« Spotifyに殺意をいだくとき(2)〜 リイシューものジャケット問題 | トップページ | 軽快に歌いピアノを弾く 〜 ナット・キング・コール『アフター・ミッドナイト』 »

2022/07/08

バンドエイドのアワトーンがほしい(黒人への共感と同化願望)

255745977_1052182375575151_6430381944385

(6 min read)

 

2021年の初春ごろからアメリカ合衆国で販売されるようになったバンドエイド(ジョンソン・エンド・ジョンソン)のOurtone。肌の色が濃いみんなも着けやすいようにと絆創膏のカラーを工夫したもので、五色あります。まさに多様性尊重の時代だからこそですね。

Bandaid_200617171746

これ、しかし日本では売られていないんですよ。ぼくはただの東アジア系黄色人なので従来カラーのバンドエイドでいいのに、なぜか発売直後から濃色のアワトーンがほしくて、各所さがしたり、一度か二度はジョンソン・エンド・ジョンソンのカスタマー・サポートにじかに問い合わせてみたりもしたんですが、やはり不可でした。USアマゾンなどから個人輸入するしかないみたい、いまのところは。

 

日本だけでなく、そもそもアメリカ合衆国以外では買いにくいものなのかもしれませんね、バンドエイドのアワトーン。怪我なんかしてなくてもペタッと貼りたいくらいなんだけどなぁ。

 

ぼくのこういった思考や行動は、ひとえにブラック・ピープルへの共感と同調願望ってことです。言ってみれば「黒人になりたい」、とまでは過ぎているとしても「ブラザーの一員になりたい」とか、そんな気分で。そうなったきっかけはもちろん17歳でジャズ・ミュージックにはまったこと。

 

ベージュ肌のぼくにアフリカ系の血は一滴も流れていない(んじゃないかと思う)し、黒人、特にアメリカの黒人に近づくための現実的な行動なんてなにもしたことがないと言えるので、こういうのも気分だけ、言ってみているだけの、要はフェイクってことなんですけども。

 

ジャズで最初に買ったLPレコード二枚はMJQの『ジャンゴ』とトミー・フラナガンの『オーヴァーシーズ』。前者の四人も後者のトリオも全員黒人です。ぼくは最初のうちそれを知りませんでした。ただただひたすら楽しい魅力的な音楽だと思って、ほぼ電撃的にジャズに惚れてしまったわけです。

 

それでレコードをどんどん買い、ライナーノーツを読み、関連する本や雑誌を熟読するようになってみて、はじめてジャズ・ミュージシャンには黒人(ばかりじゃないけども)が多いということを知り、さらに一般にアメリカ社会で黒人がどんな立場におかれてきたか、どんな生活を送ってきたのかも知るようになってみて、それでようやくぼくのなかに怒りというか、ここまで理不尽なことはないだろう!というやるせない気持ちが芽生えてきたんです、大学生のころ。

 

フラナガンの『オーヴァーシーズ』B面1曲目は「リトル・ロック」というタイトルなんですが、この楽しいブルーズ・ナンバーの曲題がなにを指しているか、かなりしばらく経って理解するようになったんですよね。

 

おりしも公民権運動がさかんだった時期に誕生したようなジャズ・アルバムが最初のうちはかなり好きだったので、たとえばチャールズ・ミンガスやマックス・ローチとか聴きながら、これら音楽のこういうフィーリングはいったいなんだろう?なぜ怒りや抗議を表明しているの?ということも、聴きはじめて数年後に納得するようになったことです。

 

もっと古く、1920年代から「ブラック・アンド・タン・ファンタシー」(デューク・エリントン)や「ブラック・アンド・ブルー」(ファッツ・ウォーラー、ルイ・アームストロング)といったジャズ・ソングだってあるし、この手の人種差別問題はジャズ史を一本貫く定常的なテーマみたいなもんですよね。

 

こうしたアメリカン・ブラック・ピープルについての(日本人なのになぜか)憤りに満ちた認識は、もう古いんだろう、時代遅れなんだろうとある時期以後思うようになって、おおやけの文章で表明したりはしないようになっていたんですが、そうじゃないんだとあらためてわかったきっかけは、2020年初夏以後のBLM運動のもりあがり。

 

BLMに関連したようなブラック・ミュージック・アルバム、ブラック・フィルムもここ二年ほど増殖するようになっているし、アメリカ合衆国社会で黒人がおかれている状況は要するになにも変わっていない、いまだ根深い(構造的な)偏見と差別に身をさらし危険な目に遭いながら日々戦闘的に生きている、音楽づくりをしているんだなあと、痛感しています。

 

ジャズや、あるいはブルーズとかソウルとかファンクとか、こういった音楽がぼくにもたらしてくれる恩恵の大きさ、心の芯奥に沁み入り、身体の骨の髄から自然発生的に噴出しそうになる愉快さと感動の深さを考えるとき、それを産み出している黒人音楽家本人は直後にも白人警官に射殺されるかもしれないなんていう社会の事実があるとなれば、そのことに黙っているなんて、なにもしないなんて、到底できないのです。

 

バンドエイドの濃色アワトーンをなんとか日本にいながら入手してみたところで、アメリカ合衆国黒人へシンパシーを示しているかのようなたんなる自己満足でしかないのかもしれませんけれども。

 

(written 2022.7.7)

« Spotifyに殺意をいだくとき(2)〜 リイシューものジャケット問題 | トップページ | 軽快に歌いピアノを弾く 〜 ナット・キング・コール『アフター・ミッドナイト』 »

自分語り」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« Spotifyに殺意をいだくとき(2)〜 リイシューものジャケット問題 | トップページ | 軽快に歌いピアノを弾く 〜 ナット・キング・コール『アフター・ミッドナイト』 »

フォト
2022年10月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