブルーズ・ロック・バンド、ラーキン・ポーが参加、ハーモニーやソロで歌ったりギター・ソロをとったりなど大活躍。おかげでニッティ・グリッティの演奏にコクが出ているし、曲もますます生きています。

 

そのままの流れで、ロス・ホームズのフィドルも絶好調な続く6「シー・ビロングズ・トゥ・ミー」の躍動感もあざやかでいいですね。複数の曲で全体的に(ディラン・オリジナルにはあまりない)ブルージーでグルーヴィなフィーリングがわりと濃いめにただよっているように感じるのは、ニッティ・グリッティ元来の持ち味にくわえ、ラーキン・ポー参加のおかげでもあるんでしょう。

 

ぼくが最初に知って書いた二年前にはまだ知る人ぞ知るという存在だったラーキン・ポーも、いまや各所ですっかり活躍の場をひろげ、知名度もあがっている模様で、うれしいかぎり。こういったクラシカルなブルーズ・ロックをやる若い世代まで、ニッティ・グリッティみたいな60年代出発のベテランから連続的につながっているんだなあと実感できて、ほんとうに気持ちいいです。

 

本作ではその太い糸をつないでいるのが1962年からずっと2022年でも現役第一線にいるボブ・ディランのソングブックだということで、その曲調を活かしたオーソドックスなカヴァーでも、なぜか本人自演以上に曲のよさがナマナマしく響くニッティ・グリッティの実力を思い知ります。この手の音楽はいつまでも色褪せないということも。

 

(written 2022.6.16)

2022/06/18

かつてMacでもInternet Explorerが標準ブラウザだった時代があった

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(4 min read)

 

人の死は悼まないのに、なにかの終焉に際しレクイエムを書くことがぼくにはありますね。きょうはマイクロソフトのウェブ・ブラウザInternet Explorer。先だって6月16日で公式サポートが終了したので、幕引きです。

 

Windows OSの純正ブラウザとしてあまりにも有名で、世を席巻しましたが、あんたMacユーザーだろ関係ないだろ、と言われると、たしかにいまはそうですが過去に実はそうでもなかった、お世話になった時代があります。

 

1997年にAppleはマイクロソフトと業務提携を結び、Mac OS 8.1(1998〜)からインターネット・エクスプローラーがMacでも標準ブラウザとなり、発売されるMacコンピューターにデフォルトでバンドルされるようになったんです。あのころ標準メーラーもOutlook Expressでした。

 

その後のMac OS X 10.2(2002〜)までずっとそうで、10.3(2003〜)からAppleは自社開発のブラウザーSafariを採用することとなり、マイクロソフトとの契約も終了したので、これでMacにおけるIEの時代は終了しました。

 

IE採用以前というと、MacはNetscape Navigatorをバンドルしていて、しかし個人的にはそのころインターネットというよりまだパソコン通信メインだったので、使用する機会はあまり多くありませんでした。そもそもダイアルアップ接続だったし。インターネット中心の生活になっていくのは常時接続となった世紀の代わり目あたり。

 

そのころAppleという会社は経営状態が最悪、ほとんどつぶれかけというに近いほどだったんで、自社でウェブ・ブラウザを開発する体力などありませんでした。マイクロソフトは95年以後Windowsが売上絶好調でしたから。

 

Appleが復活し、いまみたいな世界トップの巨大IT企業になったのは、2007年のiPhone発売以後。その数年前のiPodで兆しがありました。野球におけるアンチ・ジャイアンツ・ファンみたいに熱烈なアンチ・マイクロソフト派のぼくは、背に腹はかえられないとはいえIEみたいなのがMacの標準ブラウザなのをやっぱり我慢することができず。いちおうちょっとは使いましたけども。

 

結果、Safari登場まで、Mac用サード・パーティ製のiCabっていう小さくて軽いウェブ・ブラウザを愛用していたんです。っていうか21世紀初頭ごろはNNもOperaも持っていたし、そのほかいくつも、ちょっとしたブラウザ・コレクターみたいになっていて、これがいいぞ!というウワサをみてはダウンロードして試してみるといった具合。

 

FirefoxやChromeとかはまだなかった時代、でもそんなことしたらブックマークがたいへんだろうと思われそうですが、ブックマークを多数のブラウザ間で共有するのはそんなにむずかしくもないことですね。とはいえあくまでiCabこそが個人的メイン・ブラウザでした。いまでも続いているのかな?Safariを愛用するようになって以後ほとんどチェックしなくなったけど。

 

Macばかり使うユーザーも、IE愛用だったWindows派同様、Safari登場以後は迷う必要がなくなって、問題がすっきり解決したような感じです。iPhoneやiPadでもSafariがプリ・インストールされている公式ブラウザで、Macをふくめ三台でさまざまな動作をシェアしながら移動するのもいまや容易で、ほんとうにいい時代になったもんです。

 

(written 2022.6.17)

2022/06/17

Throughout a professional career lasting 50 years, Miles Davis played the trumpet in a lyrical, introspective, and melodic style.

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(4 min read)

 

タイトルにもってきたこの英文は、マイルズ・デイヴィスの公式Twitterアカウントのプロフィールに書かれてあるもの(写真はそのアイコン)。これ以上簡潔かつ的確にマイルズ・ミュージックがどんなだったか言い表した文を、ぼくは見たことがありません。

 

さすがは公式アカウント(おそらくエステートのなかに動かしている人物がいるでしょう)だけあるなぁとため息が出ます。ぼくなんかがこれになにかことばを重ねるのはただのムダとしか思えず。それでも継ぎ足さずにいられない性分なのをどうかご容赦ください。

 

上の英文で特に感心するのは “introspective”。内省的というか内観的というか、自己の内にある感情や思考をじっくり省察し、それを独白のように演奏したのがマイルズだということで、オープン・ホーンでもハーマン・ミュートでも生涯これで貫かれている、キャリア全体を通しほぼそうだった、まさにこれこそマイルズの本質を指摘した単語だといえます。

 

ジャズ・トランペットといえば、いばってみせつけるようなマチスモ外向性をこそ特色としてきたもの。輝かしい音色を持つサッチモもディジーもブラウニーも、歴史をかたちづくった偉人はみなそうじゃありませんか。マイルズ(とビックス)だけは例外的存在で、その特異性でこそ歴史に名を残しました。

 

むろんマイルズも1968〜75年まで、やや外向的な演奏スタイルをとっていた時期もありました。あのころはそもそも表現したいのがそういった外向きに拡散放射するファンク・ミュージックでしたから。フレイジングもリリカル&メロディックというより機械的にクロマティック(半音階的)なラインを上下することが増えました。

 

そんなあいだも、曲によりパートにより、じっくり内面を省察するように慎重にフレーズを置き重ねていく様子がときおり聴けましたし、1981年に復帰して以後は亡くなるまでの10年間、50〜60年代回帰というか、比してもいっそうintrospectiveなスタイルに拍車がかかっていた印象もあります。

 

はじめからそういったスタイルの持ち主としてプロ・デビューした、いや、自伝や各種エピソードを読むとアマチュア時代からそんな資質を発揮していたようだと判断できますが、チャーリー・パーカーみたいな人物のバンドでキャリアを開始したというのがマイルズにとってはクリティカルだったんだなあと、いまではよくわかります。

 

あんなジャズ史上No.1といえるような太く丸い音色でばりばり饒舌に吹きまくる超天才の、しかも1945〜48年というその全盛期にレギュラー・メンバーとして毎夜のように真横でじかのナマ音を耳にしていたんですから、同じことをやっていたんじゃダメ、それでは自分の存在価値はないと、骨身に沁みて痛感したはず。生身をすり減らすようなパーカーのブロウイング・スタイルも、プロとして持続したかったマイルズには不向きでした。

 

デビュー前からもともと線の細い演奏スタイルだったのが、そんな経験を経て独立し自分のバンドを持つようになったわけですから、パーカーとは真逆な道を歩んだのも納得です。結局のところ(パーカー&ディジーに接した)1940年代なかごろの衝撃的経験が、マイルズの音楽生涯を支配したのだという見方ができますね。

 

(written 2022.5.31)

2022/06/16

畢竟の大傑作 〜 ンドゥドゥーゾ・マカティーニ

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(3 min read)

