2020/04/04

黒人であり女性であるアメリカ人とは 〜 アワ・ネイティヴ・ドーターズ

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(5 min read)

 

Our Native Daughters / Songs of Our Native Daughters

https://open.spotify.com/album/4h2VDUKuFcJ0cJTQFcNc3A?si=ozu_0ryORc6ulNaWkh3Nsw

 

アフリカ系アメリカ人女性四人で結成されたアワ・ネイティヴ・ドーターズ。リアノン・ギドゥンズ、アミジスト・キア、レイラ・マキャーラ、アリスン・ラッセルの四人です。このプロジェクトの発起人でリーダー格にして音楽のアイデアを牽引したのはリアノン(キャロライナ・チョコレート・ドロップス)で、アメリカ合衆国社会で黒人でありかつ女性であるという二重の立場からの発信を行いたいという気持ちがあったみたいです。

 

その一作目(というか続編があるのか?)『ソングズ・オヴ・アワ・ネイティヴ・ドーターズ』(2019)は、歌詞にもかなり重心を置いていると思いますから英語が苦手なぼくなんかはツラいんですけど、日本人としてはあまりそこを考えすぎず、サウンドやリズム、メロディなどの音楽性から聴きとれることをメモしておきたいと思います。収録曲は8曲目の「スレイヴ・ドライヴァー」がボブ・マーリーのカヴァーであるのと3曲目「バルバドス」でウィリアム・クーパーの詩を引用しているほかは彼女たちのオリジナルのようです。

 

どの曲もアメリカ社会における(奴隷時代からの)黒人問題、女性の権利問題などを扱っていますが、音楽的にはアメリカーナのことばでくくってもいいんじゃないでしょうか。フォーク、カントリー、ブルーズ、ゴスペルなどアメリカ音楽のルーツ要素が渾然一体となって溶けているように感じます。リアノンの目論見はそれをバンジョーという楽器で象徴させたいというところにもあったようで、実際アルバム・ジャケットでは全員がバンジョーを持っていますよね。

 

バンジョーという最もアメリカンな楽器の歴史はなかなか複雑で、いまでこそカントリーなど白人系の音楽で多用されるアメリカ白人的な楽器と見なされている気がしますが、ルーツをたどるとこの楽器はアフリカにあるんですね。アメリカ合衆国音楽でも最初は黒人が持ち黒人が演奏する楽器でした。あのツンタカ・サウンドでなじんでいますから意外ですよね。ブラック・ミンストレルで頻用されるのがバンジョーだったんです。

 

そんなバンジョーはアルバムの全曲で活用されていますが、アルバム1曲目「ブラック・マイセルフ」からテーマが全開。黒人の歴史、黒人としてアメリカ社会で生きるとはどういうことかといったことが、力強いサウンドに乗せてつづられています。その後5曲目の「アイ・ニュー・アイ・クド・フライ」あたりまではやや暗いというか陰鬱な調子の音楽が続いているんですが、アメリカ社会で黒人たちがどんな思いをして生きてきたか、それをつぶさに耳に入れるような心持ちがしますね。

 

しかし続く6曲目「ポーリー・アンズ・ハマー」からは一転明るく快活な調子が聴きとれて、個人的には安心します。この6曲目は完璧なるカントリー・ナンバーのようにも聴こえますが、実際にはカントリーというよりアメリカーナと呼ぶほうが正しいのでしょう。黒人/白人と音楽がアメリカ大陸で二分化される前の時代の遺産を現代に蘇らせているのだと考えられましょう。そこにこんな感じでバンジョーが入っていますから、このアフリカ由来のアメリカン・インストルメントの持つ意味が拡大しているというか、歴史の根源に立ち返って考えられているんだなとわかります。

 

打楽器と手拍子だけでチャントが入る7曲目「ママズ・クライング・ロング」に続き、8曲目ボブ・マーリーの「スレイヴ・ドライヴァー」に入ります。ここでもバンジョーが大活躍。イントロのテンポ・ルバート部からただならぬ雰囲気を表現していますが、リズムが入ってきてからもそのレゲエ・ビートを刻むのはバンジョー(とアクースティック・ギター)なんですね。バンジョー・ソロはだれが弾いているんでしょう?奴隷問題を歌った曲ですけど、カリブ地域のこんな歌をとりあげてバンジョー・サウンドに乗せて歌うのはかなり興味深いです。

 

カリブといえば10曲目「ラヴィ・ディフィシル」はレイラ・マキャーラがフィーチャーされていますが、これもカリビアン・ナンバーですね。レイラは両親ともハイチ出身なのでした。ここで聴けるテナー・バンジョーはこれもレイラの演奏でしょうし、それに(たぶんリアノンの弾く)フィドルがからんだりして、楽しいですね。曲全体の調子やサウンド、リズムはカリビアンです。

 

アルバム終盤では明るい未来を展望しているというか希望を歌い込んでいるのも好感度大ですね。12曲目「ミュージック・アンド・ジョイ」もそうですし、共感と連帯をつづるラスト13曲目「ユア・ナット・アローン」では歌詞だけでなくサウンドもポジティヴで、ズンズン来るリズム・ヴィーヒクルに乗せ複数のバンジョーがからみあいながら進みつつ、リアノンのヴォーカルにレイラのチェロもオブリガートで入り、ドラム・セットが強いビートを叩き出し、アコーディオン・ソロがぶわ〜っと入ってくるあたりで絶頂に達し、感極まってしまいます。

 

これに先行するリアノンのアルバムからプロデューサーをつとめているダーク・パウエルがこのアワ・ネイティヴ・ドーターズもプロデュースしています。マンドリン、ギター、フィドル、アコーディオンなど各種楽器も担当し、随所でキラリと光っているし、アルバム全体をこういった方向へ持っていきたいというリアノンと相談を重ね、創りあげたみたいですね。

 

