譜とか盤とか
(4 min read)
っていうことばを、ぼくは(フィジカルに言及するときを除き)まったく使わなくなりました。「譜」のほうはどういうケースでも全然言わないんじゃないですかね。みなさんわりと「新譜」「新譜」って言っていて、それはそれでぜんぜんOKなんですけども。
ぼくがなぜ新譜と言わないかっていうと、音楽の新作リリース = 楽譜出版のことだった時代、つまり録音技術発明とレコード産業確立の前の時代の名残であるにすぎず、20世紀以後は実態がなくなったことばだからです。いまだって楽譜(シート・ミュージック)も同時出版されているかもですけど。
もちろんことばの世界って指し示す実態がなくなっても表現だけ生き続けるものではあります。個人的な感覚では「新譜」だけでなくどんなばあいでもシニフィエが消えてしまったシニフィアンをあまり使いたくないというのが正直な気持ちで、そういう人間なんです。新時代には新時代のことばをっていうか。
だからとても個人的なフィーリングなので、新譜とみなさんおっしゃるのに対してどうのこうのという気分はまったくありません。それは楽譜のことなんだけどな〜、みんなも録音された音楽を聴いているんでしょ〜とは感じますけど、ぼくだけが思うこと。
ところで音楽そのものは人類史と同じだけの歴史があるはずですが、記譜法が発明されたのは音楽誕生後しばらく経ってのことでで(古代ギリシアにはすでに記録法があったらしい)、いまでは世界で最も普及している西洋式の五線譜スタイルとなればさらにずっと時代がくだって、近代の発明品ですよね。
紙にインクでという印刷技術が普及するのは15世紀のことで、バンバン刷る大量生産品として商売になるように確立したのはその後18世紀末になってようやく印刷機械能力が大幅に向上してからなので、楽譜出版が音楽産業の柱として樹立されたのもそれからの話だったでしょう。
これは西洋近代音楽の一般市民への開放と時期的にピッタリ一致するので、おもしろいですよね。音楽だけでなく文化一般が市民へも日常的に行きわたり、みんなが楽しめるようになったのが19世紀ごろのことですから、だから楽譜出版がメインだった時代、「新譜」ということばがリアルな実態をともなっていた時代は、あんがい短かったのかもしれません。
「盤」のほうはですね、レコードとかCDといった平らな回転式円盤のことでしょうから、いまでもけっこう根強い人気を持ち続けている(人気再燃しつつある?)カセットテープのことなんかは排除されてしまうわけです。音楽を再生する装置と物体はほかにも各種ありますし、サブスクで聴くのにも「盤」はおかしいし。
「名盤」とかそういった表現でサブスク全盛の現代でも現役のことばではありますが、やっぱりもうフィジカルではあまり聴かなくなったぼくみたいな人間としては、たとえばそれを「名作」と言い換えれば済むじゃないかと思え、実態のないことばを使い続けるのには個人的に抵抗あるんです。
なかにはサブスクで聴いているだけと自他ともにわかっているのに名盤と連発したりするケースも散見され、あなたそれ、どこにも「盤」がないぞ、表現を検討し練りこまないのか?ましてやライターだったなら、とかぼくとしては感じちゃいますが、だいたいソーシャル・メディアでの発言なんかはまぁみなさんそんなもんみたいです。
べつにいいんですけど。ぼくだけの書法スタイルなんで。
(written 2022.9.3)
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