2021/09/23

禁酒法時代とコロナ時代を二重映しにして 〜 シエラ・フェレル

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(4 min read)

 

Sierra Ferrell / Long Time Coming

https://open.spotify.com/album/5ZI0k3IynnC5C9QKMmY7cB?si=0INHFsJ8R2SsuVkg07SBYA&dl_branch=1

 

萩原健太さんのブログで知りました。
https://kenta45rpm.com/2021/08/30/long-time-coming-sierra-ferrell/

 

ウェスト・ヴァージニア生まれ、アメリカ国内をひろく放浪しているらしい(いまはナッシュヴィルに定着しているんだっけ?)シンガー・ソングライター、シエラ・フェレルのデビュー・アルバム『ロング・タイム・カミング』(2021)がなかなかいいです。

 

このアルバム発売にこぎつけるまでの経緯みたいなことは上の健太さんのブログ記事にくわしいので、ぜひご一読ください。公式サイトもあります。カンタンに言うと、インディー活動していたところをアメリカーナ系YouTubeチャンネルで紹介されてバズったということみたいです。

 

ということで、アルバムの音楽性としてもやっぱりアメリカーナというかカントリーやブルーグラスなどを基調とするルーツ系。

 

ですけれど、そう一筋縄ではいかないところがシエラの持ち味。タンゴその他ラテン・アメリカ音楽のリズムがあったり、ジプシー・スウィングっぽさが聴けたり、バルカンっぽい東欧、あるいは中東音楽っぽさもまぶされているのがぼく好み。

 

なんでもシエラは、ブルーグラスも、カントリーも、ブルーズも、ジャズも、ジプシー・スウィングも、タンゴも、さらにはテクノも、ゴス・メタルも、なんでもかんでも大好きという嗜好の持ち主だそうで、そんなところがアルバムにもそこはかとなく反映されています。

 

無国籍で豊かなルーツ系の素養を持つごた混ぜシエラの音楽性は、1曲目「ザ・シー」から鮮明。カントリーがルーツになっているだろうという曲想ですけれど、ジャジーでもあって、ジャンゴ・ラインハルトら1930年代のフランス・ホット・クラブ五重奏団的な雰囲気も濃厚にあります。

 

どこのどんな音楽要素がどれだけの割合で混合しているみたいなことを察知させないのがシエラらしいところですかね。1曲目「ザ・シー」だって、上に書いたものだけでなく、ちょっぴり東欧的、一滴のラテン・ミュージックっぽさだって感じますもん。

 

2曲目以後、全体的にはやはりカントリー・ベースのアメリカーナ系の音楽が展開されているなとは思いますが、数曲ある三拍子ナンバー(どうもお得意みたい)はヨーロッパ大陸ふうでもあるし、かつての古き良き時代のアメリカン・ポップスを想起させたりもします。ジミー・ロジャーズを想わせる典型的なカントリー・ナンバーだっていくつもありますけどね。

 

7曲目「ファー・アウェイ・アクロス・ザ・シー」は、ブラス楽器をフィーチャーしつつバルカン音楽っぽさを存分にふりまいていて、ちょっとあれです、デビューしたころのベイルート(ザック・コンドン)の『グラーグ・オーケスター』みたいですよ。

 

8曲目「ワイド・ヤ・ドゥ・イット」はちょっとタンゴっぽいけどそうでもないような意味不明ラテン・ミュージックのリズムに、色香ただようヴァイオリンとアコーディオンがからんでいるっていう。

 

シエラの音楽はレトロな眼差しと同時にコンテンポラリーな肌触りもきっちりあるのがおもしろいところですね。禁酒法時代と新型コロナ・ウイルス禍の時代とがぐにゃっとワープしながら二重映しになったような、そんな音楽で、若いころ旅芸人一座に出会い刺激されて自分も放浪の音楽生活を送っていただけあるっていう雰囲気がサウンドにも反映されているのが唯一無二です。

 

(written 2021.9.17)

2021/09/22

2021年に甦ったヒル・カントリー・ブルーズ 〜 ブラック・キーズ

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(5 min read)

 

The Black Keys / Delta Kream

https://open.spotify.com/album/682pJqnx8hcrCfSjvyNBki?si=SY904XTaTOCbnkGWDtKyUg&dl_branch=1

 

ハード・ロック、ブルーズ・ロックで思い出しました、今年五月のリリース以来お気に入りになっていたのにもかかわらず、なぜだかいままで書かずにいたブラック・キーズの新作『デルタ・クリーム』(2021)。実はほんとうに大好きなので、この際ちょこっとメモしておきましょう。

 

