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2022/08/03

孙露推し 〜『忘不了』

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(4 min read)

 

孙露 / 忘不了
https://open.spotify.com/album/1UL8CRnyaqwSlBjWvodInI?si=fqsN-H6RTyibvPU88i0SwA

 

中国遼寧省生まれの歌手、孙露(スンルー)の新作アルバム『忘不了』(2022)が出ました。リリース月日をよく見ると4月14日になっていますが、これはCDリリースのタイミングなんでしょう、Spotifyではつい先週末の新作紹介に載ったばかり。

 

この歌手については、以前2017年作『十大华语金曲』のことを書いたことがあります。正直言って(孙露にかぎらず)こうした夕凪のように変化なく平坦でおだやかで淡々とした世界に、もうゾッコンなんですね。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2021/11/post-6c6b6c.html

 

そして新作でもまったく同じ路線がつらぬかれていて、一聴でぼくは溶けました。『忘不了』という中国語のアルバム題の意味はよくわかりませんが、ジャケットには英語で「Cannot Forget」とも記されています。忘れられない大切な愛の思い出を切なくつづった一作なんでしょうか。

 

といっても歌手と伴奏の表現はどこまでもおだやかで静か。失われたものを泣くように希求する哀切なんていうものはちっともなく、とことんそっとやさしくソフトに、エモーションをあたかも殺すように抑揚のない、まるで仮面をかぶっているかのごとき無表情で、そこになにもないかのごときフラットな音楽があるだけです。

 

ここには内奥のひだに深く刻まれた傷、喪失感が決して癒えもせずじっとたたずんでいるのであって、その深さゆえに日常生活の一部となって心身に染み込んでいて、それが表面的にはおだやかで、さわやかさすら感じさせるクールなたたずまいとなって表出されているんです。

 

人間だれしも歳をとるとそうしたおだやかな境地にたどりつきますが、歌手や音楽家は、自身は若くともそんなぼくらのフィーリングに寄り添うようなソフトなサウンドとヴォーカルを与えてくれるんですね。聴き手でしかないぼくは、20代だったころ孙露と出会っても、よさが理解できなかったはず。

 

今回は鄧麗君(テレサ・テン)が『淡淡幽情』(1983)で歌った二曲をカヴァーしているのもうれしいところ。孙露のほうは簡体字表記なので、トラックリストだけ見ていても気づきにくかったですが、聴けば瞭然、7曲目がテレサの「但願人長久」、11曲目が「幾多愁」。

 

「但願人長久」での孙露はテレサ・ヴァージョンよりもいっそう声の抑揚を抑え、徹底的におだやかに平坦に世界をつづっていく様子に感動をおぼえます。あえて故意にメロディの上下をなくそうと、あくまでフラットさを貫こうとつとめているような歌いかた。

 

「幾多愁」でも甘さは控えめ、そもそもテレサの声よりもいっそう薄味でビターなハスキー・ヴォイスですから、それでもってまるで感情がないかのように淡々と静かにつづっていく様子は、まるでベテラン高齢歌手の枯淡の味わいのよう。

 

それでも全体的に孙露の歌いかたは、声の出しかたやメロディの細かな節まわしにほんとうにデリケートな扱いを聴かせていて、とってもとっても小さな抑揚や変化を愛おしむようにやさしくそっと触れていくような、そんな繊細さを備えているんですね。

 

(written 2022.8.2)

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