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2022年8月

2022/08/31

ピーター・アースキンのキャリア最高傑作 〜 スティーリー・ダン『アライヴ・イン・アメリカ』2曲目「グリーン・イアリングズ」

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(4 min read)

 

Steely Dan / Alive In America
https://open.spotify.com/album/66rBZ848b4aO0hCJQF6GGc?si=jyxN1lbtR8e-31kIAiwG5A

 

スタン・ケントン楽団時代(1972〜)、メイナード・ファーガスン時代(75〜)を経て、78年ウェザー・リポートに起用され一躍名をあげたドラマーのピーター・アースキン。ちょうどジャコ・パストリアス在籍時代と重なりバンドの人気絶頂期だったこともあってか、名声を確固たるものとしましたね。

 

ウェザー・リポートでも最初のころはやや頼りないドラミングが散見されましたが、同バンドで経験を積んで立派な演奏を聴かせるようになったピーターの、そのキャリア最高傑作はスティーリー・ダンのアルバム『アライヴ・イン・アメリカ』(1995)2曲目の「グリーン・イアリングズ」に違いありません(私見)。93年9月10日カリフォルニアでのライヴ。

 

ライヴ・アルバムとしてはスティーリー・ダンにとっての一枚目にあたるこの作品は1993年と94年のアメリカン・ツアーから収録されていて、それぞれメンバーが微妙に違います。ドラマーにかんしては93年がピーター・アースキン、94年がデニース・チェインバーズ。ゆえに本作で聴けるピーターは2、6、8曲目。

 

CDだと付属ブックレットにドナルド・フェイゲン本人の書いた一曲ごとの一言メモが載っていて、それによれば8曲目「サード・ワールド・マン」にかんして “Erskine perfect” となっていました。また2「グリーン・イアリングズ」と編集でメドレーみたいにつながっている3「菩薩」でデニチェンを “awesome” と表現。

 

プロの耳と一般素人の耳は違うもんだとはいえ、ぼくにはどう聴いても「グリーン・イアリングズ」でのピーターのドラミングこそNo.1。傑出しているし、しかも最高に心地いいノリだと思えます。跳ねるバック・ビートが完璧じゃないですか。ウェザー・リポート時代にここまでの演奏はなかったように思います。

 

イントロ〜歌メロ部分からすばらしいですが、なんど聴いても惚れ惚れとためいきが出るのが間奏へ入ってのギター・ソロ部、特に転調する前まで。そこでのピーター独自のスネア使い、ハタハタ・ドラミングと一般に言われるスタイルはあまりにも快感で、ぼくなんかギターを聴かず、ドラムスにばかり耳がいっちゃいます。

 

一曲を通しハイ・ハット、シンバル、スネア、タム、ベース・ドラムを駆使してピーターが織りなす打楽器模様はあたかもタペストリーのよう。曲とアレンジをとってもよく理解していて、ヴォーカルとバンドのサウンド全体を活かせるように徹底して考え抜かれた有機的な構成です(ここはウェザー時代に鍛えられたのでしょう)。

 

まるで歌っているみたいなドラミングでもあり、ビートの根底をこれ以上なく堅実に支え推進させるヴィークルとなり、歌や楽器ソロを引き立ててみずからも存在感を立派に証明しているっていう、これほどまでの演奏をピーターがやったことあったでしょうか。疑いなく最高傑作でしょう。

 

1970年代からスタジオ密室作業でのドラムス演奏にはこだわりまくったフェイゲンだけに、バンド解散後初のライヴ・ツアーをやるとなってドラマーの選択にはうるさく注文をつけたはず。ピーター・アースキンをまず最初に起用したというのには妥当性があったと納得できるできばえを示しているのがこの「グリーン・イアリングズ」です。

 

(written 2022.8.4)

2022/08/30

My Favorite 梅朵(精選版)

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(4 min read)

 

My Favorite 梅朵(精選版)
https://open.spotify.com/playlist/1yDx2eyj8j3DZJSgVere0L?si=02fdeca98bbd4783

 

マジすばらしいし、七曲30分と選りに選ったので、ぜひちょっと聴いてみてほしい『My Favorite 梅朵(精選版)』プレイリスト。ぼくがつくりました。梅朵(メイドァ)は1970年北京生まれの中国ポップ歌手。孙露(は遼寧省出身でずっと若い)きっかけで知り、梅朵にもハマって、もはや抜けられず。

 

梅朵の魅力をひとことにすれば「さわやかに香る笑み」。聴いていると吸い込まれてしまい、身動きできない、じっとこのままでいたいと思えてくるような心地よさ、快適な明るさがあります。曲がそもそもそうしたメロディなんですが、梅朵のこねくらないふわっととした軽快なヴォーカルでそれがいっそうきわだちます。

 

それにしても七曲までしぼるのは難儀しました。プレイリスト『孙露 Mix』で耳にして惚れてしまい、ある意味孙露以上に好きかもと思え、Spotifyで聴けるだけのものをぜんぶ聴いちゃおうとみてみたら、141曲10時間半。ベテランにしては少ないでしょうが、梅朵はどうも2016年デビューみたいです(百度百科情報)。

 

1970年生まれなのにデビューは遅かったんですね。SpotifyにはアルバムとEPが一つづつあるのを除き、ほかはシングル・ナンバーのみ大量に。ここは百度情報と食い違うところですが、フィジカルとサブスクの差っていうことでしょうか。そもそも梅朵のCDは日本にいながらだとどこで買えるんでしょう?

 

とりあえずSpotifyで聴ける梅朵141曲は漏らさず聴きました。それでまず最初30曲くらいのプレイリストにして、そこから厳選して12曲まで減らし、最終的に「精選版」七曲となったわけです。サブスクで、それもまったく見ず知らずの歌手へのとっかかりとしては、自分もみなさんも短いほうがいいだろうと。すべてシングル曲です。

 

いずれもほんとうにとっても心地いいんですが、曲の作者を見ても当然ながら知らない名前ばかり。プロデューサー欄は空白で、このさわやかサウンドをだれがアレンジしつくりあげているのか、とっても知りたいです。名前の漢字表記だけわかってもちんぷんかんぷんでしょうけどね。

 

ビートはすべて打ち込み。それ以外の部分もかなりデジタル・サウンドっていうかプログラミングされたコンピューター・サウンドです。そこにピアノやギターやサックスなどの演奏楽器もうまく交え、さらにこれ、頻用されているのは古筝でしょうか、その音色に聴こえるんですが、伝統的というより不思議にコンテンポラリーに響くっていうマジック。

 

なかでも個人的にいちばんメロメロなのは3曲目に入れておいた「有没有一种思念永不疲惫」(2020)。この曲では中国楽器の使用なし。なんですかね、このさわやかなよい香りは。晴天のもと通りすがりにふわっとただよう柑橘系の香気を思わせる空気感。アクースティック・ギターのシングル・ノートとそのバックに薄くからむシンセ・サウンドっていうイントロだけでノックアウトされますが、そこに人力演奏みたいなオーガニックふう打ち込みドラムスが刻みはじめたその刹那、もう昇天。

 

歌がはじまってからの梅朵のヴォーカルもひたすら心地よい緑の草木のごとき。明るくやわらかい陽光が注ぐ公園をゆっくりお散歩して、小鳥や蝶がひらひら舞い、小川の水がさらさら流れていく 〜 まるでそんな光景のさなかに身をおいたかのような気分で、もうただひたすらの癒しです。

 

(written 2022.8.28)

2022/08/29

くつろぎのデュオ・ショーロ 〜 ロジェリオ・カエターノ、エドゥアルド・ネヴィス

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(3 min read)

 

Rogério Caetano, Eduardo Neves / Cosmopolita
https://open.spotify.com/album/3mikQP8Exhf7iuwy7UJMZn?si=gzf9Kr3eQaW5VjOENChQpw

 

bunboniさんのブログで知りました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-03-20

 

ブラジルの七弦ギターリスト、ロジェリオ・カエターノ2015年の『Cosmopolita』は、とにかくジャケット・デザインが好みなので、それだけでちょっと聴いてみようとSpotify検索したっていうこのルッキズム人間なんとかならんのか。

 

ともあれ本作はロジェリオのギターで管楽器奏者エドゥアルド・ネヴィスとデュオをくりひろげたショーロ・アルバム。このジャンルではよくある規模です。ひとによってはソロだってときどきやる分野ですから。

 

本作でエドゥアルドはテナー・サックスとフルートを吹いています。七弦ギターとのこじんまりしたサロン・ミュージックふうな落ち着いたデュオ・ショーロとして、前半にはややコケティッシュでユーモラスな乾いたフィールもちょっとあるっていう、そこらへんも味わいですね。

 

4曲目くらいからはしっとり濡れたような感覚のサウダージに満ちていて、たいへんすばらしい。管楽器が大きくゆったりとしたメロディ・ラインを吹くあいだギターは細かく刻んでいたりして、そうしたカウンター・パートというかせめぎあいがイキイキとしたグルーヴを生んでいるなとわかる部分も多いです。ショーロでは通常的な手法ですけどね。

 

ところでその4曲目「Rosa e Cora」がきれいなバラードで、とっても美しく、ぼくは大好き。ギター中心の演奏で、だれの曲だろうと思いクレジット欄を開けても空白。ちょっと残念です。ピシンギーニャあたりがときどき書いた名バラードのおもむきがあります。

 

美しいバラードといえば後半8曲目「Amigos」もそう。ここではテナー・サックスがしっとりとつづり、ギターはそれに伴するコントラポントを弾いています。4曲目もそうだけど、暖かな人間的情感のこもった音楽で、こういうの、マジ、いいんです。10曲目もそうか。

 

高速で明るく軽快に疾走するものだってあるし、バラエティも豊富。全体的には落ち着いた雰囲気のアダルトな楽しみに満ちた音楽といえ、部屋でいつもひとりたたずんで音楽を聴いている身にはすばらしいくつろぎタイムとなってくれます。

 

(written 2022.7.28)

2022/08/28

事前録音オケのすきまに飛び込むのはむずかしいはずだけど 〜 岩佐美咲「初酒」

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岩佐美咲 / 初酒
https://open.spotify.com/album/1L306YUGFppfJ5zdR8KmQz?si=xHzN40S8QtKzKa9G7wy6_w

 

ヤバいヤバい八月も下旬だというのにまだ岩佐美咲関係の記事が一個もないよ〜。うっかり月が終わってしまうところでした。毎月一個のペースを心がけたい、それがぼくの推し活だと思っていますから、きょうなんとか書いておきましょうね。

 

美咲の歌の伴奏は、ライヴ現場なんかでも(少数の例外を除き)基本カラオケなんですけど、だから事前に完成済のスタジオ・ヴァージョンと同じ演奏を美咲は聴きながらそれにあわせて歌っています。この事実を踏まえると、この曲のこのパートはちょっとむずかしいんじゃないか、それなのに完璧だと思うものがありますね。

 

典型例が「初酒」(2015)のエンディング。マイ・モスト・フェイバリット美咲ソングなだけあって、日常的に実に頻繁に聴いているんですが、これの終わりで「二人二人で〜」・「やるかぁ〜」のこの二つのフレーズのあいだストップして空間ができているでしょう。ここ。

 

「やるかぁ〜」は伴奏がストップして無音のところに飛び込むように歌い出されるんですけど、歌いはじめのタイミングを計るのがちょっとむずかしいだろうと思うんです。これは「初酒」をカラオケ(第一興商DAM)で歌ったことのあるみなさんなら実感されていることのはず。

 

ずっと同じ定常テンポに乗っているのであればブレイクが入ってもそのままいけるんですけど、「初酒」のそこはいったんビートが止まって全休止になってしまいますからね。伴奏のオケが再開するのにあわせてそれがはじまらないうちから声を出すのは勇気いりますよ〜。タイミングどんぴしゃはむずかしい。

 

そらあれだおまえ、おまえが素人だからそう思うんだろう、美咲はプロだぞ、もうなんかい「初酒」を現場で歌ってきたと思ってんだ!(なんかいだっけ?わいるどさん)と言われそうですが、こういうのは熟練のプロでもピッタリあわせるのがむずかしいんだというのを、ジョンが歌うビートルズの「ハピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」(『ホワイト・アルバム』)で理解していますね、ぼくは。

 

あの1968年ごろからのビートルズはマルチ・トラック録音技術の進展にともなって、事前オーヴァーダビングのくりかえしで伴奏を完成させておいてから最終盤でヴォーカルだけ録音するというやりかたをとりはじめていました。「ハピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」もそう。この曲もエンディングで美咲「初酒」同様のテンポが止まる空白があって、そこにジョンの声が飛び込む仕組みになっているんですね。

 

ジョンは完璧にタイミングをあわせられておらず、事前録音のバンド演奏カラオケとほんのちょっとだけズレちゃっていますからね。やりなおすこともできたはずですがそのまま商品としてリリースしちゃうっていうギクシャクがいかにもあのころの内紛まみれだったビートルズらしさを物語るところ。

 

こんなパターン 〜 エンディングで伴奏がいったんストップしてテンポのない空白となり、一瞬間をおいてから歌手が歌い出し、あわせて伴奏も再開するという 〜 この手のアレンジは、実はよくあるもので、なかなかドラマティックで感動的に聴こえるものですから、歌の世界では頻用されています。

 

歌も伴奏もその場での同時ナマ演唱であれば、事前にリハーサルを重ねておいた上で本番では歌手とバンドが呼吸をあわせていけばいいんですけど、事前録音済のカラオケ使用だと、バンドのほうがあわせるということはありえないんですね。だから歌手側が工夫して慣れていくしかないんですよね。その点「初酒」での美咲はいつもパーフェクト。

