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2023年6月

2023/06/29

#2023年上半期ベストアルバム

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(1 min read)

 

My Best Songs 2023
https://open.spotify.com/playlist/2x0WiShL9KgF5KtuNJXKqd?si=b2ba81d8f99044a0

 

個人の趣味で選出。九作なのは画像をタイルしたいから(だから四でもよかったけど)。上半期は、今年か近年リリースものに限定。

 

1)中村海斗 / Blaque Dawn(日本、2022)

衝撃だった新人ジャズ・ドラマーの登場。複合的でポリ・レイヤードなリズムを、新世代らしく汗くさくならずさわやかに叩き出す。サックスの佐々木梨子も驚異的。

 

2)Rachael & Vilray / I Love A Love Song!(US)

レトロなスウィング・ジャズ・ノスタルジアが楽しい。

 

3)Emmaline / All My Sweetest Dreams(US、2019)

1970年代ふうさわやかシティ・ポップ。クールでとってもいいね。19年作はちょっと前すぎる?

 

4)Smokey Robinson / Gasms(US)

妖美で中性的なアダルト・シティ・ソウル。

 

5)Kimi Djabaté / Dindin(ギネア・ビサウ)

3曲目「Alidonke」がダンサブルでとにかくカッコいい。

 

6)和久井沙良 / Time Won’t Stop(日本、2022)

ジャンルにとらわれず、ジャズとロック、ポップスを自在にクロスさせる身軽さが魅力。

 

7)Joe Chambers / Dance Kobina(US)

ベテラン・ジャズ・ドラマーの最新アルバムはアフロ・ブラジリアンな視野を駆使した野心作。

 

8)Fabiano do Nascimento / Lendas (ブラジル)

空気みたいにふわっとただようおだやかで静かな美しさ。マッサージのような癒し系。

 

9)Janet Evra / Hello Indie Bossa(US)

これまたレトロな60年代ふうのジャジー・ボッサ・ポップス。ヴァイブが特に好き。

 

(written 2023.6.20)

2023/06/28

血湧き肉躍る系ラテン・ジャズ 〜 ウィルソン・チェンボ・コルニエル

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(3 min read)

 

Chembo Corniel Quintet / Artistas, Músicos y Poetas

https://open.spotify.com/album/54O7zs8KLUOyrtgtZLq3Lt?si=MBM6aRtASpmHC9yZWdvpuQ

 

NYラテン・ジャズ界で人気も評価も高いパーカッショニスト、ウィルソン・チェンボ・コルニエル(プエルト・リコ系)の最新作『Artistas, Músicos y Poetas』(2023)は、要するに血湧き肉躍る系のラテン・ジャズですね。

 

自身のパーカッション+リード+ピアノ・トリオというシンプルな編成でグイグイ迫る白熱のリズムがたまりません。おまえそういうの苦手になったんじゃ?と言われそうかもですが、なんかこれはいいなあ。(5曲目のゲストを除き)金管がいないせいかなあわからないけど。

 

もう1曲目から華やか。にぎやかでドライヴするラテン・グルーヴ満開で胸がすきます。サックス・ソロとフルート・ソロが立て続けに流れてきますから、バンドのリード奏者が多重録音したというよりどっちかがゲストかも。パーカッション・アンサンブルの多彩カラーリングにもゲストがいるかなと聴こえます。

 

そうそうサックスといえばバンドのヘリー・パスが本作全体を通しかなりいい。フレイジングも聴かせるし、ねばりつくフルートでも活躍で、こ〜りゃいいラテン・リード奏者ですね。Pazっていう名前からしてやっぱりこのひともヒスパニックなんでしょう。ピアノのカルロス・クエバスも好み。

 

チェンボはコンガにティンバレスにその他各種パーカッション類にと文句なしの八面六臂ぶり。勢いや力で押しまくるだけでなく緩急のツボを心得たプレイぶりでみごとだと感心します。パーカッション・パレットの引きだしも多く、チェンボのカラフルなリズム構築がもちろん本作のキモ。ラテン・ジャズですから。

 

多くの曲が本作のためのオリジナルであるなかに、エディ・パルミエリ(5)があったり、セロニアス・モンクの「エヴィデンス」もとりあげています。後者は実をいうと通常のジャズ・ミュージシャンがやるときどうも好きではなく、あのテーマ部のダッ、ダッ、ダッっていうのが苦手で。

 

でもここで聴けるチェンボ・ヴァージョンはすばらしく、多くの従来型ジャズ・リスナーにとってはこれが本アルバムでの注目の聴きどころといえるかも。モンクの曲ってここまでラテン・ビートと相性よかったんですね。ってかラテンの浸透拡散力おそるべし。

 

曲間の空白時間をあまり入れずポンポン流れてくるのもテンポよくて好きです。90年代のクラブ系大流行以後曲間ゼロに近くなっていたのが、ここのところまた(ずっと前みたく)長めに回帰しているんですが、でもチェンボの本作は「オョ?止まった?」とか疑わずにすみます。

 

(written 2023.6.25)

2023/06/27

偏食と好き嫌いは違う

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(3 min read)

 

いっしょくたにされているというか、同じことじゃんねということで使われているこれら二つのことば、実は内容が異なります。ぼくはかなりな偏食者ですが、食べものの好き嫌いはありません。食べられないものが多いですが、それらが嫌いなわけじゃないです。

 

偏食とは嫌いだから食べないんじゃなくて、食べることがたんに生理的身体的に不可能なだけです。口に入れられないとか咀嚼できない飲み込めず吐き出すだけとか。それはおそらく生まれつきのもので、生育過程でそうなったとかなにかの経験がきっかけで後天的にとかじゃありません。

 

嗜好ではなくて、自分ではどうしようもできない生来の体質、それが偏食。ぼくのばあいASDであることもこれに関係しているんじゃないかと思います(偏食者が発達障害者であることが多い医学的因果関係は解明されていません、数は多いけど)。

 

たとえばお寿司。生の切り身も米酢も受けつけない体質なので最も食べられないものですが、好きなので食べたい気持ちは人一倍あります。きっとすごくおいしいだろうなというのも、家庭料理人であるぼくにはとってもよくわかります。嫌いなんかじゃない。受けつけないだけで。

 