 

Nduduzo Makhathini / In The Spirit of Ntu
https://open.spotify.com/album/3UnSb3V4gzrt2ofjYfsLDl?si=nwhIKrK9SxObbY3hcYGRAw

 

なんど聴いても、どう聴き込んでも、畢竟の大傑作なんだとしか思えないンドゥドゥーゾ・マカティーニ(南アフリカ)の最新作『In The Spirit of Ntu』(2022)。今年のベスト・ワン・アルバムはもうこれで決まりですよ。

 

ンドゥドゥーゾは新世代ジャズとかのピアニストではなく、従来的なメインストリーム1960年代ジャズの延長線上にある音楽をやっているんですが、この新作は雄大なスケール感、ポリリズミックなビートの強さと鮮明さ、スピリチュアリティ、ほとばしるパッショネイトな表現など、どこをとってもジャズ・ミュージックにおける最良のかたちを獲得したものといえます。

 

1曲目からそれはあきらか。オープニング・トラックにして3、5曲目とならぶ本作の白眉ですが、ピアノ、ヴァイブラフォン、ドラムス、パーカッションで重層的に練り込まれ表現されている強いポリリズムと、前向きの推進力、情熱は、ポジティヴな生命力に満ちあふれています。

 

これが幕開けににあるだけで、もうそれを聴いただけで傑作アルバムだろうと確信できるほど。ドラムスから入る荘厳なプライドに満ちたような3曲目のグルーヴもすばらしい。しゃべっているというかラップみたいなのが散見されるのはンドゥドゥーゾ本人ですかね。

 

5曲目ではゲスト参加のアメリカ人ベテラン・サックス奏者、ジャリール・ショウが徐々に燃え上がるような熱情的なソロを聴かせるのが最高。やっぱりちょっと60年代コルトレインっぽいような。吹きまくりに身をゆだねていれば快感で、その前に入るマッコイ・タイナーみたいなンドゥドゥーゾのプレイもいいです。

 

ジャリールはおそらくここだけで、ほかの曲でも同じくらいパッショネイトなサックスが聴こえるのは、テナーだしリンダ・シカカネなんでしょう。リンダをふくめ本作でンドゥドゥーゾが起用しているのは地元南アフリカの若いミュージシャンたち。

 

7曲目のサックス・ソロもすばらしく、バンドの演奏も活力があふれ、フェイド・アウトしてしまうのだけをちょっと残念に感じます。またアルバム中随所でンドゥドゥーゾのピアノはセロニアス・モンクを想起させるスタイルをとったりもしていますね。

 

ラストの二曲は静かに自己の内面に向きあい祈りをささげるような感じの曲想。9曲目の末尾と10曲目の冒頭は、トラックが切れているものの一続きの演奏だったかも?と思わせ。最後はソロ・ピアノでおだやかにこの1時間8分の壮大なサウンドスケープをしめくくります。

 

(written 2022.6.15)

2022/06/15

失意や逆境のメランコリアとぬくもり 〜 コステロ&バカラック

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(3 min read)

 

Elvis Costello, Burt Bacharach / Painted From Memory
https://open.spotify.com/album/0rhmwOflgYrPntNuEe8chN?si=aOVUD3cOQXi1EcS2tAZ5ag

 

エルヴィス・コステロの全作品でいちばん好きなのが、バート・バカラックと組んだ『ペインティッド・フロム・メモリー』(1998)。実質的にはバカラックのアルバムと呼んだほうがよさそうな内容で、コステロ・ファンには歓迎されなさそうな趣味ですよね。

 

そもそもパンク/ニュー・ウェイヴ・ムーヴメントのなかから出現したようなコステロはさほどぼくの趣味ではなく、どれを聴いてもあまりピンときたことがなかったくらい。反対にバカラックのことは大好きで、そのつむぎだす限りなく美しいコード進行とメロディ・ラインのとりこであり続けていたというのが事実。

 

だから、そんな二人がコラボしたらどんな感じになるか?という不安の入り混じる期待感があったんですが、アルバムを聴いてみて、1曲目「イン・ザ・ダーケスト・プレイス」の冒頭部、コステロが歌い出した瞬間にシビレちゃって、涙腺が崩壊。ためらうようにゆらめきながら入ってくるイントロ・サウンドも美しく、デリケート。

 

そのためらいとゆらめきは、まさに恋をした人間だけが持つフィーリング。それを音にしたものなんですよね。まごうかたなきバカラック・サウンドだと聴けばわかるこのエロス。それをつづるコステロの声もすばらしく響き、いままでの苦手意識はなんだったんだ?と思わせる陰影の絶妙なすばらしさ。

 

もうこの1曲目だけで『ペインティッド・フロム・メモリー』は傑作だと確定したようなもの。アルバムを貫いているトーンは失意、絶望、逆境で、しかしそれでもほのかに見える希望のようなものを暗示するポジティヴネスがただよっていて、ぼくのための音楽だろうと、いまだに聴くたびやっぱり生きていこうと思いなおします。

 

かすかな春の訪れを感じさせるピアノのメロディとゴージャスなオーケストレイションがきわだつ3曲目「アイ・スティル・ハヴ・ザット・ガール」、まるで抒情派ロマン映画の一シーンから切り出してきたようなピアノとオーケストレイションをバックに、去って行った恋人が夢のなかにだけ現れるという慨嘆を切々と歌う7「マイ・シーフ」。

 

バカラック・サウンドの典型的な特徴であるフレンチ・ホルンを中心としたふわりとやわらかいブラス・アンサンブルも、1996年の先行曲だった12「ガッド・ギヴ・ミー・ストレングス」ほかアルバム中随所で用いられていて、ひょっとして(ブランクを経た)バカラックにとってもスペシャルな傑作の一つになったのでは、と思わせる異様な充実を感じます。

 

オール・ジャンルで1990年代を代表する一作でしょう。

 

(written 2022.4.22)

2022/06/14

聴いたことのない音楽を聴きたい 〜 ウェザー・リポート「キャン・イット・ビー・ダン」

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(3 min read)

 

Weather Report / Can It Be Done
https://open.spotify.com/album/0tXYdgzPsy67uuS0Ugirb7?si=ygvLy4adTY-uxy8TGF-GXA

 

このリンクはウェザー・リポート1984年のアルバム『ドミノ・セオリー』ですが、そのオープニング・ナンバー「キャン・イット・ビー・ダン」が最高にすばらしいと思うんですよね。ずっと前にも言ったことですが、このバンドのNo.1傑作曲だとぼくは信じています。

 

でもそんなことを言っているジャズ・リスナーやウェザー・リポート・ファンっていままでぜんぜん見たことないです。どこにもいないみたい。ぼくだけの感想、というか信念なんでしょう。だいたいこれヴォーカル・ナンバーだし、そもそもジャズですらない。ソウル・ナンバーに違いない真っ黒けな一曲です。

 

そこがいいと感じているんですよね。独裁者だったジョー・ザヴィヌルは1960年代のキャノンボール・アダリー・バンド時代からそういう資質の音楽家だったというのが、ここではフルに発揮されています。でも曲はザヴィヌルのものじゃなく、ワイルド・マグノリアスなどニュー・オーリンズ・ファンクのウィリー・ティーがこのアルバムのために書いた当時の新作。どういう接点があったんでしょうね。

 

ともあれこの「キャン・イット・ビー・ダン」、歌詞も強く共感できるもの。この世にまだ出ていないメロディ、まだ聴いたことのない音楽というものはどこにあるのだろう、ないみたいだけど、それをずっとさがし求めているんだ、という、メタ・ミュージック的な視点を持った一曲。

 

歌うのはカール・アンダースン。ジャズやフュージョンのファンにはなじみがない名前かもしれませんね。ぼくだって『ドミノ・セオリー』ではじめて聴きましたが、タメとノリの深いソウル・グルーヴを表現できる歌手で、84年時点で一聴、惚れちゃいました。

 

この曲、バンドはほとんど出現の機会がなく、たぶんこれ、オマー・ハキムがハイ・ハットでずっと一定の刻みを入れている(&ちょっとだけスネアも使う)以外は、多重録音されたザヴィヌルのキーボード・シンセサイザーしか入っていませんよね。だけどそれが絶品じゃないですか。リリース当時マイルズ・デイヴィスも「あのジョーのオルガンを聴いたか」と絶賛していました。