 

(written 2022.8.24)

2022/08/27

マイルズ・デイヴィス新入門ガイド 2022

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(5 min read)

 

ブログのアクセス解析をながめていると、ぼくはどうやらマイルズ・デイヴィスの専門家とみなされているようで、もちろんそうです。ここのところはなんだかマイルズ入門としてどこから聴けばいいの?っていうたぐいの情報を求めてごらんになっているケースが多少あるのかもしれないな、という実感があります。

 

ブートレグでそういった記事をあらためて書く気はあまりなくなったと以前言いましたが、公式アルバムならその場でサッとSpotifyリンクを貼ってご紹介できるので、サブスク時代のいま、じゃあ書いておこうかな、マイルズ再入門ガイド2022を。

 

ひょっとしてあらたに or はじめてマイルズを聴いてみたいけど、アルバム数も情報量も多すぎて、とりあえずなにを聴けばいいか戸惑ってしまうという(お若くなくても)リスナーはいらっしゃるでしょうからね。いまふたたびのマイルズ・ブームかどうかはわかりませんが。

 

そいで、マイルズ入門的なガイド・ブックはいままでた〜っくさん出ました。Webにも同種の記事は多いです。そういうのに掲載される機会の少ない、しかしほんとうに上質の音楽なんだけどなぁ、どうしてあまり話題にならないの?っていうあたりを書くのがぼくの仕事でしょうから、そのへんを中心に以下九作。

 

リリース年(カッコ内)順に並べました。パッとごらんになって、ジャケット・デザインがいい感じだからこれにしようかなっていうような選びかたでおっけ〜。お勉強的なことじゃなく、楽しまなくっちゃね。

 

1)Miles Davis and Milt Jackson Quintet / Sextet (1956)

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 軽快で明るいブルーズ中心。油分の薄いさっぱりした演奏がいいですね。ミルト・ジャクスンがうまあじなので、ヴァイブラフォン好きにも推薦できます。
https://open.spotify.com/album/6QV1iyREyud3AGQZxf8Yt7?si=0bO1cQCUTnSBFREcjNDAfg

 

2)Miles Ahead (57)

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 ギル・エヴァンズと組んだオーケストラ作品で、ソロはもっぱらマイルズをフィーチャー。きっちりアレンジされた管楽器の響きと動かしかたがマジきれいで、ため息しか出ず。
https://open.spotify.com/album/6WOddaa5Vqp8gQZic8ZUw9?si=VuwQINz7QXOl8n5yrvGxtA

 

3)Someday My Prince Will Come (61)

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 かわいらしくおだやかで日常的な、とんがったところのまったくないサロン・ミュージック。レギュラー・コンボでの落ち着いた丸みのある演奏が心地いいです。
https://open.spotify.com/album/68A4o4tkirJRFYbO9Ag0YZ?si=nc_NVZ8ARm-Cp8knwz-hHw

 

4)In Person, Friday Night At the Blackhawk, San Francisco, Volume I (61)

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 (3)のバンドでのライヴ。「サタデイ」もありますが、ぼくは「フライデイ」が好き。配信には完全版しかないので、オリジナルLPどおりのプレイリストにしておきました。リズム・セクションの明快なスウィンギーさに熟達の味がよく出ています。
https://open.spotify.com/playlist/2gDinlJa9TevAPKk1h6Nvw?si=35ce9b806b5647ae

 

5)Miles In Berlin (65)

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 マイルズ・バンドによる「枯葉」はこれがいちばんいいような(トニーの印象派ドラミングもみごと)。ウェイン・ショーター加入後の初録音で、すでに甘みと情緒感を抑え鋭角的に斬り込んでいく新時代のジャズ・マナーが全体的に聴けます。
https://open.spotify.com/album/0Eyp5TVXsL4z6arSvy7DMB?si=5FvsCowiSYSBC40r_VEKDg

 

6)Filles de Kilimanjaro (69)

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 電気楽器を使ったカリブ〜アフリカ路線。数年前からの気分ではマイルズのNo.1傑作に選んでもいいのでは?と思っているくらい。ソウル〜ロック〜ファンクへのアプローチがあきらかになった時期ですね。
https://open.spotify.com/album/7pFyY6SvB0XlUKp8srk8Az?si=AoC5Rn0bSpWWj-vW4Ri7Pg

 

7)In A Silent Way (69)

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 なんだか90年代以後のクラブ世代にもアピールできるチルでドープな作品のようにいまでは聴こえ。とにかくさわやかでカッコいいし、静的でクールなたたずまいだってコンテンポラリーだし、もはや『ビッチズ・ブルー』(70)より断然こっち。
https://open.spotify.com/album/0Hs3BomCdwIWRhgT57x22T?si=eiuM4PjYRt-WOpoFXfPOpg

 

8)A Tribute To Jack Johnson (71)

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 ストレートでカッコいいギター・ロックなので、ロック好きにもいけるはず。特に1トラック目の「ライト・オフ」。これがマイルズ・バンドでのデビューだったマイケル・ヘンダスンのベースもファンキーでグルーヴィ。
https://open.spotify.com/album/0xr31or2qYglJpiX6pODjY?si=G3t_P2_WSx-kxrC8mkf1Pg

 

9)Doo-Bop (92)

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 ラッパーのイージー・モー・ビーとのコラボで、サンプリングとデジタル・ビートを基調にしたヒップ・ホップ・ジャズ作品。先鋭的な感じはなくて、すっと聴きやすくポップなのがいいですね。ハーマン・ミュートをつけたトランペット・サウンドは50年代から変わらぬマイルズだけの水銀の音。
https://open.spotify.com/album/28IDISyL4r5E5PXP0aQMnl?si=QAKzcV1uQ4OR2jsgNB2baQ