『デルタ・クリーム』は、2002年のデビュー当時からブラック・キーズが影響を隠してこなかった北ミシシッピのヒル・カントリー・ブルーズへの全面的なオマージュ・アルバム。全11曲、すべてヒル・カントリー・ブルーズ・スタンダードのカヴァーで、オリジナルは一曲もなし。ジュニア・キンブロウとかR. L. バーンサイドのレパートリーだったものが中心です。

 

いままでもヒル・カントリー・ブルーズ愛を表明してきたとはいえ、ここまで全面的なトリビュートをブラック・キーズがやったのははじめて。それがぼくにはたいそう気持ちよくて、しかもゲスト・ミュージシャンを迎えスタジオでのライヴ・セッション一発録りだったこともわかる音響で、そんなナマナマしさだって大好き。リハーサルなし、たった二日間で録音完了したそう。

 

ゲスト・ミュージシャンというのがこれまた目を(耳を)引くもので、なかでもR. L. バーンサイドのバンドで活躍したギターのケニー・ブラウンと、ジュニア・キンブロウのベーシストだったエリック・ディートンの二名。直系のエッセンスを注入したかったということでしょうか。

 

ケニーとエリック両名は、実際『デルタ・クリーム』で大活躍。特にケニーのギュンギュンっていうスライド・ギターですね、聴けば瞬時にケニーとわかる独自のスタイルを持っていますから。

 

一度聴いたらヤミツキになるケニーのスライド・サウンド、1990年代のバーンサイドの諸作やライヴでたっぷり味わいましたから、『デルタ・クリーム』を聴いているとまるでタイム・スリップしたかのような感覚におそわれ、快感です。

 

バーンサイドやキンブロウらと共演を重ね、バーンサイドからは「白い息子」とまで呼ばれたケニーは、全盛期ヒル・カントリー・ブルーズの中核を担っていた存在。ケニーの全面参加で、ブラック・キーズが一気にディープ・サウスの深奥のブルーズ・グルーヴを獲得しているような感じです。

 

ナマの(rawな)、つまりちょっとロー・ファイでザラついたガレージな音の質感を活かしたできあがりなのは、いかにもブラック・キーズらしいとも言えるし、もともとヒル・カントリー・ブルーズの諸作だってそうでした。コミュニティ内部の、現場の、空気感をそのまま真空パックしたようで、いいですねえ。

 

アルバムは、ジュニア・キンブロウ・ヴァージョンを下敷きにしたジョン・リー・フッカーの「クロウリング・キングスネイク」でどす黒くはじまり、そのどす黒さを保ったまま最後まで進みます。3曲目「プア・ボーイ・ア・ロング・ウェイ・フロム・ホーム」(ケニーが冴えている)でのこのノリとかビート感なんか、迫力あります。

 

ブラック・キーズのダン・オーバックも、ヒル・カントリー・ブルーズならではっていうギターで短くシンプルな同一フレーズを延々と反復することによってヒプノティックな快感グルーヴを産むという例の手法を、どの曲でも活用していて、5曲目「ゴーイング・ダウン・サウス」でもそうですね。

 

バーンサイドが生き返ったのかと思うような6曲目「コール・ブラック・マティ」や10「メロウ・ピーチズ」、ロー・ダウンでヘヴィ&ダーティなグルーヴを聴かせるジュニア・キンブロウの7「ドゥー・ザ・ロンプ」と8「サッド・デイズ、ロンリー・ナイツ」など、ほんとうに全盛期90年代のヒル・カントリー・ブルーズが2021年に甦ったのかと錯覚するような内容。

 

ただひたすら気持ちいいです。

 

(written 2021.9.21)

2021/09/21

ブルーズ・ロックをいろどる管弦アンサンブル 〜 ラーキン・ポー&ヌ・デコ・アンサンブル

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(5 min read)

 

Larkin Poe, Nu Deco Ensemble / Paint The Roses (Live In Concert)

https://open.spotify.com/album/2rIe2vSV47OAhOBLNtCWmu?si=p8oV-hugRI-CZlxe8mSNdw&dl_branch=1

 

こちらもぼくのお気に入り、レベッカ&ミーガンのローヴェル姉妹をツー・トップとする時代遅れのブルーズ・ロック・バンド、ラーキン・ポー。やはり新作ライヴ・アルバムの『ペイント・ザ・ロージズ(ライヴ・イン・コンサート)』(2021)が出ました。昨年もスタジオ録音で二作出しているし、なんだかコロナ禍に入ってかえって活動が活発化しているような。

 

ともあれ、これもルーマーの新作ライヴ・アルバム同様9月17日にリリースされたもので、なんだかこの日はリリース・ラッシュだったというか、ジャズ・ドラマー、ネイト・スミスのニュー・アルバムも出ましたよね。それもおもしろかったし。

 

