失意や逆境のメランコリアとぬくもり 〜 コステロ&バカラック
(3 min read)
Elvis Costello, Burt Bacharach / Painted From Memory
https://open.spotify.com/album/0rhmwOflgYrPntNuEe8chN?si=aOVUD3cOQXi1EcS2tAZ5ag
エルヴィス・コステロの全作品でいちばん好きなのが、バート・バカラックと組んだ『ペインティッド・フロム・メモリー』(1998)。実質的にはバカラックのアルバムと呼んだほうがよさそうな内容で、コステロ・ファンには歓迎されなさそうな趣味ですよね。
そもそもパンク/ニュー・ウェイヴ・ムーヴメントのなかから出現したようなコステロはさほどぼくの趣味ではなく、どれを聴いてもあまりピンときたことがなかったくらい。反対にバカラックのことは大好きで、そのつむぎだす限りなく美しいコード進行とメロディ・ラインのとりこであり続けていたというのが事実。
だから、そんな二人がコラボしたらどんな感じになるか?という不安の入り混じる期待感があったんですが、アルバムを聴いてみて、1曲目「イン・ザ・ダーケスト・プレイス」の冒頭部、コステロが歌い出した瞬間にシビレちゃって、涙腺が崩壊。ためらうようにゆらめきながら入ってくるイントロ・サウンドも美しく、デリケート。
そのためらいとゆらめきは、まさに恋をした人間だけが持つフィーリング。それを音にしたものなんですよね。まごうかたなきバカラック・サウンドだと聴けばわかるこのエロス。それをつづるコステロの声もすばらしく響き、いままでの苦手意識はなんだったんだ?と思わせる陰影の絶妙なすばらしさ。
もうこの1曲目だけで『ペインティッド・フロム・メモリー』は傑作だと確定したようなもの。アルバムを貫いているトーンは失意、絶望、逆境で、しかしそれでもほのかに見える希望のようなものを暗示するポジティヴネスがただよっていて、ぼくのための音楽だろうと、いまだに聴くたびやっぱり生きていこうと思いなおします。
かすかな春の訪れを感じさせるピアノのメロディとゴージャスなオーケストレイションがきわだつ3曲目「アイ・スティル・ハヴ・ザット・ガール」、まるで抒情派ロマン映画の一シーンから切り出してきたようなピアノとオーケストレイションをバックに、去って行った恋人が夢のなかにだけ現れるという慨嘆を切々と歌う7「マイ・シーフ」。
バカラック・サウンドの典型的な特徴であるフレンチ・ホルンを中心としたふわりとやわらかいブラス・アンサンブルも、1996年の先行曲だった12「ガッド・ギヴ・ミー・ストレングス」ほかアルバム中随所で用いられていて、ひょっとして(ブランクを経た)バカラックにとってもスペシャルな傑作の一つになったのでは、と思わせる異様な充実を感じます。
オール・ジャンルで1990年代を代表する一作でしょう。
(written 2022.4.22)
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