 

~~~
マイルズ関係の教科書的な歴史的名盤ガイドみたいなのは、ホント、たくさんあふれかえっていて、ちょこっと調べればいくらでも出ますので、きょうはそういったあたりを迂回するようなセレクションを書きました。享楽の一助となれば幸いです。

 

(written 2022.8.24)

2022/08/26

大都会ジャカルタの夜の妄想お散歩BGM

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(2 min read)

 

v.a. / Lagu Baru Dari Masa Lalu, Vol.1
https://open.spotify.com/album/5b2swSWZfAc8EZ5v0VTzSi?si=lBLQQNYcTTGpqFk_LNkB6A

 

インドネシアついでということで、これも。やはり大都会ジャカルタらしい洗練された音楽で同じくEPですけれど『Lagu Baru Dari Masa Lalu, Vol.1』(2021)。エル・スールで見つけた去年聴いてはいましたが、なんだか後まわしになっていました。でもいまこの真夏こそタイミング。

 

そう、このアルバムの音楽はまさに夏向き。きのう書いたアルディート・プラモノと違い、こっちはぜんぜんレトロじゃなく、コンテンポラリーなR&B/ポップスなんですけども、都会的に洗練されていておしゃれな感じがするというのは共通項。

 

それもアメリカ合衆国発祥のいまや世界のどこにでもある21世紀型ポップスで、インドネシア色なんかはたぶんちっともありません。ぼくがなぜ聴いてみようと思ったかというと、ひとえにジャケットの雰囲気が都会的でいいなと感じたから、それだけ。ジャケ惚れというほどじゃないにせよ、それに近いものがありました。

 

Spotifyのトラックリストでミュージシャン名のところを見ても知っている名前はいませんが、エル・スール情報によれば「『プリマヴェーラ』も好評発売中のヴィラ・タリサや同国のR&B〜ポップ・シーンを代表するアンディエンなどの現在人気沸騰中の女性SSWたちがインドネシア・インディ・シーンの重要人物モンド・ガスカロ他とコラボレートしたナンバーを収録」とのことで、要は簡素なコンピレイションなんでしょうね。

 

ジャケがいい感じですから、それをながめてなんとなく都会の夜のネオンを目にしているような妄想気分にひたって、そうしながらこうした音楽を聴き、ちょっとおしゃれなムードを味わいながら心地よいひとときをすごすような、そんな楽しみのためのBGMとして格好じゃないでしょうか。個人的には四曲目がいちばん好き。

 

(written 2022.7.30)

2022/08/25

インドネシアZ世代のレトロ・ポップス 〜 アルディート・プラモノ

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Ardhito Pramono / a letter to my 17 years old
https://open.spotify.com/album/48SUVfdwm8K3U67cS5QC2h?si=jp-3hgyeRRCAqkE7dYtcqw

 

三年前の記事ですけどMúsica Terraでこうしたレトロ・ジャズ・ポップスを知るのはめずらしいですね。
https://musica-terra.com/2019/12/17/ardhito-pramono/

 

五曲たった16分ほどのEPで、しかも2019年の作品ですけども、インドネシアはジャカルタのシンガー・ソングライター、アルディート・プラモノの『a letter to my 17 years old』(2019)は今年知ったぼく好みの音楽。1995年生まれですから完璧新世代です。

 

これがすばらしくレトロっていうか、1930年代的スウィング・ジャズのマナーでやったのが二曲あります。ジャカルタではそういった音楽が戦後もしばらく流行していたし、国際的大都市ならではの洗練もあって、2020年代の若手新世代ミュージシャンまでその流れが来ているのかもしれませんね。

 

しかもインディ・リリースとかじゃなくて、最大手のひとつソニーから出ているんですもん。アルディートは14歳から音楽活動を開始し、その後オーストラリアで学びながらYouTubeで自作曲を発表し、2017年にソニーと契約しているみたいで、『a letter to my 17 years old』はそのファースト・アルバムです。

 

1曲目からいきなり2/4拍子のスウィング・ジャズ全開。なんなんですかね、この30年代マナーは。ホーンズやギターの使いかた、さらにコージー・コール(おぼえてる?)みたいなスネア・ドラムのブラシ・プレイなど、どこからどう聴いてもタイム・スリップしたような感覚におそわれます。

 

もう一個は4曲目。やはり2/4拍子で、これなんかスウィングを飛び越えてディキシーランド・ジャズのスタイルに近づいているもんなあ。アルディートのちょっとしゃべっているみたいなヴォーカルも曲想によく似合っていますよね。なんかもうひとり別の男声が聴こえるような。

 

これら以外だって、たとえば2曲目は60年代ブラジリアン・ポップスふう、をアメリカ合衆国人がやっているみたいなフィーリングで、懐かしさハジケます。3曲目はおだやかなピアノを中心に据えたやはり50年代っぽいジャジー・ポップス。5曲目はアクースティック・ギター弾き語りのいはゆるシンガー・ソングライター然としていて。

 

どれもこれも、すでに死に絶えたということになっている過去の(日本でいえば昭和な)音楽スタイルばかりで、新世代はたぶんむかしを懐かしむというより21世紀になってはじめて出会ったような新鮮さをこの手のポップスに感じて取り組んでいるんでしょうね。ぼくらの世代には懐古的と聴こえるけれど、いまのZ世代にはコンテンポラリーなリアリティがあるのかも。

 

(written 2022.7.29)

2022/08/24

孙露 Mixで聴くチャイニーズ・ポップス良き

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孙露 Mix
https://open.spotify.com/playlist/37i9dQZF1EIW9iW7WOze8X?si=6f4e136480104693

 

個人的にもうメロメロの中国歌手、孙露(スンルー)。最近そればかり聴いている日常なので、さっき8/22夜、Spotifyに『孙露 Mix』というプレイリストが出現しました。もちろんぼく向けにAIがカスタマイズしたもので、計50曲約三時間半、いんや〜、心地いい。

 

孙露ヘヴィロテだからできたプレイリストなので、50曲の中身はもちろん孙露中心。くわえ同傾向のおだやか淡白路線なチャイニーズ・ポップスをミックスしてあるっていうわけ。簡体字表記の人名曲名が並んでいますので、おそらくすべて中国大陸(内地)歌手なんでしょうね。

 

まったく無知な分野ですが、孙露と同傾向のおだやか系ばかりチョイスされているっていうのは、世界の流れに沿うように近年の中国ポップスにもそうした流れがあるんでしょうか。それともAIが自動判断できるようにその手の情報までデータとして分析・蓄積されているのかなあ。

 

いずれにせよ、この『孙露 Mix』で流れてくる中国歌手たちの歌は、いまのぼくのフィーリングにぴったり。そういうジャンルなのかもしれませんが、ドラマティックでもダイナミックでもなく、声を荒めに強げたりすることなどちっともなしに、しとやかなメロディ・ラインをひたすらソフトに平穏につづるだけだっていうのが、いまのぼくには最高にくつろげる音楽に聴こえるんですよ。

 

無知だから、孙露以外だれひとり知りませんでしたが、なかにオオッこれはひときわすばらしいと思ってメモしておいた歌手もできました。それが梅朵(メイドァ)。百度百科で調べてみたら、1970年北京生まれで、作品もたくさんあります。だから(孙露と比較して)ずっとベテランの域ですよね。なのにコンテンポラリーなあっさりネスを身につけていて、ぼくには文句なし。

 

やや陰な翳や都会的な退廃も感じさせる孙露に比し、梅朵は素朴で明るくさわやかに香る笑みの表情が声と歌いまわしにあって、曲のつくりや伴奏もそうだけど本人のヴォーカルのクォリティがそうしたテイストをただよわせていて、なんともいえずすばらしいと感じチェックするようになったので、そのうち梅朵についての記事も書くかも。

 

8/22夜7時すぎごろに誕生したばかりの『孙露 Mix』なのに、こうしたプレイリストの常として日々中身が入れ替わるという具合なので、きょう8/23に聴いている内容はもはや同じではなく(だから梅朵はもういない)、それでも最愛の孙露だけは軸としてしっかりいるので、それきっかけでこれから近年のおだやか系チャイニーズ・ポップスをディグしていきたいと思っています。

 

(written 2022.8.23)

2022/08/23

Say It Loud & I’m Proud! 〜 ぼくはパンセク

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(5 min read)

 

性自認はおっさんで間違いないけれど、性指向、つまり好きになったり性的欲求がわいたりするのに相手の性別がいっさい関係ないというパン・セクシャルなぼく。異性じゃないと…ってみんな言うのを信じられない思いで人生をすごしてきましたが、パンセクであることはプロフィール欄に二年ほど前から明記してあるので、ごらんになったかたも多いかと思います。

 

いはゆるセクシャル・マイノリティの一員なわけですが、セクマイはここ日本で法的に保護されておらず、異性となら結婚したりパートナーシップを結ぶのに障壁はありませんが、こと(戸籍上の)同性といっしょに…となると(いまのところは)ムリ。

 

このことについて声をあげるひとが現状でも少なくて、歌手、音楽家など有名人となると日本ではいまだ皆無。それにゲイ、レズビアン、トランスなら当事者がちょっと登場するようになっているものの、やはり激しく差別されているし、ましてやLGBTのどの枠にもあてはまらないパンセクだなんてカム・アウトしておおやけで活動している人物はゼロじゃないですか。

 

だから、きょうあたらめてはっきり言うことにしました。影響力なんかなにもないただの一般人ですけど。ぼくはパンセク。そしてこのことを誇りにも思っています。といってもですね、パンセクは異性に向かうことも多いため、ふだん周囲にヘンだともなんとも思われていないでしょうし、自身のセクシュアリティで生活上とても困るといった経験は少ないのかもしれません。

 

こどものころから同性に性欲求がわくことも多かったし、成人してからは実際に関係を交わすことだってなんどもあったため、自分はゲイなのかと思っていた時期もありました。しかし女性も好きになるし性愛への抵抗もなくむしろ積極的で、結婚も一度したことあって、日本で結婚というと異性間に限定されてしまうわけですが、現状では。

 

ここをですね、できるだけ早くすべての性自認と性指向へ解放してほしい、法的な整備をしてほしいという気持ちがとっても強くあります。もちろんぼく自身は年齢的なことと性格・人間性ゆえに、もはやだれかと、戸籍上の性別関係なく、もう一度結婚にいたるなんて可能性はまったくないと思います。ひとりで生きていきますから、法整備されなくても個人的には困りませんけど。

 

じゃあなぜ声高に叫ぶのかというと、法整備がちゃんとなされれば、その結果として社会における偏見や差別が軽減されるだろう、セクマイとしての自分も他人も多少なりとも生きやすくなるんじゃないか、それを目指したいということです。妙な目で見るひとはやっぱり残りますけど、社会制度上後ろめたいとか指をさされるとかはなくなるし、保険や医療や住居や遺産相続などで理不尽な思いをして困ることもなくなります。

 

選択的夫婦別姓制度も早く実現してほしいんですけど、同性婚ですね、きょう強調したいのは。先進国G7のなかでこの法制度がないのは実は日本だけですから。恥ずかしいことですよ。そして同性婚の法整備をしても、マジョリティの異性愛者が困ることなんてなにもありませんから。ただひたすら現状ではやるせない気分になっている人間を救うことになるだけ、ただそれだけなんで。

 

時間も予算もかからないし、考えひとつですぐできることだし、実現してもだれひとり困るひとがいないのに、なぜ法案が通らないのか、なぜ裁判で同性婚を認めない役所の判断は合憲との判決がでるのか、ちっとも理解できないです。同性婚を法的に正式導入したどの国もいまだ困っていないし、滅びてもおらず、それまでどおりの日常が淡々と続くだけなんですから。

 

同性婚にフォーカスしましたが、ぼく自身は異性でも同性でも何性でも関係なく恋愛性愛対象になるというパンセクなんであれですけど、ただそんな人間でも多少は生きやすく他者とコミュニケーションしやすく、社会で理解されやすくなり、むやみに隠す必要もなくなって、笑顔で話題にしやすいようになっていく、そのための最短の道が同性婚の法的実現だということです。

 

早く本当の意味での「法の下の平等」が実現する日が来ますように。

 

(written 2022.8.22)

2022/08/22

マイルズ「フラメンコ・スケッチズ」(59)と「ファット・タイム」(81)

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(3 min read)

 

Miles Davis / Flamenco Sketches & Fat Time
https://open.spotify.com/playlist/5nZ6K8fuodDf9aKaHL4qJ0?si=b5541fddb5cf4fff

 

の二曲が似ているんじゃないかという話をしたいわけです。前者は知らぬひとのない『カインド・オヴ・ブルー』のクロージング、後者は人気ないけど復帰作『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』のオープニングに置かれていたもの。

 

ジャズ史上最高傑作とすら言われることがある『カインド・オヴ・ブルー』のなかにある「フラメンコ・スケッチズ」と違って、いまでも散々な評判の『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』の「ファット・タイム」なんてほとんど話題になったことすらないかもですが、実は59年の前者に対するセルフ・オマージュですから。

 

自身の多くの強気発言とは裏腹に、すくなくとも音楽的には過去の自分をなんどもよくふりかえり吟味して焼きなおしたりで新作をつくっていたマイルズ。これもその一環というわけです。そもそも81年の復帰まで六年間休んでいたわけですから、じっくり内省する時間はこれでもかというほどあったはず。

 

音楽的に「フラメンコ・スケッチズ」と「ファット・タイム」はほぼ同じ構造をしています。いずれもあらかじめ用意されたテーマとかモチーフ、リフみたいものはなにもなく、提示されたのはただ複数のスケール(=モード)だけ。それを並べて、それに沿って各人が順にソロをとっているのが曲の実体です。

 

並べられたスケールは「フラメンコ・スケッチズ」のほうが五つ、「ファット・タイム」では六つ。そして前者ではその四つ目がスパニッシュ・スケールで、後者では五つ目がそう。このスパニッシュ・スケールを途中で使ってあって、そこでだけリズム・パターンも変化し、そのパートが各人のソロでいちばんの聴きどころ、急所であるという点でも両曲は共通しています。

 

もちろん大きな違いもあって、「フラメンコ・スケッチズ」はずっとほぼテンポ・ルバートに近いひたすら淡々とおだやかで平穏な演奏なのに対し、「ファット・タイム」のほうではかなり強いロック・ビートが効いていて、しかも後半は著しく高揚します。

 

そう、もりあがりというかピーク感が強い(マイク・スターンのソロ部と最終盤オープン・ホーンにしてのマイルズのソロ部)のが「ファット・タイム」の大きな特徴で、なにかがひたひたと迫りくるようなスリルとテンションを一気に解放するっていうそんな爆発が聴かれるのは、しかしこれも以前からマイルズの常套手段。

 

こうした部分以外は、ほぼ同じつくりになっているといえるこれら二曲。ぼくの考えでは、復帰作のレコーディングを進めていくうち、マイルズ自身『カインド・オヴ・ブルー』をじっくり聴きなおし、「フラメンコ・スケッチズ」がいいので同じパターンを使ってエレキ・バンドで現代的な新曲ができないかと案を練ったに違いないと思うんですよね。

 

(written 2022.7.4)

2022/08/21

