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2022年10月

2022/10/31

でも、めっちゃカッコいいぞ、そこ 〜 マイルズ「シー/ピースフル」in『イン・ア・サイレント・ウェイ』

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(3 min read)

 

Miles Davis / In A Silent Way
https://open.spotify.com/album/0Hs3BomCdwIWRhgT57x22T?si=sQcfGoRdTSq-pW_188QYig

 

長いあいだ、それこそ40年以上、B面っていうか2トラック目の「イン・ア・サイレント・ウェイ(/イッツ・アバウト・ザット・タイム)」しか聴いてこなかったといってもいいマイルズ・デイヴィスのアルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』(1969)なのに、最近はA面の「シー/ピースフル」もカッコいいぞって思うんです。

 

ジョー・ザヴィヌルによる冒頭のオルガンびゃ〜がすでにクールでチルで体毛が逆立つほどだって思うんですけど、この1曲目にはエモーションが爆発解放される瞬間はなく、最初から最後までずっと一貫して抑制の効いたクールネスに支配されている、一定のペースをくずさないっていうのも、まさしくいまのぼく好み。

 

まるで泉の水がこんこんと湧き出るのをながめているような気分になりますが、だから動きというかグルーヴはそこにあるわけです。B面もそうだけどトニーのドラミングをきつく制限していて、決まった定常ビート維持しかさせていないこと(A面ではハイ・ハットのみ)も、クールネスをきわだたせる結果となっています。どんなドラマーなのか?を踏まえたら、こんなことよくやらせたなと思いますよね。

 

ドラマーの役割を固定する一方で、ベースと鍵盤には自由に動きまわらせているという、その対比がグルーヴを産んでいますよね。B面よりもいっそうオルガンがカッコよく活躍しているし、ハービー・ハンコック、チック・コリア二名のフェンダー・ローズだって最高。この三名のからみあいこそがこの曲のキモです。

 

なかでもぼくがこのごろシビレているのが、ウェイン・ショーターのソプラノ・サックス・ソロになっての10:11から。背後の、特にフェンダー・ローズの動きに注目してほしいです。ハービーかチックのどっちか(どっち?)がまずワン・フレーズ弾いて、それがあまりにもカッコよかったせいか、くりかえし七回反復しているでしょ、このリフ・フレーズ、かっちょええ〜〜っ!

 

事前に用意されていたものだとは思えず、その場の思いつきで即興的に弾きはじめたという様子です。ですが、弾いてみた本人もカッコよさにびっくりしたのか反復し、共感したもう一名のエレピ奏者、そしてオルガンも途中から参加し、三名ユニゾンでこの同一フレーズを合奏リピートしているんです。七回。カッコいい。

 

メインのソロじゃなく伴奏部なんですけど、そのリフこそがこの曲で最もカッコいいシビレる箇所だなということに、40年も聴き続けていてようやく最近(なんと遅い)気がつくようになりました。ずっと聴き逃していた、というかA面をそもそも聴いていませんでした、ごめんちゃい。

 

でも、めっちゃカッコいいぞ、そこ。

 

(written 2022.9.29)

2022/10/30

Laufey & Sinfó

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(4 min read)

 

※ 写真はいずれも本人の公式Instagramより

 

去る10月26、27日、故郷アイスランドのハルパ・レイキャヴィク・コンサート・ホールでアイスランド交響楽団との共演コンサートを開催し成功させたレイヴェイ(在ロス・アンジェルス)。大規模シンフォニック・オーケストラとのライヴはレイヴェイにとって初めてのことでした。

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本人のInstagramストーリーにその模様がサウンドつきであがっていたので、ぼくも楽しみました。でも部分的だったので。配信でもフィジカルでもいいからフルの作品として公式リリースしないのかな。本人も気持ちの入ったメモリアルなコンサートだったようですから、ぜひ作品化してほしいですよね。

 

でもぱっとインスタ、それも他人の投稿をシェアするかたちでストーリーにあげちゃって(当面は)それでおしまい、24時間で消えちゃう、っていうのがいかにもいまどきというかZ世代らしいですよ。さすがにオフィシャルで実況録音くらいしただろうと思うんですけども。

 

いままでレイヴェイがオーケストラと共演したものというと、もちろんライヴじゃありませんが、2021年のシングル「Let You Break My Heart Again」一曲だけ。ふだん強調しているように、このところのレトロ・ポップスは少人数でのサロン・ミュージックふうなこじんまりした陰キャな音楽という部分にも特色がありましたし。

 

ぼくのなかではそんな近年レトロ・トレンドの象徴みたいな存在であるレイヴェイは、しかしクラシック音楽の素養も色濃くあって、なにしろバークリー音楽大学卒ですし、ふだんから管弦楽などもどんどん聴いている様子がInstagramにあがっています。中国系の母と祖父はクラシックのヴァイオリニストですから。

 

それに以前も言いましたが、レイヴェイの書く曲はティン・パン・アリー系のものにそっくり。なにか天賦の才だろうと思うほどクラシカルで、そんな世界にはもともとオーケストラ伴奏が似合います。西洋近代音楽からの影響も強くあって成立した音楽なわけですし。

 

DAWアプリを駆使するベッドルーム・ポップみたいに展開されてきたいままでのレイヴェイも、その曲じたいはオーケストラ伴奏で歌うのに向いたクォリティをハナから持っていたものともいえて、2021年のデビュー時にはまだインディーだったし予算レスで、だから宅録や弾き語りをやっていただけだったのかも。

 

どっちでやってもきれいに映えるのがクラシカルな美しさを持つレイヴェイ・ソング。いままでずっと室内楽的に料理されているの(しかリリースされてこなかったわけですし)ばかり聴いてきて、それで個人的にレイヴェイにはまり、ピアノやギターでのソロ弾き語りなんか絶品だと思うほど。

 

でも大規模管弦楽との共演で、この曲やあの曲がどんな感じになるか、とっても興味があります。今年に入ったくらいから昇龍の勢いに乗っている音楽家ですし、録音されたに違いないとぼくは思うアイスランド交響楽団とのこないだの共演コンサートが一日もはやく公式作品としてリリースされますようにと願うばかり。

 

できればライヴにも行きたい。来日しないのならこっちが出かけていきたいと思うほど、レイヴェイが好き。

 

(written 2022.10.29)

2022/10/29

スマホとソーシャル・メディアが日本語の表記を変えた

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(6 min read)

 

ここ10年くらいは日本語表記の変革期で、ぼくらはそれをリアルタイムでじかに目撃しながら生きているんだという実感があります。

 

近代日本語史でみればこの表記変革は、おそらく明治期の言文一致運動、そして第二次大戦後の1946年11月16日、内閣訓令第8号&内閣告示第33号により現代かなづかいと当用漢字が制定されたことの二回、かな漢字文がガラリ一変して以来の大きなものじゃないでしょうか。

 

2010年代以後のこの変化は、もちろんスマートフォンやパソコン、特にスマホのビッグ・バン的大普及により書記法がデジタル機器に任されるようになり、それでもって同じころブームになってすっかり定着した感のあるソーシャル・メディア(Twitter、Facebook、Instagram、LINEなど)にみんなが日々なにかを書くようになったことに起因するものです。

 

そうなる前は、文章を書くのが習慣だっていう人間のほうが例外的でした。毎日どんどん書いているなんていうのは作家か、なにかのライターか、新聞や雑誌などの記者のたぐいとか出版関係者とか、学者研究者教師など、限定されていて、そういったみんなのあいだでは書きかたの一定ルールみたいなものがコミュニティ内の学習伝播により共有されていました。

 

もちろんそうじゃなくとも日記(的なもの)をつづる習慣のあるかたもいたでしょうが、そういったひとがどう書くかっていうのもプロ作家などの書きかたにある程度倣っていたんじゃないかなと思うんです。読書習慣がなければ書こうと思わないですし。

 

それをデジタルかな漢字変換システムとソーシャル・メディアの普及が一変させたんです。あちこち見ていると、どうやらこれは日本語ユーザーのあいだだけでの話でもなく、各国語で同様の表記法変化があるようなんですが、きょうは日本語だけを話題にします。

 

スマホとソーシャル・メディアにより日本語の表記がどう変わってきているか、個人的にことさら目立つなと思う部分だけ思いつくままピック・アップして箇条書きにしておきました↓

 

・中黒(・)を使わずベタっと続ける
・書題などに二重括弧を使わず
・句点(。)なしで文を終わる
・読点(、)も省略したり
・その代わりに改行する
・その際一文字の段下げはなし
・「何」「無」の必然性のない多用
・変換システム任せで漢字を頻用する
・手書きではムリな難漢字の使用
・絵文字、顔文字
・日用的なしゃべりことばの流入(している → してる, etc)
・歴史的仮名遣はかえってやりやすくなった

 

歴史的仮名遣の使用は2009年にやめ、そして上述のような新スタイル書記法をあまり使わず以前どおりの書きかたをソーシャル・メディアでもやっているぼくなんかは、もう旧弊っていうか古いタイプの書き手だってことなんでしょうね。文末を句点かなにかとにかく約物でしめくくらないと生理的にムリだっていう。

 

句読点については、通常の文章で省かれるようになったのと時を同じくして「モーニング娘。」「藤岡弘、」といった表記が、それもオフィシャルで採用されるようになったのは興味深いところ。モー娘。だってぼくがファンだった90年代末〜21世紀初頭はこうじゃありませんでした。

 

大勢のみんなが毎日のようにどれかのソーシャル・メディアで日常のことや好きなこと趣味のことを書く、つながっているひとたちがそれを目にしていいねしたりコメントし会話になる、っていうのは、思わぬ副反応を引き起こすケースがあるものの、悪いことじゃないと思います。

 

なにより日々が楽しくなりましたし、アドバイスや情報ををもらえたり共感されたりして助けられます。デジタル執筆機器の普及前にライティング・スタイルを確立していたぼくみたいな人間は変換システムにイラつくこともあるとはいえ。

 

言語や書記法の、時代にあわせての変化や流転に、「よくなった」「悪くなった」「正用/誤用」なんてものはありません。保守的・規範的な考えかたを持っていると(ぼくもそうですが)ちょっとさびしいとか枠から外れたとか感じたりしますが、川の流れのようなものをおしとどめることなどだれにもできないのです。

 

それにだいたいぼくがいまこうやって書いて、その行為じたいはむかしから紙にインクというやりかたで実行していたものですが、それもデジタル機器の使用によってはるかにやりやすくなったし、さらにそれをソーシャル・メディアやブログなどで公開するなんてのはもちろんパソコンやスマホがないと不可能。

 

毎日こんだけ大量の文字情報がWebにあふれかえってカオスと化す、なんていう世界はぼくだって想像していませんでた。精査も推敲も淘汰もされていないそれはたしかに玉石混交というかゴミみたいなものだってたくさんありますけれども、「みんなが書けて発信しコミュニケートできるようになった」というのはすばらしいことに違いありませんから。

 

紙にインクで、という世界はべつにどうといって変わっていないと思うんですが、日常の言論活動は主にインターネット空間でやるというのがあたりまえになっている現代において、これはとても大きな変化だと思うんですよね。

 

(written 2022.10.4)

2022/10/28

ゆったり流れる静かな時間 〜 以莉.高露

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(3 min read)

 

以莉.高露 / 尋找你
https://open.spotify.com/album/3QeHkPakqCGx4NDZIoSFMT?si=ofrpmmTjSjCsrmIwfRL_Xg

 

Música Terraで知りました。
https://musica-terra.com/2021/07/08/ilid-kaolo-longing/

 

台湾はアミ族のシンガー・ソングライター、以莉.高露(イリー・カオルー)の最新アルバム『尋找你』(2021)がとってもさっぱりしていておだやかで、時間がゆっくりゆっくり流れていくみたいな自然のおおらかさがあって、最高に好み。

 

イリーはみずからナイロン弦ギターも弾いています。アミ族の音楽家ということで、その伝統要素も色濃く感じさせながら、さらにややカリブなクレオール・ミュージックの色がやわらかくただよっているのもいいですね。アフリカンなオーガニックさも感じます。

