2020/09/24

聴きやすく楽しいからこそ『至上の愛』〜 ジョン・コルトレイン

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(8 min read)

 

John Coltrane / A Love Supreme

https://open.spotify.com/album/7Eoz7hJvaX1eFkbpQxC5PA?si=7Q12L9oSSpO33KUv-d7ucw

 

きのう書いたSpotifyプレイリスト『ポール・サイモン:インフルエンサーズ』の末尾にアルバムまるごとぜんぶ収録されていたので、それでふたたび聴いたジョン・コルトレインのアルバム『至上の愛』(1964年録音65年発売)。大好きなアルバムですが、なぜ好きかというとポップで聴きやすいからなんですね。このことはだいぶ前にも一度書きましたが、時間が経ちましたし、またもう一度いまの気分を記しておこうと思います。以前の記事はこれ↓
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/post-02e1.html

 

それで、コルトレイン1964年の名盤だからといって、精神性とか神とか苦闘とか求道とか聖者とか、そんなことが頭にあっては『至上の愛』の音楽を楽しむことはできません。日本でもかつて1960年代後半〜70年代前半に、主にたぶん(一部の)ジャズ喫茶界隈を中心に、くりひろげられていたらしいそんな言説は、もはや時代が経過して意味を失ったんですから、2020年にもなっていつまでもそんなことにこだわる必要なんてありませんし、言われてもうっとうしいだけです。

 

それにそんなことが念頭にあると、音楽をストレートに楽しむことができなくなるでしょう。シンプルに音に耳を傾ければ、コルトレインの『至上の愛』は聴きやすく、ポップで、楽しくて、しかもとてもわかりやすいイージーな作品であることに気がつくはず。大上段に構えたような四曲の曲題なんかはあまり意識せず、楽な気持ちでリラックスして聴いてみましょう。

 

1曲目「パート1:承認」では、まずカデンツァみたいなイントロ部からはじまりますがそれは短くて、すぐにジミー・ギャリスンの弾くベース・リフが入ってきます。明快なメロディ・パターンを持つこのベース・リフはずっと反復されていて、しかもその音列は、あとになってバンドで合唱する「あ、ら〜ゔ、さぷり〜む」というヴォーカル・コーラス・パートと同じものです。あらかじめかっちり構成されていたことがわかりますね。

 

「パート1:承認」では、サックスが演奏するテーマみたいなものはなくて、そのベース・パターンの反復の上にすべてが成り立っているという、つまりちょっとマイルズ・デイヴィスの「ソー・ワット」みたいな、あるいはもっと言えばファンク・ミュージックみたいな、つくりなわけです。コルトレインのソロも決して逸脱せず、きっちり整然とした一定範囲のなかにおさまった美しいものですよね。聴いていてリラックスできます。

 

注目したいのは背後でエルヴィン・ジョーンズが一曲ずっとポリリズムを叩き出していることです。ちょっとラテン〜アフリカ音楽のそれっぽいなと感じますが、オスティナートになっているベース・リフとあわせ、この曲の推進力となり、上に乗るトレインのきれいに整ったソロを支えているんですね。同じ音列であるベース・リフと「あ、ら〜ゔ、さぷり〜む」という合唱のメロディは、とっつきやすく聴きやすい、明快でポップな感じに聴こえるんじゃないでしょうか。

 

2曲目「パート2:決意」でも、ベースに続きまず出るトレイン吹奏のテーマ部が聴きやすい楽しいメロディじゃないですか。歌えるようなはっきりしたわかりやすいラインです。そのままトレインのソロになだれ込むかと思いきや、今度はマッコイ・タイナーのピアノ・ソロ。これは従来的なモダン・ジャズの範疇から決して出ない常套的なソロ内容だなと思えます。この2曲目でのエルヴィンはわりとおとなしいですね。ビートも4/4拍子のメインストリーマー。二番手でトレインのソロが出ます。1曲目でもそうなんですが、テーマの変奏というに近い内容ですよね。

 

つまりここまで破壊や逸脱などなにもない、聴きやすい王道ジャズの楽しさがあるっていうわけなんです。最近ぼくがハマっているのは3曲目「パート3:追求」ですね。レコードではここからB面でした。 エルヴィンのテンポ・ルバートのドラムス・ソロからはじまりますからいきなりオッ!と思わせますが、トレインがビートを効かせながら入ってくると、そのままマッコイのピアノ・ソロへとなだれこみます。