ジャケット・ルッキズム

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(3 min read)

 

がぼくには強くあると思うんですけど、美女やイケメンとかが写っていればいいということじゃありません。1950〜60年代ブルー・ノートのアルバム・ジャケットがそうだったように、おしゃれで都会的に洗練されていてやぼったくなくカッコよくきれいに見えるものがとっても好きだということ。

 

ときどき中身を聴く前からそうしたジャケットの印象でかなり判断しちゃってもいるし、すてきなジャケットだとなんだか音楽まですばらしく聴こえたりもして、だからある種のいけないルッキズムなんだと思うんですよね、見た目で価値を決めちゃうっていうのは。

 

もちろんですね、カッコいいジャケだからと思って聴きはじめたらずっこけたというケースも多々あり、その逆にジャケではピンとこなかったけど聴いてみたら中身は極上というものだってたっくさんありましたけどね。

 

問題は、評価の高い傑作、有名作とか、未知の新作でもいいぞと話題になっていて気になるとか、そういうのはジャケがどんなでもどのみち聴いてみるからいいんですけど、たとえばバンドキャンプの新作案内メールとかに載っているようなどこのだれだかちっともわからない作品のばあいです。

 

すなはちとっかかりがまったくないもの。そうしたアルバムって、ある程度、いや、かなりか、ジャケットの印象で聴くか聴かないかを決めちゃっているのがぼく。エル・スールのサイトに載る新入荷なんかでもそうで、いずれも余裕がないときはざ〜っと一覧し、どんどんページをめくるように次々ジャケだけながめていって、いいねと思えばSpotifyで検索しているといったような具合。

 

メールやサイトの説明文も読めばいいと思うのにそうせずジャケの見た目だけで決めちゃうこともあるっていう、だからルッキズムだっていうか、逃している作品がだいぶあるだろうと思います。そもそもいまのぼくはちっとも忙しくなんかないヒマ人で、時間ならたっぷりあるんだから、ますますもってホントなにやってんの。

 

上で四作タイルしたのは、ここ一、二年でジャケがすばらしいと思いそれだけで一目惚れしてしまったものの代表格。といってもシュバ・サランだけはまだ書いていませんが、一目で中身の音楽もすばらしいんだろうと確信し、聴いてみたらやはり傑作だったというアタリの作品ですね。

 

どういうジャケでぼくが中身も傑作なんだろうと思ってしまうかというルッキズムの具体例というわけです。(どういうのがきれいと思うかの尺度はひとそれぞれでしょうけど)ジャケの印象が初邂逅作品を判断する最も大きな要素の一つであるには違いないんですから、テキトーにぱぱっと済ませたりしちゃダメだというのは言えることじゃないかと思います。

 

だからといってぼくみたいに価値判断を大きく左右させてしまうのもちょっとどうかとは思いますけど、でも大事は大事、ジャケット・デザインの印象っていうのは。

 

(written 2022.7.25)

2022/08/20

なにがあっても中澤卓也を応援し続ける 〜 新曲「陽はまた昇る」

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(4 min read)

 

中澤卓也 / 陽はまた昇る
https://open.spotify.com/album/4agtldRZuI4Wz1QiqBHRoZ?si=-lhxubjUTZqreZ7U61NBLA

 

Nobody knows you when you’re down and out.

 

若手演歌歌手、中澤卓也の新曲「陽はまた昇る」が、2022年8月17日にまずは配信先行で、リリースされました。エレキ・スライド・ギターが炸裂したりして演歌というよりサザン・ロック・チューンな感じですが、以前から卓也はそういった中間領域みたいなところでソフト&メロウに歌っていくのが得意ですよね。

 

卓也は、しかし歌謡芸能界で最近はすっかり干されてしまっているような感じです。原因は昨2021年に発覚した泥沼二股恋愛スキャンダルでしょう。日本クラウンの所属だったのに、それも契約を解除されてしまい、いまはインディ。「陽はまた昇る」はタクミレコードというよくわからないところから出ています。

 

たしかにあのときの卓也の対応は誠実さを欠いたのかもしれませんが、犯罪行為でも既婚者の不倫でもなく、ただの色恋遊びで会社も離れていってしまうなんてさびしいじゃないか、そこまで追い詰めなくたって…、というのがぼくの正直な気持ち。

 

そもそも古今、歌手や音楽家、芸で生きる人間はこんなもの。違法ドラッグ常用だったビートルズのメンバーが活動停止になったなんて話は聞いたことがありませんし、殺人者として刑務所内で生涯を終えたフィル・スペクターだってその音楽はいまだ愛され続けているんですから。

 

あくまで歌や音楽が魅力的かどうかで判断していけばいいんであって、政治家じゃないんだからそんな清廉潔白でなくていい。もう大人なんだから、私生活のゴタゴタを持ち出して歌手活動のことを云々するのはおかしいでしょうし、そんな態度は音楽界にとって滅びの道でしかありません。

 

いままで卓也のことをときどき書いてくれていたブロガーだって、一件以来見放したようになり、言及しても「N」という書きかたしかしないなんて、ちょっとガッカリです。笑ったりあざけったりの対象になってしまっていて、ふだんはわさみんの(生活ではなく)歌唱のことを書いてくれているのになあ。

 

そんな現況なので、卓也は無援で孤軍奮闘しています。決して歌の魅力が減じたわけじゃないことは「陽はまた昇る」を聴いてもわかること。冷たい周囲のサポートが得られなくなっただけです。事務所とレコード会社がないとなにもできない一介の歌手なので、相当な苦労をしているでしょうし、心境をおもんばかるに涙が出ます。

 

個人的にぼくも人生は失敗続きで、周囲の他人はおろか血族からも見捨てられているといったありさまですから、昨年来の卓也には共感と同情でいっぱいです。クサらずに一生懸命がんばっているんだから、東京王子の北とぴあで出会った2019年8月以来と同じようにこれからもずっと変わらず応援していくだけ。甘くて颯爽とした歌声に惚れたんですから。

 

いまは雌伏期というかガマンどきです。きっと卓也のノドが正当に評価され、ふたたび表舞台で活躍する時代が来るはず。それまでは辛抱して地道に活動を続けていきましょう。ぼくら熱心で忠実なファンは離れず応援していきますから。とにかく声そのものにチャームが宿る歌手なので、それさえ消えなければ歌手中澤卓也は抜群なんで。

 

いまは、卓也自身の作詞で現在の心境を素直につづったような「陽はまた昇る」をくりかえし聴いていきます。不思議に脳内反復する印象的でさわやかなメロディ・ラインですし、なによりスウィートな声質は以前とちっとも変わっていませんから。

 

(written 2022.8.18)

2022/08/19

あなたはいずこ?〜 4分18秒の小さな宝石(二回目)

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(4 min read)

 

Christian McBride / Where Are You?
https://www.youtube.com/watch?v=mkFg8sW4MoY

 

きのうの『おだやかな音楽』セレクションで思い出したアメリカ人ジャズ・ベーシストのクリスチャン・マクブライドがコントラバスを弓で弾く「Where Are You?」が、好き。もう大好き。2009年のアルバム『カインド・オヴ・ブラウン』ラスト・ナンバーですが、なんかい聴いても泣いてしまいます。

 

これは以前一度書いたことですけどね。アンタまた同じこと言うのか、とあきれられそうですが、めっちゃきれいで感動的なのに忘れちゃっていたんです、マクブライドのあのアルバムのことを。全体としてはなんでもない標準的な作品ですから。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/419-72f2.html

 

それなのに、ラストの一曲だけこんな宝石なもんだから、思い出すとまたつづりたい気分になってしまうんです。一枚一曲主義ということを以前書いたこともありますが、どんなアルバムのなかにだって一曲だけでもいい玉がみつかれば(ほかが石でも)ラッキーで幸せで飛び上がるようなことだとぼくは思っているし、書いておく価値もあります。

 

Spotifyで聴くと異常に音量が低いこのアルバム『カインド・オヴ・ブラウン』、だからほんとうは「ウェア・アー・ユー?」もプレイリストに選びにくかったんですけれど、こんなにもきれいなものだから、どうしてもガマンできず。曲は1937年にジミー・マクヒュー(曲)とハロルド・アダムスン(詞)が書きガートルード・ニースン(Gertrude Niesen)が初演したもの。

 

その後主にジャズ系の多くの歌手や演奏家にカヴァーされて有名になった曲ですが、今回その多くを聴けるだけ聴いてみて、やはりマクブライド2009を超えるものはない、これこそ至高のものだと確信しました。こんなにも美しい演奏、というか音楽はないでしょう。

 

ピアノと弓弾きベースのデュオ演奏(アルバム中ほかの曲にはサックス、ヴァイブラフォン、ドラムスがいる)というふたりだけの静かで淡々としたサウンドなのもいいですね。「私をひとり残して、あなたはどこへ行ってしまったの?あなたなしなんて考えられない」という悲哀をつづるのに、おだやかでクールな表現のほうがかえってフィーリングがきわだちます。

 

弓弾きコントラバスの音程がきわめて正確なのも演奏の美しさを強調しています。ジャズ・ベーシストはピチカートを常用しますから、そのへんが多少あいまいでもふだんさほど問題にならないんですが、弓で弾いたときにバレてしまうんです。ところがマクブライドのこの演奏では完璧に正確。

 

音色もきれいでさわやかに丸いし、コントラバス演奏における100点満点の理想型を実現していて、それでもってこの切なく哀しく美しいメロディ・ラインを、インスト演奏だけどまるで歌詞の意味をかみしめ込めていくかのごとくナイーヴ&ストレートに弾くさまに、まるで感嘆のため息しか出ません。

 

Spotifyで聴ける「ウェア・アー・ユー?」のうち代表的なものをちょっとだけ拾って並べておきました(↓)。クリス・コナー、フランク・シナトラ、アリーサ・フランクリン、ボブ・ディラン、ソニー・ロリンズ。YouTubeには初演のガートルード・ニースンによるブランズウィック盤オリジナルSPもあります。
https://open.spotify.com/playlist/6uQ9aOIAUJw0NRybZbpPYh?si=322bec79d7ec4465

 

(written 2022.8.18)

2022/08/18

喪失感とノスタルジア 〜 おだやかな音楽

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(5 min read)

 

おだやかな音楽
https://open.spotify.com/playlist/3DL7TLlk72KVeDcKbfnO4r?si=3dd2ed323e9e4e06

 

ここのところの個人的耽溺であるおだやかな音楽。夜だと室外の虫の音がミックスされてはっきり聴こえてくるくらいの静かなものです。こういう人間に変貌し切ったのかいっときだけの気の迷いみたいなもんなのか、もっと時間が経ってみないとわかりませんが、いまの気分はもうすっかりこれ。

 

だから、そんな曲ばかり選んでたくさん並べてプレイリストにしてまとめて聴けばさぞや心地いいはずと思い、実行したのが上のSpotifyリンクです。ぴったり50曲、約三時間半。いまはもうこれさえあればなにもいりません。ヘヴィロテ状態。

 

この『おだやかな音楽』プレイリスト作成にあたり気を配ったことは、自分が心地いいと感じるかどうか?というのがもちろんいちばんですが、三月につくった『My Favorite 100 Tunes』とダブりがないようにということもあります。90曲近くあった素案ではわりと重なっていたので。

 

でも一つだけ例外あり。きょうのほうでは2曲目に選んだルイ・アームストロング(サッチモ)の「ディア・オールド・サウスランド」(1930)。これだけはどうしてもムリでした。好きなんてもんじゃない、心の底から愛しているとしか言いようがないので、この種のどんな自作プレイリストでも外せない必須。

 

その上で一人(一組)一曲ということと、違う音楽家でも同じ曲をやっていたらどっちかを除外するというのもポリシーとして実行しました。それでどうにかこうにか苦労しながらこのプレイリストに。こうした淡々おだやか系に没入するようになったのは2020年すぎごろからなので、過去三年くらいのブログを読みかえしながら。

 

ってことは、ある意味コロナ禍がもたらした心境の変化といったことがあるのかもしれません。根っからのインドア派なぼくで、コロナ以前からずっと部屋のなかでオーディオ・スピーカーから音楽を流して楽しみながらパソコンいじっているだけなんですけど、なおさらいっそう内向きの指向が出てきたのかもしれません。

 

新型コロナウィルス感染症にかんするあふれんばかりの情報に日々接することとなり、もとから外出はしないけど、しようにも控えておいたほうがいいという判断が生じることとなり、なんだかグルーミーな気分に支配されているここ三年ほど。意識はしていなかったものの、知らず知らずのうちに派手で陽気で接触過多な野外向け音楽を遠ざけ、こじんまりしたサロンふうのおだやかな内向きのものを好むようになってきたということがあるかも。

 

きょうプレイリストにしておいたような、こうしたおだやかで、さわやかさすらある静かでクールな音楽って、実はその根底に深い喪失感があって、なにかを失って二度と取りもどせないという失意と絶望に裏打ちされたものだなぁということが、こんなぼくでも最近ようやくわかるようになってきていて、だからこその深みだと思うんですよね。

 

つまりノスタルジアでもあって、二度とそこへ戻ることができないようなつらい気持ち、永遠の喪失を思いなつかしむ気持ちこそ、淡々としたおだやかさの正体かもしれないなという気がします。

 

きょう選んだ50曲の多くに諦観と孤独感が濃厚にただよっていますが、サウンド・テクスチャーとしてダイナミックなものや劇性などはなく、ひたすら平坦にずっと同じ調子で一定の安寧フィーリングを表現しているだけ。そういったなかにディープなエモーションが隠れているんじゃないでしょうか。

 

ぼくら一般人リスナーは、高齢になって喪失と回復不能が避けられない日常となったことを直視するようになり、それでようやくこうした境地にたどりつくもんだと思うんですけども(ぼくはそうだった)、歌手や音楽家というか表現者は、そうまでならない年齢で同じ世界を演じてみせることができる特異な存在ですよね。

 

要するにフィクションということなんですけど、それでこそ癒やされるわけです。あらゆる人間関係がダメなぼくには、フィクションこそが救い。それでふりかえってかえって深く現実を認識することにもつながって、自分自身もそれで変わるし、音楽とか(文学とか映画とか)の持つ力って大きいと思います。

 

(written 2022.8.17)

 

※ 21曲、1時間21分のショート・ヴァージョンも作成しておきました。

https://open.spotify.com/playlist/4AwfruVmZL9MhxqC9uUAEY?si=58cb042c58b84cbd

 

2022/08/17

レトロこそコンテンポラリーだ 〜 いつも曇り空レイヴェイのニューEP

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(5 min read)

 

Laufey / Falling Behind
https://open.spotify.com/album/47ikRYlLNytQQxCBXzCQrQ?si=6p_qj6vkQiu46Ew6DxSnfA

 

お気に入りシンガー・ソングライター(ギター、チェロ、ピアノなど)のレイヴェイ(アイスランド出身、在アメリカ)、なにかあたらしいEPが出ていますね。『フォーリング・ビハインド』(2022)。たった五曲17分ではありますが、楽しいので、ちょこっとメモしておきます。

 