(written 2020.2.24)

2020/04/03

パール・ジャンゴっていうバンドがあるみたい

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Pearl Django / With Friends Like These

https://open.spotify.com/album/4XqersXIbYirDr5Op6Sofa?si=Y4khX7uJS3S-Y0Bxbn3okQ

 

以前「猫のジョアンのペット・プレイリスト」っていう文章を書いたでしょ。Spotify のサービスで、猫とか犬とかのペットにあわせたプレイリストを自動生成してくれるというものです。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2020/01/post-0a0737.html

 

これを書いたときからずっと頭にあったんですけど、このプレイリストの1曲目、パール・ジャンゴ(Pearl Django)という音楽家の名前も初見にしてずいぶん気になって、実際聴いてみたらジャンゴ・ラインハルト&ステファン・グラッペリのフランス・ホット・クラブ五重奏団の音楽ソックリなんですよね。音は最新のものですから現代のバンドかなにかに違いないわけで、こりゃなんだ?だれだ?と思ってクリックしてみたら、パール・ジャンゴの『ウィズ・フレンズ・ライク・ジーズ』(2017)というアルバムが出ました。

 

これの話を今日はちょっとしたいんです。パール・ジャンゴはアメリカはワシントン州タコマで1994年に結成されたバンド。現在はシアトルに拠点を置いて、アメリカやヨーロッパで活動しているんだそう。当初三人だったのがいまはクインテット編成(アコーディオン、ヴァイオリン、ギター、ギター、ベース)で、やはりジャンゴ・ラインハルトらがやっていたああいった古き良きスウィング・ジャズ・ミュージックの再現を目指しているんだそうですよ。

 

パール・ジャンゴ、1994年結成で、CD アルバムもすでに10枚以上あるということで、もはやベテランというに近いバンドなのかもしれないですね。ジャンゴ・ラインハルト&ステファン・グラッペリらがやったああいう音楽は彼ら亡きあとも受け継がれていて、折々に世界でひょっこり顔を出していますけど、パール・ジャンゴみたいなストレートなバンドがあったことをぼくは今年になるまで知りませんでした。「猫のジョアンのペット・プレイリスト」、Spotify の自動生成によるものですけど、教えていただけてありがたいことですね。

 

アルバム『ウィズ・フレンズ・ライク・ジーズ』でもそんな彼らの音楽性が全開。レトロで古くさいものかもしれませんが、この種の音楽は現在でも一定数の愛好家が存在し続けています。ぼくもそんなひとり。1曲目「フロイド・ホイト・ライズ・アゲン」のイントロ〜テーマ演奏を聴いただけで頬がゆるみますよね。テーマ部はヴァイオリンとギターの二重ユニゾンで、これがもうえもいわれぬ1930年代っぽさをかもしだしているのがうれしいです。ソロはアコーディオンから。それもなつかしい音色でなごませてくれます。

 

それになんたってこのスウィング感、リズムへの軽快なノリですよ。主にベースとリズム・ギターのカッティングがそれを表現していますけど、ジャッジャッジャッって、これが快感なんです。つっかかるところなどなく、なめらかにスーッと一直線に流れスウィングするこのビート、まさにジャンゴらがやっていたマヌーシュ・スウィングのフィーリングそのまんまじゃないですか。アコーディオンが入るのがパール・ジャンゴならではのオリジナリティですね。

 

アルバム全体がこの感じで進み、独特のあのムードを表現してくれているのが楽しくうれしいですね。なかにはちょっぴりのエキゾティック・ニュアンスもあったりして、それもいい味付け。フランスやヨーロッパのサロンで気楽にちょっとくつろいでいるときの、そんな雰囲気の音楽をムード満点に聴かせてくれるパール・ジャンゴ。メンバー各人の腕前は確かだし、アンサンブルもよく練られていて、ソロも上々、文句なしじゃないですか。今2020年の2月に新作『シンプリシティ』をリリースしたばかりみたいですよ。

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https://open.spotify.com/album/0IGfBfqyo64uzNnciM2xp5?si=B9-Rd4WmRI-JX9hfZ9nZ8g

 

(written 2020.2.23)

2020/04/02

岩佐美咲、新曲「右手と左手のブルース」公開さる

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https://www.youtube.com/watch?v=HIzCwy1X7Kg&feature=youtu.be

 

本日4月1日、とうとう予告公開されました、岩佐美咲の2020年新曲「右手と左手のブルース」MV。CD の発売は今月22日なんですけど、いやあ、待ちましたね。新曲が今年も発売されるという発表があったのが三月。それも遅かったんですけど、そこから曲が(一部)公開されるまでがまた長かったです。それもこれも COVID-19のせいですよ。

 

いちばん上に MV の YouTube リンクを書いておきましたので、みなさんこれで聴きましょう。いきなり浅草の浅草寺雷門前からはじまりますが、本編も浅草の商店街みたいな通りをずっと歩いて行っている感じでしょうか。屋台の金魚すくいみたいな光景も見えますね。はっきり言ってしまえば、あまりお金のかかっていない省エネ MV だなという印象です。予算がないのかなあ。

 

肝心なのは曲と歌です。まだ予告編ですからたったの1分54秒しか聴けませんが、路線としては前作「恋の終わり三軒茶屋」に引き続き歌謡曲テイストが濃厚です。哀しげというかメランコリーを強くたたえたフィーリングですね。歌詞を聴けば、なんだかこれは不倫の歌なんですね。「他人のものを盗もうなんて思ったこともなかった」「あなたは右手でわたしを抱きしめ左手で家庭を絶対守ろうとするのね」なんていうフレーズが散見されます。

 

美咲もこういった大人の歌をこなせるような、そんなところにまでやってきたということでしょうね。曲の調子というかメロディ・ラインやサウンド、リズムなどを聴けば、たしかにこれは「ブルース」だなと言えるだけのメランコリー、哀愁をたたえたものだとわかります。家庭を持つ男性との許されざる関係を歌い込んだものですからね、そりゃそうでしょう。