 

そのマッコイのソロ、かなり内容がかなりいいんじゃないでしょうか。右手のアグレッシヴなタッチでぐいぐい攻めています。たぶんこのアルバムで聴けるピアノ・ソロのなかではいちばんの出来ですね。そしてこのことは、続く二番手トレインのソロについてもいえるんですね。アルバム中いちばんすぐれたサックス・ソロで、熱く燃え上がり、ときどき音色もフリーキーになりかけたりなどしながら、かなり攻めています。スケール・アウトせんばかりの勢いの瞬間もあり、そうとうな聴きごたえのあるすばらしいサックス・ソロだなと思います。

 

そんなマッコイとトレインのぐいぐい乗りまくる熱く激しいソロが聴けるおかげで、最近はこのアルバムで3曲目がいちばん好きになってきましたね。トレインとバンドの情熱をいちばん如実に反映した演奏だと思います。以前は整然とかっちりきれいにまとまったA面のほうが好きでしたけどね。3曲目はトレインのソロ後、テンポがなくなってギャリスンのベース・ソロになっていきます。このアルバムで終始一貫スピリチュアルなムードをぼくが感じるのはギャリスンのベースですね。

 

そのままピアノ音が入り4曲目「パート4:賛美」になりますが、この最後の曲は終始テンポ・ルバートなんですね。四人ともまるで祈りを捧げているかのような演奏で、はっきり言って定常ビートの効いている音楽のほうが好みなぼくにはピンとこない部分もありますが、トレインの吹奏内容は本当に美しいものです。そう、このアルバム『至上の愛』は全編にわたって美しいのです。そして聴いていて楽しい気分、愉快な気分にひたれます。だからぼくは好きなんですね。

 

ところで、4曲目最終盤でサックスの音をオーヴァー・ダビングしてあるんじゃないかと聴こえる箇所がちょろっとあるんですが、気のせいですかね?多層的に折り重なっているかのように聴こえる箇所があるでしょう、6:31〜6:38 あたりです。一回性の演奏で不可能な内容でもありませんが、ちょっとみなさん聴きなおしてみてください。

 

(written 2020.8.9)

 

2020/09/23

ポール・サイモン:インフルエンサーズ

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(7 min read)

 

https://open.spotify.com/playlist/3fcyzVbfnIauW88q5milmR?si=U5dLY0r2RE2RYfW83ZwgqA

 

ちょっと前に『ポール・サイモン:インフルエンサーズ』というSpotifyプレイリストを見つけました。それが上掲リンク。レガシー公式の制作となっていますが、ポール・サイモン自身のキュレイションによるものだそうです。つまりはオーソライズド・プレイリストということで、だれのどんな音楽がポール・サイモンの音楽に影響を与えたのか、自身でつまびらかにするといったものでしょう。二時間半とやや長いですが、楽しんで聴きました。

 

と言いましてもぼくはポール・サイモンの音楽をなにも知らないので(サイモン&ガーファンクル以外には『グレイスランド』『ザ・リズム・オヴ・ザ・セインツ』くらいしか聴いていない)、だからポールの音楽形成にどんなふうに作用しているのかなんてことはまったくわかりません。ただただ、このプレイリストじたいのおもしろさをしゃべることしかできないんで、そこはご了承ください。

 

いきなりサン時代のエルヴィス・プレスリー二曲ではじまるのはいいですね。ロック・ミュージックの出発点あたりということで(ロックの兆しはもっと前からあったわけですけれども)、ここが新しい時代の幕開けだったという、そんな青春をポール・サイモンも過ごしたわけでしょう。エルヴィスはポールの、いや、あらゆるロック系ポピュラー歌手の、アイドルだったかもしれませんね。

 

続いてなんとリトル・ウォルターの代表曲が来ているのはなかなか新鮮です。エルヴィスと深い関係もありましょうが、そういうこと以上にこういったシカゴ・ブルーズのミュージシャンがプレイリストに入って、白人音楽と黒人音楽が混じり合いながらプレイリストが進むのには思わずなごみます。アメリカン・ミュージック提示のありようとしては、当然ではあるんですけど、理想形ですよね。