 

もう1曲目からそんな感じで、お聴きくだされば、この緑と花でかこまれ蝶や小鳥がひらひら舞っているなかをゆっくりのんびりお散歩しながら小川のせせらぎをながめ音を聞いているっていうような、そんなおだやかムードはどなたでも感じていただけるはず。

 

音楽だからオーガニックといってもあれなんですけども、このアルバムにかんしてはことば本来の農業的な意味でオーガニックな色彩感があるぞという、そんなことまで言いたくなってくるような、そんな天然コットン100%っぽい肌心地のよさがあります。

 

3曲目まではずっとそうで、控えめに控えめに、そっとフェザー・タッチでやさしく触れてくるみたいなヴォーカルとサウンドなんですけども、4曲目に香る官能的退廃は、ほぼアルゼンチン・タンゴのそれじゃないかって思うくらい。だからどこまでも洗練された音楽なんですね。

 

かと思うと次の5曲目は先住民音楽を活かしたようなトラディショナルなもので、都会的洗練より野卑さを、というのは違うか、つまりちょっと自然の森林や海を強く感じさせる音楽で、素朴な音楽だとの印象を持ちます。

 

その後アルバム・ラストまで純朴さとソフィスティケイションが共存するようなフィーリングで曲が進み、ジャズがかなりベースになっている部分もある音楽家だと思わせつつ、民族の音楽伝統をうまくソフトな衣でつつんで当たりをやわらかくした手法は、やっぱり高度に洗練されたものに違いありません。

 

(written 2022.10.10)

2022/10/27

『ブルー・ノート・リ:イマジンンド II』を聴く

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(3 min read)

 

v.a. / Blue Note Re:imagined II 2022
https://open.spotify.com/album/4o54aWSH3QaWkRjS5Pl2I6?si=akT45JWcSu2Pv6KuCTmR5A

 

二年ちょっと前くらいに『Blue Note Re:imagined』(2020)というアルバムが出て、大きな話題になりましたよね。ぼくも記事にしました(↓)。二匹目のドジョウということか、続編『Blue Note Re:imagined II』(2022)がこないだリリースされました。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2020/12/post-4fa6bd.html

 

今回の『II』でちょっと驚いたのはノラ・ジョーンズ・ナンバーが二曲あること。カサンドラ・ウィルスンがカヴァーしたニール・ヤングもあって、このへんがもうブルー・ノート・クラシックスという扱いなんですね。ロンドンでもコンテンポラリー・ジャズの源流としてノラやカサンドラがリスペクトされているんでしょう。

 

いっぽうにセロニアス・モンクの「エピストロフィー」みたいな正真正銘の古典だってあるし、それをやるのがテオン・クロスだっていう。シリーズのコンセプトというかアプローチは前作から不変で、古典遺産の現代的再解釈を通し、UKコンテンポラリー・ジャズ&ネオ・ソウルの立ち位置と方法論を再確認するというもの。

 

ブルー・ノート・クラシックスを素材とすることで、現代ジャズやその周辺にイマイチ乗り切れないっていう保守高年層ジャズ・ファンにもアピールできるんじゃないかという狙いだってひょっとしたらあるかもしれません。曲のよさといまどきジャズの楽しさを同時に味わえるというか。

 

新世代/旧世代といったって、ジャズって巷間言われるようなほどには変わっていないということもよくわかるし、もともと19世紀末の誕生時から多ジャンルというか多文化混淆的にできあがった音楽なので、いまのネオ・ソウル/ヒップ・ホップなどとの共存状態だってそんな目新しいものじゃないはず。

 

こうしたことは、たとえばエゴ・エラ・メイが歌う6曲目「ザ・モーニング・サイド・オヴ・ラヴ」(チコ・ハミルトン)でもはっきりしています。エラ・メイらしいヴォーカル・パフォーマンスですが、原曲の持つレイド・バック・フィールはそのまま継承。そうしたチル・アウト感こそクラブ世代らしいものですし。

 

ジャズって(そうじゃないものも多かったけど)もとからそんな感覚を持って演奏され届けられてきた音楽なんじゃないかとぼくは思っているわけです。正確にいうと、個人的にはそんな種類のジャズにこそ魅力を感じ、ずっとファンであり続けているというのが事実。

 

現代ロンドンの新世代ジャズ/ネオ・ソウル音楽家のレンズを通して見たときにブルー・ノートの過去遺産カタログはどう変貌するか?という試みではあるんですが、クラシックスとなった有名曲がもとから兼ね備えていた懐の深さ、新解釈を呼び込む多層な複貌性みたいなものにも光があたっているなというのが正直な感想です。

 

(written 2022.10.23)

2022/10/26

SP針音ノイズはもうレトロ・ポップスでしか聴けない

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ということに実はなってきていて、そんなもんノイズなんかなければないほうがいいじゃないかーっと言われるかもしれないんですけど、あんがいそうでもなかったんですよ〜。ぼくはあのパリパリっていうのが好きでした。SP盤そのものはちょっとしか聴いたことがないけれど、主にリイシューLPで愛していました。

 

あれが消えてなくなったのはすべてコンピューターによるノイズ除去システムが発達したおかげというかせいというか。おかげで1920〜30年代の古い録音だって、近年のリイシューものサウンドはツルツル。

 

サブスクはもちろんCDだって近年のリイシュー盤ではもう聴けなくて、CD時代でも最初のころはまだかなり残っていたような記憶があるんですけど、ですからどんどん聴けたのはLPレコード時代でした。

 

古いSP音源にはマスター・テープなんてありませんから、それをリイシューするのはすべて盤起こし、デジタルなノイズ・リダクション・システムもまだ登場していませんので、レコードをかけてそのまま再録していたわけですよ。そんなLPでたくさんあのノイズが聴けて当時は幸せでした。

 

あのパリパリっていうのはちょっとどこか音楽的でもあって。演唱と一体化していたっていうか、もちろんレコーディング・スタジオでミュージシャンが出すサウンドはクリーンなものだったし、ライヴ現場でもそうですけど、つまりレコード産業こそ20世紀以後は音楽の主役になったあかしみたいなもんでした、あのノイズは。

 

ノイズをコンピューターで除去する処理をやると音楽が痩せるとか、そんなことは考えたことないんですけど個人的には、でもあきらかにフィーリングというかムードは変わっちゃいますよね。音楽で最も大切なのがフィーリングだと思っていますからね、ぼくは。

 

むろんいくら嘆いてみてもあの当時のあのぱりぱり針音サウンドというかつまりフィーリングですけど、それが蘇ってくるわけでもないんで詮ないことです。過去に発売されてぼくも聴いていた当時のレコードをどこかで入手すればまた聴けるのでしょうか。失われた世界。

 

でもごくたまに(きょうびどうしてだか)ノイズ除去されていないSP原盤の音楽がサブスクなんかにも載ることがあります。初期の美空ひばりなどですけど、アメリカ産1930年代スウィング・ジャズなんかでもときどきめぐりあえたりして、そんなときはうれしくて楽しい。

 

最新の現代録音なのにあのノイズをわざと入れているレトロ・ポップスがどのへんの世界を志向しているのか、あきらかですよね。その点ではSP針音ノイズは一度失われ、いまやレトロにやや回帰傾向にあると考えてもいいのでしょうか。いつまで現行レトロ・ブームが続くかわかりませんけど、すくなくともその音はもう今後消されることなどありませんから。

 

(written 2022.10.12)

2022/10/25

肉体派チェンチェン・ルー

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(3 min read)

 

※ 写真は本人の公式Instagramより勝手に拝借し結合

https://www.instagram.com/chienchienluvibes/

 

次の新作『コネクティッド』もミキシングとマスタリングを終えたらしい台湾人ジャズ・ヴァイブラフォン奏者、チェンチェン・ルー。九月末ごろから約一ヶ月間、ヨーロッパをツアーしていたのが(日本時間の)10/22ベルリン公演で終了しました。

 

といっても自身名義ではなく、いつものようにジェレミー・ペルト(トランペット奏者)・クインテットの一員として帯同したということ。チェンチェンはずっとこのバンドで活動していますよね。

 

ツアーで体験する欧州各都市の街の風景とか食事とか仲間と楽しそうにしている様子など本人のInstagramにどんどん上がるのでぼくもうれしく見ていましたが、やはり目を見張るのはヴァイブ演奏時の姿。カァ〜ッコいいんですよね。昔気質なガチガチの肉体派プレイヤーであることがよくわかります。

 

写真もあるけど動画でアップされていることだって多く、しかもそれらほとんどがストーリー。インスタのストーリーってアーカイヴしないと24時間で消えちゃうのにチェンチェンはちっともやってくれないんです。だから通知オンで上がったら見にいくしかないっていう。

 

それをながめていたら、ぼくなんかもうウットリなんですね。脳内っていうか身体的に直勘で浮かんだラインを手に伝達しがんがん叩いているっていう様子が、からだの動きや顔つきで、これでもかというほどよくわかります。左右に握った二本のマレットでシングル・ノートばかり打楽器的にぶっ叩くスタイルで、まさしくインプロのスリル満点。

 

こんなヴァイブ奏者、いまどきじゃめずらしいよねえ。音楽性のほうもちょっぴりオールド・ファッションドっていうか、ロイ・エアーズ的な1970年代っぽい濃ゆ目ブラック・ジャズで、でもそういうのこそ聴けばいまでもやっぱり快感なぼくなんで、新世代的じゃなくたってぜんぜんおっけ〜。

 

いまはまだ2020年作の『ザ・パス』をしつこく愛聴中ですが(ヘヴィロテのペースがいまだ落ちないんだから)、新作『コネクティッド』はいつごろのリリース予定なんでしょう。これも『ザ・パス』同様リッチー・グッズ(ベース)と組んだものということなので、期待していいと思うんですよね。

 

近年の新人ジャズ・ミュージシャンでいちばんハマったのがチェンチェン。ザ・ベスト!

 

(written 2022.10.21)

2022/10/24

サンバの秋だ 〜 ニルジ・カルヴァーリョ

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(2 min read)

 

Nilze Carvalho / Verde Amarelo Negro Anil
https://open.spotify.com/album/41mnwm5xiw9zeRNHRb0bgD?si=SYVxgpMfQ9eZICqRPRk2xg

 

bunboniさんに教えてもらいました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-08-15

 

真夏向きの音楽だと思いながら愛聴しているうちにそのまま秋になっちまいましたが、ブラジルのニルジ・カルヴァーリョ『Verde Amarelo Negro Anil』(2014)、秋にだってなかなか似合う音楽です。むしろ適温になってきたいま10月のほうがよりさわやかでいい感じに聴こえるかも。

 

勢いより落ち着きを感じさせる円熟サンバで、その意味でも秋っぽいフィーリングはあります。ぼくがサンバを聴くようになったのはCD時代になってからなので、ずっと前からなじんでいたみなさんの感慨みたいなものには共感できる者じゃないんですが、そこはそれ、聴き知っていた曲というのもある程度ふくまれています。

 

曲ごとの解説はbunboniさんの記事をお読みいただくとして、もう1曲目から快調にグルーヴするサンバで楽しくヒザや腰が動きます。これこれ、こういうのですよね大衆娯楽音楽の醍醐味は。その後も同傾向のダンサブルなサンバが多いし、同時に佳くメロディアスでもあって聴いてもいい。

 

しっとり聴き込むメロウ系バラードもあります(7)。クイーカが哀愁をさそうのも印象深く、かといってサウダージを感じさせるというふうでもなくさっぱり乾燥した心地がするのは、やはり大人の音楽家らしい味でしょうか。この曲、本作でいちばん好きかも。

 

カルメン・ミランダばりに譜割りの細かい速射砲ヴォーカルを余裕でこなす技巧曲があるかと思えば(9)、ニルジの本来領域であるバンドリンの妙技を聴かせるインスト・ショーロもあったり(12)。クロージングはいかなぼくでも熟知のウィルソン・モレイラ・ナンバー。メロが流れてきた瞬間に頬がゆるみ、ニコニコしたままアルバムは終了。