 

作曲者や編曲者がまだわからないんですけど、いままでの日本の歌謡曲に多い、しっとり系でありながら同時にリズムはややにぎやかめに(ラテンっぽく)跳ねているという、そんな曲ですよね。美咲はいちおう演歌歌手という看板を背負っているわけですけど、2019年来、こういったライト・テイストな歌謡曲調のものを提供されるようになっています。

 

歌を聴けて、いままで不思議だった「右手と左手のブルース」というこの曲題の意味もようやくわかるようになりました。さあ、フル・コーラス聴けるようになるのはいつになるでしょう?COVID-19のせいでいっさいの対面イベントが実施できない状況ですから、そのメドが立たないのはツラいところです。4/22の発売日にはなにかやりたいと、美咲本人も徳間ジャパンも思っているはずですけど、どうなりますか?

 

ともあれ、岩佐美咲「右手と左手のブルース」、本日公開された MV はもう20回くらい聴きました。

 

(written 2020.4.1)

2020/04/01

ブルーズが好き

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https://open.spotify.com/album/3QSRtkfas8Gr0vDByhFvkE?si=H2HObY29SCud0D1f956gvA

 

ぼくはとにかくブルーズという音楽が好き、大好きなんです。これはもう生理的なものなんで、どうしようもないんですね。だから高橋健太郎さんみたいなプロの音楽評論家のみなさんがいまの時代にブルーズなんてどうか?みたいなそんなたぐいのことをおっしゃってぼくの音楽趣味生活に影を投げかけても、うんだからちょっと恨みに思っていますけど(聴くのに申し訳なさを感じるようになってしまった)、そんなブルーズ否定論者のことはどうでもいいわけです。ぼくはただのアマチュア音楽リスナーなんで、自分が心底楽しい美しいと思えるものを聴いていけばいいんであって、新しさとか時代の要請なんてことは関係ないわけです。ぼくはブルーズが好き。

 

ブルーズが好き、これはあらゆる意味でそうで、だからいわゆるブルーズ・ミュージックも好きだけどブルーズ・スケールやそれにもとづいて展開されるフレイジングも好きで、ジャズやカントリーやロックやファンクやなどのなかにあるブルーズ(要素)も当然大好きです。もっといえばブルーズ・フィールが好きなんで、必ずしもフォーマット的な意味でブルーズ楽曲じゃなくてもいいんです。

 

こんなふうにいうと話が大きくなってしまって、今日ぼくの言いたいことからちょっと離れてしまうように思いますけどね。つまりかなり乱暴に言って20世紀のアメリカ(産、発祥の)大衆音楽はブルーズ・ベースだったのかもしれません。いや、ジャズはそうではない、アメリカにおけるジャズの誕生時にブルーズは存在しないというのはたしかにそのとおりで間違いないんですけれども、その後かなり早い時期にかなり根っこからブルーズを吸収し不可分一体化したとは言えるんじゃないですか。

 

すくなくともジャズの商業録音が1917年にはじまったとき、すでにジャズのなかには抜きがたいものとしてブルーズがありました。カントリー・ミュージックの先祖たるヒルビリーは白人版ブルーズとして録音がはじまったわけですし、当初はアメリカ南部で黒人も白人も共有するコモンウェルス的なものとしてのレパートリーがあって、同じものを黒人がやればブルーズ、白人がやればヒルビリーと呼ばれただけのことです。というかレコード会社がショップでレコードを売り分ける際のビジネス慣習的区分でしかなかったわけで、音楽的にはブルーズとヒルビリー(カントリー)は一体です。

 

ジャズはその後ブルーズ成分を濃くする方向に進み、ブルーズの一形態であるブギ・ウギもふまえながらのジャンプ・ミュージックや、ひいてはリズム&ブルーズの誕生につながり、同時にそれと不可分一体のものとしてビ・バップを産み、それ以後のモダン・ジャズが発展していくこととなったわけですね。モダン・ジャズのなかにはものすご〜くブルーズ・ナンバーが多いじゃないですか。しかも同じ時代に展開されていた(ブルーズ・ベースの)ロックやソウルなどと本質的に祖先は同じです。ファンクも同系で、だから1960年代末〜70年代にジャズ・ファンクやソウル・ジャズがあれだけ流行したのは一種の先祖帰り、本質奪還でしたね。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2020/02/post-2a1c25.html

 

まったくブルーズと関係ないようなジャズやロックやポップスもたくさんあって、ぼくもあんがい好きですけど、ひもをたぐっていくとどこかでブルーズをはじめとするアメリカの黒人音楽のルーツにちょっとだけでも結びついていたりするのかもしれません。ブルーズやアメリカ黒人音楽そのものでなくとも、それ関連でそこから発展した音楽要素がちょっぴりでも混じり込んでいたりするんじゃないですか。アメリカみたいな国の音楽が、どんなものでも「混じり気のないピュア」であるなんてありえないわけですし。

 

こういったことは歴史的事実なんで、なかったことにしよう、切り離そうっていうのはムリな話です。南京大虐殺はなかったとかそういうたぐいの主張をしているみなさんと同類とみなされてもしかたがないんですよ。アメリカ音楽にブルーズがある、抜きがたくいろんなところに染み込んでいて、つまり日本の文化に中国大陸や朝鮮半島由来のものが抜きがたく一体化して日本のものとして存在しているのと同じようなことだ思います。

 