このへん、偏食のない健常なみなさんにはまったく理解されない人生を送ってきたという強い強い実感があります。「あ、戸嶋さん、好き嫌いがあるんですね」みたいなことを言われるたびに深く傷つき、それは違う、偏食者なだけ、嫌いだから食べないんじゃないぞと内心で叫ぶんですが、到底理解されないであろうと腹に飲み込むばかり。

 

食べられるけど好きじゃない、どっちかというと嫌いだっていうものもたくさんありますよ。でもそれは偏食じゃない多くのみなさんもそうでしょう。それらは食べられるのでTPOによっては食べます。自分からはちょっと避けているだけで。

 

偏食者が食べられない理由はこういったこととまったく違うんですよ。文字どおり不可能なんですから、無理強いしたり「出されたものを食べないんだったらなにも食べんでいい」とか言ったりしないでいただきたいと思います。

 

「好き嫌いせず残さず食べましょう」〜 これが偏食者をいちばん傷つけるセリフです。

 

(written 2023.4.15)

2023/06/26

カタルーニャのアレグリア 〜 ジュディット・ネッデルマン

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(1 min read)

 

Judit Neddermann / Lar
https://open.spotify.com/album/7Mc6kIwQW9UMgqImj5oFYC?si=vo9OKPpTRdaDXQ4nGzgLPg

 

カタルーニャの歌手、ジュディット・ネッデルマンのことは以前一度書きましたが、それ以来の新作『Lar』(2023)が出ましたので聴いてみたら、これもたいへんいいですね。21年の前作とはだいぶ雰囲気が変わり、今回は地中海〜ブラジリアンな方向性も強く意識したような多幸感のある音楽。

 

リズムの躍動がアルバムの重要ファクターになっていることは1曲目からはっきりしていて、それがさらに一段ときわだっているのがサンバ・チューンの5「Celebrar」。祝祭感に満ちたカラフルな曲で、いいなあこれ。こういうのはいままでジュディットの音楽になかったものですね。

 

続く6曲目も、おとなしめの曲調ながらややブラジル・テイストが香ります。特に曲後半ではファンキーさすらただようコーラスとビートのにぎやかさがあって、ダニ・ブラッキ(ブラジル)がゲスト参加している8曲目とか、このへんアルバム中盤がブラジル音楽パートでしょう。

 

いっぽうもとから美しいジュディットの声を最大限に活かしたバラード調やピースフルな曲の出来もすばらしく、4、7、9、10曲目あたりがきれいに輝いています。緑と花と蝶や小鳥に囲まれたおだやかで淡々とした平和な日常のなかに人生の真のよろこびを見出しているような曲とヴォーカルは、心から共感できるもの。

 

(written 2023.6.7)

2023/06/25

王道のアメリカン・ルーツ・ロックは永遠に不滅です 〜 トレイシー・ネルスン

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(3 min read)

 

Tracy Nelson / Life Don’t Miss Nobody
https://open.spotify.com/album/28gauff9JHiO1Co73MvUnP?si=rPTDfCLyTLCpIxB4qYbuCA

 

米西海岸ベイ・エリアのブルーズ・ロック・バンド、マザー・アース(1968〜77)創設時からのリード・シンガーとして活躍したトレイシー・ネルスン。同バンド在籍は72年ごろまで。74年からソロで活動しています。

 

ですからトレイシーもだいぶキャリアが長いわけですが、最新アルバム『Life Don’t Miss Nobody』(2023)がずいぶんいい出来で胸に沁みる内容。個人の感想ながら、こうしたブルーズ・ロックっていうかアメリカン・ルーツに根差したロック系ポップスは永遠に不滅なんだなあとの感慨を強く持ちました。

 

ブルーズ要素はもう古いとか時代遅れとか言うみんなにまどわされず、いままでどおりこれからもこうしたエヴァーグリーン・ミュージックを聴き続けていきたいし、じっさい新作もいまだどんどん出ていますからね、ベテラン・若手の別を問わず。

 

本作にはブルーズ・ロックというよりブルーズ・ミュージックそのものだろうと思えるようなものも二曲あります。4「Your Funeral and My Trial」と9「It Don’t Make Sense」。ブルージーなスライド・ギターやハーモニカをフィーチャーし、こ〜りゃいいね。ほんとこういうの快感です。

 

かと思えばクラリネットの入るトラッド・ジャズふうなものがあったり(5)、伝承曲の7「Hard Times」ではアコーディオンが使われていて南部ふうのイナタい雰囲気でありつつ毅然としたヴォーカリストの心境もうかがえる内容で、すばらしい。

 

ウィリー・ネルスン参加の8曲目はやはりカントリー・ソングですが、ブルーズ・ロックとの境界線を感じない内容。カントリーだってもとはといえば白人版ブルーズとしてルーツ的には出発したんだし、トレイシーもウィリーもそのへんの事情というか伝統を体現しているわけでしょう。

 

ラテンというかカリビアンなロックンロールも二曲あり(10、12)。うちチャック・ベリーをカヴァーした12「Brown Eyed Handsome Man」ではトレイシー、アーマ・トーマス、ダイアン・デイヴィッドスン、マーシャ・ボール、リーバ・ラッセル、ヴィッキー・キャリーコが一堂に会し交互にマイクを握ったりというぜいたくさ。こんなおねえさまがたにはさまれた〜い。

 

(written 2023.6.16)

2023/06/22

ひとときのフィクション 〜 サマーラ・ジョイ『リンガー・アワイル』デラックス

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(3 min read)

 

Samara Joy / Linger Awhile (Deluxe Edition)
https://open.spotify.com/album/1kQH5ZtEqzJ5GxyTtfHKE3?si=QYn17jgkTzaa9GHyCTmxLQ

 

レトロ・ジャズ歌手、サマーラ・ジョイの『リンガー・アワイル』(2022)については去年リリースされたときにさっそく書きましたが、ジャケットの色を変えたデラックス・エディション(23)がこないだ五月に出ましたね。追加されたのは7曲8トラック。どれも新録で、別途EPとかで安価にリリースすればいいのに、豪華版にして本編をCD派にもう一回買わせるなんて、ちょっとヴァーヴさんそのへんどうなん?