 

もう音色メイクが文句なしによだれの出るセクシーなもので、フレーズも曲のメロに寄り添いながらそれをひろげたり深めたりして、空間を埋めていくかのようでありながらふんわりとただよい、適切な間を感じさせる絶妙なもの。

 

曲がすばらしいのと歌手の声が深いのと最高なキーボード伴奏との三位一体で、もちろんウェイン・ショーターもだれも参加していませんから「ウェザー・リポートの曲」というにはやや躊躇を感じないでもありませんが、それでもこれだけのグルーヴの前にはひれふすしかありませんよ。

 

(written 2022.4.26)

2022/06/13

ジャジー・カントリー二題(2)〜 ライル・ラヴェット

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(3 min read)

 

Lyle Lovett / 12th of June
https://open.spotify.com/album/0p13hRQZ6VwBqXuoYzFtBR?si=Z54mhXLzSbCDbGKW1opKIw

 

Astralさんのブログで知りました。
https://astral-clave.blog.ss-blog.jp/2022-05-21

 

きのう書いたマイケル・ファインシュタイン『ガーシュウィン・カントリー』にも一曲参加し歌っていたライル・ラヴェット。ぼくは俳優との認識しかほぼ持っていなかったので、歌えるひとなんだと知って、しかしめずらしいことでもありませんが。

 

歌えるというより音楽家として立派なんだというのは、最新作『12th of June』(2022)を聴いてもよくわかります。カントリー系のシンガー・ソングライターなんだそうですが、本作ではジャズとカントリーの融合を試みています。どっちかというとジャズ寄りかな。

 

しかもけっこうレトロっていうか、たとえば1曲目の「クッキン・アット・ジ・コンティネンタル」はホレス・シルヴァーの書いたインスト・ハード・バップなんですけど、ここでのライルのヴァージョンだと、特にフィドル・ソロの出るあたり、いやそもそも全体のグルーヴ感が、スウィング・ジャズ期のフィーリングをかもしだしていますよね。

 

フィドルはアルバム全編で活躍していて、カントリー・テイストを音楽につけくわえているのと同時に、そもそもメインストリームなジャズでもビ・バップ以前はそこそこ使われた楽器なので、そんなレトロ・ジャジーな雰囲気をも、ちょっぴりジャイヴなそれを、プラスしているんです。

 

3曲目がナット・キング・コール・トリオの「ストレイトゥン・アップ・アンド・フライ・ライト」だし4曲目はなんとあのノヴェルティでえっちな「ジー、ベイビー、エイント・アイ・グッド・トゥ・ユー」をやっているという。どっちもすでに忘れ去られジャズの歴史の山のなかに埋もれていたようなものですよ。

 

それをライルは発掘して再演しているわけで、レトロ・ジャズ・ムーヴメントもますますさかんなんだなあと実感しますね。しかし、両曲とも(特に後者)けっこう濃ゆい味つけで演奏されることが多かったのを、ライルはあっさり薄味のおだやかな料理に仕立ててあって、ここはグローバル・ポップスの最新流行と合致するやりかたです。

 

そういった、レトロな眼差しを向けつつ同時にコンテンポラリーな作法でやるという両面あわせもっているのは、これもライルがカントリー界でやってきてそこから学んで応用しているのかもしれないと思えます。

 

ラスト11曲目「オン・ア・ウィンターズ・モーニング」なんか、ペダル・スティールをからめてカントリー・ソングふうに前半は演奏されるのに、ディキシーランド・ジャズそのまんまなホーンズのからみあいでフェイド・アウトする終盤へのスムースな移行を聴いて、そんなことを考えました。

 

(written 2022.6.12)

2022/06/12

ジャジー・カントリー二題(1)〜 マイケル・ファインシュタイン

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(3 min read)

 

Michael Feinstein / Gershwin Country
https://open.spotify.com/album/2GtxGWETtIqgwN8KwclWvP?si=2rnxUippQjmpswQXM9LqYw

 

萩原健太さんのブログで知りました。
https://kenta45rpm.com/2022/03/15/gershwin-country-michael-feinstein/

 

ジャジー・カントリーというかカントリーなジャズというか、そのへんの区別がつかないミックスというかクロスしたようなアメリカ音楽がすっかりトレンドになっていますよね。近年のこの流れはおそらく2002年デビューのノラ・ジョーンズが直接的源泉でしょう。

 

しかしさかのぼればウィリー・ネルスンの『スターダスト』が1978年に出ていましたし、その後ウィリーは同路線の作品も現在まで継続的にリリースしています。またそもそもずっと前からウェスタン・スウィングっていうものがあるんで、ジャズとカントリーの融合はなにも21世紀にはじめられたことじゃないわけです。

 

マイケル・ファインシュタインの新作アルバム『ガーシュウィン・カントリー』(2022)もそんな系譜に連なるもの。デビューがガーシュウィンでだった歌手で、現在まで一貫してティン・パン・アリー系のアメリカン・ソングブックを歌ってきている存在(Wikipediaには “revivalist” とはっきり書いてある)、さもありなんな一作ですね。

 

アルバム題どおりガーシュウィンの有名曲(はジャズ歌手がよく歌ってきた)をカントリー・ミュージックふうに料理してみせたというもので、両ジャンルの近接性を如実に証明しています。録音は例によってナッシュヴィルで。ジェリー・ダグラスはじめ当地の腕利きミュージシャンがバックをつとめているのもいい味わい。

 

さらに、トラックリストを見ればわかるように一曲づつ豪華なゲスト歌手が参加してマイケルとデュオで歌うのも楽しいところ。アリスン・クラウスみたいに個人的にも大好きなあたりはほんとうに気持ちいいですね。またラストの「エンブレイサブル・ユー」に参加しているライザ・ミネリは本作のアルバム・プロデューサーでもあります。

 

全編基本アクースティックなサウンドで構成されていて、それもなんですが、おだやかで静かでくつろげるトゲのない音楽に仕上がっているのは、近年の世界的なポップス潮流に乗っているともいえましょう。オーガニックっていうかナマの質感がしっかり聴きとれて微笑みます。

 

ですが、そんな流行のことを言わなくたって、もともとガーシュウィンの世界はどんなものだったか?アメリカン・ソングブックとは?ジャズとは?カントリーとは?という認識のルーツ的根本に立ち返っているだけだとも考えられますね。

 

(written 2022.6.11)

2022/06/11

カビール・シャアビなシャンソン 〜 イディール

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(3 min read)

 

Idir / Ici et Ailleurs
https://open.spotify.com/album/5pFD8nwMcsalVTJp3fZQcd?si=EdigYfQyREuXCEPGxVebtQ

 

エル・スールのホーム・ページで見つけたイディールの最新作『Ici et Ailleurs』(2017)。2020年に新型コロナウィルス感染症で亡くなっていますので、結局これが遺作ということになっちゃいました。

 

見かけたジャケットがシブくていいな〜と感じて、さがして聴いてみたんですが、いいですよね、これ、かなりいい。イディールはアルジェリア出身カビール系の歌手で、長年フランスで活動しましたが、この遺作にはそんなキャリアが如実に反映されています。

 

歌われているのはシャンソンなどフランスの曲で、一曲ごとさまざまに豪華なフランス人歌手たちをゲストに迎えデュオで歌っています。なかにはシャルル・アズナヴールやアンリ・サルヴァドールといった大物もいたりして。

 

イディールも基本フランス語のままで歌っていますが、特筆すべきはやはりアレンジと伴奏サウンド。完璧なるカビール・シャアビのマナーでやっているんですよね。それこそがぼくにとってのこのアルバムの魅力。もう1曲目の出だしから鳴るマンドールのきらびやかな響きはどう聴いてもアラブ・アンダルース。

 

こういった作法でシャンソンなどフランス語の歌を料理したものというと、2014年にHKの『脱走兵たち』がありました。あれがたいへん好きでくりかえし聴いていたぼくの嗜好からしたら、同一傾向といえるイディールのこれもヘヴィロテ確実なんですね。

 