いや、こんなことが言いたくて今日書きはじめたのではありません。ぼくが書きたかったことは、個人的にとにかくブルーズが好きなんだ、だれがなんと言おうとブルーズが好きでたまらないんで、そのことはだれも否定できないし、ぼくがふだん聴いている音楽のなかにはブルーズがたっぷりあるし、ブルーズ・ミュージックの新作アルバムだって定期的にリリースされているし、ブルーズ成分を濃厚に持ったジャズやロックの新作アルバムだっていまだコンスタントに発売されているんだし、2010年代以後のジャズをはじめとする「進化した」「新しい時代の」音楽にブルーズはないんだとみなさんがおっしゃっても、ぼくにはなんの関係もないっていうことでです。

 

ぼくら素人音楽愛好家ブロガーにとって、時代の先端、新しさ、進化なんてどうでもいいんで、好きな音楽を聴き続けていけば、死ぬまでそうしていれば、それでいいでしょう。プロ音楽評論の見地を押し付けないでもらえますか。とにかくぼくはブルーズが好き、心底好きなんで、ただそれだけのことなんで、ブルーズ・ミュージックやブルーズ成分を濃く持つ音楽をこれからも好きで聴き続けていけばいいだけの話で、だれに遠慮することもなく堂々とブルーズを聴き愛し書き続けていればいいんであって、ブルーズは時代遅れだみたいな指図をされるいわれはないです。

 

(written 2020.2.22)

2020/03/31

ちょっぴりロックっぽいジョー・ビアード(2)〜『ディーリン』

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Joe Beard / Dealin'

https://open.spotify.com/album/1Pv6aKqqKqopOQUqBGTWFO?si=-u83ay9BS2OeEpUJC0JYIg

 

ブルーズ・マン、ジョー・ビアード2000年のアルバム『ディーリン』でハーモニカを吹いているのはジェリー・ポートノイ。マディ・ウォーターズのバンドでやっていた、かの強者ですね。エリック・クラプトンのブルーズ・アルバムにも参加していましたし、シカゴ・ブルーズ黄金時代のサウンドを現代に具現化している最良のひとりでしょう。ジェリーはこのジョーのアルバム全曲で吹いているわけじゃありませんが、参加しているものは濃厚なシカゴ・ブルーズの香りがします。

 

たとえば1、3曲目など、間違いなくストレートな王道シカゴ・ブルーズそのまんまで、ジェリーのハーモニカも実にいい感じ。ジョー・ビアードがここまでやるなんてねえ。バンドは白人が中心の編成みたいですけど、こういったブルーズ・ワールドはもはや伝統芸能になっているともいえますから、ある種の「型」みたいなものになっていて、学べばだれでも継承できるんでしょう。ましてや彼らはアメリカ人ですし。

 

このアルバムで個人的に印象に強く刻まれるのがピアノ、エレピ、オルガンといった鍵盤楽器です。弾いているのはやはり白人のブルース・キャッツ(Bruce Katz)。バッキングでいいサウンドを出しているばかりか、ソロではたぶんどの楽器よりも多くの時間を与えられているんじゃないですか。主役ジョーのヴォーカルの次に目立つのがこのアルバムでは鍵盤ですよ。ブルースはどの楽器を弾かせてもうまいですが、特に4曲目のスロー・ブルーズでのハモンド・オルガン・プレイなんか、うなります。ジャジーでもありますしね。

 

ピュア・ブルーズというよりリズム&ブルーズというか、もっとさらにロックンロールに近いなと思えるものだってアルバムにはいくつかあります。2曲目で早くもそんな感じが出ていますが、本格的には7曲目の「ギヴ・アップ・アンド・レット・ミー・ゴー」。やはりジェリーがハーモニカを吹いているにもかかわらず、これはロック調です。「ハイ・ヒール・スニーカーズ」みたいですよね。シャッフル・ビートもロックっぽいですし。

 

10曲目の「ロング・トール・ショーティ」もそんな「ハイ・ヒール・スニーカーズ」調のロック・ナンバーでしょう。これらの曲では主役のジョーも粘っこくないアッサリした歌いかたに終始していて、ギター・ソロがジョーなのかデューク・ロビラードなのか判別できませんがそれもブルージーな感じを消していますよね。12曲目「ユード・ベター・ビー・シュア」もロック・ナンバーに近いフィーリングですね。

 

そうかと思うと11曲目「ザット・ソー・コールド・フレンド・オヴ・マイン」はジャズ・(ブルーズ・)ナンバーと言いたいほどの内容で、これもなかなかいい味です。アルバムの中盤6曲目とラスト13曲目には、やはり伴奏なしのジョー・ビアードのエレキ弾き語りが収録されていて、それらではジョン・リー・フッカーか R. L. バーンサイドかっていうようなブルーズのエグ味を聴かせてくれているのが個人的にはうれしいです。

 

(written 2020.2.21)

2020/03/30

ビッチズ・ブルー 50

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Miles Davis / Bitches Brew

https://open.spotify.com/album/3Q0zkOZEOC855ErOOJ1AdO?si=5syXE6dyQNuSN4LopT3UdA

 

2020年3月30日にちょうど50歳になった『ビッチズ・ブルー』。マイルズ・デイヴィスの代表作ですが、そう、1970年3月30日にアメリカで LP 二枚組が発売されたわけですね。そういえば昨年、特に夏には、『ビッチズ・ブルー』録音からぴったり50年ということで、なんだかそんなアニヴァーサリーをやったばかりじゃないかという気もしますが、今年は今年でなにかちょっと書いておきたいと思います。

 

この世に出てからぴったり半世紀ということで、『ビッチズ・ブルー』のいまだに続く影響力みたいなことが言われるわけですけど、こないだ来たマイルズ公式アカウントからのメール(はレガシーが運営しているからレガシーからも同一文面が来た)では、「マイルズ・デイヴィスの『ビッチズ・ブルー』ほど影響力が持続しているアルバムはほとんどない」とのことでした。これはしかし50年が経過した現在でも言えることなんですか。

 