 

リトル・ウォルターみたいなシカゴ・ブルーズがポール・サイモンの音楽形成にどんな役割を果たしていたかなんてことはやはりぼくにはサッパリわかりませんので、ご勘弁を。そういえば、このポール自身の選曲による公式プレイリスト、けっこうたくさんの黒人ブルーズが登場するんです。サイモン&ガーファンクルなんかを聴いていても痕跡がわかりにくいですよね。しかしもちろんポールだって聴いていたでしょう。

 

このプレイリストにある黒人ブルーズは、ほかにもハウリン・ウルフ、ボ・ディドリーやチャック・ベリーやリトル・リチャード(らはロックンローラー?)、ジミー・リード、マディ・ウォータズ。なかなかおもしろいですね。それらはまとめて出てくるのではなく、さまざまな種類やタイプの曲に混じって登場するので、オッ!と思わせるものがあり、なかなかみごとな効果を生んでいるなと思います。

 

そう、ブラック・ミュージックがかなりたくさん収録されているというのがこのプレイリストの大きな特色で、ポール・サイモン自身がそれらを選曲したことを思えば、感慨深いものがあります。上記ブルーズばかりでなく、ファッツ・ドミノといったリズム&ブルーズ、スワン・シルヴァートーンズ、サム・クック時代のザ・ソウル・スターラーズのようなゴスペル・カルテットであるとか、アリーサ・フランクリンやマーサ・リーヴズ&ザ・ヴァンデラスやミラクルズのソウル・ナンバーだったり、あるいはドゥー・バップ曲だってあるし、目配せが利いているなと感じます。

 

フォークやフォーク・ロック、カントリー、初期ロックンロールであるとかいった白人音楽もまんべんなく収録されているし、このポール自身の選曲によるプレイリスト『ポール・サイモン:インフルエンサーズ』は、彼の青春時代(1950年代?)をいろどったアメリカン・ミュージック総ざらえといったおもむきがありますね。

 

ビートルズのようなイギリス人もいます。ビートルズのばあいレコード・デビューが1962年でしたから、1941年生まれのポール・サイモンにとっては形成期の音楽ではなく、活躍時期がほぼ同じだったという気がするんですが、それでもビートルズがポール・サイモンの音楽形成に果たした役割があったということなんでしょう。

 

そういった同時代音楽や、あるいは成功してのちに発売された音楽も多少このプレイリストには収録されています。ジミー・クリフ(二曲)なんかもそうですし、アリ・ファルカ・トゥーレもそうですね。二曲収録の初期ボブ・ディランなどもポールの同時代人でしょう。あるいはボブ・マーリーであるとか、マーヴィン・ゲイの「ワッツ・ゴーイング・オン」もそうです。あっ、いま気がつきましたが、ヴェトナム戦争をテーマにした音楽がわりと収録されていますね。このへんは同時代的にポール・サイモンと問題意識を共有していたということですね。それはポールの音楽からもわかります。

 

ぼくの大好きな『グレイスランド』『ザ・リズム・オヴ・ザ・セインツ』につながったであろうような音楽もすこし入っているのにもニンマリ。ポール・サイモンとの関係がよくわからない(けど、個人的には聴くのが楽しい)モダン・ジャズも収録されているのだってやや目立ちます。マイルズ・デイヴィスの『カインド・オヴ・ブルー』版「ソー・ワット」と、それからジョン・コルトレインの『至上の愛』なんかアルバムまるごとぜんぶ入っているという。それでプレイリストは締めくくられます。

 

(written 2020.8.8)

 

2020/09/22

マイルズはさほどギターリストを重用しなかったのかもしれません

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(9 min read)

 

萩原健太さんが9月16日付のブログ記事のなかでお書きになった以下の文章:

ーーー
ジョン・マクラフリンやソニー・シャーロック、レジー・ルーカスらギタリストを多用しながら独自のエレクトリック・ジャズ・サウンドで新時代を切り拓こうとしていた大親分マイルス・デイヴィスに対し、ハンコックのほうは、弟子なりの意地か、あえてギター抜きという別ベクトルで自分なりのエレクトリック・ジャズ・ファンク・フォーマットを模索しているのかもしれないなぁ、と。まだ大学生になりたてだった未熟者リスナーなりに興味深く受け止めたものだ。
ーーー
https://kenta45rpm.com/2020/09/16/head-hunters-hybrid-herbie-hancock/