 

(written 2022.10.20)

2022/10/23

恋愛しない人間もいる

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(3 min read)

 

ちょっと前に、フィギュア・スケート元選手の高橋成美がセクシャル・マイノリティであることを公表しているという記事を読みました。LGBTのどれでもなくQなんじゃないかと。30年間一度も交際とかしたことがなく、彼氏も彼女もいたことがないとのこと。
https://digital.asahi.com/articles/ASQBJ6G0DQBJUTQP00D.html

 

これは正直ぼくのことじゃないかという気分になりましたよね。高橋成美のいうのはQ(クィア、クエスチョニング)っていうより、いはゆるアロマンティックっていうことなんじゃないかと感じたりもしますが、要するにだれかと恋愛する回路が脳に存在しないで生まれてきたのがぼく。

 

マイルズ・デイヴィスはじめ、そういうひとって実はわりといるんじゃないかと薄々感じてきましたから、高橋の公表はうれしかった。60年の人生で、結婚したことは一度あるけれど相手からのアプローチを断らなかったというだけ。だれかとつきあったことも交際したことも恋人だとかなんらかの関係だったことも一度もないんです。彼氏も彼女もいたことがない。

 

ほんとうの意味でだれかを好きになったことがないんですもんね。そして従来的な世間のジョーシキでいえば、人間どんなやつでもだれかを愛するもので、恋愛して、結婚したりとかがあたりまえで、していないやつは半人前というかハンパ者っていうことになるんでしょ。

 

ぼくのばあい心底愛しているといえるのは自分だけで、自己愛はとっても強いんですが、その気持ちが(血族ふくめ)他者に向くことはぜったいにありえないっていう。なんなんでしょうかこれ、やっぱおかしい?(考えこむとわからなくなる)

 

現実の恋愛はしないんですけど、あ、このひとちょっといいな、好きかもと感じることはよくありますよ。それでもって、いいなとぼんやり感じたそのかたといい関係になって懇意でいるっていうロマンティックな妄想にひたり、気持ちよくなって満足するという人生を送ってきました。

 

恋愛回路を持たないまま生まれ育ち大人になって還暦の現在までそうなんだから、今後死ぬまでずっとこのままで、そういうタイプというか種類の人間なのは間違いないことだとすっかりわかりました。高橋成美のいうQなのか、あるいはアロマンティックか、この二つは同じことなのか。

 

性自認や性指向と結びつけて考えたことが個人的にいままであまりなかったですけど、でも高橋の語っているように「カミングアウトした後に、大丈夫だよって伝えてあげられる方が素敵な社会だと思う」というのは間違いありませんよね。

 

(written 2022.10.17)

2022/10/22

フュージョン全盛期サウンドの再来 〜 スティーヴ・ガッド、エディ・ゴメス、ロニー・キューバー、WDRビッグ・バンド

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(3 min read)

 

Steve Gadd, Eddie Gómez, Ronnie Cuber, WDR Big Band / Center Stage
https://open.spotify.com/album/0OKzNFL2vAPb0qJJhv8sqR?si=QkMVgTmKRkiGiX6h2b_xaA

 

ガッド・ギャングふたたびというわけなのか、ドラマーのスティーヴ・ガッドがかつての盟友エディ・ゴメス(ベース)、ロニー・キューバー(バリトン・サックス)と組みドイツのWDRビッグ・バンドと共演した今年一月二月録音の『センター・ステージ』(2022)がとってもカッコいい。WDRビッグ・バンドは好調が続いていますよね。

 

演奏されているものもガッドにとってかつての得意レパートリーだったものが多く、それをやはり旧知のマイケル・アベネのアレンジ&指揮でビッグ・バンドに転用、三名の演奏ぶりもあざやかで、しかもあんな感じだったのがここでは基本フル・アクースティック・サウンドに変貌しているのは現代的といえるでしょう。

 

ビッグ・バンドのほうはジャコ・パストーリアスのワード・オヴ・マウス・バンドに似た響きをしているなと感じます。それに(ほか二名はそうでもないけど実は)だいたいロニー・キュバーのバリサクが大好物なんで、聴こえてきただけでマジ気持ちいいんですよ。こないだ亡くなったばかり。

 

1曲目「Signed, Sealed, Delivered」(スティーヴィ・ワンダー)だけでもう大満足。スタッフ時代のレパートリーですね。エリック・ゲイルそっくりのギターはだれ?と思ったらケルン出身のブルーノ・ミュラー。ブルーノはアルバム全編で大きくフィーチャーされ、これだよこれ!って快哉を叫ぶ典型的フュージョン・ギターを聴かせてくれます。

 

リズム&ブルーズ、ソウルなどをベースにジャズ・マナーでインストルメンタル展開した、っていうのはそもそもむかしから変わらぬガッド・ミュージックの特質で、本作でもそのまま活きています。この上なくグルーヴィだし、こういうのが2022年の新作として聴けるとは最高にうれしい。

 

アルバムのクライマックスは1曲目のほか4曲目「Che Ore So」だと思えます。ガッド・ギャングで演奏されたきれいなメロウ・ソウル・バラードで、ここでも文句なしに甘くて美しい。途中トロンボーン・ソロをはさみ直後にそのままロニーのバリサクが入ってくる瞬間なんか、なんど聴いてもトロけそう。

 

(written 2022.10.18)

2022/10/21

マイルズ『クールの誕生』解放同盟

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(6 min read)

 

Miles Davis / Birth of the Cool
https://open.spotify.com/album/0QWea2w5Y6pSoSWHuc7JMf?si=dtgkzEzNRPiBftwqrpYa8g

 

というのを勝手にひとりで立ち上げました。なにかというと、マイルズ・デイヴィスの『クールの誕生』(1949/50、アルバム・リリースは57)にまとわりつく超名盤とか歴史的意義とかなんとか、めんどくさい言説からこのアルバムを解き放って、音楽だけをじっくり楽しめるようにしたいっていう。

 

というのはですね、ぼくはイヤな体験をしているんです。突如ジャズに目覚めた高三1979年に出会った『スイングジャーナル』別冊ムック本みたいなもの、タイトルも忘れましたがとにかくニュー・オーリンズ以来のジャズの名盤を選りすぐって300枚か400枚だったか紹介するというもので、入門者にはもってこいだと思い、買ったんです。

 

近年、ジャズのディスク・ガイドはほとんどがビ・バップ以後に偏ってしまっているのに比べ、あのころはまだディキシー/スウィング全盛期の傑作アルバム(もとはSP盤だから、コンピLPですけど)だってどんどん載っていたのは美点でした。サッチモとかビックスとかデュークなどの全盛期録音に迷わず出会えたのもあのムック本のおかげ。

 

そのムック本、マイルズの『クールの誕生』も紹介されていたんですけど、レヴューを書いていたのが野口某だったか寺島某だったかジャズ喫茶のめんどくせ〜オヤジ系評論家で、いはく「これは楽しいアルバムじゃない、じゃあどう聴くか、真面目に学究的に聴け」とかなんとかそんな意味のことを。

 

高校生当時からナニコレ?!なに言ってんの!でしたが、2022年現在でもWebに載る『クールの誕生』紹介文のたぐいは、実をいうとこの手の言説をいまだに引きずっていて、中身の音楽をちゃんと聴けていません。中山康樹さんがこのアルバムのことを『マイルスを聴け!』全版でボロカス書いたのが直接的にはエコーしているんですけど。

 

べつにジャズ喫茶をどうこう言いたいわけじゃありません。『クールの誕生』をいまじっくり聴くと、時流に合ったコンテンポラリーで静的なおだやかさとクールネスを兼ね備えたサウンドを持っていると思えるし、そもそも聴きやすい音楽だし、マイルズの残した諸作のうち現在ではいちばん楽しいもののひとつかもしれないっていう、そういう部分をしっかり書いてほしいよね、っていうことです。

 

火花を散らすようなアド・リブ合戦やインプロのスリルがないじゃないかと言われそうですけど、そうしたビ・バップ・マナーから脱却しようとする試みだったんですから。全盛期チャーリー・パーカー・コンボのレギュラー・メンバーだったマイルズは、ああいった苛烈な身体運動ですり減らしていくのを間近でリアルに体験していた人間ですからね。

 

ハナからそういうのに向いている資質の音楽家じゃなかったんですから、独立後のリーダー・セッションではもっと熱の低い、おだやかで、ソフトでとっつきやすく聴きやすいサロン・ミュージック、軽く聴き流していいムードをつくってくれるBGMになるような、イージー・リスニングっていうか、そういったマイルド・サウンドを目指したんだというのがぼくの見かた。

 

このことは、その後1991年に亡くなるまでのトータル・キャリアでマイルズがどういう方向を主に意識していたかじっくり検討すればわかることじゃないですか。そこに歴史的意義とかなんとか、むずかしいことを言ってもあんまりちょっとね。内省的で洗練されたソフト&スムース・サウンド、リラックスできるお手軽サロン・ミュージックが『クールの誕生』〜 これ、以前からぼくは書いています。

 

高音管楽器がボスのトランペットとリー・コニッツのアルト・サックスしかないというのも、ソフト&マイルド路線を特徴づけています。ぜんぶで六管のうち半数(バリトン・サックス、フレンチ・ホルン、チューバ)が低音担当で、トロンボーンだって低めの音域でああいった音色ですから、全体的なアンサンブルにカドが立たずまろやか&なめらかな響きになっていますよね。

 

リズム・セクションだっておだやかなビートを奏でていて決して爆発するということがないし、(ビ・バップにしばしばあった)イビツでハードなところがまったくありません。

 

このような結果、『クールの誕生』は聴きやすいなめらかムード。ジャズというとむずかしいとかとっつきにくいとか真剣に聴き込まなくてはならない世界だとかいった先入観を打破しにかかっているのがマイルズらの目論見ですよ。ビ・バップに対するアンチ・テーゼ、というと表現がちょっと強いですけど、脱ビ・バップというか、自分なりのちょっと違うことをやってみたかったっていう、それだけのことだったのでは。

 

その後のマイルズのキャリアをみわたすと、このおだやか&クール路線でやった最有名傑作が1959年の『カインド・オヴ・ブルー』と69年の『イン・ア・サイレント・ウェイ』なんですからね。

 

マイルズってそんな音楽家ですよ。『クールの誕生』もお気楽サロン・ミュージックだっていうのが本質なんですから、肩肘張らずリラックスして聴きましょう。

 

(written 2022.8.27)

2022/10/20

星座の物語 〜『ア・トリビュート・トゥ・レナード・コーエン』

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(3 min read)

 

Here It Is: A Tribute to Leonard Cohen
https://open.spotify.com/album/7dcCXRBgb3p86KCg4ZUTff?si=VuObVr7hTiaIuuqyXAfvJw

 

レナード・コーエンって名前くらいしか聞いたことなかったのに、こないだリリースされたばかりのニュー・アルバム『Here It Is: A Tribute to Leonard Cohen』(2022)にハマってしまっているのはなぜでしょう。聴いてみようと思ったのはやっぱりブルー・ノートからのリリースだからです。

 

でもジャズ・アルバムってわけではないし、ロックでもカントリーでもポップスでもないっていう。そのへんの多ジャンル接合的なありようは、いかにも21世紀的といえるのかもしれません。ブルー・ノートだってそんなレーベルになりました。本作はラリー・クラインのプロデュースですからいっそう。

 

ことばが自然に集まっておのずとストーリーをつむぎだすようなスポンティニアスさをとっても大切にしてアルバム制作にとりくんでいったということがよくわかるのもうれしく納得で、そのためにラリーが選んだコア・バンドのメンバーはビル・フリゼール(ギター)、イマニュエル・ウィルキンス(サックス)、ケヴィン・ヘイズ(ピアノ)、スコット・コリー(ベース)、ネイト・スミス (ドラムス)。

 