 

これはあれでしょう、『リンガー・アワイル』はずいぶん評価も人気も高くて、なんたって歌手として&アルバムとしてのダブルでグラミー賞をもらったぐらいだし、いまだに話題が引も切らないので、それに乗っかって二匹も三匹もどじょうを釣っときたいってことでしょ。

 

ぼくとしてはサブスク・ユーザーなので、べつに追加出費がかさむわけでなく(Spotifyなら月額¥980で聴き放題)、個人的にもお気に入りの音楽が拡大され長尺になれば、このラグジュアリー・ムードをよりいっそうたっぷり味わえるってわけで、『リンガー・アワイル』デラックス・エディション、楽しんでおります。

 

新録と書きましたが、本編収録曲の、アレンジだけ変えたような再演が半分あります。はじめてやっている曲というのは追加部分の前半四曲だけ。それだって音楽性として新機軸なんかまったくなく、どこまでも『リンガー・アワイル』の高級ホテル・ラウンジふうな雰囲気をそのまま維持しています。

 

いつまでもこんなムードにひたっていたい、この楽しいラグジュアリーな時間が永遠に続けばいいのに、っていう、なんというかある種の現実逃避願望みたいなものを実現するひとときのフィクションとしてこそサマーラみたいな音楽は価値を持っているのであって、社会に対するレベルであるとかどうとかそんな世界とは完全に無縁。

 

ぼくだってそうだけど、現実の日常や人生はかなり厳しくつらいもの。それをすこしでも改善しようという社会変革としての音楽も必要でしょうが、日本の演歌や歌謡曲もそうであるようにしんどい現実からいっときだけ逃げるというか忘れるための、要するに憂さ晴らしみたいに機能する音楽もまた世には必要なんです。

 

じっさい必要としている人間が多いからこそサマーラ・ジョイと『リンガー・アワイル』がこれだけ大人気なのに違いないわけですからね。そんな時間がデラックス版でいっそう長くなれば、ウレシタノシ気分も持続するってわけで。

 

(written 2023.6.15)

2023/06/21

コンテンポラリーR&Bもたまにちょっと 〜 ジョイス・ライス

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(2 min read)

 

Joyce Wrice / Motive
https://open.spotify.com/album/2IVlGSUdl1ZTeSjOj8tMEr?si=lCiwKRVbQsOR-EZmcItinw

 

すこし好きなコンテンポラリーR&B歌手、ジョイス・ライスの最新作『Motive』(2022)は、といっても五曲たった14分のEPサイズ。昨年秋に来日公演をやったみたいで、その直前にタイミングをあわせるようにリリースされたもののようです。

 

来日公演には行っていませんが、そのときリリースされた『Motive』を現在までわりとよく聴いているっていうわけです。CDでもリリースされたとのことですよ。現在進行形のコンテンポラリーR&Bがどんななのかてっとりばやくわかるし、それにジョイス・ライスの歌はわりとクールでさわやかですよね。

 

先行シングルだった1「Iced-Tea」、アフロビーツ路線の2「Spent」と、出だしからマジでいい感じ。ソリッドなビートを軸にしたサウンド空間を泳ぐように歌っていくたたずまいもステキです。ヴォーカルにはややアーリー00年代っぽいところもあり。

 

クールでさっぱりした感じで、決して重たかったりムサ苦しかったりしない近年のコンテンポラリーR&Bは、その点において流行のおだやか系ジャジーなレトロ・ポップと相通ずるものがあると、だれも言わないけどぼくはそう感じています。

 

ここ10年ほどのポップス界におけるグローバルな流行、傾向というわけで、全世界的に音楽はあっさりさっぱり淡々とした薄味路線へと舵を切りました。下品で濃厚強烈なものがいいというオジサンだったぼくも以前だったら理解できなかったかも。

 

(written 2023.5.5)

2023/06/20

どうか年老いた自分を助けてくれ〜っ!〜 ビリー・デイヴィス Jr.の「ヘルプ!」

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(3 min read)

 

Marilyn McCoo & Billy Davis Jr. / Blackbird: Lennon-McCartney Icons
https://open.spotify.com/album/3yWA8N5YKVQqhQQTPpQiLl?si=FRO0hvymTpONOFiY8zztzQ

 

毎日FacebookのMemoriesをチェックするのがお気に入りの日課ですが、それでマリリン・マックーとビリー・デイヴィス Jr.のビートルズ曲集『Blackbird: Lennon-McCartney Icons』(2021)のことを思い出し(数年前の同日に記事を書いていた)再聴。

 

念のため付記しておくと、この夫婦歌手は元フィフス・ディメンションのメンバーで(1966〜75年ごろ)、脱退以後ペアで活動を続け、2020年代のいまでも現役だっていう存在。もちろん二人とも高齢ですが、歌声を聴くかぎりぜんぜんパワフルですよね。

 

そのときFacebookのMemoriesを見ていたのは、中澤卓也の大阪コンサートに参加するためJRで同地に向かっていた最中。まず松山 → 岡山間が特急しおかぜ一本でノン・ストップなんですが、車窓の風景をながめながら『Blackbird: Lennon-McCartney Icons』を流していて8曲目の「ヘルプ!」でハッとして目と手が止まりました。

 

ってかそもそもこのアルバムのことを二年前に書いたときも「ヘルプ!」がとてもいいぞと言ったわけですが、あのときより還暦越えになったいまのほうが歌の意味をいっそう強く心底感じることができるようになったと思います。そして歌詞の意味とアレンジ、サウンドがまさに一体化しています、このビリー・デイヴィス Jr. ヴァージョンは。

 

歌手自身も老齢者となり、「いまよりずっと若かったころはだれのどんな助けもぜんぜんいらなかったけど、いまやそんな日々は去り自分に自信もなくなり、思うようにならなくなった、考えを変えなくちゃ、だれかどうか自分のことを助けてくれ、だれかの助けが絶対に必要だ、それがなかったらもう生きていけないよ」というこの歌を、身をもって沁みるように歌っています。

 

スロー・ゴスペル・バラード調にアレンジしているバンドのサウンドと合唱隊もいいし、切々と訴えかけるようにマジの思いを込めて歌うビリー・デイヴィス Jr. のヴォーカルはホンモノの切迫感に満ちています。それを感じることができるはず。

 

聴き手のぼくも、もはや若くない、どころか老齢者の入り口に立つようになって、この歌の意味をまざまざと心の底から痛感するようになりました。こういった歌を相棒というか心の支えにして、結局だれも助けてくれないと思うけどぼくのばあいは、でも音楽に杖に残りの人生を送っていきます。

 

このビリー・デイヴィス Jr. の「ヘルプ!」はそんなかけがえのない拠り所になる歌なんじゃないでしょうか。

 