 


この一節にはやや誤解もふくまれているように感じますので、細かいことをうるさいぞ、大学生のころのことじゃないか、と思われそうですけれども、マイルズ・デイヴィス狂としては突っこまざるをえませんので、大目に見てご笑読ください。

 

それはマイルズという音楽家のことをじっくり観察すると、ギターリストは実はそんなに多用しなかったのではないか、1960年代末ごろからソリッド・ボディのエレキ・ギターの使用がジャズ界で一般化して以後も、むしろどっちかというと鍵盤奏者のほうを重用したひとだよね、ということです。

 

ひとつには、自分の使うギターリストにも、鍵盤奏者が出すようなコード使用やハーモニー構成、オーケストレイションをマイルズは要求したということで、ガッチリした分厚いオーケストラルなリリカル・サウンドに乗って吹きたいひとだったんですよね。このことは以前一度詳述しましたので、そちらをご一読ください↓
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-2a11.html

 

そして、なんたって実数が少ないです。1981年の復帰後であれば常時必ずバンドにギターリストがいたマイルズですが、1975年夏の一時引退まででみれば、このひとがバンドのレギュラーとして常時雇いにしたギターリストは、1973〜75年のレジー・ルーカスとピート・コージーと、このたった二名だけなんですよね。

 

ジョン・マクラフリンもよく使っていたじゃないかと言われそうですけれども、マクラフリンはそのつどそのつどスタジオ・セッションに呼んでいただけで、だから頻繁であるとはいえあくまでゲスト。バンド・メンバーではありませんでした。

 

マクラフリンが参加しているマイルズ・バンドのライヴって、臨時の飛び入りだった1970年12月19日のセラー・ドアしかなく(アルバム『ライヴ・イーヴル』になったもの)、バンド・メンバーじゃないから、ほかに一個もないんです。そのセラー・ドア・ライヴだって連続するほかの日には参加していないんですから。

 

健太さんはソニー・シャーロックの名前をあげておられますが、シャーロックは1970年2月18日のスタジオ・セッションに参加して「ウィリー・ネルスン」一曲の複数テイクを録音したのみ。たったこの一日だけなんですよ。アルバム『ジャック・ジョンスン』に一部インサートされています。

 

一回、あるいは二、三回、単発の実験的セッションで呼んだだけのギターリストならほかにもいて、1967年のジョー・ベック(マイルズのギターリスト初起用)、68年のジョージ・ベンスン(『マイルズ・イン・ザ・スカイ』に収録)とかそうですけど、まだまだマイルズがギターリストを本格起用する前の時代でした。

 

トニー・ウィリアムズの推薦でジョン・マクラフリンを1969年2月のスタジオ・セッションに呼び、それが結果的にアルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』(1969)になってからは、マイルズもギターリストを、というかマクラフリンを、どんどん呼ぶようになって、ライヴをやるツアー・バンドにではなくスタジオでのおおがかりなセッション(あの時代のマイルズのスタジオ録音は常にそうで、レギュラー・バンドで、っていうことはほとんどなし)では多くのばあいギターリストが、っていうかマクラフリンが、弾いているというような具合になりました。

 

それでもエレピやオルガン、シンセサイザーなどのキーボード奏者がどんなセッションにも、ばあいによってはニ、三名とか、必ずいて、むしろそのサウンドのほうが音楽の方向性を握っていることが多かったですよね。マイルズが自分の音楽を鍵盤よりもギター・サウンド中心に組み立てるようになったのは、スタジオ作でいえば1974年リリースの『ゲット・アップ・ウィズ・イット』が初にして引退前ラスト。つまりこの二枚組だけ。

 

もちろんライヴ・アルバムならレジー・ルーカス+ピート・コージーのツイン・ギターで鍵盤なし(ボスのオルガンを除く)というものはたくさんあります。たくさんっていうか、『ダーク・メイガス』(1974年録音、77年発売)、『アガルタ』『パンゲア』(1975年録音、後者は76年発売)と、二枚組三つだけですけれども。あの時代はバンドに専門の鍵盤奏者がいませんでしたからね。

 

スタジオ作でなら、『ゲット・アップ・ウィズ・イット』の前に、例外的に(っていうのはバンドに鍵盤奏者が常時いた時代だったから)1971年リリースの『ジャック・ジョンスン』だけがマクラフリン弾きまくり中心のブラック・ロックで、いちおうハービー・ハンコックも電気オルガンで参加はしていますが、このアルバムだけはギター・アルバムですね。『ゲット・アップ・ウィズ・イット』でもマイルズの弾くオルガンがたくさん聴こえるんで、それすらなく、ギターで組み立てた『ジャック・ジョンスン』はあくまで例外ですけれども、でも超カッコイイ!