そもそもこの手のものってフランス発信で世界に出てきたに違いなく、いはゆるパリ発ワールド・ミュージックの一つとして(ライなどふくめ)アルジェリアのアラブ・アンダルースなシャアビが拡散されてきたわけです。じゃなかったらぼくに情報が届くわけないですから。

 

それらを担った全員がアルジェリアから来てフランスに住むようになった歌手たちで、フランスに住むがゆえシャンソンなどに触れる機会も多く、だったらじゃあそれを自分たちのやりかたでやってみようじゃないか、となるのは自然な成り行きだったでしょう。

 

だからHKもイディールもそんな在仏マグレブ移民文化の申し子なわけで、フランスの歌をフランス語のままで、しかしアラブ・アンダルースなシャアビ・マナーにリアレンジして自分たち流にやるっていうところに、移民なりの抵抗とアイデンティティの確認行為があるわけです。

 

イディールの本作は、しかもひときわ哀感やわびしさ、孤独感が強くにじむ音楽になっていて、特にフランス語ではなくカビール語に翻案して歌っている数曲なんか、北アフリカからの移民生活とはかくも厳しくつらいものなのかと、まるで二度と戻れない失われたルーツを絶望とともに想うといった味がします。

 

(written 2022.4.30)

2022/06/10

気軽に聴けるリラックス・ムードなアラブ古典器楽奏 〜 ジアード・ラハバーニ

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(3 min read)

 

Ziad Rahbani / Bil Afrah
https://open.spotify.com/album/2srLQVOY35dvehNh8hSvbB?si=e_dWqhCnQP6GvyZkKwtZ5w

 

bunboniさんのブログで知りました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2019-06-08

 

レバノン人歌手フェイルーズの子にしてピアノ奏者、コンポーザー、プロデューサーのジアード・ラハバーニが、まだ若かったころにリリースしたインスト・アルバム『Bil Afrah』(1977)。くつろげてとてもいいですよね。

 

アラブ古典器楽奏なんですけど、こういうとなんだか崇高で敷居が高くてちょっとね…、と敬遠しがちな向きもおありじゃないかと思います。しかしジアードの本作にそんな懸念は無用。庶民的なカフェ・ミュージックといった趣きで、とっつきやすいんです。約37分とサイズも手頃。

 

このアルバムの背景となっている社会的な問題については上でリンクしたbunboniさんの記事にすべて書かれてあるので、ぜひご一読くださいね。ちょっと聴いてみるだけのぶんにはその手のことは気にならず、まったく聴きやすく親しみやすいジャム・セッションで、ぼくもそういったところが気に入っています。

 

ジアード自身の曲や有名他作などとりまぜて、それをテーマにバンドが自由闊達に即興演奏をくりひろげる様子が、アルバムにはしっかり収められています。さらに親しみやすさと臨場感を演出しているのが、スタジオ現場での演奏中にやりとりされる人声です。

 

笑い声をあげたりはやしたてたりしゃべりかけたりハミングしたりなど、ナマナマしいともいえますが、ここでは演奏時のリラックス・ムードをうまく伝えることに成功していて、楽器演奏の格好のスパイスになっています。ジアード以下レコーディング・メンバーは緊張せずノビノビと楽しんでいて、まさしく自宅サロンでやっているような普段着姿のアラブ古典器楽奏といった趣き。

 

端正でかしこまった典雅なものが多いアラブ古典音楽世界においても、実は演奏者たちもこういったくつろげる日常を送っていたんだろう、スタジオでのレコーディング時は厳正なムードになるにしても、ふだんの自宅の部屋のなかではこんなリラクシング・ミュージックを奏でて家族や友人と談笑し楽しんでいたはずだ、といった想像をたくましくするのに十分なジアードの本作なのでした。

 

(written 2022.4.17)

2022/06/09

失われた「さくらの唄」〜 門松みゆき

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(3 min read)

 

門松みゆき / さくらの唄
https://open.spotify.com/track/1uFfVfprXk3NvdWwu8dF5L?si=50025d08ffb04fb9

 

第七世代の一人に数えられる若手演歌歌手、門松みゆきの新曲「彼岸花咲いて」(2022)が五月末に出ましたが、そのカップリングで同時リリースされた「さくらの唄」が暗くて悲しくってすばらしく、惚れちゃいました。もちろんぼくはサブスクで聴いているんです。

 

個人的にはみゆきのこのヴァージョンではじめて出会った曲だったんですが、ひょっとして?と感じるものがあって調べてみたら、初演は美空ひばり(1976)です。その前に曲を書いた三木たかしみずから歌ってレコード発売しているらしいので、正確にはひばりのもカヴァー。

 

作詞がなかにし礼で、曲ができた経緯についてはウィキペディアでぼくも読んだだけですから、どうしてここまで絶望に満ちた陰鬱な歌なのか?気になるかたはぜひ検索して読んでみてください。

 

三木たかしヴァージョンはサブスクはおろかYouTubeでも見つからず。ですからひばりの二つのヴァージョン(76、2016)と今回のみゆきのと、それからSpotifyで曲検索をかけたら加藤登紀子と香西かおりが出てきましたから、計五つ、プレイリストにしておきました。
https://open.spotify.com/playlist/4y0dmEvpDLA2SMEgWsquwf?si=9612dd3b4ac04398

 

そもそも「さくらの唄」というのがあるということを、2022年、演歌歌謡関係者以外いったいどれだけが憶えていたでしょう。ひばりの76年オリジナルだってまったく売れず、そもそもカヴァーをレコーディングし発売するというのはこの歌手にとって前例がなく難色を示したそうです。

 

死後の2016年になって、ひばりがギター伴奏のみで歌唱する別バージョンの存在が初発見され、オリジナルもふくめEPとして再発売されたんですが、やはり話題にならなかったはず。つまり「さくらの唄」というのはだれにも存在を認められていない失われた曲というにひとしいわけです。

 

それを門松みゆきサイドは今回どうしてとりあげようと考えたのでしょう。もちろんそんなことは想像もつかないことですが、ひばりのギター・ヴァージョンに基本則しながら、+ピアノ+ベース+パーカッション+チェロでサウンド・メイクされているように聴こえます。

 

2ヴァージョンともおだやかでふくらみのある笑みすら声にたたえて歌っていたひばりに比べ、みゆきの「さくらの唄」にはある種の気高さすら感じるきびしさとシビアさに満ちていて、いずれがいいか好みはそれぞれでしょうが、個人的にはスティール弦アクースティック・ギターの響きもふくめみゆきのが好きです。

 

これで、どうでしょう、ひばりみたいな存在が歌ったにもかかわらず一般のファンはもはやだれも憶えていない、存在しなかったも同然の曲だった「さくらの唄」が甦り、(はじめて)命を吹き込まれ世間に認知されるということになるでしょうか。その可能性は低いと言わざるをえませんが、ぼくには忘れられない一曲になりました。

 

(written 2022.6.8)

2022/06/08

これなしでは生きられない五つのアルバム

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(3 min read)

 

5 Albums I Can’t Live Without
https://open.spotify.com/playlist/0AixTBNeKL4XLoIkqeBJXr?si=c6209b7ebbb04669

 

・Teddy Wilson / The Teddy Wilson
・Nina Wirtti / Joana de Tal
・Dr. John / Duke Elegant
・原田知世 / fruitful days
・坂本冬美 / ENKA III 〜偲歌〜
(順不同)

 

こないだなにかでふらっとスザンナ・ホフス(バングルズ)の記事『5 Albums I Can’t Live Without』というのを見つけ、読みました。
https://www.spin.com/2022/05/5-albums-i-cant-live-without-susanna-hoffs/

 

ちょっと真似して、ぼくもこういうのを選んで書いておいてみようかと。たった五つと限定(しないとおもしろくない)するわけですから、かなり迷います。あれもこれも外れちゃう。マイルズもプリンスもいないなんてねえ。

 

つまるところ「60年の人生で」というより「いまのぼく」にとってほんとうに大切で不可欠な音楽だけ選んだということです。それが誠実だと思いますから。それでもあれを追加してはこれを外しのくりかえしで、これでいいのか?といまだ躊躇が消えず。でも思い切ってここらでエイッと出します。

 