(written 2023.6.2)

2023/06/19

うねうね「ウン・ポコ・ロコ」をビッグ・バンドで 〜 ショーティ・ロジャーズ

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(2 min read)

 

Shorty Rogers / Afro-Cuban Influence
https://open.spotify.com/album/6eTeF2FhtgBmKn6ya2RWn5?si=amueJF3aSjyqsdKqUtItdw

 

ジャズ・ファン人生でそんな熱心に聴いた記憶がないトランペッター、ショーティ・ロジャーズ。でもこないだふとなにかのプレイリストで一曲流れてきたアルバム『Afro-Cuban Influence』(1958)は楽しいと思えました。

 

アルバム題が示すとおり、この時代らしいアフロ・キューバン・ジャズにとりくんだ作品。アレンジの才もあったミュージシャンなので、本作でもこのビッグ・バンド・アンサンブルをおそらく本人が手がけているんじゃないかと。

 

全42分48秒のうち1曲目「Wuayacanjanga」が22分以上を占めていて、これが聴かせどころ、目玉に違いありません。完璧大上段に構えた組曲形式の本格アフロ・キューバンで、多数の打楽器奏者が派手に打ち鳴らし叫び、まことに絢爛華やか濃厚。いまのぼくの気分からしたらちょっぴりトゥー・マッチかも。

 

これよりむしろ2「Manteca」(ディジー・ガレスピー)、5「Un Poco Loco」(バド・パウエル)とかのほうが聴きやすく楽しく感じます。3「Moon Over Cuba」はデューク・エリントン作ですが、わりとなんでもないジャズ・ビートですよねこっちは。

 

特に「ウン・ポコ・ロコ」ですぼくには。これは曲がもとから好きだったというのが大きいと思います。バドのオリジナル・ヴァージョンは、高評価のわりに一般リスナーの受けが悪く、ず〜っと前、mixi日記でボロカス書いていた当時の友人がいました。でもぼくは大好き。

 

だからピアノ・トリオでやっていたあれをこうして大編成ホーンズのビッグ・バンドに応用してやってくれているというだけで楽しいし、カヴァーしてくれているだけでうれしいのです。バドの書いたウネウネするラインが気持ちよく、あの蛇行をホーン・アンサンブルで聴けて快感です。

 

(written 2023.4.14)

2023/06/18

ボディ・ミュージック 〜 グレッチェン・パーラト&リオーネル・ルエケ

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(2 min read)

 

Gretchen Parlato, Lionel Loueke / Lean In
https://open.spotify.com/album/1spz41w8bNYC5yq5t5zzXn?si=IOa73oxjQGKU7tmRFo_ENQ

 

グレッチェン・パーラトとリオーネル・ルエケの全面共演作『Lean In』(2023)が、やはりそこそこ話題になっていますよね。ぼくもわりとすぐ飛びついて聴いて、すぐれた内容と感じました。盟友関係は2005年のグレッチェンのデビュー作からずっと続いていたようです。

 

クライマックスや、エリス・レジーナが歌った曲、セルフ・カヴァー、フー・ファイターズのナンバーといった多様なカヴァーと、今回のための二名のオリジナル曲をおりまぜて、ジャズやブラジル音楽、さらに西アフリカ要素などを自在に交差させる手腕はやはりコンテンポラリー。

 

ヴォーカルもギターもラインを描くというよりパーカッシヴに点を打ちつけるようなサウンドで、両名ともが担当している打楽器のその延長線上に声やギターを乗せている感じがします。歌う弾くというより点描的なつぶやきを放ち交差させたような音づくり。

 

曲によりバーニス・トラヴィスやマーク・ジュリアナなどが多少サポートに入っていますが、アルバム全体はあくまで二人だけで組み上げた音楽との印象が強く、たがいの信頼感が音にしっかり表れています。ていねいに構築されたようでありながら、実はインプロ一発で録音したかのようなスポンティニアスさも。

 

それはどこまでも身体性にもとづいた音楽であるからこそのナマナマしさともいえ、きわめてインティミットでありながら同時にひんやりしたクールネルやさわやかさもただようあたり、すばらしい作品にしあがったなと実感します。

 

(written 2023.6.11)

2023/06/15

再構築されたアラビアン・ラヴ・ソングズ 〜 ドゥドゥ・タッサ、ジョニー・グリーンウッド

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(2 min read)

 

Dudu Tassa, Jonny Greenwood / Jarak Qaribak
https://open.spotify.com/album/4VZ3ydTxuI2WRIbo3yNLzb?si=VXwQqyyVRmOLfZ-eAeR5Lg

 

イラク系イスラエル人音楽家、ドゥドゥ・タッサのことも以前一度書きましたが、最新作『Jarak Qaribak』(2023)はジョニー・グリーンウッド(レイディオヘッドなど)とのコラボ作。とっても美しいアラブ音楽で大好きです。

 

ぼくはこれをSpotifyの新着案内プレイリスト『Release Rader』で発売当日に知って聴き、いいねと思って投稿もしたんですけど、翌日には前からドゥドゥに注目されている石田昌隆さんがしっかりツイートなさっていて、さすがだと思いました。やはりアラブ音楽をやるイスラエル人ということで。

 

アルバムの収録曲はすべてカヴァー。アラブ圏に存在するクラシカルなラヴ・ソングで、それを二名のコラボと生演奏バンドと一曲ごとに異なるさまざまな中東歌手たちっていうチームによって再構築したアルバム。ビートはジョニーによるドラム・マシンが使われています。

 

どの曲もトラック冒頭に曲名、歌手名、都市名を呼ぶ声が入っていますが、曲名と歌手名はトラックリストにも書かれてあるものの、どこの歌手かということはイマイチわかりにくいかもなので、一覧にしておきました。

 

1)エジプト
2)レバノン
3)パレスチナ
4)モロッコ
5)イラク
6)ドバイ
7)シリア
8)(ドゥドゥ自身)
9)チュニジア

 

二名のリーダーシップのもと集まったチームによる再構築手腕はきわめてみごとで、クロス・ボーダーな音楽作成の理想型ともいえるもの。サウンドは1970〜80年代的でありながら(この点ではやや時代遡及的な指向もうかがえる)、本質的にコンテンポラリーな音楽のありようを示しているなと思います。

 