 

ほかにも、鍵盤楽器多数参加の『オン・ザ・コーナー』(1972)で聴こえるデイヴ・クリーマーや、1974年のドミニク・ゴーモンなど、ギターリストを使ってはいるマイルズですが、個々のスタジオ・セッションで臨時的に起用しただけで、ギターリストを使って音楽の新しい方向性を切り拓こうとしたとは言えなさそうです。

 

それでも、音楽の方向性を左右したとか決定権を握っていたのでないにせよ、サウンド・カラーリングのスパイスとして、1969年以後のマイルズはギターリストを頻繁に使っていたことは間違いなく、それがあの時代のマイルズ・ミュージックの一種の特色でもあったわけですから、健太さんのおっしゃることには納得できる部分もあります。73〜75年のマイルズはギター・ミュージックでしたね。

 

本当は1970年ごろからジョン・マクラフリンをバンド・レギュラーとして使いたかったのかもしれませんが、マクラフリン側の事情で実現しなかっただけかもしれず(ライフタイムを結成したから?)、また同時期にカルロス・サンタナに声をかけておそれ多いと断られたりもしています。

 

(written 2020.9.20)

 

2020/09/21

野茂英雄というピッチャーそのものが最高にロックンロールだった

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(6 min read)

 

というセリフをこないだネットで見かけて、だいぶ前にも同じようなことを書きましたが、こういった言説にはもう心底ウンザリなんですね。ロック、ロックンロールとはなんなのか?音楽のことじゃないのか?ロックとは生きかたのことなんでしょうか?う〜ん…。民謡クルセイダーズのやる「会津磐梯山」について、「朝寝、朝酒、朝湯が大好きで身上潰すんですよ!めっちゃRockですよ!!」っていうツイートも見かけましたよ。

 

こういったことが言われるのはロックだけだと思うんですね。破天荒な、型破りな、生きかたをして、それがジャズだった、シャアビだった、演歌だった、なんてだれも言わないですからね。破滅的だったり挑戦的だったりする生きかたがロックになるんだったら、チャーリー・パーカーこそ最高のロックでしょう。チャーリー・パーカーはロックンロールだったとか、言ってみたらどうなんでしょうか。

 

考えかたというかロックということばのとらえかたが根本的に違っているということなんですけど、ぼくにとってロックとは完璧100%音楽のジャンル名でしかありません。生きかたのことじゃないです。ふつうはみんなそう考えているんじゃないかと思っていたのに、最近は野茂英雄と「会津磐梯山」について立て続けに上記のような発言を見て、ちょっと気分が萎え気味というか、ひょっとしてぼくのほうが少数派だったりおかしかったりするのかと疑ったりしはじめました。

 

ロックとは音楽名なのか、それともはたしてロックとは(音楽とは関係ない部分での)生きかたのことなのか、もうわかりません。だってみんな(じゃないとは思うんだけど)が生きかた、イヤな言いかたをすれば生きざまがロックだったとか言うんですもんねえ。そのばあいのロック(な生きざま)とは、たぶんチャーリー・パーカーみたいなセックスとドラッグと酒とタバコにまみれたムチャクチャな人生のことなんでしょうね、たぶん。

 

でもって、ロックが生きかたのことを指すことばだとして、そういうイメージはいままでにみんなが見てきたロック・シンガーやギターリストの人生から類推して言っているんですよね、おそらく。でも、音楽としてのロックとはなんらの新冒険やアンチテーゼ、アンチ体制的、革新的なものじゃないんですよね。ロック・ミュージックはアメリカン・ポピュラー・ミュージックの王道、保守本道からそのまま流れ出たものなんですよね。

 