+グレッグ・リース(ペダル・スティール)、ラリー・ゴールディングズ(オルガン)で、これがアルバム全体で動かない固定メンバー。ジャズ系の腕利きミュージシャンが中心ですね。全曲をほぼこのメンツで演奏しているがため、一曲づつさまざまなジャンルの歌手をむかえレナードの曲を歌わせていても、色彩感に統一した意図を感じる結果になっています。インストも二つあり。

 

ことさらすばらしいと思えるのが、ピーター・ゲイブリエルによる2曲目「ヒア・イット・イズ」、グレゴリー・ポーターの3「スザンヌ」、ジェイムズ・テイラーの7「カミング・バック・トゥ・ユー」、イギー・ポップの8「ユー・ウォント・イット・ダーカー」あたり。

 

それらはいずれもダーカーでグルーミー。サウンドもそうならヴォーカルだって下向いてぼそっと内省的につぶやき落とすかのよう。これが現代のカラーでしょうか。そしてバンドの演奏で曲の輪郭がふちどりされくっきり浮かびあがるようで、もとはといえばレナードの曲ってサウンドやリズム面は簡潔なものでしたから、これら今回のレンディションは格別です。

 

みごとな演奏で曲の姿がいっそう鮮明になり、暗さとないまぜの鈍く輝くあざやかさを増しているというのは、本作に収録されたどの曲でもいえること。レナードの曲の本来的なみごとさと同時にコロナ・パンデミックでいろどられた2020年代的な沈鬱なレレヴァンスをあきらかにしています。

 

ネットでひろがる音楽という無限の天空に光る星々を一つ一つ好みで拾っていくようにながめているのもいいけれど、想像された星座の総体的なストーリーをひとまとまりで味わえるような、そんなアルバムです。

 

(written 2022.10.19)

2022/10/19

砂漠のブルーズでここまでロックにカッコいいものってありましたっけ 〜 ティスダス『Yamedan』

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(1 min read)

 

TisDass / Yamedan
https://open.spotify.com/album/2zKhH3BwA1tRA1h11ZH9V0?si=gNSamefgS_W2273wao5j6w

 

そいで、ティスダス(ニジェールのトゥアレグ・ギター・バンド)、こっちのほうがもっといいぞっていうのは間違いないとぼくも思うデビュー・アルバム『Yamedan』(2015)のこともちょこっと手短に。くわしいことはbunboniさんのブログをごらんください。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-09-08

 

もう1曲目からキルジャテ・ムサ・アルバデのトゥアレグ・ギターが炸裂し、極上の快感。そのまま4曲目らへんまで熱く疾走。特に4「Yhabiti Yamiditine」でのソロなんか、エッジの効いた鋭角な音色でそりゃ激しく燃え上がり、こ〜りゃ相当な聴きものですよ。

 

そうかと思うと、アクースティック・ギターでの無伴奏弾き語りである5曲目がグッと沈み込むようにとぐろを巻くディープさで、別な意味でめっちゃシビレます。達者なギターの腕前もよくわかる一曲で、これもいいなあ。(砂漠の)カントリー・ブルーズって感じ。ひょっとしたらこれが本作の裏白眉かも。

 

そしてなんたってラスト10曲目「Adounia」。間違いなくこれがアルバムのクライマックスでしょうね。リーダーの回転ギターがすばらしいだけでなくバンド全体でぐいぐいドライヴするさまは灼熱かつ爽快ですらあって、砂漠のブルーズでここまでロックにカッコいい曲って聴いたことありましたっけ。サイコー!

 

(written 2022.9.28)

2022/10/18

典型的トゥアレグ・ギターで、こっちもけっこう聴けるティスダス『Amanar』

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(3 min read)

 

TisDass / Amanar
https://open.spotify.com/album/3zeeFf2i9MUPX2LdgOooM9?si=Ec-ZDv4DQtW9ZxtfoAI9XQ

 

bunboniさんの記事でこのバンドを思い出しました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-09-08

 

そういえばティスダス、最新作『Amanar』(2019)のことは以前どこかで見かけたことがあって、ちょっと聴いたりもしたんじゃないかと思いますが、そのまますっかり忘れちゃっていました。ジャケットに見憶えがあります。

 

そのときがこのニジェールのトゥアレグ・ギター・バンド(いはゆる砂漠のブルーズ)をぼくが知った最初だったはず。記事にせずそのままになっていましたから、2015年にデビュー作『Yamedan』を出していたとは気づかず。

 

上にリンクしたbunboniさんの記事では「聴き劣りした」『Amanar』より『Yamedan』のほうが断然いいって書いてあるんですが、ぼくのなかで <bunboniさん低評価 = 実は良作> という法則ができあがっているので、予断なく自分の耳で『Amanar』もしっかり聴きなおしましたね〜。

 

そうしたら、こっちもけっこういいじゃんって、そう思えたんです。もちろん『Yamedan』のほうはもっと聴けるんですけど、『Amanar』だってぼくは好き。なかでも2、3、5曲目あたり、特にギターが熱いしグルーヴィで聴けます。じわじわ低温やけどみたいに迫ってくる8曲目もいいし、ラスト10曲目だって後半のもりあがりには興奮します。

 

要はリーダー・ギターリスト(ってかワン・マン・バンドなんだけど)であるキルジャテ・ムサ・アルバデのプレイがみごとだってことで、デビュー作でもそうでしたけど、その一箇所でグルグル回転するような典型的砂漠のブルーズ・ギターが『Amanar』でもしっかり聴けると思うんですよね。

 

たしかにリズムは整理されおらずバタバタしている感じ(ドラマーの叩きかたが原因)ではありますが、キルジャテのギター・スタイルは不変。ここまで弾ければね、おおよそ帳消しにできるだけのパフォーマンスだとぼくは感じます。ロック色もあって、ブルーズ・ロックのファンなんかにはいけるはず。

 

なにより2、3曲目あたりで聴けるギター熱演には胸躍るものがあるように聴こえました。ほかにいくらだってある典型的トゥアレグ・ギターですけどね。

 

(written 2022.9.27)

2022/10/17

心落ち着ける音楽を持っているのがいい

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(4 min read)

 

ルーマー、孙露、徳永英明、坂本冬美(どっちも坂本昌之がアレンジしたものにかぎり)、アラトゥルカ・レコーズのトルコ古典歌謡、エラ・フィッツジェラルド&サッチモの『エラ&ルイ』シリーズ、伊藤ゴローがプロデュースする原田知世など、静かでおだやかな、心落ち着ける音楽が世にはたくさんあります。

 

なんだか最近同じようなことばかりくりかえし書いているよねって自分でもわかっていますが、こんな気分がいまのぼくのなかで最大のトレンドなんですからしょうがないんです。なるべくスリルやどきどきがなく胸も躍らず、じっとなだらかな気分でいられるっていう、そんな音楽がいまは好き。

 

もちろんエッジのとがったファンク・ミュージックとかぎんぎんハードな感じのサイケなロックとか躍動的なものなど、べつにきらいになったわけなんかじゃぜんぜんなくて、いまでも聴けば楽しいねって感じるんですけど、どうも聴く回数がここんとこ減ってきているんですよね。

 

マイルズ・デイヴィスみたいにさまざまな種類の音楽を残してきた音楽家なら、比較的おだやかでクールな感触のするアルバムを選ぶようになってきているし、ってかマイルズって本来は静的な音楽性の持ち主で、淡々と内省的にそっとつぶやくといった演奏で真価を発揮しました。1969〜75年は狂っていただけで。

 

こうした(気分的に張り詰めていないような)おだやかで平穏でサイレントでピースフルな音楽群をこそ、常日頃から好んで聴くようになっているし、同様傾向のものをさがしては見つけ聴いて喜ぶという音楽リスナー生活を今年に入るちょっと前くらいからずっと送っているんです。

 

睡眠をとても大切にしていて、ベッドに入りすべての活動をやめ照明も消すのは毎日0:05前後なんですけど、そこへいたるまでの準備に念入りな時間と手間を惜しまないというライフ・スタイルで、そのためにせめて音楽ぐらいストレスや緊張を感じないものにしているわけです。

 

お風呂タイムが20:30〜22:00ごろで、そのあいだ(は防水Bluetoothスピーカーで)までは翌日の執筆準備で聴くものを選んでいますが、お風呂からあがって髪も乾かし肌ケアも終えた22:30ごろからは、落ち着けるおなじみのおだやかな音楽ばかり流すようにしています。

 

つまりそこからベッドに入るまで約一時間半がぼくにとっての毎曜日のプライム・タイム。そこで聴く音楽はこのごろだいたい決まっているということです。といっても同じものばかりじゃ飽きちゃうので、たくさんあるなかからローテイションしているわけです。

 

どんな音楽を聴くかによって自分の機嫌をとっているというか気持ちを整えているわけですね(これは朝も昼間もだけど)。お風呂あがり〜入眠までは特に大切に、リラックスできるように、気持ちにトゲがささらないように、ひたすらの癒しになるような音楽を、すなわちいちばん上で書いたようなものを、聴いてくつろいで心を溶かし裏ごしし、スムースに睡眠へ入っていけるようにしています。

 

そんなナイト・タイム・ミュージックが、結局のところ最近では一日のぼくの音楽愛好フィーリンを支配するようになったなあと、そう思いますね。2021年8月にいまの居所に引っ越してきて、2022年に入るちょっと前あたりから。

 

(written 2022.10.1)

2022/10/16

楽しすぎるオーティス・クレイ『ライヴ!』本編出だしの2トラック

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(3 min read)

 

Otis Clay / Live!
https://open.spotify.com/album/25kWSndk8zfxTt3bDQX6oK?si=HtzszFzARYyTmgP8R75DQQ

 

なんど聴いてもいまだにライヴ本編部分の最初の2トラック・メドレーがあまりにもカッチョよすぎてばきばきにシビレちゃう、ソウル歌手オーティス・クレイの『ライヴ!』(1978)。同年の日本公演を収録したものです。

 

アルバム1トラック目にはなぜだかリハーサル音源が収録されていますが、ホンマなんでや?ライヴ本編だけでよかったのにっていう思いで、いつもぼくは2トラック目からかけています。そうしたいと思うほど幕開けの司会者による紹介から絶好調で、歌手登場、そのままメイン・パートになだれこむあたり、もうたまらなくゾクゾクしますよね。

 

キレも重量感も満点のリズム・セクションもシャープなホーンズもかっちょいいし、肝心の歌手はちょうどこのころがいちばん脂の乗り切った絶頂期で、声のハリもツヤも完璧。ぐいぐい圧倒する迫力で、なおかつ爽快で聴きやすく、さらにとってもグルーヴィで、文句なしのソウル・ライヴ。

 

このオーティス・クレイの『ライヴ!』のことは一度このブログでも書いたことがあります。ちょうど2016年にこの歌手が亡くなったのに触れて、そのタイミングでとりあげたものでした。CDでリイシューされたのは2014年のことでした。こんな傑作がなぜそんな長いあいだ?という思いでいっぱいでしたよね。

 

といってもそのときの『ライヴ!』CDリイシューが初めてオーティス・クレイを知った機会で、もともと(むさ苦しいとのイメージで)ソウル界を敬遠していたぼくは名前も聞いたことなかったんです。かつてレコードで聴いていたファンのみなさんにとっては、そのときのCDリイシューが天啓みたいなもんだったらしいです。

 

なもんで、CDリイシュー時にかなり大きな話題になっていて、Twitterのぼくのライムラインでも評判だったので、どんなもんじゃろう?と初めてこの歌手のCDを買ってみたのでした。聴いたらブッ飛びましたよね。あまりのグルーヴィさ、カッコよさに。

 

それがいまどきはサブスクにもあるってわけで、いつでもどこでも、カフェでコーヒー飲みながら、すばらしかった晩夏の花火大会からの徒歩での帰り道にだって、ささっと聴けて気分いいし、ダンサブルでもあるので思わず腰が動きステップ踏んじゃいます。スカッとしてストレス解消にもなりますよね。