個人的にいちばんのお気に入りは6曲目「Ahibak」。曲のメロディがステキだし、サウンドも、ノレるダンサブルなビートのつくりかたも美しく、さらにドバイ歌手サファ・エッサフィの哀感とリリカルさを濃厚にたたえたセクシーなヴォーカルもチャーミングで、もうぞっこん。

 

(written 2023.6.13)

2023/06/14

むつこくないサルサ・ジャズ 〜 ソニード・ソラール

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(3 min read)

 

Sonido Solar / Eddie Palmieri Presents Sonido Solar
https://open.spotify.com/album/5MNcjG7o8bVANM1RPEES6Q?si=6hHFOB2MTiuW0bByC3TBXQ

 

料理に使う愛媛県松山地方のことばで、もう老年層しか使っていないかも、「むつこい」っていうのがあるんですけど、味がしつこい、くどい、脂っこいという意味で、だからおいしくない、イヤだということ。

 

サルサ(・ジャズふくむ)に対するいまのぼくの感じかたがまさにこのむつこいっていうこと。でもそうなったのはここ数年です。あっさり淡白な音楽を好むようになってから、サルサ系は濃厚すぎるので敬遠したいと思うようになりました。

 

でも昨年リリースだった新登場のサルサ・ジャズ・バンド、ソニード・ソラールによるデビュー・アルバム『Eddie Palmieri Presents Sonido Solar』(2022)はさわやかで、かなりいいと思えましたよ。エディ・パルミエリ全面支援とのことで警戒しましたが、杞憂でした。

 

ソニード・ソラールはNYCのラテン・シーンで役割を担っている例のカーティス・ブラザーズが中心になって結成されたもの。リズム+ブラス二管+リード二管というシンプルな編成ですが、サウンドには硬質なふくらみがあります。

 

でありながら暑苦しくないすがすがしさが香り、こういうのだったら大好き。紹介していたデスクウニヨンのサイトでは「迸る熱き血潮と哀愁を漂わせた極上のラテン・アンサンブルが炸裂する21世紀最高級の」なんて書いてありましたが、ぼくの印象は逆です。

 

かなりクールなサウンドに聴こえ、そうだからこそいまのぼくでも好感をいだけたんですから。そのクールさ、さわやかさがどのへんに由来するか、ちょっと分析してみようと思ってもよくわからないんですが、間違いなく聴きやすいという手ごたえがあります。

 

ホーンズ四本っていうのがいいのかもしれません。サルサやラテンなビッグ・バンド・アンサンブルがぐいぐい来るような迫力のオーケストラ・サウンドっていうのがですね、なんだか押しつけがましいと感じるようになったのもこの世界を遠ざけるようになった原因の一つでしょうから。

 

そこいくと本作はオーケストラというよりちょっぴり大きめのコンボというに近い感覚で、これでもかと聴かせつけるような厚かましさがないように感じます。このごろ苦手なブラスだって二人しかいないんだし。

 

それにどっちかというとリズム・セクション中心の演奏ぶりで+パーカッション群というのがサウンドの中軸になっているのもいいですね。特にピアノのサッカイ・カーティスは好演ぶりが光ります。御大エディ・パルミエリも終盤の二曲で参加、やっぱりうなりながら弾きまくっておられます。

 

(written 2023.5.7)

2023/06/13

聴く人が曲を完成させる

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(4 min read)

 

リリースされたばかりの新作アルバム『Seven Psalms』(2023)が話題のポール・サイモンが『Big Issue』誌のインタヴューで「聴く人が曲を完成させるとわたしは信じている」と言ったらしく、どういう文脈での発言なのか確認したいと思っても現物をなかなか入手できずあれですけど、すばらしいと思います。

 

同誌でポールは「わたしが曲のなかで言うことは、自分自身がなにか意味を込めているかもしれないけど、リスナーがその意味を決めるんだ」とも語ったようで、まさしく快哉を叫びたい気分。ぼくが約40年前から考え信じてきたことを、音楽家本人サイドがようやく明言してくれました。

 

個人的にこうした発想に至るきっかけになったのは、大学〜大学院生時代に文芸批評の分野を読みまくったこと。特にミシェル・フーコー、ジャック・デリダあたりの構造主義、脱構築哲学に強く影響されたアメリカのイエール学派や、フランスのロラン・バルト、イタリアのウンベルト・エーコらの著作にぼくは夢中で、おおいに共鳴し影響を受けました。

 

影響を受けたなんてもんじゃなく、修士論文がもろイエール学派のコピーみたいになっちまったんですからねえ。そしてあのころのコンテンポラリーな文芸批評で最もさかんだったのがまさに読者論・受容論で、作品の意味は作者が支配するものではなく、作品がどういうものであるかは読者こそが決めるものだという主張というか学説。

 

「作者から読者へ」ということがさかんに言われていて、論理的に筋が通っているよねえというばかりでなく、小学生時分以後ふだんの読書体験から皮膚感覚で考え信じていたことをハッキリ言ってくれているという気がして、当時から61歳の現在にいたるまでぼくのものの見かた考えかたの根芯を形成する土台となりました。

 

音楽だってそうじゃないかと。もちろん文学も音楽も作者が創り出さなかったら、とりかかりさえもしなかったら、この世に産まれ出てくるということはなくぼくらのもとにも届かず、いくら意味は受け手が決めるなどと言ってみたところで、作品そのものが存在しなかったらどうにもなんないわけで、そこには圧倒的な、絶対的ともいえる存在力の差があるわけなんですけどね。

 

そこはそこで認めた上で、発表された作品のことを受容論は扱っています。いったんこの世にリリースされたら、どんな音楽にも聴き手はつくもので、つまり聴かれない作品など存在せず、もしかりに聴かれない音楽があるとしたならば、それは意味を誕生させることができない作品ということになります。

 

それほど聴かれるという行為は重要で、作品の意味、どういう作品であるか、どんな姿かたちをしているか、どんな主張か、どれほど楽しいか美しいか 〜〜 などなどリスナーによって千差万別であることそれじたいが、それらを決める主体は聴く人であるという立派な証拠です。

 

端的にいえば「ぼくにはそういうふうに聴こえたんだよ」(ポール・サイモン)ってことが音楽の意味のすべて。リリースされた音楽作品は作者の手を離れ、聴き手だれもが意味を選ぶことができ、そのひとが喜びを感じるよう好きなように構成できる。それでいいんだとポール・サイモンは言いたいようですよ。

 

(written 2023.6.6)