七曲29分しかありませんが、ラーキン・ポーの新作ライヴは、なんとヌ・デコ・アンサンブルという管弦の室内楽オーケストラとの共演。昨年12月にマイアミで行われたコラボ・コンサートを収録したもので、その映像は全曲YouTubeで観られます。

 

ヌ・デコ・アンサンブルのほうにぼくはなじみがないわけですが、なんでもマイアミを拠点とする2015年発足のオーケストラで、しかもジャンル・クロシングなというか、自身の表現を使うとハイブリッドで「折衷的な」音楽活動を続けているそう。いままでにワイクリフ・ジョン、P. J. モートン、メイシー・グレイ、ジェイコブ・コリア、ベン・フォールズなどなど多数と共演してきているみたい。

 

ヌ・デコ・アンサンブルは2020〜21年のコロナ・シーズンに、感染対策に配慮してソーシャル・ディスタンスをとったストリーミング・コンサートのシリーズを実施していて、やはりジャンル混交的なプログラムだったそうですから、ラーキン・ポーとの初共演は(クラシック・ロック勢とのコラボも多く経験している)ヌ・デコ側からもちかけたんじゃないかと思います。

 

演奏曲目はいずれもラーキン・ポー・サイドのもので、過去作でやっていた曲ばかり。オリジナル・アルバムとしては最新作にあたる昨年初夏の『セルフ・メイド・マン』からのレパートリーが中心です。一曲、「マッド・アズ・ア・ハッター」だけは、自作の新曲じゃないかと思います。

 

ヌ・デコ・アンサンブルのオーケストラ・サウンドはさほど大きくは目立たず控えめで、どこまでもラーキン・ポーのローヴェル姉妹のギターと歌をフィーチャーしているといった内容。こういうのがヌ・デコの共演スタイルなのかもしれませんが、ミキシングでも配慮しているように聴こえます。

 

考えてみれば、ハード・ロックとクラシカルな管弦のオーケストラル・サウンドとの相性は、レッド・ツェッペリンなどを思い出してみてもわかるように、むかしからいいです。ツェッペリンでいえば『フィジカル・グラフィティ』とか、あのへんのビッグ・サウンドを想起させるものが、このラーキン・ポーの新作にはあります。

 

それをメロトロン(古っ)とかシンセサイザーとかじゃなくて、生演奏のアクースティック・オーケストラで実現したというところに、このアルバムの眼目があるのでしょう。ローヴェル姉妹のコアなクラシック・ロック愛がいっそうきわだって聴こえますし、カラフルでふくよかなサウンドになって、聴きごたえありますし楽しいです。

 

曲そのものはですね、以前からラーキン・ポーのアルバムでなじんでいたものがそんなに違っているとか変貌しているというわけではなく、どこまでもそのままライヴ披露したという背後にオーケストラがくわわってふくらませているだけといった感じですかね。

 

ヌ・デコ・アンサンブルにはレッド・ツェッペリンの曲を自分たちだけでオーケストラ再現するプログラムもあるそうで、こういったスコアは得意なのかもしれないですね。クラシック・ロックとシンフォニック・サウンドは似合うし、ハードだけど元来は単色で均一なラーキン・ポーの音楽にゴシックな多彩感を与えていて、おもしろいと思います。

 

(written 2021.9.20)

2021/09/20

ルーマーの新作ライヴ・アルバムがとてもいい

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(5 min read)

 

Rumer / Live from Lafayette

https://open.spotify.com/album/09vVEtZkovVtpaINULggur?si=-vWI7yx9TKqqq7W_RgkI8A&dl_branch=1

 

お気に入り、ルーマーが新作を出しました。『ライヴ・フロム・ラファイエット』(2021)。タイトルどおりキャリア初となるライヴ・アルバムで、ロンドンのヴェニュー、ラファイエットで昨年10月16日に行われたコンサートを収録したもの。

 

コロナ禍でちょうどロンドンが二回目のロックダウンに入っていた最中に行われたストリーミング・コンサートだったので、現場に観客は入れていなかったと思いますし、事実そういうサウンドですね。でも配信で大勢が視聴したんだそう。

 

伴奏は、ルーマー自身の曲中での紹介によれば、ピアノ、ギター、ギター&マンドリン&ドブロ&ヴァイオリン、ベース、ドラムスという編成。このうちバンド・リーダーにしてピアノを弾くのが私生活でもパートナーのロブ・シラクバリです。

 

このライヴが行われた昨2020年というと、スタジオ録音による最新作『ナッシュヴィル・ティアーズ』が八月に出ていますので、そこからの曲が多く歌われています。+ルーマー自身の過去のレパートリーからもとりまぜて、しっとりとつづるルーマーのやさしい歌声が沁みますね。

 