いま、『ビッチズ・ブルー』を聴きかえし、2020年でも強い影響を音楽界におよぼしているかということを簡単に言うことはできないのかもというのが正直な気持ちです。ジャズやその周辺界隈でのこのアルバムの影響力は、ある時期に終息しているような、そんな気がするんですね。それでも聴いたらやはりすごい音楽だと感動しますけれども、それは影響云々じゃなくてこの音楽そのものが持っているパワーということでしょう。

 

ジャズとロックやファンクなど他ジャンルとのクロス・オーヴァー、フュージョンという点でみれば、やはりいまだに『ビッチズ・ブルー』が大きな力を発揮しているのだとも言えなくもないんですけどね。2010年代のジャズも、他ジャンルとの横断・接合をさかんに試みて成果を出していますが、そもそも混ざっていいんだ、OK なんだ、どんどんやれといったことを、それも大胆な完成品として提示したジャズ史上初の本格作品が『ビッチズ・ブルー』だったかもしれませんからね。

 

その後の1970年代ジャズ(やその周辺界隈)などは、完全に『ビッチズ・ブルー』が描いた見取り図にのっとって進んだのは間違いないことですし、一大ヒットになってハービー・ハンコックをスターにした『ヘッド・ハンターズ』だってマイルズ・ミュージックの延長線上にあったものです。当時の聴衆はそうは思っていなかったでしょうけど。その後もヒップ・ホップ系のものとも接合できるハービーの音楽性やアイデアの源泉は、もちろんマイルズが与えたもののなかにありました。特に『ビッチズ・ブルー』が示した可能性のなかに。

 

ヒップ・ホップ系ビートとの接合は、現代ジャズのひとつの大きな特色ですから、そう考えると、やはり21世紀にあっても『ビッチズ・ブルー』のおよぼす力が大きいのだとみることもできますね。あれっ、前言撤回かな。ファンク、ヒップ・ホップとビートを細かく割っていく手法は「直截的には」マイルズのこの70年リリース作で聴けませんけどね。

 

以前からなんどもくりかえしていますが、『ビッチズ・ブルー』の録音は1969年の夏、それも8月19〜21日の三日間で行われたということをふまえても、かの<サマー・オヴ・1969>との連動性、あの時代の、ロックとの、ヒッピー・カルチャーとの、サイケデリック・ムーヴメントとの、強い関連を考えざるをえないのですが、実際、ジャズ界にあってかのサマー・オヴ・1969の空気感を最も的確に表現したのがマイルズの『ビッチズ・ブルー』だったとも言えましょう。

 

ブラック・ミュージックとして聴けば、『ビッチズ・ブルー』でぼくが最も感銘を受けるのが「ファラオズ・ダンス」「スパニッシュ・キー」「マイルズ・ランズ・ザ・ヴードゥー・ダウン」の三曲です。ファンキーですよね。「ファラオズ・ダンス」はジョー・ザヴィヌルの用意した曲ですけど、ジョーの黒い感性が、特にベース・ラインや後半リピートされるマイルズの吹く反復ラインによく表れているなと思います。

 

「スパニッシュ・キー」はロック調、それも後期リターン・トゥ・フォーエヴァーを予見したような内容で、『ビッチズ・ブルー』でもキー・パーソンであるチック・コリアの大活躍が目立ちます。このずんずん来るビート感がロックっぽくてノリがよく、快感ですよね。スパニッシュ・スケールを使ったあざやかなアド・リブ展開もみごとです。

 

一転、「マイルズ・ランズ・ザ・ヴードゥー・ダウン」は、曲題も暗示するように(ミーターズふうの)クールなニュー・オーリンズ・ファンクに接近した一曲で、個人的にはこれをこのアルバムのクライマックス、白眉の一曲としたいです。このスロー・ミディアム・テンポに設定したバンド全体のグルーヴが、もうたまりませんよね。マイルズのソロでホットな沸点に達するその瞬間には聴き手も絶頂を迎えます。

 

各人のソロまわしを組み立ての中心に置くというのは従来的なジャズの手法でありながら、実はそれらソロも全体のピースの一個としてはめこまれるようになっていて、伴奏もふくめてのトータル・アンサンブルが即興できているという、いわばインプロヴィゼイショナル・アンサンブルとでもいうべき音楽構築は、1968年あたりからマイルズも実験的に試みてきたことです。それが『ビッチズ・ブルー』ではみごとに結実、開花していますよね。

 

ソロとインプロヴィゼイショナル・アンサンブルのバランス、有機的一体化とか、ソロをはめこんだ上でのアンサンブルのトータル・ワークで聴かせるという音楽の構成とか提示みたいなことをみても、マイルズの『ビッチズ・ブルー』が示したやりかたは、やはり2010年代以後の最新ジャズのなかにも引き継がれ生きている、50年前に音として具現化されていたとなれば、やはりものすごいアルバムだったのだ、レガシーがいうようにこれほどいまだ影響力が持続しているアルバムは滅多にないということになるのかもしれませんね。

 

(written 2020.3.29)

2020/03/29

Spotify、コロナ危機に際し、音楽業界支援プロジェクトを開始

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(4 min read)

 

https://artists.spotify.com/blog/spotify-covid-19-music-relief

 

きのうもアイオナ・ファイフ関連で書きましたが、コロナウィルス感染拡大とそれにともなうソーシャル・ディスタンシングの徹底で、世界の音楽家、音楽業界をとりまく状況はたいへん厳しいものになっています。レコードや CD や配信、あるいはグッズなどの売り上げから得られる収入しかなくなっているんですし、それらだってライヴ現場でどんどんさばけたりもするもんなんですから。もちろんいっさいのイベントやコンサートなど人前に出てのパフォーマンスは、事実上まったくできないという状態に陥っていますよね。

 

はっきりいって音楽業界にとってはまれにみる大ピンチだと思うんですが、ぼくは自室でふだん音楽を Spotify で聴いています。たぶん総聴取時間の九割以上が Spotify アプリを使ってのものなんですね。もう本当にお世話になっているんですが、このコロナ危機に際しなにかできないかということを、もちろん Spotify も考えているようなんですね。