2023/06/12

ダンス・ミュージックとしてのティナリウェン新作『Amatssou』

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Tinariwen / Amatssou
https://open.spotify.com/album/6midUauH9WLxQllqEAvqhM?si=sGiht1prTymJprDS1P79Ww

 

ティナリウェンの新作『Amatssou』(2023)については、日本語でもすでにたくさんのテキストが読めますから、ご興味おありのかたはぜひ検索してみてください。ぼくは個人的な感想だけぱぱっと手短に記しておきます。

 

ティナリウェンにかぎらずこの手のトゥアレグ・ギター・バンド(いはゆる砂漠のブルーズ)にぼくが感じてきた魅力とは、端的にいってライヴ・ダンス・バンドとして。延々と続くヒプノティックなグルーヴが快感で、それに酔って身を任せていれば気持ちいいっていう。

 

それは21世紀はじめにティナリウェンに初遭遇したころからずっとそうで、2019年秋にはタミクレストの東京公演に参加して、どこまでも熱く観客を踊らせまくるパワーに圧倒されました。なにを歌っているかことばがわからなくとも、ああいったグルーヴこそ音楽の持つ根源的な説得力だと確信できるものを体感しました。

 

ティナリウェンの新作でもそうしたチャームは不変。ヘビのようにうねりからみつくギター・ラインも健在ですし、なによりこの催眠術にかけるようなミニマルなビート感ですよね。たとえば1「Kek Alghalm」の疾走感とか、3「Arajghiyine」のじわじわ暑くなってくる感じ。

 

5「Tidjit」のほぼギターとハンド・クラップだけという初期に立ちかえったようなサウンドもいいし、9「Anemouhagh」もノスタルジックだけど圧倒的なダンス・グルーヴに満ちています。アルバム全体でサイケな展開は消え、シンプルにビートを組み立てようとしたように思えます。

 

(written 2023.6.10)

2023/06/11

チルでまろやかなジャジー・ロー・ファイ 〜 edbl

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edbl & friends / JPRK
https://open.spotify.com/album/3J8IGNMLmYo3zZzBjRtmbN?si=cIiNYQ-xQJesjbt4QqoKlQ

 

南ロンドンのプロデューサー、edblことエド・ブラックの新作『JPRK』(2023)が出ました。これもいはゆるロー・ファイなんですが、といっても100%コンピューター・サウンドじゃなく、ジャズな生楽器演奏がわりと乗せられているのが特徴。

 

おかげでロー・ファイ最大の特徴である心地よいダラダラくつろぎ感にくわえ、軽い緊張が生まれているのがいいですね。いかにもなコンピューター打ち込みでつくりました感は、実をいえばあんがい好きだったりするんですがこの分野にかぎれば、でもこのアルバムはすこし演奏音楽寄りのネオ・ソウルっぽい感触。

 

アルバム題のJPRKというのはエドの友人プロデューサー/鍵盤奏者の名前らしく、じっさい本作でも全面フィーチャーされています。そのキーボード+ギターとベースは演奏で、ビートはサンプリング&プログラミング、そして両者がミックスされているっていうわけ。

 

数曲でフィーチャーされているトランペットはジャクスン・マソッド。これもサウス・ロンドン人脈でしょうか、オーセンティックなジャズの語法をも咀嚼していることが感じられるプレイぶりで、チルでメロウなデジタル・ビートに色彩を添えています。

 

全体的にヨレてもたったデジタル・ビート感が心地いい音楽で(ロー・ファイはぜんぶそうだけど)、しかし決してただそこに流れているBGMというだけでない適度に張りつめた音楽性も感じられるエドの本作、まろやかなくつろぎフィールが支配する都会的でスタイリッシュな夜の雰囲気に満たされています。

 

(written 2023.4.25)

2023/06/08

ボッサ・ポップスとはなにか?それは=アストラッド・ジルベルトのことだった

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Astrud Gilberto’s 6 Essential Songs
https://open.spotify.com/playlist/1lKMaD7ycxGABMkYdwxDWe?si=4f87e0d4d13e45d0

 

主に英語で歌うときのフィーメイル・ボッサ・ポップスのイコン・ヴォイスだったアストラッド・ジルベルトが亡くなりました。「イパネマの娘」(1964)があんな世界的大ヒットにならなかったら、その後のワールド・ポップスはかなり様子の違うものとなっていたはずです。

 

アストラッドがいなかったら、21世紀のいまをときめくレイヴェイだって、ジャネット・エヴラだって、あるいは(伊藤ゴロー時代の)原田知世だって、存在していなかったんです。そもそもボッサ・ポップスという世界を産んだのがアストラッドですから。

 

それくらいアストラッドが世界のポップス・シーンに果たした功績は大きかった。現在はレトロ・ブームで、1950〜60年代的USアメリカン・ポップスを、それも若手や新人がどんどんやるようになっていますから、アストラッドの位置や重要性にふたたび脚光があたるようになっていたかもっていうところへの訃報だったんだと思います。

 

じっさいレイヴェイなんかはソーシャルではっきり追悼の投稿をしていましたし、いまボッサ・テイストなジャジー・レトロ・ポップスをやっている歌手たちは、だれもがみんなアストラッドに背中向けられないというのは間違いありません。アストラッドがボッサ・ポップスを定義したんですから。

 

ヴィブラートなしコブシなしでナイーヴかつストレートに発声し、ややフラット気味に低域から高域まで均質に歌え、デリケートで、キンと立つこともない(無表情とも思えるほど)おだやかなアストッドのヴォーカルは、まさしく2010年代以後的なサロンふう軽いグローバル・ポップスの潮流そのもの。先駆けなんていうのもおこがましい、いまぼくらがふだん聴いているのは=アストラッドなのです。

 

(written 2023..6.8)

2023/06/07

ちょっとセピアな色褪せ感 〜『ロー・ファイ・シティ・ポップ』

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Grey October Sound / Lo-Fi City Pop
https://open.spotify.com/album/56UUKZFocbEsDpazJ7vNyD?si=W5GIFlKhSECHa1LMX_GeKg

 

ジャズみたいなオーガニック演奏音楽こそ好きなのに、どうして100%コンピューター・プログラミングでつくりあがっているロー・ファイ(というジャンルがある)とかがぼくは気持ちいいんでしょうか。考えたら不思議な気もしますが、生理的快感は否定できず。なにか通底するものがあるのかなあ。