ルーマーの美点はなんといってもアダルトなおだやかさ、そしてナチュラルでイノセントなトーンが声にあること。自分で書いた曲や他作の名曲を、そんなソフト・ヴォイスでどこまでもやわらかく歌うそのトーンに、ぼくは降参しているのです。使いたくないことばですけど “アダルト・オリエンティッド” という表現がいま最も似合う現役歌手、それがルーマーで、だからこそ最高のお気に入りになっているんですよね。

 

そんなところ、このライヴ・アルバムでも本領発揮されていて、観客がいるいないにおそらく関係なく、決して強く激しく盛り上がったり興奮したりしない、この静かでしなやかなヴォーカル表現をつらぬくことができるルーマーの資質は、疑いえない立派なものです。

 

『ナッシュヴィル・ティアーズ』でとりあげていたヒュー・プレストウッドの曲が多いですし、そもそもカントリーとかアメリカーナの文脈で語られることも多い歌手なんですが、個人的にはポップでもあるなと思うのと、若干のソウルフルなフィーリングもたたえていて、それが歌に独自の色彩感をもたらしているのも美点ですね。

 

このライヴ・アルバムでも、前半はヒューの曲を中心にカントリー・バラードっぽいものをオーガニックな伴奏に乗せてしっとりと歌っていて、たとえば5曲目「ブリスルコーン・パイン」なんかでの発音の美しさには息を呑むほど。毎コーラス終わりで「ブリスルコーン・パイン」と歌うときのこの切なさ、絶妙なトーンというか声遣いにはためいきが出ます。

 

アルバム後半に来て、かつての自作レパートリーである7「アリーサ」や、また近作ですけどやはり自曲の9「プレイ・ユア・ギター」などで聴かせる、しっかりしたブラック・ミュージック・フィーリング、色彩感はみごと。リズムへのノリのよさも抜群だし(「プレイ・ユア・ギター」終わりでは思わず声が出ている)、ルーマーの才能をしっかり見せつけていますよね。ギャラン・ホジスンの弾くエレキ・ギター・ソロも輝いています。

 

ヒットするきっかけになったファースト・シングル「スロー」も披露していたり、また2012年の『ボーイズ・ドント・クライ』で歌っていたホール&オーツ作のソウル・ナンバー「サラ・スマイル」も再演。ここではメンバー紹介ソングみたいな感じですが。

 

しっかりした声でありながら、どんなときでもどんな曲でも、決してソフトなおだやかさを失わなず、エモーションを抑制しているルーマー。デビューして11年ほどなのですが、もはや間違いないポジションを歌の世界に確立しつつあるということを、キャリア俯瞰的な選曲で挑んだこのライヴ・アルバムでも証明しました。

 

(written 2021.9.19)

2021/09/19

『ブラック・アメリカ、ディランを歌う』をSpotifyで

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(4 min read)

 

v.a. / How Many Roads - Black America Sings Bob Dylan

https://open.spotify.com/playlist/5eubDGb0UcgMOmN5k7TGVt?si=3d67d89597044225

 

英エイス・レコーズが2010年にリリースしたCDアルバム『ハウ・メニー・ローズ:ブラック・アメリカ・シングズ・ボブ・ディラン』。アメリカ黒人歌手たちが白人ソングライターであるボブ・ディランの曲をカヴァーしたものばかり集めたコンピレイションでした。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-ada1.html

 

エイスはこの手の「ブラック・アメリカが歌う」シリーズをいくつもリリースしていて、二集あるビートルズ・ソングブックなんかも楽しかったですが、どれもこれもCDしかないんですよね、あたりまえですけど。サブスクにあるわけないんで、それでもぼくもCDでぜんぶ買いましたから、Musicアプリ(旧名iTunes)に入っていて、聴こうと思えばいつだって聴けました。

 

それをSpotifyで聴きたいな〜って思うぼくの考えが間違っているかもしれませんけど、この手のエイスのコンピレイション、収録されている一曲一曲はそのための新録じゃなく、既存の音源を使ってあるだけなんですから、さがして拾っていけばSpotifyでプレイリストができあがるはずと思い、やってみたのがいちばん上のリンクです。ボブ・ディラン曲集だけ。

 

ふだんSpotifyばかりで音楽を聴いているから、アプリを切り替えるのがメンドくさいっていうのと(なんというモノグサ)、もう一個重要な理由はサブスクにあればみんなでシェアできるじゃないですか。これはほんとうに大きい。『ハウ・メニー・ローズ:ブラック・アメリカ・シングズ・ボブ・ディラン』をSpotifyを使うみんなで聴けたら、シェアできたら、最高です。

 

というわけで決意して、一曲一曲さがして拾っていってプレイリストをつくったわけですが、問題はCDに収録されているもののうちSpotifyでどうしても見つからないっていうものがわりとあったことです。う〜ん、もちろんさまざまな理由で配信に乗らない、乗せられないものがあるんだということは承知していますけど、残念至極でありました。