このことを詳細に論じはじめるとこりゃまたたいへんなことになってしまいますのできょうはやりませんが、ロックは(直接的には)黒人リズム&ブルーズや白人カントリー・ミュージックなど種々の要素が流入合体して誕生したものです。カントリーなんかアメリカ白人保守層の愛好する音楽だし、黒人リズム&ブルーズは、ルーツが1940年代のジャンプ・ミュージックで、ジャンプとは黒人スウィング・ジャズのことにほかならないんですからね。

 

スウィング・ジャズは、アメリカの大衆音楽の王道中の王道を歩んだ保守音楽なんですから。それが(関係はやや遠いとはいえ)ロックのルーツなんですからね。カウンターだアンチだということをもし言うのであれば、1920年代くらいまでのジャズだってカウンター・ミュージック、不良の音楽だったんですよ。徐々に世間に受け入れられ、1935年くらいからのビッグ・バンド・スウィング・ジャズは完璧にアメリカのお茶の間の健全な音楽になりましたけどね。

 

日本でも、かつてロックは、エレキ(・ギター)は、不良であると、そう言われたりみなされた時代がありましたよね。しかし時代を経て、いまやそんなことを言う中高年、親、教師もいなくなったではありませんか。日本のお茶の間でテレビの歌番組を家族で聴いていて、そこにどんだけのロック(要素)があるか。もはや生活に欠かせない音楽に、つまり主流の、すなわちある意味保守の、大人の、音楽になっているんですよね、ロックは。

 

そういうことじゃない、ロックとは若者の青春衝動みたいなものの象徴なんである、ということかもしれませんが、もしそれを言うのであれば、どんな音楽だって夢中になって必死で取り組んでいる人間にとっては爆発であり反骨であり青春衝動なんですよね。音楽活動というものじたいがそういったパワーを内在していることはたしかなことなんで、それがたまたま「ロック」ということばの衣をまとうことが多いというか、ロックだと言えばなんだかカッコよく思える、っていうことなんでしょうか。

 

そういった用語として「ロック」を持ってくる、それでカッコよく決めたと思うのは、昭和の発想じゃないかと、ぼくなんかはそう思うんですけどねえ。

 

(written 2020.8.7)

 

2020/09/20

モダンでポップなターキッシュ・フォークロア 〜 アイフェール・ヴァルダール

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(4 min read)

 

Ayfer Vardar / Sır

https://open.spotify.com/album/7DnEkOJ6yDv2u4ACzub3Zo?si=-SR3wT5yTxOODDQ8JZcsUA

 

アイフェール・ヴァルダールという読みでいいでしょうか、Ayfer Vardar。トルコの歌手です。そのアルバム『Sır』(2019)をエル・スールのホーム・ページで見て、それまでちっとも知らなかったひとですけど、歌手名とジャケットの雰囲気になんだかピンとくるものがあって、Spotify検索してみたらすんなり見つかったので、聴いてみました。

 

カラン・レーベルが出しているハルク(民謡)・アルバムということで、さすが内容はしっかりしていますね。『Sır』、かなりいいと思います。最大の特色は、だれがつくったともわからない民謡ばかりとりあげつつ、かなりモダンでポップなアレンジを施してあるところ。それは伴奏の楽器編成にも端的に表れています。

 

アクースティック・ギターやピアノなどが中心で、ドラム・セット+パーカッションの組み合わせがダイナミックなリズムを刻んだりする曲もあります。さらにストリング・アンサンブルが起用されていて、曲によってはかなりダイナミックなオーケストレイションを聴かせるものだってあり。エレクトロニクスもちょっぴり活用されているようです。

 

特にいちばん活躍しているのはスティール弦のアクースティック・ギターでしょうか。カランという会社はわりとこういうのが得意だという面があって、ハルクだけでなくオスマン古典歌謡なんかでも現代的な楽器編成とモダンなアレンジで楽しく聴きやすく仕上げることがありますよね。このアイフェール・ヴァルダールのアルバムでも、なにも知らずに聴いたら民謡が素材とは到底思えないポップな聴きやすさを実現しているなと思います。

 