 

ともあれ、日本のロー・ファイ・シーンで活躍するグレイ・オクトーバー・サウンドの手がけた最新作『ロー・ファイ・シティ・ポップ』(2023)も大好き。一作目の『ロー・ファイ・ジブリ』は昨年記事にしました。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2022/09/post-09feeb.html

 

ロー・ファイはだらだら流してムードだけ味わっていればいい音楽。お勉強タイムとかのBGMとしてなどの使用が想定されているもので、ぼくみたいにサブスクのトラックリストをジッと凝視したまま動かずマジな気分でロー・ファイをじっくり聴き込んでいるやつなんて、いないかも。

 

今回は世界で流行のJシティ・ポップをロー・ファイ・カヴァーしたものってことで、いちおう原曲のオリジナル歌手を一覧にしておきました。

 

1 泰葉
2 竹内まりや
3 松原みき
4 大貫妙子
5 荒井由美
6 杏里
7 1986オメガトライブ
8 山下達郎
9 サーカス
10 シュガー・ベイブ
11 松原みき

 

リアルタイムではことごとくスルーしてきた音楽なのに、ロー・ファイ・ヴァージョンで聴いても「あ、これまえから知ってるぞ」となってしまうのは、さすがにヒットしていたんでしょう。

 

そんなぼくもここ数年こういったシティ・ポップの魅力を再発見、じゃなくて初めて見出すようになっていて、2017年に原田知世のファンになったあたりがきっかけだったんじゃないかと思いますが、ジャジーで落ち着いた都会派音楽こそ好みになってきたいまでは、ロー・ファイ・ヴァージョンも楽しめます。

 

ロー・ファイはわざとデジタルくさいツクリモノ・ビート感を付与することで、ちょい古めを意識した現代的レトロ・ムードを演出する音楽。現在進行形のオーガニック演奏音楽でない打ち込みフル活用で、ちょっとセピアな色褪せ感(がおしゃれだっていうのがいまの若者感覚)を出しています。

 

(written 2023.4.24)

2023/06/06

Trust Over 75 〜 後期高齢者ズ

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75 Years and Older
https://open.spotify.com/playlist/3sFTdSixSXQ0v0kNbknmsg?si=06e3604879004dab

 

存命で現役活動中の高齢音楽家を思いつくまま八人、最新リリースの代表曲を並べておきましたが↑、それぞれ発表時点における年齢を書いておくと:

 

オマーラ・ポルトゥオンド 92
ウィリー・ネルスン 89
ジョアン・ドナート 87
バディ・ガイ 86
スモーキー・ロビンスン 83
ウィリアム・ベル 83
ボブ・ディラン 80
ポール・マッカートニー 78

 

新作こそごぶさたなまでもコンサート・ツアーなら活発にやっているローリング・ストーンズのミック・ジャガーもキース・リチャーズも79歳だし、こういった(日本式にいえば)後期高齢者にあたるミュージシャンたちがずいぶん元気ですよね。

 

ぼくも、自分ではちょっと衰えてきた(特に腰とかヒザとか目とか)自覚があって、61歳だから世間的には高齢者の仲間入りということになってしまいそうかもですが、見た目だけ若いけど。でも上に名前をあげた音楽家たちの仕事ぶりをみれば、まだまだこっちは甘っちょろいひよっこにすぎないでしょう。

 

つまり、オーヴァー75をいつまでもむかしの感覚で考えていちゃダメってこと。健康志向と医学や社会の進歩にともなって、バリバリ充実している現役年齢はどんどん上昇していて、(若年での円熟に驚くのはおかしいのと同様に)高齢での音楽的豊潤を「信じがたい」などと表現するのもふさわしくないわけです。

 

そんなのは(若いほうも高齢のほうも)エイジズム、つまり年齢差別だと指摘されてもしかたがないってことで、ぼくも自戒としなくっちゃ。いまの75歳以上は、ぼくらが小学生だった50年以上前の75歳以上とは違います。いまの高齢者はむかしと同じような意味でのお年寄りじゃないよ。

 

特にロックンロールの世界でかな “Don’t trust over 30” っていうことばがかつて流れていた時代もありましたけどね、ポールもミックもキースもいまの年齢になってなにも変わっていない、顔のシワなんかは増えたけど音楽的にはぜんぜんピチピチしているということを考えたら、むしろ75歳以上こそ信用できちゃうぜ〜っていう、そんな気分ですよ。

 

(若くても)歳とっても、音楽の実力に関係なんかない、すくなくともそういうひとも多い、増えてきているというのが事実でしょうね。

 

(written 2023.5.24)

2023/06/05

奇跡の生命力 〜 オマーラ・ポルトゥオンド最新作

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Omara Portuondo / Vida
https://open.spotify.com/album/0x2lhDr31QkSkRPoz9VwMn?si=UIV_tADTRfu5oqVdfq_-nw

 

キューバの歌手オマーラ・ポルトゥオンドの新作『Vida』(2023)が出ました。しかもねえ、ワールド・ツアーまでやるっていうんだから、この92歳はどないなっとるんやぁ。ぼくの母親よりずっと歳上なんですけどね。

 

この最新作を聴いたって、重ねた年輪で枯れて渋淡くなり味わいが出てきたとか歳のわりにはがんばっているとか、そういう世界じゃないんですからね。現役最前線のハリとみずみずしさで、92歳でここまでノドが衰えないのは奇跡と思えてきます。

 

年寄りでも歌えるゆったりしたボレーロやバラード系が中心じゃないかと指摘する向きがあるかもですが、オマーラは若いころからずっとそう。たしかに今作も美しいボレーロは多く、しかもその美しさにはいっそう拍車がかかっていて、生命力に満ちあふれた歌唱は、アレンジ・演奏のすばらしさもあいまって、聴く者の胸を打ちます。

 

さまざまな(主に)ラテン系ミュージシャンとの共演が多くを占めていて、なかにはなぜかのケブ・モもいたり(ほんとなぜ?)、英語で歌うジャズ・ナンバーとかあったりしますが、多くはオマーラの音楽性をふまえた起用になっているかなと思います。

 

個人的に大きく感動したのは、特に4「Duele」(with ゴンサロ・ルバルカバ on piano)と9「Honrar La Vida」(with ルベーン・ブラデス)の二曲。ナイロン弦ギターとストリング・カルテットの伴奏で歌う後者は説得力に満ちているし、ピアノ伴奏だけでしっとりつづる前者も落ち着いていてマジきれい。