 

もとのCDアルバム『ハウ・メニー・ローズ:ブラック・アメリカ・シングズ・ボブ・ディラン』が全20曲なのに対し、ぼくがSpotifyでつくったプレイリストは全14曲。しかもそのなかには、あるにはあるけどグレイ・アウトしていていまは聴けないっていうものだって二曲ありますから、結局トータルで12曲しかないっていう。約半分じゃないか。あぁ。

 

こんな具合ですから、プレイリスト作成中からなんども気持ちが折れそうになりました。こんなに聴けないんじゃ意味ないよなあ、やめちゃおうかって思いそうになんどもなったんですけど、それでもゼロよりはずいぶんマシなはずと気持ちを取りなおして作業を続行。はっきり言ってこの結果にはおおいに不満です。

 

あれがない、これもない、みたいな結果になってしまっているでしょうけど、それでもこういうコンピがあるんだっていうアピールにでもなれば。それでディランの曲の偉大さを実感し、それを黒人歌手たちもどんどんカヴァーしているんだという事実を知ることさえできれば、当初の目的は達成されたものと考えるしかありません。

 

ボブ・ディランの曲が好きなアメリカン・ブラック・ミュージック愛好家のみなさんの日常の楽しみの一助となれば幸いです。

 

(written 2021.5.31)

2021/09/18

リビングルームでくつろいでいるような 〜 ケイト・テイラー

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(3 min read)

 

Kate Taylor / Why Wait!

https://open.spotify.com/album/4ghsj9ArrTMKssU0uIiHmA?si=1_6kuHv1Sq6xQsoSFKz-YA&dl_branch=1

 

萩原健太さんの紹介で知りました。
https://kenta45rpm.com/2021/08/16/why-wait-kate-taylor/

 

ケイト・テイラーは、かのジェイムズ・テイラーの妹だということで、しかも1971年にデビューしているようですから、もうベテランですよねえ。ちっとも知らなかった…。この一家、JTしか聴いてこなかったなぁ。

 

新作『ワイ・ウェイト!』(2021)でぼくははじめてこのケイトの歌に触れたわけです。デビューからちょうど50周年、クラウド・ファウンディングで資金集めして製作されたものだそうですよ。

 

ケイトのばあい、このニュー・アルバムもカヴァー中心。自身の書いた新曲はアルバムの全14曲中ニ曲だけなんですよね。個人的にはこの塩梅がケイト入門にちょうどよかったです。曲がおなじみのものだと、歌手の特徴や持ち味、音楽性がわかりやすいですからね。

 

いきなりビートルズの「グッド・デイ・サンシャイン」で幕開け。曲がもともといいし、それをケイトはチャーミングかつていねいに、そしてさっぱりした感じで歌いこなしています。ちょっぴりのカントリー色もあるのがこの歌手のテイストなんでしょうね。

 

カントリーといえばですね、続く2曲目「ワイ・ウェイト!」もそうだし7曲目「アイ・ガット・ア・メッセージ」というこれらニ曲だけあるケイトの自作曲はカントリー・ゴスペル楽曲です。だから、そういうのがこの歌手の特色なんでしょう。

 

そういったところ、カヴァー・ソングの数々でも存分に発揮されていて、それ+若干のジャジーなフィーリングでアット・ホームにくつろいでいるような心地を味わえるのが、このアルバムの良点でしょう。決してよそゆきじゃないっていうか、虚勢みたいなものをまったく感じないのもケイトの歌のポイントです。

 

4曲目、タジ・マハールの「シー・コート・ザ・ケイティ」(例によってヒーにしているけど)なんかで聴ける若干のラテンふうなリズムもいい味ですし、6曲目、兄ジェイムズの「アイ・ウィル・フォロー」での素朴な味わいも極上。

 

9曲目「ザ・グローリー・オヴ・ラヴ」はスタンダード・ナンバーで、ここでケイトとデュエットしている男声歌手はだれなんでしょうか。これもほっこり和めるリビング・ルームのロッキン・チェアでゆっくりしているような感触で、いいですよねえ。

 

そして10曲目、リトル・フィートの「ロング・ディスタンス・ラヴ」。これが個人的にはこのアルバムでいちばんのお気に入り。そもそも大好きな曲だし、フィートにあった西海岸カントリー・ロックなフィーリングをケイトはうまくポップに消化して、しっとりと味わい深く歌うのが沁みます。

 

(written 2021.9.7)

2021/09/17

超カッコいい最新J-POPリリース二曲 〜 Xavier、原田知世

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(3 min read)

 