調べてみたところ、これはどうもレイヴェイ初のフル・アルバム『Everything I Know About Love』が今月26日にリリースされる、その先行露払い的な意味合いのものみたいです。CDとかフィジカル・リリースもあるんですかね?日本でも出る?ぼくはグローバルなサブスクで聴くけれども。

 

レイヴェイ(Laufeyでこう読む)については、以前最初のミニ・アルバム、というかEPなんですけど『ティピカル・オヴ・ミー』(2021)が出たときに聴いて、骨抜きにされちゃって、記事にもしました。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2021/05/post-42cbf3.html

 

これはデジタル・リリースだけでフィジカルがなく、配信だってインディというか個人でのもので、だから一部好事家のあいだでしか話題にならなかったような記憶があります。でもゆっくりちょっとづつファンが増えつつあるぞというのがぼくの手ごたえとしても確実にあります。

 

個人的にはジャズというより「レトロ・ポップス」の枠でレイヴェイのことは扱っていて、実際ブログではそのカテゴリーに分類してありますが、まさにこれこそレイヴェイの資質をぴったり言い当てたものに違いないと確信しておりますね。2020年代の新人なのに、やっているのは1950〜60年代スタイルのアメリカン・ジャジー・ポップスなんですから。

 

「あのころの音楽」に対する憧憬みたいなフィーリングがいはゆるZ世代(レイヴェイは23歳)にはあって、物心ついたときにはスマートフォンでのどこでもネット常時接続があたりまえだったから、そういうものがなにもなかった、みんながつながっていなかったあの時代への眼差しにマジな切実さがこもるんだろうな、自分たちの時代では不可能な、失われたなにかを求めて、ということだろうとぼくはみています。

 

そういった感覚がいまは現代的なんですから、「レトロこそコンテンポラリー」なんだという言いかただってできると思いますね。オールド・ファッションドこそ最先鋭トレンドだっていうか。

 

レイヴェイのばあいインドアもインドア、室内楽的というもおろか、完璧陰キャなベッドルーム・ポップ的密室性もあって、パソコンで使う音楽制作アプリが充実するようになったからこそですが、インティミットな仄暗さが音楽にただよっているのも個人的にはグッド・ポイント。

 

声じたいが低音域寄りで暗さがあってこもったようなクォリティですから(書くメロディ・ラインもそう)、それでもって今回のEP『フォーリング・ビハインド』も、うまくいかない内気で怯弱で引っ込み思案な引きこもりの恋愛模様を描いているのはいままでどおり。レイヴェイのサウンドスケープはいつも曇り空っていうか、底抜けの青空なんてないですよね。

 

それでも今回はボサ・ノーヴァ調のものが二曲あって、特に1曲目のタイトル・ナンバーには、歌詞はやっぱりあれだけど、メロディやリズムにはやや陽光がさしたようなフィーリングもあります。本人が「サマー・アンセム」と言っているとおり、真夏にあって、それでも自分ひとりだけイマイチ乗り切れない切ないフィーリングをうまくつづっていますよね。

 

さて、8月26日にはこれらをふくむフル・アルバムが出るということなんですが、それでこの音楽家の知名度と人気がおおきく上がるでしょうか。CD出るかな?紙の雑誌など音楽ジャーナリズムはいまだフィジカル・リリースがないと取材しないし記事にすらしないっていうような時代錯誤なので(だからもうあきれて買わなくなった)すが、そんな層にも届くようになればレイヴェイの真価と魅力がもっと伝わると思うんですけどね〜。

 

(written 2022.8.16)

2022/08/16

ブルーズ in ハード・バップ

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(5 min read)

 

Blues in Hard Bop
https://open.spotify.com/playlist/6LfXg7WFpFqSoM8YCCIQz0?si=2270d98b18a9401f

 

が、もうホント、好きで好きでたまらないっていう人間のぼく。ひとにより退屈だとかいうケースがあっても各人それぞれの嗜好なのでそれでいいと思います。個人的に好きなものを聴き続けていくってことで。

 

そういうわけで、きょうはハード・バップ・ブルーズのなかから特に大好きという、しかもみんな知っている超ベタな有名すぎるところだけ10曲選んで、プレイリストにしておきましたのが上のリンク。

 

1)Horace Parlan / Us Three (60)
2)Miles Davis / Freddie Freeloader (59)
3)Lee Morgan / The Sidewinder (63)
4)Herbie Hancock / Watermelon Man (62)
5)Sonny Clark / Cool Struttin’ (58)
6)Curtis Fuller / Five Spot Ater Dark (60)
7)Horace Silver / Señor Blues (57)
8)Charles Mingus / Wednesday Night Prayer Meeting (60)
9)Sonny Rollins / Blue 7 (57)
10)The Modern Jazz Quartet / Bags’ Groove (88)

 

それはそうと、Spotifyで見るとカーティス・フラーの「ファイヴ・スポット・アフター・ダーク」だけカナ表記なんですが、これなんで?アルバム中でもこれだけ。英語設定で使っているし、どんな曲名も基本原語表記で出るアプリなんだけどな〜。

 

ともあれ、ここに並べた10曲のジャズ・ブルーズは、どなたにとっても説明などまったく不要の名曲ばかり。ラストのMJQだけ88年の発売になっていますが、収録は解散前の74年。それでも新しいかもしれませんね。でも曲は52年のものですから。『ラスト・コンサート』ってぼくは好きなアルバムです。

 

これ以外はすべてハード・バップ全盛期の50年代後半〜60年代初頭の録音発売です。選んでいったら結果的にそうなったのは必然の成り行きなんでしょう。いまの気分では、静かでおだやかな音楽と(その真逆みたいな濃ゆい)ブルーズ in ジャズ & ロックが音楽趣味の二本柱みたいなもんです。

 

きょう選んでおいたのは、いずれもブルーズの定型コード進行(I度、IV度、V度)そのままのものばかり。といってもモダン・ジャズですから、特にコーラス終わりとかで、ちょっぴりの変化はあるんですけれども。まずまずわかりやすくとっつきやすいし、聴き慣れた人間にとっても延々と同一パターンを反復するのには理屈抜きの身体的快感があります。

 

これらのなかでは、おそらくソニー・クラークの「クール・ストラッティン」あたりが、特に日本人ジャズ好きには最も典型的でシンボリカルなハード・バップ・ブルーズだと認識されているでしょう。カーティス・フラーの「ファイヴ・スポット・アフター・ダーク」もかな。

 

こういったあたり、あまりにもベタすぎるので、ジャズ・ファンになってまもなく通ぶるようになったぼくは、むかし大学生のころ、横目でチラ見しながらケッ!とかって思っていたかもしれません。いまや高齢者、そんな気取りというか冷淡ムードは消えたので、いいものはいい楽しいと心から素直に周囲にも言えるようになって、ここでこうしてプレイリストに選んでいるというわけです。

 

ベタというのは言い換えればミーハーということです。そう、ハード・バップにおけるブルーズ定型はミーハーな世界なんですよね。ありきたりでお決まりのワン・パターン。でもミーハーで一途な愛好情熱こそ、どんな世界でも、常に時代を動かしてきたものなんだということを忘れないでほしいですね。

 

一曲だけ、ソニー・ロリンズの「ブルー・7」だけはあまりブルーズくささのないクールな演奏で、それでも途中ソロを弾くピアノのトミー・フラナガンだけはいつものブルージーなリックを連発して、和声を感じさせないボスのテナーと好対照。マックス・ローチのドラムス・ソロがこれまた二小節単位で動くブルーズ進行を叩いているような内容で、それも楽しい。

 

(written 2022.8.15)

2022/08/15

ここ三年の頻聴9(2022年夏 ver.)

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(5 min read)

 

2540個以上ある過去記事をぜんぶ読みなおす機会がありました(時間かかったぁ)。それで、2019年5月に「ここ三年の頻聴 9」というのを書いていたと思い出し。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2019/05/post-d5b298.html

 

忘れていましたが(たまには読みかえそう)ちょうどまた三年経ったので、2022年夏ヴァージョンの「ここ三年の頻聴9」を書いておきたいと思います。この手のベストものを選ぶのがぼくは好きですね。カテゴリー分けしてあります。

 

この三年のぼくというと、坂本昌之と伊藤ゴローという二名のサウンド・クリエイターにすっかり洗脳支配されてきたとして過言ではありません。おだやかで静かで淡々とした薄塩音楽に傾倒するようになったのだってそれが遠因かも。

 

両者ともそこそこキャリアがあるんですが、それはハマってさかのぼってわかったことで、出会ったのはわりと最近のことですから。そして、そうした音楽傾向の基底にジャズやジャジーな要素がしっかりあるというのも、ぼくみたいな人間には格好でした。

 

以下、愛聴順。プレイリスト(*)だとカッコ内の数字は作成年。

 

1)Chien Chien Lu / The Path(2020、台湾 / アメリカ)

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 左右に持ったマレット二本でガンガン叩いていくファンキーな肉体派ブラック・ジャズ・ヴァイビストのデビュー・アルバム。データはないけど、間違いなくこれを近年いちばん聴いています。
https://open.spotify.com/album/0fo6PcE438y9Ob8cDVF75m?si=Il379FDpRbKlZqPc23Yd1Q

 

2)原田知世 / ベスト of 伊藤ゴロー produces 原田知世(2021、日本)*

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 2017年に出会っていましたが、ここまで聴くようになるとはねぇと自分でも不思議に思うほど伊藤ゴロー・プロデュースのサウンドにもうぞっこん。ジャジーで淡々としたおだやかな薄味音楽で、知世の頼りない声が水を得た魚。2007〜22年の作品群から。
https://open.spotify.com/playlist/3r71Pfsc3i5TEG8Olz6fRP?si=a3a487b3ec584e15

 

3)徳永英明 / VOCALIST BEST(2021、日本)*

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 坂本昌之にも2017年暮れごろ坂本冬美の作品で出会ってはいましたが、完璧に堕ちたのはこの徳永英明のシリーズ(2005〜15)を知ってから。ミリオン売れて坂本の出世作となった模様。全曲カヴァーですが、妙なるアレンジで化かすあまりにやわらかい卓越技に蕩けます。
https://open.spotify.com/playlist/2xVegNiu3RVSvD6fi3RISN?si=f0c4eb70e3a44579

 

4)孙露 / 十大华语金曲(2017、中国)

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 日本に入ってきたのが2021年だったので。一作単位で選ぶと、近年のおだやか淡々系音楽のなかではぼくの知っているかぎり最高傑作と思います。あっさり控えめな中国楽器の使いかたもすばらしく。プロデューサー or アレンジャーを知りたいっ。
https://open.spotify.com/album/3lhzaYDoPziTrjRJRmS86p?si=lnndL25YQWOXIf9yhCDHDQ

 

5)Rumer / B Sides & Rarities Vol.2(2022、アメリカ)

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 イギリスからアメリカに来てピアニスト&プロデューサーのロブ・シラクバリと出会い公私とものパートナーとするようになってからは、もうすっかり落ち着いて人生の充実をみつけたという安心感幸福感が歌にも表れていますので、聴いていてなごめます。
https://open.spotify.com/album/0CNhXKYx4kOOZrelgXiGUr?si=oATKpYogQMeXIWNTeTAXdg

 

6)Donald Fagen / The Nightfly Live(2021、アメリカ)

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 1982年に徹底したスタジオ密室作業で組み上げた音楽を、ワン・タイムの生演奏で再現したもの。ライヴならではの躍動感やイキイキとしたグルーヴを保ったまま一分のスキもない演奏をくりひろげるミュージシャンたちに感服します。
https://open.spotify.com/album/5C5qAs32rM9PXL6MNuxTDp?si=66bwnvyRQhiZgJOVps0xXg

 

7)坂本冬美 / ENKA III 〜偲歌〜(2018、日本)

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 坂本昌之は現代日本で最高のアレンジャー(私見)なので、冬美も一つあげておきましょう。シリーズ最終作となったこれがぼくはいちばん好きですね。古典的な演歌スタンダードがここまで柔和な世界に変貌するなんて、マジックとしか思えず。
https://open.spotify.com/album/4N1LO6cSf23N1eiYRWcBOY?si=4FXMxaHCRMC-sQhXXcgG6Q

 

8)Kat Edmonson / Dreamers Do(2020、アメリカ)

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 ジャジーなリズム・セクションを軸とした伴奏に乗せディズニー・ソングの数々を、それもアッといわせる驚きの斬新アレンジで歌ってみせた、まさに夢を見ているようなムーディな幻想世界。
https://open.spotify.com/album/48vMJyoBaAUs7mRtVnENwh?si=ENk5HoVbRuq_hG6YJ7JLHA

 

9)Nat King Cole / Latin American Tour with King Cole(2019、アメリカ)*

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 Spotifyではプレイリストですが、これは同題のCDアルバムがあります。ラテン専門家の竹村淳さんセレクトでオフィス・サンビーニャから発売されたそれと同内容になるようにしただけ。ラテンなナット・キング・コールは戦後の日本でも親しまれましたね。もとは1958〜62年発売のレコード三枚。
https://open.spotify.com/playlist/7GlR8e592Xomud4vjHrN9h?si=f05bd96991134d22

 

(written 2022.8.14)

2022/08/14

ちょっとラテン・ジャジーなシルビア・ペレス・クルース〜『En La Imaginación』

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(2 min read)

 

Silvia Perez Cruz / En La Imaginación
https://open.spotify.com/album/2YIzYgjxMfVcKKOlcTnopt?si=eFUWtMadQO63E4eaXridiw

 

ぼくは好きなカタルーニャの歌手、シルビア・ペレス・クルース。その2016年作『En La Imaginación』は、なぜだかジャズ・ピアノ・トリオをしたがえてのジャズ・ヴォーカル・アルバム。なんでだ?知らんけど、こないだふと出会い聴いてみて、うんちょっといいじゃんって思えました。

 