 

それで「Spotify COVID-19 Music Relief」というプロジェクトが立ち上がりました。正確にはこれから音楽家や業界への支援がはじまるといったところみたいなんですが、はっきりいってふだんぼくらが月額980円を支払って Spotify で音楽を楽しんでいるそのお金が音楽家にどう分配されているのか、わかりにくいですよね。もっとシステムを透明化してくれたらいいのにというか、bandcamp みたいに「ダイレクトに」音楽家へお金が届く仕組みを示してくれたらいいのにという思いがぼくにはありました。

 

そういうのは平時であればあまり考え込まないことですけど、いまはコロナ危機で大勢の音楽家がたいへんに困難な状況にある非常時といえるわけですから、それでいっそう、ぼくたち音楽ファンは愛する音楽家のためになにかできないかという気持ちが強くなっているんじゃないかと、これは間違いなくぼくだけではないという実感が、ここ日本にいてもここ一週間/十日ほどで、あります。

 

Spotify の COVID-19 Music Relief プロジェクトは、新型コロナウイルスの影響を受け困窮している音楽家、音楽業界で働くひとびとへ経済的支援を提供するもので、くわしいことは(英文ですが)上のリンク先をご一読ください。このプロジェクトの一環として、近日中に Spotify 上で音楽家がファンから直接募金を集めることができる機能のリリースを予定しているそうです。

 

たぶんこの、ファンから音楽家が直接お金を集めることのできる機能こそ、今回のプロジェクト最大の目玉なんじゃないかと思うんですね。音楽家は自身の Spotify プロフィール・ページで寄付のためのリンクを貼ることが可能になりますし、自分用、支援を必要とする別の音楽家用、音楽業界支援のための機関用など、音楽家が選択した資金調達先にリスナーを誘導できるようになるみたいです。

 

このほか(Spotify 社からの寄付もふくめ)いくつもの種類のプロジェクトが展開される様子ですが、ふだん Spotify で便利に、そう事実上無料でというに近いような状態で(たったの月額980円だから)高音質で無制限にどんどん音楽を聴きまくっているぼくたちも、今回のような大規模なコロナ危機に際しては、やはり好きな、愛する、音楽家やその関係者になにかしたいという気持ちになりますよね。

 

社会事業者としての自覚とともに、そこらへんを Spotify としても汲んでくれたということなんでしょう。ライヴ・イベントやコンサートなどがなにもかもいっさい消えてなくなっていますから、そういった支援は現状できません。だから外出自粛中のぼくたち在宅民にできるのは、せめて CD や関連商品を買うこと、(昨日書いたようなオンラインの)パトロン・システムを利用して音楽家への直接の経済支援を行うこと、そして今回はじまることがアナウンスされた Spotify COVID-19 Music Relief プロジェクトを通じて寄付をすること、などしかないじゃないですか。

 

(written 2020.3.28)

2020/03/28

アイオナの3ポンド・パトロンになりました

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(6 min read)

 

https://open.spotify.com/album/324FKjzNz20DnQw2HNzAx8?si=dRsmpb6JTJeXmpJrym0t9g

 

歌手、音楽家のみなさん、お元気ですか。今2020年になってからの最近のみなさんを取り巻く状況はたいへんに厳しいものだとぼくにもわかっています。コロナウィルスのせいで、音楽のイベントやコンサートなど続々ととりやめになり、収入のみちがとだえてしまったというひとも多いはずです。事務所などに所属し月給のようなものをもらっているのであれば、それでもまだ凌いでいけるかもしれませんが、フリーランスなら絶望的な状況に、特に三月に入って以後、なっているんじゃないでしょうか。

 

音楽家にとってのそんなタフでハードな状況は、日本でもそうですし、国外でもまったく同じです。ぼくの愛するアイオナ・ファイフ(スコットランド)もそのひとり。アイオナはスコットランドのバラッドなどを歌うフォーク・シンガーですが、フリーランスゆえ、やはり昨今かなり厳しい状況におかれてしまっているということが彼女の Twitter を読んでいると伝わってきます。

 

アイオナの2020年3月26日夜(日本時間)のツイートによれば、自営のフリーランス・フォーク歌手である彼女は、いっさいの収入がなくなったままになってしまっているんだそう。独立して活動している歌手、音楽家であれば、世界のみなさん同じですよね。アイオナもそう書いています。アイオナのばあい、スコットランドや UK を中心にヨーロッパ各地を頻繁にライヴ・ツアーしてまわっていたのが、現在ゼロになってしまっているようなんです。

 

CD などもすこしはリリースしているアイオナですが、それらはふつうそれぞれ一回買ったらおしまいとなるものでしょう。彼女のアルバムがどれくらい売れているのかわかりませんが、やはり主たる収入源は日々の(ラジオ出演などもふくむ)ライヴ活動だったんじゃないでしょうか。それがコロナのせいで完全にすべてなくなってしまっているんですよね。"have lost all of my income” と書いてあったりしますから、CD 売り上げもさほどの収入になっていないのかもしれません。

 

そこで、アイオナはこう提案しています。もしもわたしの歌を気に入ってくださるならば、ちょっとでもサポートしていただけたら助かりますと、二つの方法を示しているんですね。
https://twitter.com/ionafyfe/status/1243108647930036224

 

いまリンクを書いた彼女のツイートをお読みになればわかりますが、いちおう日本語で整理して示しておきますね。

 

(1)bandcamp でアイオナの CD を買うこと。
https://ionafyfe.bandcamp.com

 

(2)アイオナの Patreon に参加し、パトロンとなること。
https://www.patreon.com/ionafyfe

 