Xavier / Call In Sick
https://open.spotify.com/album/26Jddr1sQf7Z179CGiRhxO?si=S2v8Oya2QIeMYgWxmKYtxA&dl_branch=1

 

原田知世 / 朝日のあたる道(Single Version)
https://open.spotify.com/album/2Cs6uFb7NT1OVzjf5XIint?si=FigsuzTdRjOwR5e_vB5GbQ&dl_branch=1

 

いずれも2021年9月15日にリリースされた二曲、Xavierの「Call In Sick」と原田知世の「朝日のあたる道」がめっちゃいいので、ちょこっと軽くメモしておきましょう。アルバムとかはまだないみたい。

 

クール&ザ・ギャングみたいで最高にカッコいいXavierの「Call In Sick」は、80sファンクみたいなダンス・チューン。+ラップですね。ラップ担当はchelmicoっていう二人組ラップ・ユニット。

 

Xavierはこれがデビューの日本のコラボ・プロジェクト。ギターリスト&プロデューサーの石井マサユキ、サウンド・エンジニアのZAK、そして大野由美子の三人が中心人物のようです。曲は石井の書いたもので、ゲストでベースに鈴木正人、ドラムスに沼澤尚。

 

chelmicoのリリックは語呂だけでできていて、メッセージ性なんかはまぁ〜ったくないのが気持ちいい。グルーヴとサウンド、ノリ一発で聴かせる一曲で、そのコアを石井の弾く乾いたギター・カッティングが担っています。カッコいいなあ、もう。

 

Xavierの「Call In Sick」は、本日Pヴァインから7インチでもリリースされたもので、もう片面は羊文学の塩塚モエカをフィーチャーした「球体」。個人的には「Call In Sick」のグルーヴにやられちゃいました。

 

同日リリース、原田知世の「朝日のあたる道」のほうは、今月末発売予定のOriginal Love(田島貴男)30周年を記念するオフィシャル・カヴァー・アルバム『WWW』からの先行配信シングル。知世をずっと手がけている伊藤ゴローのプロデュースで、きらびやかに躍動する現代的なアンサンブルがさわやかで印象的ですね。

 

曲がいいっていうのがここまでみごとな仕上がりになっている最大の原因かもしれませんが、生演奏リズム・セクション&ホーン陣によるサウンドがやはりグルーヴィでなんといってもすばらしい。そして、知世のソフトだけど芯のある声がいい。ぼくのぞっこんな、やはりゴロー+知世による「September」(『恋愛小説2』、竹内まりや)に似たノリで、快感。

 

(2021.9.15)

2021/09/16

ジョージ・ウェインがいなければ、こんにちのフェスの隆盛はなかった

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(4 min read)

 

https://www.nytimes.com/2021/09/13/arts/music/george-wein-dead.html?smid=tw-share

 

日本時間の2021年9月14日早朝、フェスティヴァル・プロモーター、ジョージ・ウェインの訃報が流れました。95歳とのことで、やるべき仕事をきっちりぜんぶやって天寿をまっとうしたと言える人生だったんじゃないでしょうか。

 

ジョージ・ウェインが音楽界で成し遂げたものの大きさは、ちょっとひとことで語り尽くせないものがあります。一般にはニューポート・ジャズ・フェスティヴァルとニューポート・フォーク・フェスティヴァル、特に前者の創設者として名が知られているでしょう。

 

ジョージ・ウェインがニューポート・ジャズ・フェスティヴァルを開始したのは1954年。それまでポピュラー・ミュージックの世界にこんな大規模ライヴ・イヴェントは存在しなかったのです。ジャズにとっても、ナイトクラブとコンサート・ホールが主な活動現場でしたし、しかも音楽家単独の出演というものばかりでした。

 

そこにジョージ・ウェインは大勢を集合させるフェスティヴァル形式の音楽ライヴ・イヴェントを企画し、それを毎夏実施することにしたわけで、ニューポート・ジャズ・フェスはその後最も歴史の長い最も有名なジャズ・フェスとして、歴史に名を残すことになりました。

 

このことの功績は、こんにちに至るまで類似のジャズ・フェスを無数に生んだということだけにとどまりません。たんにジャズ界にとどまらず、ひろく音楽ライヴ興行の世界一般に夏フェス形式を定着させたというところに、ジョージ・ウェインの真の偉大さがあります。

 

かのウッドストック・フェスティヴァルだってそうだし、ただいま日本でも公開され話題を呼んでいる最中の映画『サマー・オヴ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』になった、同じ1969年のハーレム・カルチュラル・フェスティヴァルだって、ジョージ・ウェインの遺伝子です。

 

アルバム『ザイール 74:ジ・アフリカン・アーティスツ』になった、1974年にザイール(現コンゴ)はキンシャサで開催された音楽フェスティヴァル、ザイール 74だって、この手のものを開催するという発想そのものがジョージ・ウェイン的だったのです。