伴奏はハビエル・コリーナ・トリオとなっていて、ジャケットに描かれているベース弾きがハビエルですかね。アルバムを聴いてもたしかにベースがかなり活躍しているような。ピアニストはややビル・エヴァンズっぽいスタイルで、それから曲によってはサックス一本がオブリやソロで参加していたりします。

 

最初なんでもないメインストリームなモダン・ジャズ・ヴォーカル作品みたいにはじまるんですけど、オッと耳を惹きはじめるのは4曲目「Belén」から数曲の流れ。ラテンというかカリビアンなリズムが活用されていて、軽いものなんですけど、けっこういいなって思えます。

 

アバネーラあり、ややタンゴっぽい(?)ものありと、リズムにアクセントが効いていて、個人的にはここらへんが本作の白眉。シルビアが好きといってもそんなに積極的にどんどん聴いているというほどじゃないので、ほかにこういうアルバムがあるかどうかわからないですけど、ちょっとおもしろいんじゃないでしょうか。

 

(written 2022.7.1)

2022/08/13

ビートルズのどのヴァージョンよりニック・ケイヴの「レット・イット・ビー」が好き

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(3 min read)

 

Nick Cave / Let It Be
https://www.youtube.com/watch?v=MjEJxr538ZA

 

映画サントラの『i am sam』(2002)が好きだったんですけど、サブスク中心の音楽生活になって以後はサービスに入らないもんだから、CDからインポートしたiTunesファイルでずっと聴いていました。

 

でもこないだApple Musicにあるぞということを発見したんですよね。いやあ、うれしかったなあ。ぼくの使うメイン・プラットフォームのSpotifyにはあいかわらずないけれど、それでもちょっと一安心。
https://music.apple.com/jp/album/i-am-sam-music-from-and-inspired-by-the-motion-picture/305849478?l=en

 

いまのぼくの気分でこのアルバムを聴くと、ラストに収録されているニック・ケイヴの「レット・イット・ビー」がすべてだという気がします(極私的意見)。これが好きなんだというのは以前からなんどか書いていることですが、あらためて再認識します。ほんと沁みる。

 

きれいに力が抜けたおだやかで落ち着いた平坦な安閑感がいいってことですが、これがリリースされた2002年にはまだそんな静かな音楽はトレンドになっていなかったはず。ちょうどノラ・ジョーンズがデビューした年で、その後流れがどんどん大きくなっていくようになりましたが、意識されるようになったのはほんのここ数年のことじゃないですか。

 

ニック・ケイヴの「レット・イット・ビー」はそんな流行を先取りしていたかのように思えます。おだやかな音楽がこんなにも好きになったと自覚するようになるずっと前からニックのこの「レット・イット・ビー」は大好きだったから、流行というよりなにか普遍的な説得力があるんでしょう。

 

ピアノとアクースティック・ギターとスネア・ドラムを軸に据えた淡々としたサウンドも最高で、そしてぼくにとってのいちばんの癒しはニックのこの声と歌いかたですね。ポール・マッカートニーの書いた歌詞の世界をよく吟味咀嚼して、それをエモーショナルにではなく、ただひたすら淡々とクールに、ぼそっとつぶやき落とすように、ささやくように、戸惑いまごつくように、無感情にしゃべっているのが、この曲にとっては強い説得力を放っています。

 

人生の終末期に来てささやかで安らかなあきらめとともに日々暮らすようになった人間にとって、このニック・ケイヴの「レット・イット・ビー」はあらゆる意味で完璧な伴侶であり理解者、ヒーラーですよ。それをますます強く実感するようになりました。

 

(written 2022.7.14)

2022/08/12

ディスクで聴くか、アプリで聴くか

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※ 写真は2022年現在使っているMacBook Air

 

(4 min read)

 

2015年9月にブログをはじめたおそらく最大のきっかけは、その前年秋に内蔵ストレージ容量1TBのMacBook Proを買ってどんどんCDをインポートするようになったことだったんじゃないかと、いまでは思います。iTunesアプリで聴きまくるようになったんですよね。

 

それまではというと内蔵ストレージたった180GBのMacBook Proを使っていて、あれを2011年初春に買ったときは、それまでのiBookが突然ダメになってあわてて、緊急避難的な意味合いでの購入だったので、経済的に余裕がなかったから最低容量のしか用意できなかったんです。

 

だからiTunesもジュークボックス的な使いかたはしていなくて、ただマイ・ベスト・コンピレCD-Rを作成するためだけに必要なCDのその曲のみをインポートして、焼き終わったらファイルは削除するとか、そうしないとストレージが満杯になったらヤバいわけですから。

 

あとはiPodに音楽を移すためなのと、ほんとうにそういった目的でしかiTunesは使っていませんでした。つまり、自宅にいるときはほとんどの時間ディスクで音楽を聴いていて、もちろんサブスク・サービスなんてまだないし、だからCDやレコードなど買うしか自宅で音楽を聴く手段はなかったです。

 

ぼくがダウンロード購入に対し以前からかなり消極的なのも、ひとえにこの内蔵ストレージの容量制限のせいです。ダウンロードしたらそのファイル分空容量が減りますから。もちろんそれをCD-Rに焼いてその後デリートすればいいんですけど、だったらハナからCD買ったほうがいいかなと。

 

そんなところへもってきて、いきなり1TBストレージのパソコンを買ったから、喜んでどんどん次から次へとCDをインポートしまくるようになって、もうそれしていない日はなかったといっていいくらい。外付け(しかMac界には当時からもはやなかった)光学ドライヴを酷使しすぎたせいで、一回おしゃかになって買いなおしたほどですもん。

 

いくら入れても入れても1TBの空間は広大で、満杯になったりせず、それでもしかし限界はやはりあるわけで、800GBくらい音楽ファイルがたまったあたりの時点でなにかメッセージというかアラートみたいなのが出ましたから(ストレージ空容量がもうないぞとかなんとか)そこでやめました。

 

それで、その後は主にiTunesで音楽を聴くようになったんですよね。それが2014年暮れ〜15年初頭ごろからの話。ディスクだけで聴いていてはどうしてもぼんやりしてしまってなんとなく流れていってしまうところ、アプリで聴けば進行する1秒1秒を分析的に聴けるわけですから、音楽への接しかたがぼくのなかで変わりました。

 

あたまに浮かんだ感想とか考えをメモとして書きとめTwitterに投稿するようになって、連続ツイートみたいになっていったから、それをあとからまとめて整理してテキスト・エディタでファイルとして保存したのが結果的にこれまたどんどん増えていくようになりました。

 

それをそのまま自分でながめているだけでも楽しいけれど、それだけじゃちょっともったいないかもな、公開はTwitterでしかしていないけどそもそもどんどん流れていってしまうサービスで蓄積型じゃないし…、と思いはじめ、しばらく経ってその気になったのがこのブログBlack Beautyです。

 

(written 2022.7.6)

2022/08/11

あの時代のアメリカと都会的洗練 〜 リー・ワイリー

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(3 min read)

 

Lee Wiley / Retrospective of a Jazz Singer
https://open.spotify.com/album/3zlyraeHrfHcMgD0p6rgPs?si=15fsrglCQtetpDof1d1XwA

 

2022年リリースとのクレジットになっていますが、なにかの発掘音源でしょうね、リー・ワイリーのアルバム『Retrospective of a Jazz Singer』。 数ヶ月前、いつだったかのSpotify公式プレイリスト『Release Rader』で知りました。

 

これしかしネット上にな〜んにも情報がないですね。CDだってあるのかどうか、検索してもなにも出ませんが、そんなわけでくわしいことがちっともわからず。聴こえてくる音だけですべてを判断しなくちゃなりません。つらい…。

 

それでもなにか書きとめておきたいと思えるほどこの歌手の声がぼくは大好きだから。惚れたきっかけはもちろんかの『ナイト・イン・マンハッタン』でしたが、あれは1951年のレコード。リー・ワイリーは1930年代から録音を開始していて、50年代いっぱいまで活動しました。

 

そして本作『Retrospective of a Jazz Singer』には『ナイト・イン・マンハッタン』を連想させる摩天楼の夜会みたいなおしゃれなムードがあります。そもそもそういう特質の歌手なんですが。音楽性がどうこうっていうより、伴奏もふくめてのムード一発でひたってなんとなく楽しむっていうものですよ。

 

マイルズ・デイヴィスにしたってはじめからずっとそうだし、近年の原田知世とか、考えてみればそういった雰囲気重視のムード音楽、BGM的なものが好きでずっときた音楽愛好歴なのでした。真剣に対峙して正面から向き合ってじっくり聴き込まないと、っていうものも好きだけど、もちろん。

 

それにしてもリー・ワイリーの本作はちょっと不思議です。伴奏のオーケストラがちゃんとしたステレオ録音なんですよね。1975年まで生きたひとだけど、歌手キャリアは50年代末で終了しているので、う〜ん、これはちょっとどうなんだろう…、歌もふくめ何年ごろの録音なんでしょう?

 

あるいはひょっとしてオーケストラだけ録りなおした現代録音で、それを重ねたっていう可能性がかすかにあるような気がちょっとしてきましたが、50年代末ごろの未発表音源でこうした音響もあるいは可能だったかもしれないし、とにかくいっさいのデータがどこにもないんだから。

 

それでも音源を聴けばいい気分にひたれるのがぼくにとってのリー・ワイリー。ちょっとスウィートなしゃれた声質で、だから人気が出たんだと思います。本作ではスタンダードな有名曲を中心に、おだやかでさわやかな小洒落た伴奏に乗せすっと軽く歌いこなしていて、こうした都会的洗練こそジャズ(系のもの)にぼくが求めているもの。

 

リー・ワイリーはそうした世界を体現した歌手でしたね。あの時代の、しかもアメリカ固有の、音楽だったなあ、それを象徴した歌手だった、と思えます。

 

(written 2022.6.28)

2022/08/10

ギター・ソロ 25

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(4 min read)

 

Super Guitar Solos 25
https://open.spotify.com/playlist/1xy5UsD5upFSMZldoFHdO3?si=5322feaef5e84b16

 

1) The Allman Brothers Band / Stateboro Blues
2) Eagles / Hotel California
3) Derek & the Dominos / Have You Ever Loved A Woman
4) Frank Zappa / Inca Roads
5) Miles Davis / Fat Time
6) 岩佐美咲 / 鞆の浦慕情
7) Led Zeppelin / Heartbreaker
8) Albert Collins / Iceman
9) Wings / My Love
10) Santana / Black Magic Woman ~ Gypsy Queen
11) Jeff Beck / Jailhouse Rock
12) The Beatles / Taxman
13) Paul McCartney / Things We Said Today
14) The Beatles / While My Guitar Gently Weeps
15) The Rolling Stones / Love In Vain
16) Steely Dan / Green Earrings
17) Michael Jackson / Beat It
18) John Lee Hooker / Red House
19) The Paul Butterfield Blues Band / Blues wtih A Feeling
20) Bonnie Raitt / Thing Called Love
21) Bo Diddley / Who Do You Love
22) The Brian Setzer Orchestra / Jump, Jail An’ Wail
23) Prince / I Like It There
24) Prince / The Ride
25) Jimi Hendrix / Purple Haze

 

ギター・ソロが聴かれなくなってきているというウワサがありますが、しかしぼくの読んでいる範囲でのそれはもっぱらその事実(かどうかよくわかんないんだけども)を嘆き悲しみ開きなおる古い?タイプのミュージシャン、ギターリスト、ファンたちの発言ばかり。

 

なにを隠そうこのぼくだって古いというかなんというか、そりゃあもうロックなギター・ソロ弾きまくりがとっても大好き。これは還暦前後から音楽嗜好が変化してきた現在でもまったく変わりありませんから、きょうはちょっと曲中でギター・ソロが目立ってすぐれているというものばかり25曲選んでプレイリストにしておいたのがいちばん上のリンク。

 

記憶だよりでただ思いつくまま25個並べていって、そのまま曲の出し入れとか曲順の並べ替えとかはしていませんから、ここにストーリーみたいなものはありませんというか意図していません。

 

やっぱりクラシック・ロック、ブルーズ・ロックが中心になっているのは音楽の傾向として当然なんでしょう。それなのに、やはりギター・ソロがふんだんに聴けるプログレ系が一つも入っていないのはぼくらしいところ。趣味じゃないんですよね。一曲が長すぎたりも選びにくく。

 

あたりまえのベタな定番どころが多いですが、そのいっぽうでこれどういうこと?っていうようなシブめ選曲もあり。またジャズ(マイルズ・デイヴィス)や演歌(岩佐美咲)も一曲づつ入れて、さらに同じミュージシャンで二曲ほど入っているケースも。

 

とにかく、あくまで歌が曲の中心だけど(いちおう)、そのイントロ、オブリ、間奏、後奏でギター・ソロがきわだっているものを、ということなんで、終始ギター・ソロだけでできあがっているようなものは外しました。むろんそういう世界にも美しい曲がたくさんあって、でもそれはきのう書きましたし。

 

いまではもはや到底聴けないなぁと感じるような古臭ふんぷんたるものもあれば、まだまだけっこういけるぞと思えるものだってあり。しかしそれはいずれも書かれた曲についてのことであって、インプロヴァイズドな楽器ソロはすべての曲でいまでも新鮮で古びていないのは、なにかしらの真実を言い当てているんでしょうか。

 

(written 2022.7.11)

2022/08/09

ギター・ソロだけでできあがった曲を聴く 〜 ファンカデリック、ザッパ(など)

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(3 min read)

 

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https://open.spotify.com/playlist/3pMc0So4GpJ6R5MTEZjX9N?si=2c7d34e3340346b3

 

敬遠されるようになったとうわさのギター・ソロですが、ぼくは大好きなので、もしかして近年の新曲から姿を消しているということならば、かつて発表された音楽を聴けばおっけ〜。

 

ものによっては歌がなく、ギター・ソロだけでできあがっている曲ってものすらあるんですからね。その代表格のうち大好きでたまらないもの二つを選んでおきました。ファンカデリックの「マゴット・ブレイン」(1971)とフランク・ザッパの「ウォーターメロン・イン・イースター・ヘイ」(79)。

 