1)テディ・ウィルスン / ザ・テディ・ウィルソン

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 こういった1930年代後半スウィング・ジャズのコンボ・セッションが死ぬほど好き。日本独自企画による二枚組レコードだったもので、全曲もとはSP音源。(このアルバムとしては)CDも配信もありませんが、忘れられず。これさえあれば生きていける。
https://open.spotify.com/playlist/6ivp7METpWgzpizCJI2GHV?si=33a70cf442984f8a

 

2)ニーナ・ヴィルチ / ジョアナ・ジ・タル

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 ブラジルの歌手。この2012年作は小粋でこじんまりしたサロンふうのサンバ・ショーロで、個人的嗜好のどまんなか。しゃれた伴奏もオーソドックスなニーナの声もチャーミングだし、録音というか音響もすばらしい一作。
https://open.spotify.com/album/0Oivkm8f3O3YIIvPEJJr05?si=L9HCc143SIOLEzv6QhBu9Q

 

3)ドクター・ジョン / デューク・エレガント

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 まごうかたなきアメリカン・ブラック・ミュージック。なんだかんだ言って結局のところこういったファンキー・グルーヴがぼくの人生には必要なんでしょう。デューク・エリントンの原曲もドクター・ジョンらの再解釈も絶品で、筆舌に尽くしがたい生理的快感。
https://open.spotify.com/album/32944vJtxt5vMbR8dAMViB?si=JKPydqw6TjGo_CvIFDtV4Q

 

4)原田知世 / fruitful days

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 4と5は伊藤ゴローと坂本昌之というふわっとやわらかく静かでおだやかな和める二名のサウンド・クリエイターがぼくには必須になったということです。ふだんいつも聴いている知世は自作プレイリスト『ベスト of 伊藤ゴロー produces 原田知世』なんですけど、オリジナル・アルバムを選んでおきたかった。
https://open.spotify.com/album/4qEzXvDAgusrcMi5O5dWr7?si=tzjlGjSZS0KjiyvTEaSDDg

 

5)坂本冬美 / ENKA III 〜偲歌 〜

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 こういうのは岩佐美咲が導いてくれた世界ってことですよ。冬美の『ENKA』シリーズ計三作でアレンジのペンをとった坂本昌之が、スタンダードな古典演歌をまるでフィーリンみたいなソフトでなめらかな世界へ変貌させて、冬美のヴォーカルも淡々としたおだやかさを獲得。もともと演歌好き人間だったぼくはもうゾッコン。
https://open.spotify.com/album/4N1LO6cSf23N1eiYRWcBOY?si=u5k-Zu2gTLqx_YjdBjZ3wQ

 

(written 2022.6.6)

2022/06/07

しあわせふしあわせあわせて人生さ 〜 岩佐美咲「初酒」

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(4 min read)

 

岩佐美咲 / 初酒
https://open.spotify.com/playlist/4NBCjQqqne9ZbXk7ZnNqTn?si=7428c022ef284c14

 

岩佐美咲の全オリジナル楽曲10個のうち、愛好度どんどん増しなのが「初酒」(2015)。ファンにより、やっぱりデビュー曲の「無人駅」がいいとか、最大のヒット曲「鞆の浦慕情」がすばらしいとか、常に最新楽曲を推したい(いまは「アキラ」)とか、さまざまだと思いますけど、ぼくにとっては「初酒」。前から好きだったけど、このごろますます。

 

なにがそんなにか?って、秋元康の書いた歌詞がぐっと胸に迫るというか癒しなんです。1コーラス目出だしでいきなり「生きてりゃいろいろとつらいこともあるさ」。このテーマに沿った歌詞が最後まで展開されます。つまり、生きづらかったり苦しんでいたり孤独に悩んだり、そういうひとのための歌なんですね。「しあわせふしあわせあわせて人生さ」。あたりまえのことだけど。

 

そもそも美咲の曲ってほとんどぜんぶが暗い悲恋、失恋、苦恋ばかりで、もうそれしか歌っていないんじゃないか、なんだったらそっち分野専門の歌手なんじゃないかと思いたくなるほどなんですが、それはたぶん制作サイドが演歌の常道、定型にはめているというだけのことなんでしょう。

 

それなのに「初酒」だけは例外。ずんどこ調のビート(はこの「初酒」に出会うまで嫌いだった)は前向きの推進力をもった人生の応援歌で、メロディ・ラインもそう。またねえ、それを歌う美咲のヴォーカルが、初演ヴァージョンではなにげなくストレートにこなしていますが、近年ライヴでは声質やトーンを曲のなかで歌詞の意味にあわせさまざまに使い分けるようになっていて、ピンポイントでこちらの弱点をついてきます。

 

1995年生まれの美咲にとって、成人してお酒が解禁になった年のリリース曲だったもので、秋元はじめ制作陣も、じゃあお酒をテーマにちょっと一曲といった程度のきっかけにすぎなかったはず。それがいまでは人生の辛苦をなめてきた人間にはこの上なく沁みる歌へと成長しました。

 

このことを強く実感したのはナマ美咲初体験だった2018年2月4日の恵比寿ガーデンホール。昼夜二回のコンサートだったんですが、その開幕昼の部のオープニングが「初酒」だったんです。あれでぼくの涙腺は崩壊しボロボロに泣いてしまって、となりにすわっていたかたのその後のお話では「周囲半径2メータくらいにいたお客さんはみんな気づいていたと思います」。

 

2019年秋リリースだったCD『美咲めぐり〜第2章〜』(初回限定盤)には、ちょうどそんな時期のライヴ・ヴァージョン「初酒」が収録されているので、いかにこのころの美咲の歌がすばらしかったか、手元のパソコンでワン・クリックしさえすりゃ味わえます。

 

もう初演のスタジオ録音とはぜんぜん違って、声に華やかさや艶がこもっているんですね。明るさや輝きもグンと増していて、笑みすら聴きとれるヴォーカル・トーンでこんな歌詞をそっとやさしくぼくらの心の芯奥に届けてくれる美咲のやさしさが沁みてきて、だからこそ「初酒」みたいな内容の歌がいっそうの説得力をもって響いてくるんですよね。

 

(written 2022.5.27)

2022/06/06

『デューク・エレガント』こそNo.1デューク・エリントン・ソングブックにしてドクター・ジョンの最高傑作

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(4 min read)

 

Dr. John / Duke Elegant
https://open.spotify.com/album/32944vJtxt5vMbR8dAMViB?si=SPCSJFvBR5-WEHzJskj5zA

 

1999年の発売当時から熱烈に支持してきたドクター・ジョンのアルバム『デューク・エレガント』。ここ数ヶ月また頻繁に聴きかえすんですが、いまとなってはこのデューク・エリントン・リイマジンドこそドクター・ジョン生涯のベスト1、最高傑作だったと信じるようになっています。

 

これでしかデュークの曲を聴いていない、はじめて聴いたっていうみなさんなら、ずいぶんとブルージーでファンキーな曲を書くコンポーザーだったんだなと感じるはず。でもってその印象でOKなんですね。そういった部分にこそこのデューク再解釈集の意義があるんです。

 

1920〜40年代のアメリカ大衆音楽としては可能なかぎり最大限のファンキーさをふりまいていたのがデューク。そもそもあの当時から「ジャズと呼ばないで、”ブラック・ミュージック” にしてほしい」とおおやけに発言するくらいでした。

 

そんなデューク・ミュージックの本質をドクター・ジョンはつかまえて、1990年代的なファンク・ミュージックに仕立てあげているわけで、アメリカン・ブラック・ミュージックとしての歴史的連続性、現代的意義深さを証明しているわけです。

 

『デューク・エレガント』ではバックもまたいい。Lower 9-11と呼ばれるバンドで、個人的には特にデイヴィッド・バラード(ベース)とハーマン・アーネスト III(ドラムス)で支えるリズムの土台部が超絶カッコいいと感じます。タイトに引き締まっていてシャープで痩身、でありながらふくよかにグルーヴするさまにはシビレます。

 

3曲目「スウィングしないと意味ないぞ」なんかでもリズムのカッコよさに降参しちゃいますが、1930年代のスウィングとは現代的にはファンクのことだったというドクター・ジョンのこの再解釈、定義づけがみごとにはまっていて、曲も甦っています。こ〜んなカッコいい「It Don’t Mean A Thing」、聴いたことないですよ。