ちょっとアメリカン・フォークみたいだったり、ものによってはポップ/ロック・ミュージックっぽい曲調にアレンジしてあったりなどして、それでもサズ(はアイフェール自身かも)やウードなど伝統楽器もそこそこ使われているんですけど、モダンな楽器&アレンジとのブレンド具合が絶妙で、これ、アレンジャーやプロデューサーがだれだったのか、とても知りたい気分です。正規の音楽教育を受けたアイフェール自身かもしれないんですけれども。

 

彼女の歌声そのものも、ちょっぴりモダンというか、ハルク向きというだけじゃなく現代的なポップスでも似合いそうな資質を持っているんじゃないかと聴こえます。パワフルに声を張ったりしながらも、落ち着いておだやかに揺れるような、それでいてメランコリックで、かつ澄んだ声ですよね。澄んでいながらややくぐもったような、陰なフィーリングもあります。哀感をともなった切ないフィーリングでフレーズをまわす歌いかたがなんともすばらしいですね。

 

ハルク・アルバムですけれども、モダンでポップなフォークロア。そう呼んでいいと思います。伝統ものは伝統的スタイルでやったほうが好きだと思われる向きにはイマイチかもしれませんが、この歌手の過去の作品には伝統スタイルでやったものがあったりしますから、要検索。

 

(written 2020.8.6)

 

2020/09/19

なぜ傑出しているのか 〜 岩佐美咲「糸」

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(9 min read)

 

来る10月21日に、わさみんこと岩佐美咲の「右手と左手のブルース」特別盤二種が発売されますが、タイプAにもBにも中島みゆき「糸」のカヴァーが収録されます。

 

「糸」といえば、わさみんは2017年に一度CD化していますよね。「鯖街道」特別記念盤(通常盤)に収録され、夏に発売されました。そのヴァージョンはいまや伝説ともなっている同年5月7日の新宿での弾き語りライヴで収録されたものです。

 

それ以前それ以後ともわさみんはいろんな機会で「糸」を歌ってきていて、ある意味得意レパートリーにしていると言ってもいいくらい。以下にリンクするわいるどさんのブログ記事にまとめられているので、ぜひご一読ください。

 

・特別盤のカップリング曲はどうなる?「糸」編
https://ameblo.jp/saku1125/entry-12625148671.html

 

CD収録されているので容易に聴くことのできる2017年5月の弾き語りヴァージョンの「糸」は、わさみん史上最高の一曲として、いまでも多くのファンの心をとらえ続け、泣かせ続けてきています。ぼくも非常に強い感銘を受け、以前一度記事にしたことがありました↓
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/09/post-99ed.html

 

熱心なわさ民(わさみんファン)のみなさんのあいだでも、この「糸」は評価が高くて、これ以上の「糸」は存在しない、カヴァーの多い曲だけどほかのどんな歌手のどんなヴァージョンとも比較にすらならない、わさみんひとりだけ<別の曲>を歌っているかのようだ、とまで言われています。

 

複数のわさ民さんからぼくも現場で直接、わさみんの「糸」はどうしてあんなに感動的なのでしょうか?と話しかけられたりすることがあったりなどします。今回、ふたたびCD発売されるということで(もちろん新録新ヴァージョンでしょう)、いまふたたび立ち止まってもう一回考えてみたいなと思い、きょう筆をとっている次第です。

 

参考になるのは、わいるどさんが上にリンクした記事のなかでご紹介くださっているわいるどさん作成のSpotifyプレイリスト『「糸」聴き比べ』です。これはほんとうに助かりました。感謝ですね〜。
https://open.spotify.com/playlist/4N2zAiMmHdvwFnDHDYwUJD?si=Zz1QoeMvS2OXmiPiMdY_gQ

 

中島みゆきのオリジナルやわさみんヴァージョンはSpotifyにないんですけど、一時間半以上にわたり、さまざまな歌手による「糸」のカヴァー・ヴァージョンが並べられています。これをぼくもじっくりと聴き、さらにYouTubeで見つかるほかのいくつかの「糸」も耳にしましたので、わさみんヴァージョンがなぜあんなにも傑出しているのか、思うところを記しておきますね。

 

結論からカンタンに言ってしまえば、わさみん2017年ヴァージョンの「糸」はある種の素人っぽさが功を奏しているんだと思います。ていねいなアレンジに凝ったり、(ふつうの意味でのいわゆる)うまい歌手がしっかり歌いまわしたりしないほうが、映える曲、伝わる曲だからということなんですね。