 

いま21世紀の日本でだって、今年は開催された例のフジ・ロック・フェスティヴァルもそうなら、新型コロナ感染対策を無視して強行され非難轟々の、愛知県で行われたヒップ・ホップ・フェスだって、夏開催の音楽フェスという意味ではジョージ・ウェインの孫みたいなもんです。

 

音楽ジャンルを問わず、世界のどこと言わず、時代を超えて、ジョージ・ウェインの編み出したフェス形式の音楽ライヴ興行は、もうぼくたちの体液にまでなっていると言えるくらいこの世界の隅々にまですっかり浸透しています。

 

日本人音楽ファン、いや世界で、フェスのない音楽体験はもはやありえない、フェス抜きに音楽ライフを語ることが不可能なくらいにまでなっている、そんな文化のありようのルーツは、なにもかもジョージ・ウェインが1954年にはじめたニューポート・ジャズ・フェスにあるんですよ。

 

ぼくの応援している岩佐美咲だって、単独のコンサートやライヴ・イヴェントだけではなく、大勢の演歌歌謡曲歌手が集合したジョイント形式のコンサートに出演することも多く、そんなところにまでジョージ・ウェインの遺伝子は伝承されていると言えるんですよね。

 

(written 2021.9.15)

2021/09/15

オルジナリウスの新作はボサ・ノーヴァ曲集

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(3 min read)

 

Ordinarius / Bossa 20

https://open.spotify.com/album/7CDwkQGoU0qxw2hlOL5dJt?si=JPOu5OC1TJ-o48SaxQYE_Q&dl_branch=1

 

今年二月にオルジナリウスの新作が出ていたようです。『Bossa 20』(2021)。七人編成(うち一人はパーカッション専念)によるブラジルのコーラス・グループで、2008年結成。アルバム・デビューは2012年。

 

オルジナリウスについては、以前2018年に一度記事にしたことがありますし、
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/post-3810.html

 

民音主催で翌19年暮れに来日公演をやった際は松山にも来ましたので、ぼくも行きましてレポートを書きました。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2019/12/post-2cb470.html

 

このライヴ・レポの最後のほうにも書いてありますが、まもなく次のアルバムを出すべく準備中とステージで言っていたんですよね。なかなかリリースされないのでどうなっているんだろう?と首を長くしていた待望の次作がとうとう出たということでしょう。

 

そんな新作『ボッサ 20』は、なんとボサ・ノーヴァ・スタンダード集。全12曲、なかでも特に有名なのは、マルコス・ヴァーリの2曲目「Samba de Verão」、ルイス・ボンファの4「Manhã de Carnaval」、アントニオ・カルロス・ジョビンの8「Wave」と「The Girl From Ipanema(イパネマの娘)」、ジョアン・ドナートの9「A Rã」あたりでしょう。

 

そのへん、だれが書いた曲かみたいなことは、以下のディストリビューター・サイトに全曲の情報がまとめられていますので、気になるかたは目を通してみてください。
https://tratore.com.br/um_cd.php?id=28077

 

「ウェイヴ」とか「イパネマの娘」といったジョビン・ナンバーは、2019年12月の松山公演でも歌われました。そのころから次作に収録したいという気持ちがあったのかもしれませんし、あるいはライヴで手ごたえがあったのでアルバム収録しようと思ったという可能性もあります。

 

新作でもオルジナリウスの持ち味は一作目、二作目とまったく変わらず。ハーモニーの構成は実は複雑で、9thや13thといったテンションを多用し、半音でぶつかる多声の美しさをたたえながら、聴いた感じまったく難解な感じがせず、逆にとても明快で聴きやすいポップな音楽を展開しているところに、このグループの真の凄みがあります。

 

名曲ばかりなので、原曲やほかのカヴァーとのアレンジの聴き比べをしても楽しいし、ブラジル音楽にいままで縁遠かったかたがたであれば、お気に入りの曲を見つける入門編としてもオススメできる内容になっていると思います。

 

とにかく(音楽的には高度でも)むずかしいことをいっさい感じさせないオルジナリウスのヴォーカル・コーラス、そのままイージーに楽しんでいくのがこのグループへの接しかたでしょうね。新作では明快さにいっそう磨きがかかったように聴こえますよ。

 

(written 2021.9.14)

2021/09/14

オリエンタルとかエキゾティックとか

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っていうことばを、音楽関連でも、今後は使わないようにします。差別的ニュアンスをともなっているように感じるからです。

 

「オリエンタル」にかんしては(ぼくもアジア人だからたぶん当事者意識があるせいで)ずっと前から違和感が強く、いままで一度も使ったことがありません(と思ってブログ検索したら、実はちょっとある…)。