 

このライヴのなかでオーティス・クレイもなんどか言っていますが「enjoy」「have fun」〜 これこそ娯楽音楽の本質ですから。そのためにならこれ以上の音楽もなかなかないもんだと心底痛感します。

 

(written 2022.9.11)

2022/10/15

ひとりぼっちのトニー・ジョー・ワイトがいい 〜『ザ・ビギニング』

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(2 min read)

 

Tony Joe White / The Beginning
https://open.spotify.com/album/5CijRmgFDpNamMyRoRGoZf?si=y5xinEXRSvi8mozYt1XLkw

 

萩原健太さんのブログで知りました。
https://kenta45rpm.com/2022/09/12/the-beginning-tony-joe-white/

 

トニー・ジョー・ワイトの熱心なファンというわけでもないけれど、こないだリイシューされたばかりの『ザ・ビギニング』(2022)には惹かれました。このアルバムがなんであるか、上でリンクした健太さんの文章にくわしいので、ぜひお読みください。

 

個人的にはトニー・ジョーがひとりぼっちでアクースティック・ギターを淡々と弾きボソッとしゃべるように歌っているっていう(若干の多重録音あり)そのたたずまい、雰囲気みたいなものに魅せられてしまいました。孤独感はサウンドにもちゃんと出ています。

 

そして、ギター・プレイのほうはぼくだって熟知の世界だという気がしてじっくり聴いてみたら、この弾きかたはカントリー・ブルーズのそれですよね。ヴォーカルのほうはそうでもないと思うんですが、トニー・ジョーは南部人なので、やはりそうした地点に立ちかえるということがあるのでしょうか。

 

9曲目「リッチ・ウーマン・ブルーズ」は曲題どおりのストレートな定型ブルーズですが、このアルバムのギターがカントリー・ブルーズのそれだというのはもっとひろい意味で、ほかの曲でもフレイジングのイントネーション、コロケーションの隅々にまでブルーズ香がしみ出ているのを聴きとることができると思うんです。その世界を聴き慣れた人間ならば皮膚感覚で理解できることのはず。

 

ファンキーでブルージーでダーティで、切なくて孤独な、この世界。荒々しい目つきでなにかをさがし求める者たちのたむろする世界。飢え。叶わなかった希望、破れた夢。亡霊のようなならず者。むさ苦しさ。孤独な旅人。

 

アクースティック・デモ・ヴァージョン集みたいな感じのアルバムですが、バンドでやった曲の再解釈とかもふくまれていたりもするので、なかなかどうして侮れず、シンプルだけど奥の深い音楽だという気がします。

 

(written 2022.9.30)

2022/10/14

音叉の効用

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(4 min read)

 

ってものが(演奏時はもちろん)音楽を楽しみで聴くだけのばあいでも間違いなくあると思うのはぼくがジジイだからかもしれませんが、たしかに楽器のチューニングに音叉を使って耳で聴いて合わせているっていうひとはもはやいないのかもしれませんね。

 

そもそもスタジオやステージでみんなが音を出しているさなかに自分ひとり音叉を鳴らしてチューニングするなんてことは不可能ですから、そういうときはもちろん視覚式チューナーを使わないといけませんしね。

 

ぼくがはじめてギターを買ってもらったのは中学生のときで、だから1970年代なかごろごろのこと。そのころ目で見るデジタル・チューナーがあったかどうか、あったかもですけど(なかったような気がするけど)自室で遊びで弾くだけならこれで、というんでギターといっしょに楽器店で音叉も買ったんだったと思います。

 

音楽用の音叉とはなんなのか、いまではことばを聞いてもナンノコッチャ?というかたもいらっしゃるかもしれませんが、それをわざわざいちから説明する気にもなれませんので(それくらいぼくらにはあたりまえの日常だった)そういったみなさんは各自ネットで調べてみてください。

 

ともあれ音叉の基準音はAで、それは=440Hz(欧州のオーケストラとか一般にクラシック系だといま442Hzくらいかも)。これが楽器チューニングの基本音なんです。チューニングしないと集団演奏は不可能ですから。

 

合奏の際は正確であればあるほどいいので、だから440Hzジャストにあわせようと思えば、ひとによりちょっぴりテキトーなこともあるかもしれない耳判断よりキッチリしたデジタル表示のチューナーでやったほうがいいというのはそのとおりです。これが音叉チューニングのデメリット。

 

ですけれど、音叉を使って耳で聴いて楽器をチューニングする習慣が身につくと、実は「耳が育つ」という面があると思うんですね。二つの音を鳴らして微細な音程の差を聴き分け一方を他方にあわせていくという作業はデリケートで、これを日々重ねていると、確実にサウンドを細かく聴く能力が向上します。

 

間違いなくこれが音叉チューニング最大のメリットでしょう。さらにギターとかならピッキング・ハーモニクスも学べます。バンド・サウンドのなかで自分がどれだけの音を出しているか聴き分けることもできるようになるので、ヴォーカリストなら歌の上達にも活かせるし、演奏者でもアンサンブルをきれいに響かせることにつながります。

 

こうしたことは、歌ったり演奏したりする側だけでなく、ふだんは聴いているだけのリスナーにとっても、実は同じように音楽を聴き分析できるようになる能力育成につながっていくので、効用があるんです。音楽は「耳で」聴くものですから耳を磨いたほうがいいというわけ。

 

楽器によりますがチューニングは毎日毎日どんどんやるものですから(生ピアノなんかはある程度固定式だけど)、それを(自宅では)いつも耳聴きで実行することにより、聴くのにも演奏し歌うのにも能力育成につながっていくという面があるっていうのは間違いないんじゃないでしょうか。

 

とはいえ、ぼくだってふだんはいまやクリップ・チューナーを常用していて(↓)、なにしろ一目でわかるし、ギターやベースやウクレレなどのヘッドをはさむだけでOKなので、ほんとうに便利です。慣れちゃうと音叉に戻りにくくなりますが、それでもいちばん上に載せた写真のように、いまでも忘れず取ってあります。基本ですから。初心忘るるべからず。

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(written 2022.9.11)

2022/10/13

原田知世のうたと音楽~デビュー40周年記念ベスト・アルバム

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(3 min read)

 

https://store.universal-music.co.jp/product/uccj2212/

 

このままのかたちではサブスクにもちろんない原田知世のデビュー40周年記念ベスト・アルバム『原田知世のうたと音楽』(2022)。CD二枚組で、一枚目がデビューから過去篇、二枚目が伊藤ゴロー・プロデュース時代っていう構成。

 

通して聴くと、知世は歳を重ねるごとに歌がうまくなっているなあというのを実感します。どんどんよくなるばかりで、なおかついま2022年がこの歌手の生涯でいちばんいいとぼくは思うんですけど、もう50歳を超えていますからこれは驚異的なことですよ。みなさんどうでしょうか。

 

デビュー期と違い、いまの知世は中低域寄りのやわらかでおだやかな声をしていて、完成度の高い伊藤ゴロー・サウンドとあわせ、もうホント好きでたまらないんですけど、むかしからのファンは必ずしも同意見じゃないかもしれません。あまり読んだことありませんけども。

 

『原田知世のうたと音楽』、特にCD1を聴いていてわかったこうした成熟の痕跡は、9曲目「早春物語」あたりにあります。1985年のシングル・ナンバーだったのを92年に鈴木慶一プロデュースで『GARDEN』のために再演したもの。これがとってもいいんですね。このへんが契機で知世のヴォーカルはグンと成熟するようになりました。

 

それ以前に収録されている「時をかける少女」「ダンデライオン〜遅咲きのたんぽぽ」「天国にいちばん近い島」「雨のプラネタリウム」はいずれもゴロー・プロデュースで近年にリメイクされているのですが、今回は初演ヴァージョンが入っています。もうぜんぜん違う歌手に変貌したぞというのは、比較すればぼくたちみんなよくわかるはず。

 

92年の「早春物語」以後は、11「ロマンス」、12「シンシア」、13「恋をしよう」、14「Tears of Joy」、15「空と糸 -talking on air-」と、いずれも初演ヴァージョンながら近年の知世に比しても遜色ない、あるいは近づくできばえを示していて、伊藤ゴローと出会う2006年(MOOSE HILL『desert house』)以前にヴォーカリストとして完成しつつあったとわかります。

 

自然体で音楽に取り組むゴローとコラボを組むようになったことで、そもそも最初からムリしない等身大の日常性がデビュー期以来の特質だった知世のインティミット&アット・ホームさにいっそう磨きがかかるようになり、今回のディスク2でも聴けるように、極上シルクのような細やかでデリケートなオーガニックさを感じる音楽になりました。

 

(written 2022.10.12)

2022/10/12

最良のチャイニーズ・ポップス 〜 孙露 in 2022

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(4 min read)

 

Recent 孙露
https://open.spotify.com/playlist/7lw97FcPUy0r9RBXrRKAuR?si=a34e0962e8e946a0

 

以前八月はじめだったかな、孙露(スンルー)2022年の最新作(とあのころは思っていた)『忘不了』のことをとりあげて褒めましたけど、そう、ぼくはもうこの遼寧省出身の中国人歌手にすっかり骨抜きにされていて、正直なにされてもかまわない、この身をすべて捧げたいと思うくらいなんですね。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2022/08/post-684849.html

 

しかしこの後もSpotifyの新作案内プレイリスト『Release Rader』で毎週のように(は誇張だけど)孙露の新作っぽいものがどんどん載るもんだから、いったいどうなってんの?今年この歌手はそんなリリース・ラッシュなの?といぶかしんでいました。

 

アルバムにして合計四作『城市民谣』『放你在心里』『明天你是否依然爱我』『当爱已成往事』と週替わりで出てきて、どれも “2022” となっているし、『忘不了』を入れたら今年五つ出した計算になるんです、孙露は。Spotifyでは。

 

いくらなんでもこれは妙だと気がついて、中国情報ならここっていう百度百科で調べてみました。すると、まずいちばん最初に『Release Rader』に出現した『忘不了』は2019年のCDリリースとなっています。

 

その他、順番に『城市民谣』が2018年、『放你在心里』が2020年、『明天你是否依然爱我』が2021年、『当爱已成往事』だけはまだ新しいってことかサイトの更新が追いついていないのでしょう載っていませんでしたから、それが最新作ってことでしょうか。

 

ともあれ、近年の孙露が豊穣だということには違いありません。もとから多作な歌手ではありましたが、ここ数年の活躍ぶりには目を見張るものがあって、Spotifyには今年入ったばかりな五つのアルバムどれを聴いても納得の充実感。

 

この歌手の特質は上でリンクした過去記事や、昨年ぼくがこの歌手と衝撃的だったといってもいいくらいなフェザー・タッチで出会い、なでられ、心底とろけちゃった『十大华语金曲』(2017)のときに書いた記事で、すでに説明し尽くしたという気がします。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2021/11/post-6c6b6c.html

 

いまどきの新世代歌手ではありますが、ヴォーカル・スタイルにはわりと古風なところもあって、しっかり声を張り抑揚をつけてオーソドックスにメロディの上下を表現することもあります。そのへんは曲によりアルバムにより歌い分けているような印象ですね。

 

それでもコブシ系ではぜんぜんなくって(しっかりメロディを歌うときでも)ヴィブラートなどまったく使わずストレートにすっ〜となめらかな発声をするのは新世代的なフラットネス&おだやかさ。中低域寄りで仄暗くただようハスキーさは退廃的で陰で、それもぼくには魅力です。

 

いずれのアルバムも、だれが選曲やアレンジやプロデュースをやっているのか?というたぐいの情報が見つからないんですが、伴奏も生音中心のさっぱりオーガニックで淡色系なのは孙露のヴォーカル特性にあわせているということと、ここ10年くらいのグローバルなトレンドだからでしょう。

 

きわめて個人的には、生涯で知ったなかで最良のチャイニーズ・ポップスだと思えてならず、さほどなじんでいた分野じゃなかったんですが、孙露に会えるんだったら、ナマ歌を聴けるんだったら、中国まで行きたい!という気持ちになってしまうくらい。細かなブレスの一個一個の息の音までいとおしくてたまらず。