ぼくの目をひいたのは(2)のパトリオンのほうでした。アイオナの CD のほうはぼくもいままでバンドキャンプで買ってきましたから。パトリオンのような、こういったサイトというかサービスのことを今回までぼくは知りませんでしたが、アイオナ自身、コロナ危機に直面して初めて登録・作成したんじゃないですかね。

 

Patreon は音楽家などをサポートするオンラインのパトロン・システムで、ほかのひとのケースも同様なのか知らないんですが、アイオナは毎月3ポンド、10ポンド、20ポンド、40ポンド、100ポンド、175ポンドの六つのコースを用意しています。それぞれ特典などが違っているんですね。オンラインのカード決済でだれでも簡単に、思い立ったらすぐに、アイオナのパトロンとなることができます。

 

そこでぼくは即決で3ポンド・パトロンになったんです。毎月3ポンドがぼくのカードからアイオナのために引き落とされますが、たったの3ポンド(日本円で約390円程度)ですからお財布的にも痛みません。本当だったらもっと額の大きなパトロン・コースを選んだらよかったかもですが、毎月の支払いになりますので、そこは自分の経済状況と相談して決めたわけです。

 

たったの月3ポンドぽっちで、現在無収入状態のアイオナを支援しているとは言えないかもしれませんが、些少額でも実感のあるサポートを、それもダイレクトに、やっているという手ごたえがほしかったんですね。それほどぼくはアイオナの声と歌に惚れちゃっているわけなんです。Twitter なんかでふだんやりとりしてわかっているアイオナの飾らない実直な人間味にも好感を持っています。

 

また、バンドキャンプのアイオナのページでは、CD アルバムを買うだけでなく、寄付もできるように現在なっています。これはたぶん今回のコロナ危機に直面してアイオナが急遽設定したものでしょう。CD ももう一回買って、寄付もしようとぼくは思いますが、それらは一回性のものだと思うんですね。パトリオンでのパトロン・システムは継続的な支援ですから、それがいいなと思っています。

 

サイトによれば、現在のアイオナのパトロンはぼくをふくめて21人。まだまだといった感じですが、これからも、応援している歌手や音楽家をほんのちょっとづつちょっとづつサポートしていけたらいいなと思います。むろん(バンドキャンプのような、音楽家へのダイレクトな収入が大きいサイトで)どんどん CD やデジタル・アルバムを買えればそれがいいのですが、ぼくにはぼくの事情もあります。

 

ともあれ、これでぼくも、スコットランドから遠く離れた日本にいる、アイオナ・ファイフのちいさなちいさなパトロンです。だいたいずっと前からいつもインドア派で、いつも部屋のなかにこもりっきりでずっと音楽聴いているぼくですから、コロナウィルスのせいで外出自粛の波がひろがっても生活に大きな影響はありません。むしろ部屋で音楽をスピーカーからどんどん鳴らすという最も好きな行為は助長されているようなものです。

 

そんなわけでこれ幸い、でもないけれど、自宅の部屋のなかにずっといながら、コロナウィルス感染の波がおさまってくれる終息の日を待ちながら、ぼくは音楽をどんどん聴き続けていきたいと思います。そして、ライヴ・イベントやコンサートなどがなるべくはやく再開されますように。それでフリーランスの歌手、音楽家、関係者のみなさんにとっての正常な日々がはやく取り戻せますように。

 

(written 2020.3.27)

2020/03/27

ジョー・ビアードの世界(1)〜『ブルーズ・ユニオン』

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(3 min read)

 

Joe Beard / Blues Union

https://open.spotify.com/album/6tA0yH29YBZrr2OlIGTXSh?si=erfuOohoSHuQpBeSAUYlcA

 

以前マーク・ハメルの記事で言及したブルーズ・マン、ジョー・ビアード(Joe Beard)。ニュー・ヨーク州ロチェスターのベテランです。マークのあのアルバム『ウェイバック・マシーン』終盤にあった三曲はジョーのアクースティック・ギター弾き語りで、ドロドロしたエグ味のあるカントリー・スタイルのダウンホーム・ブルーズを聴かせてくれるものでした。
https://open.spotify.com/album/1huxK2YKWWMbh9NFmmi32q?si=tMhUicegRWWbK0lAYI5b4g

 

こういうのが本当にいいなぁとしみじみ感じて、ドバーっとまとめて聴きたいと思って Spotify で検索しても、ジョーのアルバムはモダン・エレクトリック・ブルーズばかりが、しかもちょっとだけ。アクースティックな弾き語りブルーズでジョン・リー・フッカーみたいなのはぜんぜんないんです。YouTube でさがすとテレビ出演なんかがほんのすこしだけ見つかりましたが。
https://www.youtube.com/watch?v=_sIJ6LquoVk
https://www.youtube.com/watch?v=D4cGjA6c6l8

 

それはそれでいいやと気を取りなおして Spotify でジョー・ビアード1996年の『ブルーズ・ユニオン』を聴きました。ギターリスト、ロニー・アールとの共演盤ですね。内容はほぼ全面的にバンド編成でのエレクトリックなモダン・シカゴ・ブルーズのスタイルだと言えましょう。でもぼくがジョー・ビアードに惚れたジョン・リー・フッカーみたいな(エレキだけど)ギター弾き語りが一つもないわけじゃありません。

 

アルバム『ブルーズ・ユニオン』だと、5曲目の「サリー・メイ」、10曲目の「レイト・イン・ジ・イヴニング」が伴奏なしジョーひとりでのギター弾き語り。前者はフッカーの曲ですね。ジョーが使っているのはエレキなんですけど、ドロドロの泥臭いエグ味を発揮していて、聴き惚れます。これですよ、こういうのが聴きたかったんです。全体的にバンド編成でやっているアルバムのなかにもこうやって二曲あるんだから、制作側としてもジョーをそういったブルーズ・マンとみなしているんでしょう。

 