 

1「Bolero A La Vida」(with ギャビー・モレーノ)、名曲の2「Silencio」(with アンディ・モンタネス)なんかもすばらしいとしか言いようがないし、共演歌手よりオマーラのヴォーカルのほうが圧倒的にパワフルなのにはことばがないです。

 

伴奏サウンドも細部まできわめてていねいにつくりこまれていて、名作が誕生したとの思いを強くします。

 

(written 2023.5.21)

2023/06/04

アップデートしなくていい音楽 〜 ネウザ新作

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Neuza / Mininus 2000
https://open.spotify.com/album/5raLaaXEfWNnbzEbddpFca?si=89owX6uLQHWKkygAIULGFA

 

そいでカーボ・ヴェルデのネウザも新作が今年出たということで、さっそくその『Mininus 2000』(2023)を聴いてみました。そうしたらこっちもかなりいいですね。やはり変わらずアップデートしない王道路線で、こういうのがぼくは落ち着けます。

 

個人的に特に好きなのが三曲あるコラデイラ・ナンバー(2、5、7)。全七曲のうち三つだから、これはもうコラデイラ・アルバムと言いたいくらい。カーボ・ヴェルデの伝統リズムでいちばん好きなものですし、クレオール・ビートの楽しさがつまっていて、ほんと最高。

 

だれがプロデュースやアレンジをやったのか?ここのこの楽器はだれ?っていうたぐいの情報がいっさいありませんが、こうした従前とちっとも変わるところのない音楽性をふまえれば、製作演奏陣のメンツも変化なしなのかもしれません。

 

世のなかには時代にあわせてどんどん変わっていく、更新していく、そうじゃないとすたれていくという種類の音楽と、そんな必要性のない音楽とがあります。ネウザのやっているこうしたものはもちろん後者。ずっと前から姿が変わらないし、ネウザ自身同じことをずっとやっていますが、美味が失われたりしていないですもんね。

 

ジャズ(はやその関連)・ミュージックにおける進化の方程式をなんにでもふりかざしてほしくないと思うゆえんです。それは世界にあるさまざまな音楽の実相にそぐわないし、実はジャズのなかですらそうなんですから。ネウザなんかは同じ一つの歌をやり続けて円熟し、それを維持してずっとイキがいいまんまなんです。

 

(written 2023.5.8)

2023/06/01

ヤバいよ溶けちゃうよ!〜 参加型中澤卓也コンサート in 大阪 2023.5.30は興奮のるつぼだった

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※ 写真は中澤卓也公式Instagramより(白原翔太撮影)

(4 min read)

 

熱い熱い一夜でした。バンドはステージ下手がわから順にギター、キーボード、ドラムス、ベース、ギター。この五人をしたがえた卓也は18:00すぎの開演から約二時間半ノン・ストップで爆走。

 

卓也は常から自分のコンサートとかは観客参加型を推奨しているのであるということを現場でもさかんに発言していますが、この日もそうでした。コロナも5類になったということで、立ち上がったり踊ったり声出しもOK。なもんで観客もめいめい自由にのびのび楽しんでいた様子が印象的でした。

 

ぼくもはじけましたよ。最新シングル「陽はまた昇る」での幕開けに続き、続く卓也ファンにはおなじみの名曲「青いダイアモンド」ではや盛大なもりあがりよう。コロナ前までは常套だったサビでの「タ・ク・ヤ!」「タ・ク・ヤ!」」コールも復活。個人的には初体験でしたが、リズムにあわせ思い切り大声を出しました。会場みな一体。

 

従来曲と新作アルバム収録曲を適宜おりまぜながら、卓也とバンドの闊達な演唱で会場の熱気は昂まる一方。後半に入ると興奮は最高潮に達し「これ、このまま行ったらどないなっちゃうんやろう?!」と心配しちゃうほどの熱がありました。

 

中盤では「冬の蝶」「青山レイニーナイト」の二曲をヘッド・セットで歌いながら客席を練り歩きみんなと握手をかわすサービス・タイムあり。もちろんこうしたことは演歌歌謡曲歌手の常道ではあります。ぼくもしっかり手を握ってもらいました。その瞬間卓也はちょっとビックリしたような顔になりましたが、若い(若くないって!)男性客はめっちゃめずらしいのでしょうね。たしかにぼくだけでした。

 

ステージに戻ってからは幡宮航太のピアノ伴奏だけというデュオでカヴァーを二曲(なにをやるかは日替わりらしい)。そのうち2曲目にやった「化粧」(中島みゆき)は個人的に思い入れが強い歌なので、イントロに続き卓也が歌い出した瞬間に涙腺が崩壊してしまいました。

 

っていうかそもそもぼく、コンサート2曲目の「青いダイアモンド」ですでにウルウルきちゃっていたもん。なにぶん卓也の本格コンサートは初体験でしたし、ふだん自宅でこれでもかと聴きまくっていますけど、生姿生声であれやこれや聴いているんだって思ったらもうダメだった。

 

最終盤はステージと客席がぐつぐつに煮えたぎる沸騰ドロドロ火鍋状態になり、ヤバいよ溶けちゃうよ!観客総立ちになって最後に三曲やりましたが、本編ラストのラテン・ナンバー「江の島セニョリータ」では卓也も全員の客もビートにあわせてピョンピョン飛び跳ねながら右手に握りしめたタオルをグルグルまわし叫びまくるっていう。

 

客層の99.99%は年金受給者世代の女性だったんですが、ステージから卓也も「だいじょうぶですかムリしないで」と心配のことばを発するほどの状態で、完全にメーター振り切れちゃっていましたね。コロナ時代の忍耐辛抱から大阪メルパルクホールで一気に解放されみんないっしょにエクスタシーに達したような感じでした。

 

アンコールで二曲やったうち「ありがとうあなたへ」では撮影OKとなり、みんなスマホを出していましたが、ステージから卓也自身もスマホで客席の全員をぐるっと動画でおさめていました。翌日それがInstagramに上がりましたよね(11列目だったぼくもしっかり写っています)。

 

これで終わりだと思っても客席は明るくならず。下手ソデから今度は卓也ひとりがアクースティック・ギターをかかえてひょこっと姿を現し、ほんとうにラストのラスト「またね」を弾き語りで歌いました。

 

(written 2023.6.1)

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