 

薄味淡色系のおだやかで静かなポップスを好むようになった近年のぼくの前に出現した最高の音楽じゃないかと、古今東西世界 No.1だと、いまは思っていますね、孙露のことを。もう女神。

 

(written 2022.10.9)

2022/10/11

#人生を変えたアルバム4選

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(3 min read)

 

https://open.spotify.com/playlist/0kjyX9vGLvDTdI6Bbbe1vx?si=774ee3aa08804f4d

 

っていうハッシュタグがTwitterでここ数日よく流れてきますので、乗っかってぼくもちょっとやってみようっと。でも若いころに出会って生涯にわたる音楽人生を決定づけたものっていうセレクションは既出なので、趣向を変えて、近年の個人的嗜好を変えたもの四選ってことで。

 

え?それも最近いやというほど見ている?そうだよねえ。まあでもそのへんをおおらかに考えていただいて、やっぱりここ一年ちょっとくらいの音楽ライフはおよそこういった音楽に支配されているんだよってことを、ひょっとして今後余生はずっとこれでいくのか、またもう一回変化するか、わかりませんけども。

 

・原田知世のうたと音楽(2022)
・孙露 / 十大华语金曲(2017)
・Chien Chien Lu / The Path(2020)
・Laufey / The Reykjavík Sessions(2022)

 

薄味淡色系ポップスが最愛好になってきているなか、チェンチェン・ルーの『ザ・パス』だけはやや、いやかなりか、ファンキー&グルーヴィな往年路線のブラック・ジャズ。それを台湾人がやっているということだけは現代的かもですけど。

 

そういうのがセレクションに残る、あえて入れた、っていう部分が、数十年間どういう傾向の音楽を愛しながら生きてきたかの刻印みたいなものとしてしっかり自覚できているわけですし、なんだかんだでやっぱりよく聴くものなんです、チェンチェンは。

 

それ以外はがらりと人生様変わりしたなあという感慨があります。しつこく粘っこく濃ゆ〜いノリのぶっとい音楽こそ好きな人生だったのに、もうすっかりあっさりさっぱりな淡白路線に移行してしまい、いまはもうほんとうに心底そういうものが気持ちいい、汗唾みなぎるようなものはできるかぎり遠ざけたい。

 

ふりかえってみたら、そういう嗜好を形成するまず最初のきっかけは2017年に伊藤ゴローがサウンド・メイクする原田知世に出会ったことじゃないかと、いまではわかっています。孙露といいレイヴェイといい、知世が素地をつくってくれていなかったら、ここまでハマっていなかったはず。

 

女優業やタレント業と並行して、いまでも歌手業を持続的かつ積極的にやってくれていること、むしろ近年のほうがヴォーカルに魅力が増すようになっていると聴こえていることなど、知世には感謝しかありませんね。

 

(written 2022.10.9)

2022/10/10

マイルズの知られざる好作シリーズ(3)〜『ビッグ・ファン』

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(7 min read)

 

Miles Davis / Big Fun
https://open.spotify.com/playlist/5ToQKa5MO1bdXzpNSVIE9r?si=dab96b9f515e4989

 

マイルズ・デイヴィスのアルバム『ビッグ・ファン』(1974)。知られざる作品だというのは間違いありませんが、「好作」「佳作」といえるかどうかはかなり評価が分かれそう。日本でも以前から人気なかったその上に重ねるように中山康樹さんがボロカス言うたため、いっそうだれも見向きしなくなったという面があるかも。

 

中山さんのことをどうこう言う気はないんですが(ぼくもお世話になったし)、語調が強くて好き嫌いも激しかったひとだけに、日本最大の(もう故人だけど)マイルズ専門家として実は功罪あいなかばしたという面もおおいにあるだろうと、ぼくなんかは考えておりますね。むやみな信奉は毒ですよ〜。みんな自分の耳で聴こうよ。

 

ともあれ、大学生のころから二枚組レコード(からカセットテープにダビングしたものをだけど)でくりかえし聴いていた『ビッグ・ファン』。個人的にはいまでも好きだし、あんがい悪くないぞ、聴きどころのある良作だと思っているので、きょうとりあげて書いておきましょう。

 

いまサブスクにある『ビッグ・ファン』は、ある時期以後のリイシューCDをそのまま使っていて、盛大にボーナス・トラックが、それも末尾じゃなくまんなかに入り込み(なんでこんなことすんだ?>レガシー)、オリジナル四曲の姿がひょっとしてリスナーによってはわかりにくいと思うので、上でリンクしたのは復元しておいた自作プレイリストです。

 

これら四曲が二枚組レコードの片面に一個づつ収録されているという構成だったんですが、むかしもいまもぼくが好きなのはA面「グレイト・エクスペクテイションズ」とD面「ロンリー・ファイア」。いずれも1969〜70年ごろのマイルズに顕著だったサウンド傾向で、実際前者は69年11月、後者は70年1月の録音。

 

これら二曲というか2トラックには共通項があります。決められたリフというかパッセージみたいなのをマイルズがちょっと表情だけ変えながらひたすら反復するのみで、インプロ・ソロみたいなものがありません。だれのソロもほぼなくて、だからジャズ聴きの耳にはちっともおもしろくない、退屈だっていうことになるかも。

 

ご存知のとおり1967年録音68年発売の曲「ネフェルティティ」からマイルズはこうした手法をとりはじめていて、実はジョー・ザヴィヌルがマイルズに共感するようになったきっかけでもありました、「ネフェルティティ」は。それで68年暮れからマイルズのレコーディングにザヴィヌルが参加するようになったんです。

 

マイルズとザヴィヌルは70年のはじめごろまでスタジオ・レコーディング・セッションではほぼ常に共同作業を続けていて、その時期に誕生したいずれもがコラボの成果といっていい内容を示しています。『ビッグ・ファン』に収録された「グレイト・エクスペクテイションズ」「ロンリー・ファイア」だってそう。

 

だいたい「グレイト・エクスペクテイションズ」として1トラックになってはいますけど、実は二曲のメドレーというか、演奏時にはバラバラだったのを発売用プロダクションで編集してつなげただけで、13:37からはウェザー・リポートでおなじみのザヴィヌル作「オレンジ・レイディ」なんですよね。

 

ぼくの耳にはどう聴いてもここでのマイルズ・ヴァージョンのほうがずっと楽しくて、これがあるからこそアルバム『ビッグ・ファン』を聴く値打ちがあると言ってもいいくらい。メロディはよく知られたもので、メロディ・メイカーとしてのザヴィヌルの才を感じるところ。それをマイルズはひたすら反復しているわけです。

 

聴きどころはその「オレンジ・レイディ」後半部でリズム・セクションが躍動的になるところ。ウェザー・リポート・ヴァージョンにはない展開で、そこはこれら二名の音楽家の資質の違いでしょうね。フェンダー・ローズ(たぶんチック・コリア、演奏にはザヴィヌル不参加)が印象的なリフを奏ではじめてからのビート感がなんともいえず心地いいです。21:36から。

 

ほとんど知られていませんが、同年八月の『ビッチズ・ブルー』録音セッション(には演奏でもザヴィヌル参加)でも「オレンジ・レイディ」はリハーサル的に演奏だけされてはいますので、そのころにすでに曲はあり、二人で試行錯誤をくりかえしていたのだなとうかがわせるものがあります。そのテープが残っていないんだそうで(涙)。

 

マイルズとのセッションのために書いて用意し持っていった曲で、69年11月にはレコーディングも無事終え完成したにもかかわらず当時は発売されなかったがため、ウェザー・リポートでのデビュー・アルバムのほうでやりなおし収録することにしたのでしょう。それは71年初春の録音。

 

D面「ロンリー・ファイア」には演奏でもザヴィヌルが参加しています。こっちは59年ごろからのマイルズが得意としたスパニッシュ・スケール・ナンバー。荒野をひとり行くみたいな孤独感、哀愁感が基調になっていて、それもいいですね。スパニッシュを得意としたチックのフェンダー・ローズもRTFみたいにそれっぽくて、聴きもの。

 

(written 2022.9.7)

2022/10/09

ニュー・オーリンズ音楽現在地点の見本市 〜 映画『テイク・ミー・トゥ・ザ・リヴァー:ニュー・オーリンズ』サントラ

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(4 min read)

 

v.a. / Take Me To The River: New Orleans
https://open.spotify.com/album/5dzjHPSOfAto7WFilL9Siw?si=1rdJUPU0RJGSLgUoS65kGg

 

Astralさんのご紹介で知りました。
https://astral-clave.blog.ss-blog.jp/2022-09-04

 

『Take Me To The River: New Orleans』(2022)はニュー・オーリンズ音楽のドキュメンタリー映画(マーティン・ショア監督)サウンドトラック・アルバムのようです。映画は日本で劇場公開されていませんけど、おそらくどれかのサブスクで観られるんじゃないかと(そういう時代)。

 

ともあれぼくは音楽のほう。全曲この映画のための新録音だそうで、音楽都市ニュー・オーリンズは過去から現在まで多彩な音楽家を大量に産んできたので、現役でやっているベテランから若手まで、さまざまに組み合わせたりなどフィーチャーして、バラエティに富む内容になっているのはうれしいところ。

 

といってもアート・ネヴィルがいたりドクター・ジョンもやっているので(いずれもいまは故人)、映画本編もこのサントラもそれなりに長い年月をかけて制作されたものなんでしょうね。

 

強力に跳ねながら楽しくファンキーにグルーヴするものが多いのはさすがのニュー・オーリンズ・ビート。その手の曲ではラテン性というか3・2クラーベの感覚が内在的に活かされていて、そんなところ、いかにもニュー・オーリンズ・ファンクだと確信します。アメリカ合衆国のほかのどの都市の音楽とも違うグルーヴがあります。

 

たとえば1「イン・ラヴ・ウィズ・NOLA」、6「504(エンジョイ・ユアセルフ」あたりでもそれは強く感じますよね。ひたすらな快感。後者では終盤打楽器オンリーの乱れ打ちパートがあってそのまま曲が終了しますが、このカッコいいコンガはだれが叩いているんでしょう。

 

11「イエス・ウィ・キャン・キャン」は、アラン・トゥーサンが書いてリー・ドーシーが1970年に初演したかのファンク・チューン&ニュー・オーリンズ・スタンダードを、スヌープ・ドッグのラップなどくわえてヒップ・ホップ調にリメイクしたもの。オリジナルの面影はしっかりとあり。

 

ディスク2-1「インプロヴァイズ」もニュー・オーリンズ・スタイルのティピカルな強いノリですし、やはりシリル・ネヴィルがやる2-2「レイト・イン・ジ・イヴニング」でフィーチャーされているブラス・バンドのゴージャスでカリビアンなアンサンブル・サウンドには、思わずのけぞりそうになる迫力があります。

 

ドナルド・ハリスンのサックスをフィーチャーした二枚目のジャズ・ナンバー二曲もカッコいい。特にサックス・ソロ吹きまくりな9「サンド・キャッスル・ヘッドハンターズ」なんかビート感だって21世紀の革新的なものですし。新しくないトラディショナルなセカンド・ライン・ビートで演奏する11「聖者の行進」だってぼくは好きですね。

 

いっぽうに、しっとりとしんみりメロウに歌い込むバラード系がいくつもあって、いまのぼくの気分だとそっちのほうに耳を引き寄せられます。たとえば1-4「アイ・ウィッシュ・サムワン・ウッド・ケア」(エリック・クラズノのギターも最高)とか、あるいは1-11「ウィ・シャル・ギャザー・バイ・ザ・リヴァー」、2-4「ワン・モア・タイム」でのダヴェル・クロフォード。2-7でドクター・ジョンもパーシー・メイフィールドの「サムワン・トゥ・ラヴ」をやっています。

 

(written 2022.9.26)