ギター・ソロだけでできたこの二曲、ほんとうに好きなんだということはずっと前にも一度書いたことがありましたね。なんだか似ているんじゃないかという意味も込めて。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/p-cab8.html

 

ヴォーカルが1コーラス歌い終わると間奏で楽器ソロが入ったりするというのは、ずいぶん前から、それこそ1920年代のアメリカ北部都会派女性ブルーズ・シンガーの伴奏をジャズ・ミュージシャンが務めていたころからの慣習で、この手の音楽ではあたりまえな耳慣れたもの。

 

でもそれを強く濃い感じのエレキ・ギターでやるというのがこれほど一般化したのは、1960年代以後のロック・ミュージックが多大な影響力をおよぼしたからに違いありません。ロックにとても強い影響をおよぼしたリズム&ブルーズなんかではサックスのことが多かったと思います(ジャズ由来でしょう)。

 

ロックだって初期のころはさほどでもなかったんですが、ビートルズ以後かな、このバンドもデビュー後しばらくのあいだはソロにそんな力入れてなくて、解散までトータルでみてもギター・ソロがいい感じの曲って数えるほどしかないんですが、60年代中期以後のブルーズ・ロックとサイケデリック路線勃興後でしょうね、激しい感じの音色にした長めのギター・ソロが重用されるようになったのは。

 

サイケとブルーズ・ロックといえば、ファンカデリック(Pファンク)とザッパにとってはどっちも大きな構成要素です。なんたってPファンクのPはサイケデリックのPですから。ザッパにはジャズや現代音楽も大きく流入していますので、そっちからのものもあるでしょうけど。

 

ひたすらの慟哭のような「マゴット・ブレイン」に比べたら、「ウォーターメロン・イン・イースター・ヘイ」のほうは気高いプライドに満ちていて、キリッとし、さわやかさすらただよっていますよね。ロック・オペラとしてのアルバム・ストーリーを踏まえたら悲劇的な曲なんですけれども、それもふくめこれは音楽への愛というものが持つ気高さなんだとぼくは思っています。

 

(written 2022.7.2)

2022/08/08

なにげない日常にこそ吃音差別がある

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(7 min read)

 

なんか、こないだどれかのテレビ番組に対し日本吃音協会が抗議したことで、またぞろ吃音差別が噴出しているらしいですね。どうあれ、他人事ではありません。

 

テレビ受像機を持っていないぼくは番組がどんなだったか知らないし、だから日本吃音協会の抗議も、それをきっかけに一気に向けられるようになったらしい差別言説も、いっさい知りませんのでなにも言えません。が、生来の吃音(どもり)者として60年生きてきた身としては、まぁそんなこともあるだろうよなぁと。

 

ただ、ぼく個人が他の大勢の吃音者と違うところは、かなり激しい差別を幼少時に受けたにもかかわらず、ことばを失わなかったことです。人前でしゃべるのがイヤだとか遠慮しておきたいやめたいと思ったことはほんとうに一度もなく。要はおしゃべり好き人間ですから。

 

それでもやっぱり文字で書いたり読んだりするほうがラクで得意な人間になったのは吃音ゆえでしょう。そして、集団生活を送る学校時代と違い、大人になってからは必要なとき以外しゃべらなくても不審に思われたりムリにしゃべらされるような機会がなくなったので、差別を痛感して泣きそうになることも激減しました、個人的には。

 

そのおかげもあってか別な理由か、ここ数年は自分でもほとんどどもらなくなったなと自覚できる程度に近づいてもいますけれども、出るときは出るし、吃音が差別されたりいじめられたり、意図せざる結果を産んでくやしい思いをしたりなんていうことには長年つきあってきたし、理解されず現に苦しい思いをしているかたが大勢いらっしゃることを肌身で実感しているので、吃音者であることを忘れたりすることは決してありません。一生、ないです。

 

差別されているというのは、実をいうと両親や弟たちといった家族から最も強く感じていたことです。吃音者ではない本人たちはもはや忘れているだろうというか、おそらくよかれと思って、ぼくのためと思って、の言動だったでしょうが、そういったなにげない日常にこそ真の差別の根っこはひそんでいるものです。

 

たとえば親はぼくの吃音がことさらひどかった小学生時代に、このまま成長したら社会生活を営めないのではないか?とかなり心配して、なんとか「矯正」させようと専門家や医者に診せたりなどさまざまな試みをしていました。自我が芽生えるのが遅かったぼくは、そのころなにをさせられているのか特になんとも感じていませんでしたけど。

 

矯正させようとか治療できるものだと考えるのは、実はLGBTQなどセクシャル・マイノリティにも向けられてきた定番の差別行為で、人種差別なんかでも似たような発想が存在すると思うんですが、差別言動にかんしてかなりステレオタイプなもののひとつです。からかってやろうみたいな意図的ないじめではなく、善意からのものですけど、だからこそ根本的な無知無理解がそこににじみでています。

 

もちろん一生変わらないセクシュアリティや肌の色と違い、吃音は年齢と経験を重ねることで実際徐々に出なくなって消えたかのようになったりすること「も」あるもので、上で書きましたようにぼく自身がそれを実感しています。しかし決して治ったり正したりできるようなものじゃないんですよ。このことに家族は無理解でした。

 

こうした構造的根本差別に比べれば、スクールメイトなどが吃音をからかって笑ったりなどするイジメ行為はその場かぎりのものですから、まだ罪は軽いんだとぼくには思えます。吃音は性や肌色と同じく「病気」じゃないので、治療などできません。吃音矯正を看板に謳った診療所みたいなのが東京時代にJR山手線に乗っていても代々木あたりで車窓からたくさん見えましたけどね。

 

おしゃべりの相手に打ち明けるきっかけがあると「ほとんどわかりませんよ」「〜〜さんとはふつうにしゃべれてたじゃないですか」と言われたり、大洲時代(2011〜20)には薬剤師さんとの会話におき、難発でことばが詰まり出なくなり数秒沈黙していると、気を利かせた相手がすかさず空白にことばをすべりこませコミュニケーションを円滑にさせたりしたことがあるのも、こっちとしては意図せざるもので、そうじゃないよ、不本意だと感じ、ちょっぴりつらいんです。待っていてほしかった。

 

声を発するという行為は生の根本であり、それがスムースに行えず困難を感じているとほんとうに心底つらく、生きづらいと感じて苦しむんですけれども、多くのマジョリティはぼくらの苦しみつらみの根っこが奈辺にあるかあまり理解していないんだねえと思わされることばかり。

 

差別はどんな人間の意識のなかもあります。ぼくにだってあるはず。日常的常識的な図式で安直に判断せず、当事者たちやアライの声をじっくり吟味するなどよくよく学習して教育を受けていくようにしないと、いつまでも苦しみはやわらぎません。吃音者のなかには就職活動すら遠慮するひともいるし、ひいては社会全体にとっての不幸不利益なんですから。

 

(written 2022.8.7)

※ パソコンでこのブログにアクセスし右サイド・バー下部の検索ボックスに「吃音」と入れて実行すれば、たくさん出ます。

2022/08/07

マイルズの知られざる好作シリーズ(2)〜 『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』

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(5 min read)

 

Miles Davis / Someday My Prince Will Come
https://open.spotify.com/album/68A4o4tkirJRFYbO9Ag0YZ?si=-h0L8qOlSeyu9m61jf1Ttw
(オリジナル・アルバムは6曲目まで)

 

これを「知られざる」という枠に入れるのにはかなり抵抗があります。以前から人気があってけっこう知られている、聴かれている人気作ですからね。決して隠れてなんかいません。

 

でも人気だっていうのは、ひょっとしてマイルズ・デイヴィスやジャズ・トランペットが好きだというファンのあいだでの話。それが漏れ伝わって一般のリスナーのあいだでも一部に愛聴作となっているケースがあるかもしれませんが、歴史的傑作、名作とかいったものじゃありませんから。

 

マイルズという音楽家だと、時代をかたちづくってきた、ジャズの歴史を複数回変えたという歴史的な評価がどうしても先行してしまう面があって、いっぽうにぜんぜんそんな作品じゃないけれど実は愛すべきプリティな好作みたいなのがあるのに、傑作群のかげに隠れほぼ無視されてきた事実があります。

 

マイルズのキャリアをトータルで聴いているといった熱心なファンじゃなかったら、一般に評価の高い名作を中心に(名盤ガイドなんかを参考にしながら)聴いていくかもしれません。総作品数の多い音楽家なので、そうやってフォーカスをしぼらないと追いにくいっていう面もあり。

 

そう考えてくると、1961年の(実は人気作なんだけど)『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』も、一般的に知られているとはかぎらないんじゃないかと思えてきて、内容がいいだけにもったいないなと、きょうここで書いておくことにしました。ジャズの歴史なんか1ミリも変えていないアルバムですけど。

 

本作がいいといっても、ジョン・コルトレイン参加の二曲「サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム」「ティオ」を、コルトレインが吹くがゆえにほめる気はいまはあまりなく。かつてはそれらばかり聴き狂っていたというのに、趣味が変わりました。レギュラー・クインテットによる演奏部分がくつろげてとてもいいと思うんです。

 

ですからテナー・サックスはハンク・モブリー。イモだイモだといままで散々悪口言ってほんとうにゴメンナサイ。コルトレイン演奏部はたしかにすばらしく、それと比べればどうしても聴き劣りしてしまうのはやむをえないのですが、61年のトレインといえばああいった苛烈な吹きまくり、それが気持ちいい時間もあるものの、おだやにくつろぎたい気分のときはトゥー・マッチに感じることがあるんです、ぼくは。

 

そこいくとモブリーはいつも中庸でおだやかなリラクシング・ムード。音色もフレイジングもおだやかで、その適切さ加減がいまの歳とったぼくの嗜好には実にピッタリくるんですよね。そういった「なんでもないような」ぬるま湯フィーリングこそ、老齢に近づき個人的にたどりついた心地よい境地です。

 

ウィントン・ケリー、ポール・チェインバーズ、ジミー・コブのリズム・セクションも、古いスタンダードだろうと新曲だろうとブルーズだろうとおだやかに淡々とこなしていて、マイルズが率いたハード・バップ・コンボのなかでもいちばんの聴きやすさを実現しているといえるかも。

 

エッジの利いた緊張感やわくわくするスリルを音楽に求めていればものたりないであろう『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』、ぼくだっていまだそういう追求をしている時間もありますが、もはやいつもいつもそうじゃない。リビング・ルームでゆっくりコーヒーでも飲みながらのんびりしていたいことも増えてですね、そんなときマイルズの諸作から選ぶなら、本作は絶好なんです。

 

いままでもファンのあいだでずっと人気作だったというのは、実はそういう部分じゃないかと思いますね。「時代をリードした」とか「ジャズの帝王」とかいったイメージばかり先行でマイルズのことをとらえてきたみなさんも、たまには立ち止まって聴いてみてほしいという気がします。

 

(written 2022.6.24)

2022/08/06

完璧なキース・カーロック(ドラマー)on ドナルド・フェイゲン『ザ・ナイトフライ・ライヴ』

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(5 min read)

 

Donald Fagen / The Nightfly Live
https://open.spotify.com/album/5C5qAs32rM9PXL6MNuxTDp?si=BteYiaUdRkqT2NClKepcUQ

 

去年リリースされたときに聴いて、いいねと思って記事にもしたドナルド・フェイゲン(スティーリー・ダン)の『ザ・ナイトフライ・ライヴ』(2021)。その後もずっと聴き続けているお気に入りとなっています。

 

なんど聴いても飽きないし、そもそも『ザ・ナイトフライ』(1982)というアルバムが前から大好きだったので、その全曲そのまま再現ライヴなんか、そりゃあ好きにならない理由ないのではありますが。

 

それにしても気持ちよすぎる、快感だ、ここまで聴きやすいと思えるのにはなにか音楽的な理由があるはずだと思ってじっくりさぐってみたら、どうもドラムスを叩いているキース・カーロックのスタイルがぼくの好みピッタリどまんなかなのかもしれません。

 

ってか、たぶんそれ、うん間違いないです。『ザ・ナイトフライ・ライヴ』は、1982年のオリジナル『ザ・ナイトフライ』を基本そっくりそのまま再現したものなので、アド・リブ・ソロのパートを除き、同じなんですが、やはりドラマーの演奏ぶりがきわだっていて、そのグルーヴがたいへん心地いいわけです。

 

ご存知のとおりスティーリー・ダンというかフェイゲンはドラムスのサウンドに異常なこだわりを持つ音楽家で、1970〜80年代のスタジオ録音では大勢のドラマーを呼んで同じ曲を演奏させたものを聴きかえし、パーツごとにベストなものを、それこそシンバルだけとかスネアだけとか切り貼りテープ編集して完成品にまで持っていっていたという人物。

 

あのころはそれしか自分の理想とする音楽の完成品を実現する方法がなかったのかもしれず、一回性のナマのヴァイブより緻密な組み立てを優先し、ライヴ・パフォーマンスはまったくやりませんでした。

 

風向きが変わってきたのは1990年代に入りスティーリー・ダンを再結成し、アメリカン・ツアーをやるようになってから。93/94のツアーから収録した『アライヴ・イン・アメリカ』CDがリリースされたことで、ある意味ぼくらなんかはビックリしたわけです。えっ?あのダンが、フェイゲンが、ライヴ・アルバムを出しただなんて!と。

 

その当時二十歳そこそこだったキース・カーロックをフェイゲンが見出したのは1990年代末ごろらしく、ダンの『トゥー・アゲインスト・ネイチャー』(2000)から参加するようになっています。その後継続して、ライヴもどんどんやるようになったフェイゲン/ダンにずっと帯同しているようです。

 

結局このフェイゲンの重用がカーロックの知名度と評価を決定的なものとしたようで、その後TOTOをはじめさまざまなバンドで演奏するようになっていますが、2022年までも一貫してフェイゲン/ダンの活動ではカーロックがドラムスを叩いています。ぼくは去年の『ザ・ナイトフライ・ライヴ』で知りました。

 

このライヴ・アルバムで聴けるカーロックのドラミングは、特に目立つとか派手に叩きまくるとかいったスタイルじゃありません。一貫して定常ビートをステディにキープすることで心地よいグルーヴを持続させるという演奏ぶりで、しかもどのパーツを叩くのもタイミング的にこの上なく正確。

 

特にハイ・ハットとスネアを中心に組み立てられている職人芸で、ここぞという箇所で的確に入るスネア・フィル・インなんかぼくには極上の快感。特にコーラス終わりとかサビに入る直前とかの節目節目できれいにそれが入り、音楽的にしっかりした意味のある音でもあって、ほんとうにいいドラマーだなと実感します。

 

『ザ・ナイトフライ』に収録されているどんなタイプの曲を叩かせてもいっさいブレがなく、常に余裕綽々のドラミングに徹しているさまは、まるで何百枚焼いてもすべて同じ味のおせんべいを仕上げる熟練の職人みたい。これだよこれこれこそフェイゲンの求めていた生演奏ドラマーだよねえと納得させるに充分なものがあります。

 

(written 2022.7.19)

2022/08/05

100%独力で書くのはしんどいこともある

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(4 min read)

 