個人的にはアルバムまるごとぜんぶがこういったのならいいのにと思うほどですが、ふつう一般的にはそれじゃあウケないっていう判断なんでしょうね。好みはそれぞれですが、一枚くらいそんなアルバムがあってもよかったんじゃないかと、しつこいですがぼくは思います。それが制作できないのは時代もあるんでしょうか。ジョン・リー・フッカーみたいなひとですら晩年はバンドでやっていました。

 

ブルーズ・マンの表現するブルージーさ、エグ味、ドロドロしたとぐろを巻くような世界、それをギター一台だけでの弾き語りで表現するときの孤独感、そういったものこそブルーズの世界の醍醐味のひとつだと思うんですけど、でもバンドで楽しくやって歌い、ソロを弾き、ほかの楽器にかこまれてにぎやかにやる、またそれもひとつのリアル・ブルーズですね。

 

アルバム『ブルーズ・ユニオン』では、またサックス(デイヴッド・ファットヘッド・ニューマン)がソロを吹く二つ(4、8曲目)では、ピュア・ブルーズというよりリズム&ブルーズ/ソウル・ミュージック寄りのサウンドになっていて、それもおもしろいところです。それでふりかえってみれば、サックスが入らないものでも、すこし B. B. キングっぽいモダンなファンキー感覚もあるような気がしてきました。

 

(written 2020.2.20)

2020/03/26

ブライアン・リンチの豊穣

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(4 min read)

 

Brian Lynch Big Band / The Omni-American Book Club: My Journey Through Literature In Music

https://open.spotify.com/album/3iKVjeZNhe9tTkf3K958bD?si=h2wszgDYT2SmVH0u3hU8Ww

 

Astral さんのブログで教えていただきました。
https://astral-clave.blog.ss-blog.jp/2020-01-28-1

 

ブライアン・リンチ・ビッグ・バンドの『ジ・オムニ-アメリカン・ブック・クラブ:マイ・ジャーニー・スルー・リタラチャー・イン・ミュージック』(2019)。昨年度のグラミー賞でジャズ・ラージ・アンサンブル部門を受賞したアルバムだそうです。Astral さんに教えていただくまでなにも知りませんでした。でもジャケットがなかなか雰囲気ですよね。きっと中身もこれはいいぞと直感して耳に入れてみたら大正解。これは傑作でしょう。

 

フロリダ大学のフロスト・スクール・オヴ・ミュージックで教えるブライアン・リンチの同僚や学生たちを中心に編成されたビッグ・バンド+多数の著名ゲスト・ソロイストたちで録音されたこの『ジ・オムニ-アメリカン・ブック・クラブ』は、アフロ・カリビアン・ジャズとストレート・アヘッドなジャズとのブレンドと言えるでしょうね。はっきりとしたアフロ・キューバン・ナンバー、メインストリーム・ジャズ・ナンバー、両者合体のナンバーと、三種並んでいるように思います。

 

ラテン・ミュージックのある意味象徴的な管楽器ともいえるフルートがなめらかにすべりこんでくる1曲目「クルーシブル・フォー・クライシス」からグイグイとこのアルバムの音楽世界にひきずりこまれます。この1曲目はラテンとメインストリームの合体といえるスケールの大きなナンバーで、コンポーザー/アレンジャーとしてのブライアン・リンチの優秀で豊穣な才能を見せつけたスケールの大きな一曲ですね。跳ねるリズムもカリビアンながら、ストレート・ジャズのフィーリングもあります。

 

全体的にアンサンブルとソロのバランスがとてもうまくとれているのが大きな好印象のこのアルバム、続く2曲目もラテンふうなストレート・ジャズですが、3曲目「アフェクティヴ・アフィニティーズ」ではっきりとアフロ・キューバンに舵を切ります。これはボレーロで、後半がチャチャチャ。ヴァイオリンがなんともいえず実にいい感じで響きますよね。パーカッションの響きも上品でコクがあります。リズムの上に乗るアンサンブルも極上のエレガンスで、ラテン・ボレーロ/チャチャチャならではの官能を引き立てていますね。

 

すべての曲でブライアン・リンチはホーン・アンサンブルを書いているだけでなくリズムもアレンジしていると思うんですけど、全体にわたりそれがきわだってすばらしく、どの曲でも有機的に一体化していて、スムースに流れるところ、ドラマティックにもりあがるところと、それぞれみごとで、計算され尽くしているようでいてスポンティニアスななめらかさがあり、ヴィヴィッドで、も〜うこのペンの前には降参ですね。ラテン・ジャズ・トランペッターとしてはぼくもいままでちょっとだけなら聴いてきたひとですけど、作編曲でこれだけあざやかな仕事ができるとはビックリです。

 

アルバム後半の6曲目「トリビュート・トゥ・ブルー(・ミッチェル)」からは主にストレート・ジャズで構成されていてリズムも4/4拍子ばかりですが、聴きごたえがあります。8曲目「アフリカ・マイ・ランド」だけは曲題どおりアフロ・ラテン方向へ向いた一曲。パーカッションが西アフリカ系のリズムを刻みはじめてから、その後そこに徐々に音が加わっていきます。アフリカン・リズムはこの曲全体をずっと貫いていますし、ホーン・アンサンブルは点描的に折り重なります。ピアノはちょっぴりサルサっぽくもあり。

 

ストレート・ジャズ・ナンバーのなかでは9曲目の「ウディ・ショウ」の出来が出色だなと思いますし、それ以上にやはり1、3、8曲目などアフロ・カリビアン方向にあるものがかなりの充実を感じさせるし、ゲスト・ソロイストの演奏内容もいいけど、バンドのリズムやアンサンブルがそれにも増してゴージャスで、全者あいまってブライアン・リンチというジャズ作編曲家&バンド・リーダーの最高度の豊穣を見せつけたマスターピースに違いありません。

 

(written 2020.2.17)

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