2022/10/08

「やる気がなくてもやりはじめる」がやる気を出す唯一の方法

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(3 min read)

 

ということを、八年以上一日も休まないブログ更新でぼくも経験上実感しています。心構えとしておっしゃるかたは多く、科学的にも立証されていることみたいですしね。世のなかには「やる気さえ出れば…自分だってやれるんだ…やる気スイッチどこ…」とかぼんやり考えているひともいるかもしれませんけど。

 

やる気なんてちっともなくても「とにかく開始してみる」「とりあえずまず仕事にとりかかる」ということが肝要なんです。そうすればですね、やっているうちにじわじわとやる気が湧いてくるし、徐々に気分が乗ってくるんではかどりはじめるからさらにやる気が増すっていう相乗効果。

 

なにもせずただじっとたたずんで「さぁ、やらなくちゃなぁ」と思っているうちはやれるわけありません。ぼくのばあい音楽聴いての感想を書くのが日課なので、まずその音楽をかけて、テキスト・エディタを開き、キーボードをなにか打つ 〜 これをまず、なにも書く気がしなくとも、開始するんです。

 

そうすれば、じわじわちょっとづつことばを重ねていくうちに芋づる式に文章が自然に出てきますから。なにもせず、エネルギー充満になったらはじめよう、なんていう考えでは人間なにもできません。まずとりかからないと。やっていればやる気は自然についてきます。

 

つまり「やる気 → 行動」の順番ではなく「行動 → やる気」です。これしかない、間違いないというのを個人的には日々の執筆活動で骨身に沁みて痛感するようになったので、それ以後はこのポリシーでやっていますね。そして実効性のある正しい行動原則だというのもわかっています。

 

おしゃべりなんかでも、しゃべっているうちに気分がぐいぐい乗ってきてハイになり、ますます調子があがって饒舌が増すということはよくあるし、楽器奏者のインプロ・ソロなんかでもそうじゃないかと思うし、一般歌手、たとえばぼくも現場をよく知る岩佐美咲なんかも出だしの1曲目はまずまずだけど、2、3曲目とノリがよくなってきて歌の内容がアップするのをほぼ毎回目撃(聴撃)していました。

 

やっていれば、はじめてしまえば、やる気が自然と出てくるんです。それによって仕事の質が向上し、ちゃんと完成しますから。だから(やる気のあるなしにかかわらず)とりあえずまず開始しないとね。すべてはそこから。

 

(written 2022.8.8)

2022/10/07

例外的なみごとさがあたりまえの日常となったソナ・ジョバーテの最新作

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Sona Jobarteh / Badinyaa Kumoo
https://open.spotify.com/album/1lFli5KvWDQ44irop8P9se?si=400aAkZCQu-Ybx8ShuWdoA

 

待ったよ〜、ソナ!ガンビアのグリオにルーツを持つロンドナーのコラ奏者、ソナ・ジョバーテ最新作『Badinyaa Kumoo』(2022)がようやくリリースされました。デビュー・アルバムだった前作『Fasiya』(2011)に惚れ込んだものの、次がなかなか出なかった。首を長〜くしていましたよねえ。

 

今作は前作ほどのさわやかな衝撃はないものの、それはこっちがソナの音楽にすっかり慣れ親しんだがゆえであって、内容としては前作を凌駕する傑作といえるでしょう。72分という長さはいまどきの新作として例外的ですが、ずっしりした手ごたえを残す充実のアルバムで、待った甲斐がありました。

 

音楽性そのものは一作目から変わっておらず、1曲目からフル・パワーで疾走しています。アルバムの山脈はやはりユッスー・ンドゥールをむかえた3、親交の深い同じ楽器奏者バラケ・シソコとのデュオで美しく魅せる4あたりからでしょう。特に後者なんか静かでクールだけど息を呑むような輝きがサウンドにあります。

 

西アフリカらしい柔軟でしなやかなポリリズムで乗る5もみごと。11年のキャリア経過で呼べるようになった大物ゲストのたぐいはいませんが本作最大の白眉かもといえるノリいい痛快でグルーヴィな一曲ですね。7、8もいいな。8は前からシングル・リリースされていたもの。

 

アルバム収録曲はすべてソナの自作で、コラとヴォーカルだけでなく、ギター、ベース、パーカッションなど多くの楽器を一人多重録音でこなしています。前作の『Fasiya』にノックアウトされていたぼくは、反応が薄いとみるやブログでなんどもくりかえし賞賛しましたが、音楽的なスケール感では今作のほうが上。

 

でもソナのすばらしさ、音楽の強靭な美しさ、コラ演奏のきわだった腕前など、よく知るところとなりましたから、「な〜んてカッコいいんだ!」と驚いてひっくり返るなんてことはもうありません。なにより心地よく快感だし、毎年三冠王をとっている野球選手みたいなもんで、音楽の例外的なみごとさがあたりまえの日常となってしまったくらいなソナ・ジョバーテであります。

 

(written 2022.10.6)

2022/10/06

チルな台北ナイト 〜 リニオン

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LINION / Leisurely
https://open.spotify.com/album/1oAlLcfYvBpOb6PaGM6h4a?si=-2OHgb87SW6NU-Hjy3yphg

 

bunboniさん経由で知りました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-09-12

 

レイチンと同じくこれも台湾の若手音楽家、リニオンの二作目『Leisurely』(2020)は、まさしく大都会台北の洗練されたナイト・ムードがよく似合うチルな音楽。生演奏ジャズでやったネオ・ソウル・テイストなシティ・ポップといえるでしょうね。

 

noteで台湾的音楽をどんどん紹介なさっている石井由紀子さん(レイチンのこともお書きだった)によれば、リニオンもインディーズだから配信でならカンタンに公開できるけどCDなどはかなり限定的にしか流通していないんだそう。置いているお店が少ないみたいで、数をつくらなかったってことかも。
https://note.com/yukiko928/n/n9072f65706d5

 

でもこれ、傑作ですよね。ドラマー以外は全員台湾の演奏家で、一曲レイチンも参加したものがあります。そ〜れが、もうみんなレベルが高くって、いま、ここ10年くらいかな、アメリカとかイギリスなどの新世代ジャズ・ミュージシャンがもてはやされていますけど、台湾とか(ヴォイジョン・シーを核として)中国語圏でも同様の演奏家が出現しています。

 

リニオンの本作はそうした現状を如実に反映したもの。そもそもネオ・ソウルはアメリカでもジャズ系のミュージシャンが大勢セッションに参加していたものですし、リニオンが演奏力の高いジャズ演奏家を起用してこうした新世代台湾的ネオ・ソウルをつくりあげるのも道理です。

 

クロス・ジャンルというか越境的というか、現在の世界の洗練音楽をジャズ/ネオ・ソウル/シティ・ポップなどと分別することにもはや意味なんかなくなっていて、聴き手次第でどう受けとってもいいし、やっているほうはジャンル区分なんか歯牙にも掛けていないっていう。

 

それにしても心地いいくつろげる本作、聴いていたら、特に夜になって部屋の照明をちょっと落とし、これをいい感じでかければ、極上のおしゃれリラックス・ムードになります。そうしたチルな感覚こそこの音楽のキモですね。対峙して聴き込んでもいいけど、BGM的に流してフィーリン・グッド。

 

すべてはそんな気分を演出するためにこそ、技術の高い演奏力がとことんまで活用し尽くされているっていう、それがこうした種類の音楽の特性です。1990年代〜21世紀以後的なラウンジ系っていうかクラブ・ミュージック的な感性がしっかり感じられ、結果、聴き流して楽しんでムーディな夜を味わうのがいいんじゃないですかね。

 

(written 2022.10.5)

2022/10/05

デジャ・ヴなブリコラージュでグルーヴする台湾産ネオ・ソウルの最高傑作 〜 レイチン

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L8ching / Dive & Give
https://open.spotify.com/album/1Zl1TH7j0cZEHf03ScvES2?si=5Sr_ZJawSQS-zzIV3I9ZNA

 

bunboniさんに教わりました。感謝ですね〜。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-09-14

 

台湾の音楽家、レイチン(雷撃、L8ching)のリーダー・デビュー作『Dive & Give』(2021)がメロウでソフトで、とってもいいです。ジャジーでもあるし、都会的に洗練されていて、これはもはや退廃に近いスウィートさ。

 

ぼくが強く惹かれるのはこのひとの編集感覚。といっても録音後にやっているんじゃなくて、演奏時のひとづつきのものだと思うんですけど、さまざまに異なる音楽要素をブリコラージュでちりばめて、寄せ集められたパーツじたいは既視感満載でありながら、これにこれが接合するのか!という驚きは間違いなくDJ的で21世紀の感覚です。

 

作曲編曲段階からそうしたアイデアが活かされていて、演奏時はジャズの生演奏みたいに一回性でやっているんだと思うんですよね。なかでも4曲目「巫女」。これこそ本作の白眉だとぼくは思います。ここではメロウR&B、サンバ・ビート、プリミティヴなチャント(on クラブ・ビート)、ラテン・ボレーロの四つが次々出てきます。

 

基本はメロウR&Bとサンバがトグルで切り替わるんですが、後半突然先住民プリミティヴ・チャント(ロビー・ロバートスンが1998年作でやったようなやつ)が挿入され、すると一転して今度はラテン・ボレーロに変貌するんですね。こんなの聴いたことないよ。

 

まるでかつてのラテン・プレイボーイズみたいですが、しかしレイチンのおもしろさはこんだけの異種混淆をやってゴタ混ぜ感がいっさいなく、グルーヴが一貫していること。はじめからそう作曲された一回性の演奏だからなのか、多要素をつぎはぎしているということを感じさせず、よどみない川のようなナチュラルでスムースな流れがありますよね。

 

そんな「巫女」のあとも、5、6曲目あたりは完璧にぼく好みの音楽。そっとささやくようにやわらかく歌うレイチンのヴォーカルもこうした曲想にはぴったり。やや日本の歌謡曲っぽいフィールもあるなとぼくは感じますが、ルーツをたどればそれだってもらったものです。

 

しゃべり声、こどもの泣く声、日常の生活音など、さまざまにサンプリングされて各所にちりばめられているのも音楽の臨場感と雰囲気を高める大きな要素となっていますが、そうした音は不思議にリアリティというよりファンタジーを感じさせる結果になっているのも楽しい。

 

10、12曲目なんかのさわやかな曲想も大好きで、ビートはかなり強めに効いているのにしつこい感じはなく、あっさり淡白っていうか落ち着いたおだやかな感触があるのは、やはりこのひとも近年のグローバル・ポップスのトレンドに乗っているんでしょう。各パーツはレトロ感覚が基調になっているし。台湾から出現した最高の才能じゃないでしょうか。

 

去年の作品ですが、2022年のベスト・アルバムに選びたいと思うくらいです。

 

(2022.9.18)

2022/10/04

譜とか盤とか

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(4 min read)

 

っていうことばを、ぼくは(フィジカルに言及するときを除き)まったく使わなくなりました。「譜」のほうはどういうケースでも全然言わないんじゃないですかね。みなさんわりと「新譜」「新譜」って言っていて、それはそれでぜんぜんOKなんですけども。

 

ぼくがなぜ新譜と言わないかっていうと、音楽の新作リリース = 楽譜出版のことだった時代、つまり録音技術発明とレコード産業確立の前の時代の名残であるにすぎず、20世紀以後は実態がなくなったことばだからです。いまだって楽譜(シート・ミュージック)も同時出版されているかもですけど。

 

もちろんことばの世界って指し示す実態がなくなっても表現だけ生き続けるものではあります。個人的な感覚では「新譜」だけでなくどんなばあいでもシニフィエが消えてしまったシニフィアンをあまり使いたくないというのが正直な気持ちで、そういう人間なんです。新時代には新時代のことばをっていうか。

 

だからとても個人的なフィーリングなので、新譜とみなさんおっしゃるのに対してどうのこうのという気分はまったくありません。それは楽譜のことなんだけどな〜、みんなも録音された音楽を聴いているんでしょ〜とは感じますけど、ぼくだけが思うこと。