つまり、音楽について書くとき、なにか参照できるテキストとか情報源があるときはほぼ常にそれを踏み台というか下敷きにしながらぼくは毎日のブログ用テキストを書いているわけです。その手のものがなにかちょっとはあることが多いし。

 

でもそういう参照源がほんとうにまったくないというケースもあって。ネットでどう検索してもいっさいなにも出てこないっていうことがですね、ときたまあります。がっかりなんですけど、というよりそれが当然だと思える歌手もいますね。

 

その代表格がぼくにとっての岩佐美咲と原田知世。その他こうした演歌、歌謡曲、J-POPなどのばあいは、ていねいでつきつめた音楽的考察の対象にならないという認識なのか、さがしてもなにも出てこないということばかりで。おもしろいと感じたり感動したので書きとめておこうとしたときに、よすがもないんです。

 

いっぽうかなりたくさんのテキストがあるけれどほぼなにも見ないで書いてきたのはマイルズ・デイヴィスとプリンス。この両名にかんしては、しかしいままで長年山ほど読んできた蓄積が血肉となって染み込んでいるので、特にあらためて読みなおさなくてもおっけ〜みたいなことなんでしょう。音源を聴きかえせば自然に出てくるっていうか。

 

もちろんパーソネルとか録音年月日とか、その他レコーディング・データにかんすること、ディスコグラフィカルに細かなことは憶えていられないので、逐一検索してそれを見ながら書いてはいるんですけども。そういえば原田知世と岩佐美咲のディスコグラフィって、ないなあ。だれかつくって!

 

ってことはブログのカテゴリー分類でわざわざ分けてある四人がそうだということで、ぼくにとってスペシャルな存在だから分けてあるんですが、それらについてはどれも独力で書いてきたというわけです。マイルズとプリンスはともかく、美咲と知世は最初2017年に書きはじめたころきわめて心細かったですよ。

 

溺れながら藁にもすがりたい気分であれこれさがしましたが(考察みたいなものは)なにもなく、あきらめてその歌、音楽を徹底的に聴き込むことに集中しました。「読書百遍意おのずから通ず」という古いことばがありますが、まさにこれ。といっても美咲や知世はそんな難解な書物みたいなものじゃなくその逆で、とってもとっつきやすい歌手なんです。

 

でも観察しやすい歌手ほど文章化する際のとっかかりがなく、なめらかにスムースで、どこからどう斬り込んでいいのかわからないと思ったりします。ぼくはそう。歯ごたえのある音楽家のほうが書きやすい。でも裏返せばそうした丸さ柔らかさこそ美咲や知世の魅力なんですよね。そこに気がついて、その一点から掘り下げていけばいいだろうと。

 

美咲や知世のそうした平穏さは、実は近年の世界的な大衆音楽トレンドとも合致しています。ぼくがこのトレンドを明確に理解するようになったのはわずかここ二年ほどの話なんですけど、そうなってみれば、な〜んだぼくが好きな歌手音楽家ってそういうタイプが多いじゃないかと気づきました。マイルズだって『クールの誕生』以後ずっとそう。

 

それでも美咲と知世は最初の書きはじめ時期がむずかしかったというのはレッキとした事実なんで、あのころホントCDに穴を開けんばかりになんどもなんどもじっくり聴き込んでいましたよねえ。微に入り細にうがちくりかえし聴いて、そうした徹底的な観察の果てにようやく皮膚の下からにじみでてくるように気づくようになった感想を書きとめていったんです。

 

聴きはじめたばかりだったというのも困難を感じていた大きな理由だったでしょう。マイルズとプリンスは長年聴き込んできていたので、それもあって頼るものがなくとも書きやすい。美咲も知世もすっかり耳なじみとなってなにげなく口ずさめるほどにまでなったいまでは、きょう書いてきたことはすっかり過去の話になったような気がします。まだわずか五年ほどしか経っていませんけどね。

 

(written 2022.7.12)

2022/08/04

テレサは菩薩 〜『淡淡幽情』

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(2 min read)

 

鄧麗君 / 淡淡幽情
https://open.spotify.com/album/5ylz7ilTcwYSDIRQC5CaLp?si=iLBQ8vVWS9-ajA6sQjp0yQ

 

孙露が最新作で二曲とりあげてカヴァーしているのを耳にしていたらもうたまらなくなって、やっぱり聴きなおしました鄧麗君(テレサ・テン)の『淡淡幽情』(1983)。宋代の詩に現代台湾のコンポーザーがメロディをつけ、北京語で歌ったもので、いまのぼくにとってはまさに理想郷のような音楽です。

 

オリジナルは香港盤ですが、ぼくが出会ったのは1990年代なかばごろの日本盤CDリイシューで。しかしその当時、ケバいとんがったハードな音楽がまだまだ大好きだったので、こんなのどこがいいの?という感想しか持たなかったかもしれません。

 

テレサのことは日本の演歌系歌謡曲を日本語で歌う歌手としてテレビ歌番組などでよく見たり聴いていたので、存在を知ってはいました。それがいまではもうテレサの歌みたいなのがないと生きていけなくなりましたから。

 

『淡淡幽情』でもわかるテレサの真骨頂とは、すなはちどこまでもおだやかだということ、これに尽きます。そんな部分こそがいま還暦のぼくのフィーリングに深く深く沁み込んでくるところなんです。その底にはとてつもなくすぐれた歌唱力があって、それでもって全体が支えられているからこその平穏なのだ、ということもわかるようになりました。

 

テレサならではだと思うのは、そんな落ち着いたヴォーカル表現のなかにとってもやわらかい笑みの表情を浮かべているようなところ。『淡淡幽情』を聴いていると、まるですべての参拝者をそっとつつみこむ菩薩像でもながめているような気分になってきます。さわやかなあたたかみが声や歌いまわしにあって、こんな包容力は真に秀でたトップ歌手だけが持ちうる資質でしょう。

 

ほんの五、六年前まで、こういったことをぼくはちっともわかっていませんでした。心底納得できて骨髄の芯奥まで染みわたるようにテレサの歌をとりいれるようになったいまでは、これ以上にスケールの大きな歌はない、より偉大な歌手なんてどこにもいない、テレサこそ真のNo.1なのだと、これはこちらが歳をとったからこそはじめて理解できるようになったことですけれど。

 

(written 2022.8.3)

2022/08/03

孙露推し 〜『忘不了』

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(4 min read)

 

孙露 / 忘不了
https://open.spotify.com/album/1UL8CRnyaqwSlBjWvodInI?si=fqsN-H6RTyibvPU88i0SwA

 

中国遼寧省生まれの歌手、孙露(スンルー)の新作アルバム『忘不了』(2022)が出ました。リリース月日をよく見ると4月14日になっていますが、これはCDリリースのタイミングなんでしょう、Spotifyではつい先週末の新作紹介に載ったばかり。

 

この歌手については、以前2017年作『十大华语金曲』のことを書いたことがあります。正直言って(孙露にかぎらず)こうした夕凪のように変化なく平坦でおだやかで淡々とした世界に、もうゾッコンなんですね。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2021/11/post-6c6b6c.html

 

そして新作でもまったく同じ路線がつらぬかれていて、一聴でぼくは溶けました。『忘不了』という中国語のアルバム題の意味はよくわかりませんが、ジャケットには英語で「Cannot Forget」とも記されています。忘れられない大切な愛の思い出を切なくつづった一作なんでしょうか。

 

といっても歌手と伴奏の表現はどこまでもおだやかで静か。失われたものを泣くように希求する哀切なんていうものはちっともなく、とことんそっとやさしくソフトに、エモーションをあたかも殺すように抑揚のない、まるで仮面をかぶっているかのごとき無表情で、そこになにもないかのごときフラットな音楽があるだけです。

 

ここには内奥のひだに深く刻まれた傷、喪失感が決して癒えもせずじっとたたずんでいるのであって、その深さゆえに日常生活の一部となって心身に染み込んでいて、それが表面的にはおだやかで、さわやかさすら感じさせるクールなたたずまいとなって表出されているんです。

 

人間だれしも歳をとるとそうしたおだやかな境地にたどりつきますが、歌手や音楽家は、自身は若くともそんなぼくらのフィーリングに寄り添うようなソフトなサウンドとヴォーカルを与えてくれるんですね。聴き手でしかないぼくは、20代だったころ孙露と出会っても、よさが理解できなかったはず。

 

今回は鄧麗君(テレサ・テン)が『淡淡幽情』(1983)で歌った二曲をカヴァーしているのもうれしいところ。孙露のほうは簡体字表記なので、トラックリストだけ見ていても気づきにくかったですが、聴けば瞭然、7曲目がテレサの「但願人長久」、11曲目が「幾多愁」。

 

「但願人長久」での孙露はテレサ・ヴァージョンよりもいっそう声の抑揚を抑え、徹底的におだやかに平坦に世界をつづっていく様子に感動をおぼえます。あえて故意にメロディの上下をなくそうと、あくまでフラットさを貫こうとつとめているような歌いかた。

 

「幾多愁」でも甘さは控えめ、そもそもテレサの声よりもいっそう薄味でビターなハスキー・ヴォイスですから、それでもってまるで感情がないかのように淡々と静かにつづっていく様子は、まるでベテラン高齢歌手の枯淡の味わいのよう。

 

それでも全体的に孙露の歌いかたは、声の出しかたやメロディの細かな節まわしにほんとうにデリケートな扱いを聴かせていて、とってもとっても小さな抑揚や変化を愛おしむようにやさしくそっと触れていくような、そんな繊細さを備えているんですね。

 

(written 2022.8.2)

2022/08/02

ひたすら楽しいマヌーシュ・スウィング 〜 ジャズ・シガーノ・キンテート&ヤマンドゥ・コスタ

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(4 min read)

 

Jazz Cigano Quinteto e Yamandu Costa
https://open.spotify.com/album/2Ta0frj85gkvSdvKIW9Kg7?si=lNMp-CtHSfu4yZKQr-2V7A

 

新作を次々リリースするペースが速すぎるヤマンドゥ・コスタ(七弦ギター、Br)で、しかもフィジカル完無視状態なので、もはやだれもなにも言わなくなりましたが、数日前にまたまた出ました、『Jazz Cigano Quinteto e Yamandu Costa』(2022)。タイトルどおりジャズ・シガーノ・キンテートとの共演。シガーノが中心で、ヤマンドゥは客演。

 

ジャズ・シガーノ・キンテートのほうはちょっと説明しておいたほうがいいでしょうか。バンド名そのままのマヌーシュ・スウィング、それも1930年代のジャンゴ・ラインハルトがやったそれを忠実に継承再現しているという古典派で、ブラジルはクリチーバの五人組(ヴァイオリン、ギター、ギター、ベース、ドラムス)。
https://jazzciganoquinteto.com.br

 

日本ではまったく無名の存在ですけど(カナで検索したら、ほんとうに一つも出なかった)2010年にデビュー・アルバムをリリースしているので、キャリアはあります。そして今回はじめて知りましたが、その当時からヤマンドゥとは共演を重ねてきているようで、浅いおつきあいじゃないみたいです。

 

フル・アルバムというかたちでこの両者の共演が記録されてみんなが聴けるようになったのは今回が初ということですね。ヤマンドゥがマヌーシュ・ジャズ(ジプシー・スウィング)を演奏するというのはやや意外でしたが、なんでもできるヴァーサタイルさを身につけているんでしょう。

 

七弦ナイロン・ギターをどこで弾いているのかわかりにくいと思うほどシガーノのバンド・アンサンブルにきれいに溶け込み一体化しているヤマンドゥ。なんかピックではじくスティール弦の音しか聴こえないじゃん?ひょっとして持ち替え?とか正直思ったりもしますが(よく聴くとちゃんとそこにいる)、このアルバムはあくまでシガーノのものであって、ヤマンドゥは目立たない脇役ですね。

 

ジャンゴが創始者のこうしたジャズ・サウンドが個人的にはいまだ大好物で、こうやって現代ブラジルのコンテンポラリー・ミュージックとしてもちゃんと生きているのを確認できたのは大きなよろこび。メンバーやヤマンドゥの自作にまじり、ジャンゴの曲だってやっているし、どこまでも伝統に敬意を払って端正な姿勢をくずさないあたりにぼくだったら好感を持ちますね。

 

それになんたって聴けばめっちゃ楽しいもんねえ(ぼくは)。なんだかちょっぴり正統派ジャズでもない、ちょっとだけはみ出したような雰囲気もジャンゴの音楽には感じとれて、それはアメリカン・スタンダードなんかをやっているときでもそうでした。その味の正体がなんなのか?いまだよくわからないんですが、なんとも惹きつけられる不思議なチャームがあります。

 

シガーノのメンバーも(世界も)ジャンゴのそんな部分に魅力を感じて、21世紀になってこうした音楽をやっているんじゃないでしょうか。アクースティック・ギターで軽快にざくざくリズムを刻んでいるのを耳にするだけで快感で、それに乗って別なギターリストがシングル・トーンでメロディを弾くストリング・バンド・サウンドこそこの手の音楽の真骨頂。

 

また、小規模でこじんまりとまとまったサロン・ミュージックふうなおもむきは、そうした傾向の音楽が再流行しているここ10年ほどの世界のトレンドに合致もしているもので、もちろんシガーノのメンバーは流行ではなく信念でやっているだけですが、それがたまたま時流に乗ったという面がありますね。

 

(written 2022.8.1)

2022/08/01

超カッコいいさわやかファンキー!〜 Kroi

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(2 min read)

 

Kroi / telegraph
https://open.spotify.com/album/0iA4MRC2v2WBEfgw8FSesc?si=JBuhK3SOTcS5MoWIM2KT0w

 

・ギター、ヴォーカル(内田怜央)
・ギター(長谷部悠生)
・キーボード(千葉大樹)
・ベース(関将典)
・ドラムス(田英知)

 

森保まどかがきっかけでたぐりにたぐって知ることとなったKroi。日本の五人組バンドで、ごた混ぜミクスチャー・バンドだということ(全色混ぜると黒になる)と、いずれも20代のメンバー全員ブラック・ミュージック好きだというところからこのバンド名になったようです。

 

2018年デビューで、今回聴いてみてはまった七月末リリースの最新作『telegraph』(2022)は二作目。こ〜れが!カッコいいんですよね。たしかにアメリカン・ブラック・ミュージックにしっかり根ざしたグルーヴ&サウンドが濃厚で、デビューしてまだ四年ゆえのハジける勢いみたいなもので突っ走る爽やかなみずみずしさにも好感をいだきます。

 

オープニング・トラックはアルバム題を意識してか、ただの電信ログで、それに続く2「Drippin’ Desert」、3「Funky GUNSLINGER」の二曲が完璧なキラー・チューン。あまりにもカッコいい。ノリがファンキーで、これらって完璧なファンク〜R&Bスタイルですよね。バンドの演奏もいいし、歌ったりラップしたりする内田のことばのつむぎかたや発声にビートがあって、それでもってグルーヴを産んでいます。

 

キラー・チューンといえるものはほかにいくつもあって、たとえば7「Juden」もすばらしい。ここではバンド演奏の闊達さも目立ちます。この五人組はぜんぶ人力生演奏なんですよね。達者なんだなというのがとってもくっきり伝わります。そして、やはりヴォーカリストの才覚がみごとすぎる。

 

演奏力の高さを活かしたインストルメンタル・ナンバーも二つあって(8、14)、そこではソウル・ジャズ〜ジャズ・ファンクみたいなかっちょええ演奏を聴かせてくれているのもグッド。ヴォーカル・ナンバーもすべてふくめ、グルーヴ・オリエンティッドな音楽を指向しているんだなというのがよくわかり、ちょっぴりレトロかもしれないけど、かぎりなくうれしいです。

 

年末のベストテンに入る傑作と思います。

 

(written 2022.7.31)

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