 

インストでやっている(アルバムにけっこうあり)10曲目「生々流転」も、原曲はなんでもない12小節定型のジャズ・ブルーズだったんですけど、ここでのドクター・ジョンらによるファンク・レンディションはどうですか、最高にグルーヴィじゃないですか。ファンクとはかくあるべしというお手本みたいな演奏で、その土台にはブルーズがあったことをきっちり証明しています。

 

ブルーで印象派ふうだったプリティなバラードの6「孤独」と8「藍の雰囲気」も、おとなしくたたずんでいるみたいだったオリジナルから一転、スウィートでメロウなコンテンポラリーR&Bチューンへと変貌しています。デュークのはシリアスなオーラすらあったのが、ドクター・ジョンのはソファでゆったりくつろいでいるような日常的でおだやかな演奏で、静かになごめます。

 

そして、ドクター・ジョンらの再解釈力、演奏提示能力に驚き感心すると同時に、デュークのコンポジションがもとからこうした柔軟性、コンテンポラリー・ファンクにもなりうるだけの可能性、ふところの深さをはじめから秘めていたんだということにも気づかされ、あらためてその偉大さにためいきがでます。

 

このようなリイマジンドでこそデューク・エリントンという音楽家がどんだけすばらしかったのかよくわかるので、だから『デューク・エレガント』こそ最高のデューク・ソングブックであり、ドクター・ジョンの最高傑作だと言っているんです。

 

(written 2022.4.16)

2022/06/05

ンゴニ・アンサンブルがカッコよすぎ 〜 バセク・クヤテ

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(2 min read)

 

Bassekou Kouyate & Ngoni Ba / I Speak Fula
https://open.spotify.com/album/2yhgRkaosqI6YcpPQGsTpR?si=iqtTNdJrQeeL19zcP-KMEQ

 

マリのンゴニ奏者、バセク・クヤテのアルバムでぼくがいちばん好きなのは2009年の『I Speak Fula』。グルーヴィで颯爽としていてカァ〜ッコいいんだもん。特に冒頭三曲のノリよい爽快なビート感とぐいぐい来る感じはたまりません。

 

ンゴニを筆頭に快速でからみあう弦楽器類とパーカッシヴなグルーヴ、そして気高い歌が織りなすサウンド・テクスチャーはまさに傑作の名にふさわしく、しかもマリ伝統音楽の集大成ともいうべきもので、その後の指標となるべき重要作だと当時位置付けられたかもしれません。

 

バセクもこのアルバム以後数作出していますけど、個人の感想としてはこれを超える作品があったと思えず、最新作はたしか2019年の『Miri』でしたっけ、かなりいいですけど、でもこのひとのンゴニや歌、そしてンゴニ・グループのカッコいいアンサンブル・ワークを聴きたくなったらぼくは『I Speak Fula』をクリックしています。

 

多彩なゲストをたくさん招いているというのも特色で、カセ・マディやトゥマニ・ジャバテもいるし、カラフルな音の色彩感と非日常的なハレの感触は、このアルバムの音楽がなにかスペシャルなものだというオーラとなって聴き手に伝わります。

 

電気アンプリファイせず、生楽器演奏だけで組み立てた結果のこの痛快なグルーヴ・フィールとおだやかであたたかい質感は、オーガニック・ミュージックのルーツがアフリカにあるだろうとの感想をいだかせます。

 

(written 2022.4.14)

2022/06/04

プリンスのブルーズ ver.2.0

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(4 min read)

 

Prince / Blues
https://open.spotify.com/playlist/4Jc3s1hCpHJjxLmV4n2ez0?si=ac923c3a90084aee

 

1. The Question of U (1990, 90)~ from “Graffiti Bridge”
2. 5 Women (1991, 99)~ from “Vault: Old Friends 4 Sale”
3. Peach (1992, 93) ~ from “The Hits / B-Sides”
4. The Ride (1995, 98) ~ from “Crystal Ball”
5. Purple House (1999, 2004)~ from “Power of Soul: A Tribute to Jimi Hendrix”

 

プリンスのやったブルーズについては、だいぶ前に一度書いたことがあります。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/post-1b43.html

 

この後知ったこともあるし、あのころまだあまりよくわかっていなかったこともふくめ、あるいはサブスクでプリンスの(ほぼ)全音源が解禁されたので手軽にちょこっと聴いてみることができるようになりましたから、またあらためてもう一度書いておきます。

 

プリンスがその録音人生で残したブルーズ楽曲は、現在リリースされている範囲でいうとぜんぶで五曲。それをいちばん上でリストにしておきました。曲名右のカッコ内は、推定録音年、収録アルバムのリリース年。このうち1「ザ・クエスチョン・オヴ・U」だけがかっちりした12小節定型ではありませんが、こりゃどう聴いてもブルーズでしょう。

 

2以下の四曲は12小節3コードのどブルーズといっていいもの。ジミ・ヘンドリクス「レッド・ハウス」の焼きなおしである5「パープル・ハウス」だけがサブスクにありません。収録アルバム『パワー・オヴ・ソウル』はジミヘン・トリビュートで、さまざまなミュージシャンが参加しているものでしたから、権利関係的にむずかしいのかも。

 

がそれもYouTubeにはあります。公式アップロードじゃないのでご紹介しにくいかもという気がしないでもありませんが、ひょっとしてそれでお聴きになった中から、これならCD買ってみたいぞというかたが出現する可能性も考慮すれば、リンクを貼る価値があるかと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=whbewejw-g8

 

この「パープル・ハウス」とかで聴けるように、プリンスもまたくっさ〜いファンキー&ブルージーなどブルーズをときどきやりました。こういった世界がもとから大好きでたまらないぼくなんかには、しかもプリンスがそれをやっているということで、歓喜の涙を流しそうになってしまいます。も〜快感。

 

特にギターにファズなどのエフェクターをぎんぎんに効かせてダーティに弾きまくるさまには、もうほんとヨダレたらしそうになってくるほどで、好きなんですよねえ、こういったエレキ・ギター・ブルーズが。プリンスだってこれでもかと下世話にあおりまくっていて最高。ぶいぶいうなるエレベはラリー・グレアム。

 

その意味では「ザ・ライド」も同じです。ミネアポリスはペイズリー・パークでのライヴ収録だったもので、ここでもナスティなブルーズを披露してくれています。ブルーズの快感とはこうした一種の音楽的劣情を刺激してくれるところにあるんじゃないかと思うんで、プリンスもそれをよく承知していたということでしょうね。

 

「ピーチ」なんかサブスクでは “explicit” マークがついているくらいで、歌詞はそのものずばり。8ビート・シャッフルの曲調も下品で最高ですが、「パープル・ハウス」「ザ・ライド」あたりと比較すれば、ギター・サウンドにダーティさがうすいかも。まずまずきれいにまとまっているんじゃないですか。

 

「ザ・クエスチョン・オヴ・U」と「5・ウィミン」はB. B. キング的っていうか、「ザ・スリル・イズ・ゴーン」系みたいに聴こえるモダン・ブルーズ。特に「5・ウィミン」のほう。この二曲はプリンスのブルーズにしてはさっぱりしていておとなしいと感じます。

 

いつもではなかったにせよ、こうしたブルーズ演奏を残してくれたっていうことを考えると、プリンスってちょっと古いタイプのブラック・ミュージシャンだったのかもしれませんよね。

 

(written 2022.1.27)

2022/06/03

マイルズ・ブートのことだって聞かれれば知っていることはすべてお答えします

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(10 min read)

 

このブログのアクセス解析を見ていると、どうもマイルズ・デイヴィスのブートレグCDはなにを買えばいいか?推薦品はどれ?っていう種類の情報を求めて訪問されているケースがわりとあるようです。

 

記事へのコメントというかたちで水面上に出てくることはほとんどないんですけど、なにかチラチラとこちらに伝わってくるものがあります。以前はブログをお読みになったということで(なぜか)TwitterのDMでブート購入アドバイスを求められ、ていねいにお返事するといきなり「先生」と呼ばれ、おおいにめんくらったことも。

 