 

ところで音楽そのものは人類史と同じだけの歴史があるはずですが、記譜法が発明されたのは音楽誕生後しばらく経ってのことでで(古代ギリシアにはすでに記録法があったらしい)、いまでは世界で最も普及している西洋式の五線譜スタイルとなればさらにずっと時代がくだって、近代の発明品ですよね。

 

紙にインクでという印刷技術が普及するのは15世紀のことで、バンバン刷る大量生産品として商売になるように確立したのはその後18世紀末になってようやく印刷機械能力が大幅に向上してからなので、楽譜出版が音楽産業の柱として樹立されたのもそれからの話だったでしょう。

 

これは西洋近代音楽の一般市民への開放と時期的にピッタリ一致するので、おもしろいですよね。音楽だけでなく文化一般が市民へも日常的に行きわたり、みんなが楽しめるようになったのが19世紀ごろのことですから、だから楽譜出版がメインだった時代、「新譜」ということばがリアルな実態をともなっていた時代は、あんがい短かったのかもしれません。

 

「盤」のほうはですね、レコードとかCDといった平らな回転式円盤のことでしょうから、いまでもけっこう根強い人気を持ち続けている(人気再燃しつつある?)カセットテープのことなんかは排除されてしまうわけです。音楽を再生する装置と物体はほかにも各種ありますし、サブスクで聴くのにも「盤」はおかしいし。

 

「名盤」とかそういった表現でサブスク全盛の現代でも現役のことばではありますが、やっぱりもうフィジカルではあまり聴かなくなったぼくみたいな人間としては、たとえばそれを「名作」と言い換えれば済むじゃないかと思え、実態のないことばを使い続けるのには個人的に抵抗あるんです。

 

なかにはサブスクで聴いているだけと自他ともにわかっているのに名盤と連発したりするケースも散見され、あなたそれ、どこにも「盤」がないぞ、表現を検討し練りこまないのか?ましてやライターだったなら、とかぼくとしては感じちゃいますが、だいたいソーシャル・メディアでの発言なんかはまぁみなさんそんなもんみたいです。

 

べつにいいんですけど。ぼくだけの書法スタイルなんで。

 

(written 2022.9.3)

2022/10/03

ブルーズ界最長老にして最現役 〜 バディ・ガイ

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Buddy Guy / The Blues Don’t Lie
https://open.spotify.com/album/4l9eneOLKyG0u5W4bkDQwp?si=ttryH2pdTM-cW3ApwrkrVQ

 

1936年生まれ58年デビューだから今年でバディ・ガイは86歳キャリア64年目。影響を与えたギターリストなら星数で、代表的有名どころだけでもエリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジ、ジミ・ヘンドリクス、キース・リチャーズ、スティーヴィ・レイ・ヴォーンなどなど。

 

そしてそれら弟子格のだれよりも2022年ではバディ・ガイのほうがばりばり最前衛の現役感を発揮しているっていう。これはすごいことですよ。そう「すごい」なんていう安直すぎてふだんは使えない表現しか出てこないほど、このブルーズ・ギターリスト&シンガーは突出しています。

 

出たばかりの新作『ブルーズ・ドント・ライ』(2022)でもそんなとんがったブルーズ表現が健在で、加齢で衰えるなんてこととはまったく無縁。どうなってんのこのひと?音楽じたいはずっと不変のもので、いまさらとりたててどうということもないんですが、こんな作品を2022年に86歳が発表できるっていう事実は、はっきりいって特例的だと思います。

 

本作ではメイヴィス・ステイプルズ、エルヴィス・コステロ、ジェイムズ・テイラー、ボビー・ラッシュ、ジェイソン・イズベル、ウェンディ・モーテンといった豪華で多彩なベテラン・ゲストもむかえ、それらもすべてバディ・ガイの土俵にひきずりこんで飲み込んでしまうという器のデカさを如実に示しているのもすごい。

 

楽しくグルーヴするファンク・ブルーズが中心だけど、たとえばメイヴィス・ステイプルズやジェイムズ・テイラーと共演したものなんかはややシリアスな社会派の眼差しも歌詞にあって、いかにもこの共演者だねっていうタイプをしっかり発揮しているのも好ましく、それでいてギターは変わらずバディ・ガイのサウンドを出しています。

 

それもこれも吸収しての「ブルーズ」なんだよという老熟な境地はやはりしっかり聴きとれて、考えてみればこのジャンルはむかしからある意味社会派な音楽でもあったというか、個と社会がピッタリ張り合わせになった地点をこそつづってきたもの。60年以上ブルーズをやってきたバディ・ガイなら骨髄に沁み込んでいる事実でしょう。

 

つまり不変=普遍の人間感情とか存在のありようをペンタトニックに乗せて表現してきた音楽であるブルーズなんて、決して時代遅れになることもないし流行とか更新とかそういったことを意識する必要もないっていう。むかしから変わらないこの音楽の根っこの核心部分だけ煮詰めて煮詰めて凝縮したようなある種のイコンと化したのが、2022年のバディ・ガイだということでしょうね。

 

(written 2022.10.2)

2022/10/02

プロフェッサー・ロングヘア入門にはこれ 〜『ザ・ラスト・マルディ・グラ』

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(5 min read)

 

プロフェッサー・ロングヘア(1918-80)のほぼ最終作『ザ・ラスト・マルディ・グラ』(1978年録音82年発売)。なぜだかサブスクにないので、CDからインポートしたMusicアプリ(iTunes)のファイルで聴いていますが、ホント好きなんですよね。最高傑作じゃないのかと断言しちまいたい。

 

そこから何曲かYouTubeにもあげていて、それはもちろん権利者には無断でぼくが勝手にやっているだけのこと。だってねえ、だれでもがネットで聴けるようにしておきたい音楽だと思いますから。レコードもCDもすでに廃盤久しいんですから、これは義侠心みたいなもんですよ。

 

こないだ9月6日、そんなYouTube動画の一つにコメントがつきました。「This album was my introduction to 'Fess. He has such a distinctive piano style」っていう。これはうれしかったなあ。このかたとぼくは同世代かもしれませんね。
https://www.youtube.com/watch?v=If_Oif6b4JM&lc=UgyNyWv9YAefjEnEitF4AaABAg

 

『ザ・ラスト・マルディ・グラ』は1982年の二枚組レコードで、そのころぼくはちょうど大学三年生。ジャズにはまり関連する他方面もどんどんディグするようになっていたちょうどその時期に発売されてレコード・ショップに並びましたから、これがフェス入門だった、初めて手にとったフェスだったというのはぼくの世代には多いはず。

 

といってもぼく個人は『ニュー・オーリンズ・ピアノ』のほうを先に買ってはいて、それをいちおう一、二度聴きはしたんですけど、そのころはどこがおもしろいのか理解できませんでした。だからそのまま放り出しちゃっていて、フェスにはまった、こ〜りゃ楽しい音楽だねと皮膚感覚で納得できたといえるのは82年の『ザ・ラスト・マルディ・グラ』が初だったんです。

 

軽みがあって聴きやすくわかりやすい音楽で(そういうのバカにするひともいるみたいですけど)しかも有名代表曲だってたくさんやっているライヴ・アルバム。明快にノリよくて、まさにフェス入門にもってこいだと思うんですよね。

 

こうした音楽のベースにブルーズとカリビアン要素が濃くあるということもよくわかるし、ブギ・ウギやロックンロールと近接しているということだって示されているし。

 

歌うものが中心だけどじっくり聴かせるインスト演奏だって数個まじっていて(歌ものでもたっぷりめな楽器ソロあり)、このニュー・オーリンズ・スタイルを代表した大物ピアニストのその鍵盤をさばく腕前だってこれ以上ないほどくっきり刻印されているし。

 

いつだって楽しかったフェスの音楽が、地元のクラブ、ティピティーナでのライヴならではっていうことかここではいっそうくつろいで躍動していて、晩年ならではのまろやかな円熟味すらもあるんですから。

 

こう説明してくると、そ〜りゃフェスへの入門篇にピッタリですねって納得していただけるような気がしますが、それがなんとサブスクにないんですよね。廃盤になったレコードかCDを中古ショップでさがすしか手がないなんていう、そんなのちょっとねえ。フィジカル・リイシューが今後あるかどうか…。

 

ともあれどうしても、というかたは地道に中古盤をさがしていただきたいと思います。見つかるまでのあいだ、ぼくがファイルをつくってYouTubeに上げておいたこのアルバム(全17曲)からの七曲でもお聴きになって、楽しんでいただけたらいいんじゃないでしょうか。

 

「ジャンバラヤ」
https://www.youtube.com/watch?v=Z6u4LvWePdM

 

「メス・アラウンド」
https://www.youtube.com/watch?v=_gIKK9ot0nQ

 

「ラム&コカ・コーラ」
https://www.youtube.com/watch?v=If_Oif6b4JM

 

「シー・ウォークス・ライト・イン(シェイク、ラトル&ロール)」
https://www.youtube.com/watch?v=UNPJ1HNWlQw

 

「スタッグ・オ・リー」
https://www.youtube.com/watch?v=pN79UI1No74

 

「カーニヴァル・イン・ニュー・オーリンズ」
https://www.youtube.com/watch?v=na5sXo0Oqhw

 

これらはすべてカヴァー曲で、アルバムではもちろんフェスの有名自作ナンバーもたくさんやっています。それらはサブスクでも一般的な他作でどんどん聴ける曲ですから。そんな自他の区別なく自分の音楽として存分に楽しんでやっていたのがフェスの持ち味ですね。

 

(written 2022.9.8)

2022/10/01

人気サンプリング・ソース 〜 ブラザー・ジャック・マクダフ

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(3 min read)

 

Brother Jack McDuff / Moon Rappin’
https://open.spotify.com/album/25sQE6mJ38XKqKm4VKgWp8?si=VPruJToeTOSnlZWruf8m5g

 

ジャケット・デザインが(ぼく的に)悪いと、どうしてもちょっぴり聴く気が起きにくいというダメ・ルッキズム人間なんですけども、それでもジャズ・オルガン奏者、ブラザー・ジャック・マクダフの『ムーン・ラッピン』(1970、ブルー・ノート)、中身は上々。もうちょいおしゃれでカッコいいジャケだったらなぁ。

 

特に2曲目「オブリゲットー」がクラブDJやヒップ・ホップ系ミュージシャンのあいだで人気のサンプリング・ソースだということで、この一点でもっていまでも話題になり生き残っているアルバムだということでしょう。

 

道理でこないだはじめて聴いたアルバムなのに、2曲目が流れてきたら、アッ知ってるぞと思ったわけですよ。といってもヒップ・ホップとかサンプリングを多用した音楽とか、ふだんそんなには聴いていないですから、たぶんブルー・ノート・ジャズのサンプリング・ソース集コンピレみたいなので耳にしていたんだと思います。

 

そうやって甦らなかったら、本作なんて遠い過去の歴史のちりの山のなかに埋もれてしまっていたに違いなく、実際なっかなかCDリイシューもされなかったし、ずっと長らく廃盤のままで、マクダフとブルー・ノートはそんなに縁が深いわけでもありませんから、ファンだって忘れていたかもしれません。

 

それを掘り出してサンプリングするミュージシャンは、だから廃盤になったアナログ・レコードで聴いていたということで、ってことは中古レコード・ショップで買うしかないわけですから、以前もちらっと触れましたけど、DJとかクラブ系のひとたちっていったいどんだけあさってどんだけ聴いているのかと感心しますよね。

 

そうしたおかげで、いま2022年のぼくもサブスクで難なくこのアルバムに接することができるようになっています。嗚呼ありがたや。2曲目だけでなく、アルバム全体にグルーヴィでノリよいカッコいい瞬間が多少あって、しかもジャジーにインプロ・ソロを飛ばしまくるというふうでもないですから、ジャズ・ファン以外にもあんがい聴きやすいという面だってあるのかも。

 

(written 2022.9.5)

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