 

ところが「エキゾティック」のほうはこのブログで乱用してきました。そしてorientalと違ってexoticはアメリカ合衆国の連邦公式文書で(2016年以後)禁止されていることばというわけじゃありません。

 

しかし考えてみると、エキゾティックという表現をしたくなるメンタリティの根底には、(音楽的に)自分にあまりなじみがないもの、異なもの、外的な要素を雑にくくって、それをちょっとおもしろがって興味本位でとりあげているということがあったんじゃないかと自分でも思うんです。

 

さらに、エキゾティックという表現で音楽面でのどんな要素を指摘しているのか、実はよくわかりません。日本生まれで日本に住んでいる日本人であるぼくにとっての「異質」「外的」なもの、というだけのことですから、日本の音楽や西洋クラシック音楽やアメリカ合衆国産のポピュラー音楽「じゃないもの」というだけのことでしかありません。

 

中南米のラテン・ミュージック要素(そこにはスペイン由来の旋律とアフリカ由来のリズムがあるわけですけど)もエキゾティックなら、アラブ圏やトルコの音楽だってエキゾティック、アラブ・アンダルースな旋律作法だってそうだし、さらにトルコやアラブの音楽で聴けるキューバン・リズムは二重の意味でエキゾティックだとか、はっきり言ってもうワケわかりませんよね。

 

つまりエキゾティックという表現で、なにか実体のある具体的な意味のある音楽性にはなんら言及していないのです。言っているのは、たんにぼくにとってなんだかちょっと異国情緒がしておもしろ〜いというだけの雑駁な感情でしかありません。

 

それは、むかしの日本人が西洋白人を見ても東南アジア系でもアラブ系でもアフリカ系でも「ガイジン」と言って、黄色東アジア人である自分とはなんかちょっと違う、異な感じがする、というだけでおもしろがって、興味本位ではやしたてたり避けたりする、そんな行為と本質的に差がありません。

 

つまりエキゾティックとは、ホモソーシャルな音楽文化ネットワークのなかにいる自分とはなんだか違う、異なもの、外なもの、を差別するステレオタイプでしかなかったのです。

 

アメリカ合衆国にいるアジア系を「オリエンタル」と呼ぶのは、自分がちょっと優位に立っているかのような視点から排除意識を持つ差別表現であるという点で、当時の大統領バラク・オバーマがこのことばの公的使用を法的に禁止しましたが、ぼくも「エキゾティック」について同様の認識を持たなくてはなりません。

 

へへ〜い、これ、ちょっとヘンだぜ!おもしろいね!っていうフィーリングの表現でしかなかったエキゾティック(とかオリエンタル)。現実の事物というか音楽を知らず妄想の産物でしかない世界、非西洋な音楽要素、違和感や非日常感に対していだく快感 〜〜 それは端的に言って誤解と偏見。それをぼくはまき散らしていたわけです。

 

今後は、ちょっとヘンに感じておもしろいと思う音楽要素を、「エキゾティック」と雑にまとめてテキトーに放り出すんじゃなくて、もっと実体に即して、わかる範囲で具体的・個別的に指摘するように心がけたいと思います。

 

「エキゾティック」ということばは植民地主義的なコンテクストをふくんでいるし、このことばを使うことは外国人排斥や人種差別を強化しかねないということで、『ワシントン・ポスト』紙は2021年7月、食材をエキゾティックと表現するのをやめようという記事をフード部門のスタッフ・ライターが掲載しました。

 

日本人女性がチャイナ・ドレスやアオザイを着ているのをふだんよりセクシーだと思ったり、ばあいによっては和服を着ているのすらこんにちでは非日常的だというのでなんとなく妙というか異に感じて興味本位でジロジロ見つめたりする、そんなメンタリティこそ、エドワード・サイードが指摘した意味での「オリエンタリズム」であり、差別的エキゾティシズムの発露にほかならないと思います。

 

ですから音楽の世界でも、アジア的だったりラテン・アメリカ的だったりアフリカ的だったりする要素をエキゾティックとくくることは、もうやめます。デューク・エリントンの「キャラヴァン」やディジー・ガレスピーの「チュニジアの夜」を、ぼくら日本人リスナーでも異国ふうに感じてなんだかおもしろく思うっていうのは、本土の人間が沖縄の旋律に対してエキゾティシズムを感じるのと同じ、抑圧構造に立脚した差別意識なのですから。

 

音楽について「辺境」ということばが使われるのは1990年代からずっとほんとうに大嫌いなのですが、辺境音楽などという表現を遠慮なくするひとたちと同じ愚を、ぼくもエキゾティックということばを頻用することで犯してしまっていたことになりますからね。

 

(written 2021.9.13)

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