たしかにマイルズについてたぁ〜っくさん書いてきたし(中山康樹さん亡きあとたぶんぼくがいちばん書いているはず)、そのうち最初の数年はブートの話もちょこちょこしていました。違法物体であるブートCDはおおっぴらに話題にしにくいせいで、マイルズでもオフィシャル・アルバムほどの情報がゲットしにくいですから。

 

それでもソーシャル・メディアやブログでぼくがマイルズ・ブートの話をあまりしなくなったのは、基本的に音楽はサブスクで聴くということになったというのが最大の理由。地下CDしかない世界で、音楽家や会社にちゃんとロイヤリティを払うSpotifyなどにブート音源があるわけないじゃないですか(が、実はマイルズもちょっとだけある)。

 

さらに、2022年、もはやマイルズ・ブートはほぼ出尽くしたのではないかという感触もあること。本人が亡くなった1991年9月を皮切りにまるで堤防が決壊したかのごとく一時期はリリース・ラッシュだったんですけど、2015年ごろからかなり落ち着いてきているようにみえます。15年というと中山さんが亡くなった年。

 

いちおう細々とチェックは続けているものの、個人的な興味もほぼ消滅しかけているというのが正直な気持ち。公式アルバムだけで90作ほどもある音楽家で、それらをしっかりていねいに(サブスクででも)聴きかえせばいまだにハッとする気づきがあったりするわけですし、「マイルズ・ブート」という世界は終わりつつあるようにもみえます。

 

それでもマイルズ界に新規参入されたかたがたにとっては新鮮味があるに違いなく。背徳感に満ちた禁断の領域に足を踏み入れるのはスリリングですからね。もうそこを抜けつつあるぼくは、そうしたファン向けの、なんというか一種の「マイルズ・ブート入門」的なことを書いておこうなんて気はほぼありません。

 

だってねえ、いくら書いたって、読んだその場でサッと聴ける公式音源と違って、初心者はどこで買えばいいかもわからないでしょうから。看板も出していないような雑居ビル二階の一室に構えた専門ショップ(at 渋谷)が見つかっても、決して安価じゃない。一枚ものでも4000円近くすることもあり。

 

貴重で必須の研究資料としてきたブート音源も、重要で意義深いものは主にレガシー(コロンビア)がだいぶ公式化しました。『カインド・オヴ・ブルー』(1959)レコーディング・セッション時の完成形別テイクをふくむ一連のスタジオ・シークエンスも出たし(『カインド・オヴ・ブルー』レガシー・エディション)、

 

1970年6月のフィルモア・イースト 4 days だってまるごと公式発売されました(『マイルズ・アット・フィルモア - マイルズ・デイヴィス 1970:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol.3』)。

 

ジョン・コルトレインやウィントン・ケリーらを擁したレギュラー・クインテットで1960年春に行った欧州ツアーだって公式化したし(『ザ・ファイナル・ツアー:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol.6』)、

 

67年冬の欧州ツアーもあって(『マイルズ・デイヴィス・クインテット:ライヴ・イン・ユーロップ 1967:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol. 1』)、

 

名高い73年ベルリン・ライヴだって公式化ずみ(『マイルズ・デイヴィス・アット・ニューポート 1955-1975:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol.4』)。

 

一部がリアルタイムで『ライヴ・イーヴル』に収録発売され、こ〜れはソースを聴きたいぞっ!とファンが渇望し続けていた1970年12月のワシントンDC、セラー・ドア 4 days ライヴも、ブート四枚バラで出て狂喜乱舞即購入した直後に公式リリースされたんですからね(『ザ・セラー・ドア・セッションズ 1970』)。

 

その他た〜くさん、公式発売されました。ここ10数年で。

 

それら、ぼくら世代のマイルズ・ファンには長年ブートしかなく、研究のためと思えば買わずに知らん顔というわけにいかなかったんですけれど、公式化されたんですからひと月¥980のサブスクでどれもぜんぶ不足なく聴けるので、ぼくだってそうしているんです。

 

スタジオ正式録音がブートでリリースされるのは関係者からの横流しでしょう。倉庫にちゃんと残っているわけですから、エステートと会社がその気になりさえすれば公式化は容易だし、1970年代のスタジオ未発表音源なんかは公式ボックスのブックレット記載の曲目欄に「これは日本のブートレグでこういう曲名になっていたものだ」と付記されてあったりすることがあって、笑いました。

 

ライヴ・ソースで、オーディエンス録音じゃないマトモな音質のものは、現地のラジオやテレビで当時オン・エアされたものを使っています。そうじゃないとライヴ会場でサウンドボード録音なんてできませんし、音楽的な審美や価値を判断するにはちゃんとした音質じゃないとむずかしく。

 

1960年の欧州ツアーだってラジオ放送、67年の欧州ツアーもそうだし、なぜかいまだにほんの一部しか公式化しない69年ロスト・クインテットのライヴも欧州各地のラジオ放送音源からブート化しています(もっと公式化してほしい)。

 

1973年、75年の日本ツアーからも高音質ライヴ・ブートが数種出ていますが、いずれもNHKなどでテレビ放送されたものです。当時あるいは再放送でごらんになったというファンがいまだに大勢いらっしゃるはず。

 

そういった放送音源が公式化するのは、レガシーなどが放送局と交渉し、権利を買い取っているわけです。

 

会社が正式にライヴ録音したにもかかわらず一部しか、あるいはまったく、発売していないというものは、年月を経ればボックスものなどでリリースされるケースばかり。1970年フィルモア 4 days やセラー・ドア・ライヴはそう。音質までまったく同じものがなぜ公式発売直前にブートでリリースされるのか、謎ですけどね。やはり会社内部からの流出でしょうか。

 

ともあれ、マイルズ・ミュージックをじっくり楽しみ考察する上で絶対に欠かせない重要なものは、大半が公式リリースされました。むろんきちがいじみたマニアはどんなものでも買いまくり隅々ををほじくって微細な差異を聴きとり楽しむんですが、一般的なファンなら、いまやマイルズ・ブートを執拗に追いかける意味なんて、ほぼないのでは?

 

そんなことにお金と労力を費やす余裕があるなら、公式アルバムをもっとじっくり聴き込めば収穫も多いですのに。

 

公式アルバムはメインの食事で、ブートっていはばサプリメントみたいなもん。食事せずにサプリばかり飲んでいるのって無意味だし本末転倒でしょう。マイルズ・ブートばかり掘っているファンって、だいたいが公式音源の話を滅多にしませんが、聴き込みすぎてもう飽きたのでブートということ?あるいはブートを追いかけることじたい目的化し行為に酔っているのなら、立ち止まって考えなおしてみたほうがいいのかもしれません。

 

くりかえしますが、山ほどある公式アルバムだけでも人生をかけてじっくり取り組む価値と深み、奥行きのある音楽家がマイルズ・デイヴィス。ぼくなんか公式作品のどれ聴いてもいまだネタが尽きず新鮮ですけどね。

 

(written 2022.4.15)

2022/06/02

新作『X-Cross IV-』で聴く石川さゆりの新世代感

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(5 min read)

 

石川さゆり / X-Cross IV-
https://open.spotify.com/album/119pcXgNdYLQf0mNk7jVVb?si=wgkNqJ_MTqCP-vnV28u19g

 

石川さゆりの新作アルバムが出ましたが、なんなんですかねこのジャケット?そもそも『X-Cross IV-』(2022)というアルバム題だってどう読んだらいいかわからないし。

 

調べてみたら、どうやらジャケ・デザインはクリエイティブ・ディレクター箭内道彦率いる東京藝術大学美術学部デザイン科第2研究室の学生らとのコラボ作品らしいです。顔みたいなのがさゆりかな。アルバム題の読みはよくわからず。

 

中身も、このジャケットとタイトルが端的に表しているといえます。Xというのはクロスということらしく、収録曲はさまざまな(演歌系ではない)音楽家とのコラボというかクロスによってできあがっている内容です。それを一覧にしておきました。

 

~~~~~
1「虹が見えるでしょう」X NARGO/谷中 敦(東京スカパラダイスオーケストラ)
 〜 作詞:谷中 敦、作曲 NARGO、編曲 村田 陽一
2「琥珀」 X 阿木燿子/宇崎竜童
 〜 作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童、編曲:斎藤ネコ
3「人生かぞえ歌」 X 亀田誠治
 〜 作詞:いしわたり淳治、作曲編曲:亀田誠治
4「いつか微笑むとき」X NARGO/谷中 敦(東京スカパラダイスオーケストラ)
 〜 作詞:谷中 敦、作曲 NARGO、編曲 村田 陽一
5「本気で愛した」 X 布袋寅泰
 〜 作詞:いしわたり淳治、作曲編曲:布袋寅泰
6「再会」 X 加藤登紀子
 〜 作詞作曲:加藤登紀子、編曲:斎藤ネコ
7「ふる里に帰ろう」 X 神津善行
 〜 作詞作曲:神津善行、編曲:松本峰明
8「残雪」 X 加藤登紀子
 〜 作詞作曲:加藤登紀子、編曲:斎藤ネコ
~~~~~

 

目立つのはスカパラの二曲と加藤登紀子の二曲でしょう。実際、音楽としてとびぬけておもしろいと思えます。ことさらグッと胸をつかまれたのは登紀子とクロスした「再会」と「残雪」。この二曲こそ本アルバムの白眉でしょう(個人の感想です)。

 

人生のさいごのさいご、死ぬ前にどうしてももう一度だけ会いたいと願い届いた二行の手紙に心を動かされてしまう情景をつづった「再会」は、メロディも人間的なやさしさと美しさに満ちています。オーケストラ・アレンジは松本峰明かな、それもすばらしいメロウさ。

 

いっぽう人間という存在の本質的な孤独をテーマにした「残雪」のほうは、寒くきびしいメロディ・ラインが、かえって生身の鮮血を感じさせ、きわだった気高さと寂寥感、だからこその崇高な美を表現しているといえます。登紀子の書いたこれ、すばらしい曲じゃないですか。もうこればっかり聴いてしまうな。

 

さゆりのヴォーカルは完璧に2020年代的な新世代スタイルへと脱皮していて、いまだ「津軽海峡冬景色」「天城越え」などしかあたまになければ、えっ、これがあの石川さゆりなの?同じ歌手なの?と不思議に感じるかもしれません。

 

でも正統派の有名演歌歌手が違うことをやる、他ジャンルとのミックスというかクロスにチャレンジしてみるというのは、実はずっと前からけっこうあって、八代亜紀だってジャズ・アルバムを出したことがあるんですから(『夜のアルバム』2012)、一段若いさゆりがこうした歌を聴かせるのに違和感はありません。そもそもXシリーズの四作目みたいですし。

 

スカパラとやったのはスウィング・ジャズ・スタイルだったり、おしゃれで都会的なボサ・ノーヴァだったり。阿木宇崎とやったのや布袋と組んだのがややフレンチ・ポップスみたいだったりして。

 

かと思うと亀田誠治のと神津善行の二曲はいずれも従来的な演歌的世界観というか、つまり農村共同体的なものを、やはりトラディショナルなメロディとサウンドでくるんでありますが、それでもさゆりのヴォーカルはあっさりさっぱりしていて、おだやかでストレートな発声。

 

(written 2022.6.1)

2022/06/01

このリマスターでぶっ飛んだ 〜 ツェッペリン、ストーンズ

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(6 min read)

 

いまは(ほぼ)サブスクでしか音楽を聴かなくなったので、リマスター盤とかSACDとかその他各種高音質ディスクのたぐいとは縁がなくなり興味も失せつつあるんですが、CDをどんどん買っていた時代にはそりゃあ気にしていました。

 

音質なんか聴いてもよくわかんないのにねえ。でも音質の差がわかるような耳の持ち主じゃないぼくだって「こりゃとんでもない!」と、かけた瞬間自室スピーカーの前にすわったままの姿勢で3メーターくらいうしろに飛んだようなCDがありました。

 

それがレッド・ツェッペリンのリマスター・ボックス四枚組(正式名称なし、1990)と、ローリング・ストーンズのベスト盤『ジャンプ・バック』(1993)。この二つは、どんなチープなオーディオ装置でもどんな耳でも、聴けばビックリ仰天したはずです。

 

それくらいそれまでの従来盤CDと比べ音質が著しく向上していたんです。1990年代前半ごろというとCD時代になってやや時間が経ち、レコードで聴いていたのより音が悪いとかこんなはずじゃなかったとかいう声も高まっていた時期でした。ジャケットの色味とかもレコードのそれと違っていたりの不満があって。

 

CDメディアの登場で、会社側も最初のうちはなにも考えずそのままCDに焼いて売っていたんでしょうが、音を記録したり再生したりする仕組みがレコードとは異なっているので、CDにはCD用のリマスタリングが必要ということがまだ認識されていなかったと思います。

 

ジャズやロックなどの古典的名作の初期盤CDはそんな時期に出たものでしたから、たしかにぼくらもイマイチに感じていましたよね。それを音楽家や会社側が認識するようになり、実際現物も聴いてみて、「こんな音じゃなかったはず、これではダメだ」とマスタリングをやりなおすようになったんです。

 

それが1990年代前半〜なかごろの話。ツェッペリンのばあいは当時ジミー・ペイジが「市場にでまわっているCDの音はぼくらの音じゃないから、やりなおすことにした」とちゃんと語っているのをどこかで読んだ記憶があります。

 

要するにスタジオでバンドがレコーディング時に出していたオリジナル・サウンドに近いものをCDでも再現したかったということで、マスタリングをCD用にイチからやりなおして、ちゃんとした音質でリリースされた最初のものがゼップのリマスター・ボックス四枚組です。
https://en.wikipedia.org/wiki/Led_Zeppelin_Boxed_Set

 

これぞジミー・ペイジ本人の手がけたオリジナル・サウンドだ!っていうんで、ぼくも実際聴いてみて、それまでのものとはまったく違うあざやかでくっきりしたサウンドの立体感とクリア感に驚いたんですよね。これだよこれ!これがツェッペリンの音だ!と快哉を叫ぶものでした。

 

ストーンズの『ジャンプ・バック』(93)のほうは、このバンドがヴァージンに移籍して最初にリリースされたベスト盤です。ストーンズは配給会社を変えるとそのたびにまずベスト盤をリリース(して、その後ゆっくりとニュー・アルバム製作に入っていく)という慣習があります。

 

べつにミックやキースのメディア向け発言(リマスターするとかなんとか)はなかったと思うんですが、勤務していた國學院大学の生協購買部で(当時のニュー・リリース・アイテムとして)『ジャンプ・バック』を見つけて、いいかも?買ってみようかなとなんとなく思っただけです。
https://en.wikipedia.org/wiki/Jump_Back:_The_Best_of_The_Rolling_Stones

 

そいで自宅へ持って帰ってかけてみて、ぶっ飛んだんです。1曲目が「スタート・ミー・アップ」で、出だしで最初にキースの弾くギター・リフのあと一瞬空白があるんですけど、その空間にただよう余韻と空気感とセクシーさがタダゴトじゃなかった。いままで聴いてきた『タトゥー・ユー』CDっていったいなんだったのか?!と口あんぐり。

 

その後も全曲この調子で、聴きながら、あぁこれはいままでのストーンズCDとはまったく音が違う、根本からマスタリングをやりなおしたんだと確信できました。リリース時に『ジャンプ・バック』を聴いたファンは全員そう感じたはずです。だれが聴いてもわかる新しさでしたから。

 

その後ヴァージンは(たしか1994〜95年ごろ)ストーンズの全アルバムをその音質でリリースしなおしました。リアルタイムの新作でいえば『ヴードゥー・ラウンジ』『ストリップト』のころ。だからぼくはあのときストーンズのアルバムをすべて買いなおしたんです。

 

ツェッペリンにしろストーンズにしろ、その後もなんどか新リマスター盤が出ていますけど、これらを超える新鮮な感動、はっきりいって驚天動地のというほどのぶっ飛び感は味わったことがありません。いちおう買ったりはしていたんですが、もはやこれ以上大きく音質アップしないとわかったので。

 

Spotifyなどサブスクに入っているのがどのヴァージョンの音か、何年リマスターとか明記されていないものは聴いても判然としないことも多いですが、いずれにせよあの1990年と93年の音がその後も基準というか土台になっているのは間違いありません。

 

(written 2022.3.26)

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