 

裏返せば、中島みゆきのこの「糸」、曲そのものがとても<強い>んですよね。引力というか聴き手をトリコにする魔力があまりにも強靭で、歌詞にしろメロディにしろ、そのままで世のどんなひとにだって感銘を与えうるパワフルな曲じゃないかと思えます。特にこの歌詞ですよ。

 

そんな強い曲、曲そのものがあまりにも魅力的で強靭すぎる曲は、アレンジの工夫や装飾的な歌いまわしなど意識的な歌唱を拒否してしまう部分があるだろうと思うんですね。そのままストレートに向けられるだけで泣いてしまいそうなくらいですから、カヴァーする歌手が解釈に工夫を凝らせば凝らすほど、曲そのものから遠ざかり、曲が本来持っている力を削いでしまいます。

 

わさみん2017年ライヴ・ヴァージョンの「糸」はアクースティック・ギター弾き語り。決してうまいとは言えないつたない感じの本人のギターではじまって、もう一名サポート・ギターリストがいますが、あくまで控えめ。アマチュアの域にあの時点ではあったといえるわさみんギターを引き立てる影に徹していますよね。オブリガートをつけるヴァイオリニストも同じ。

 

伴奏はたったこれだけ。サポート・ギターリストやヴァイオリニストのかたがたは熟達のプロでしょうけど、おぼつかないわさみんのギターよりも目立つことのないように、あくまで主役はわさみんなんだからということで、脇役から一歩も踏み出ていない伴奏です。

 

そんな演奏ができるということじたい、サポートのギターリストとヴァイオリニストのかたがたが徹底したプロである証拠なんですけれども、逆に言えば主役たるわさみんのギターとヴォーカルが、ストレートさが、それを引き出したという見方もできます。

 

歌いかただって、思い出してください、いつものわさみんスタイルを。歌の持つ本来のメロディを決してフェイクしたり崩して工夫したりすることはしません。そのままストレートに、スッと素直に歌いますよね。ナイーヴ、素直すぎるととらえる向きもおありでしょうが、2017年ヴァージョンの「糸」にかんしては、曲の持つ魅力、パワーをむきだしにしてそのまま伝えることに成功しているではありませんか。

 

ほかの<うまい>歌手たちによる「糸」は、曲そのものの魅力よりも、声や歌いまわしのパワーのほうが前に出てしまっているんですよね。アレンジで工夫しているものだと、聴いていてアレッ?とシラけてしまいますしね。名前は出しませんが演歌系の歌手なんかは(都はるみばりに)強くガナッたりしていて、曲が台無しになっています。

 

YouTubeにちょこちょこ上がっている、ホーム・ヴィデオ収録の、アマチュアのそこらへんのおっちゃんが結婚披露宴の余興で歌った素人くささ満点の「糸」のほうが、はるかにいい曲に聴こえるっていう、そんなおそろしい曲なんですよね、「糸」って。

 

ひとことにすれば、歌手の意識やうまさが前に出て目立ってしまってはいけない曲なんですね。それだと「糸」という曲のパワーが伝わりません。

 

曲がそもそも最初から持っている引力が強すぎる中島みゆきの「糸」という曲は、それをそのまま活かすように、伴奏アレンジでもヴォーカルでもなるべく工夫を施さず、そのままストレートにやったほうがいいんです。そのほうが「糸」という曲の繊細さが伝わりますね。

 

さて、10月21日に発売される新ヴァージョンであろうわさみんの「糸」は、どんな感じになっているんでしょうか。弾き語りではもうあれ以上のものはできえないというものを2017年に発売しましたから、今回は中島みゆきのオリジナル・ヴァージョンに則してストリングスなどオーケストラ伴奏もくわえたものになっているんでしょうか。そんな気がします。

 

いずれにしても、「糸」という曲とわさみんとは相性がかなりいいんだということは実証されていますから、瀟洒なオーケストラ伴奏がくわわっても、持ち味のストレート&ナイーヴ歌唱法で、もう一回ぼくらを感動させてくれる、あるいは神ヴァージョンとまで言われる2017年弾き語りの「糸」すら超えてくる可能性だってありますよね。

 

(※ Spotifyにはローカル・ストレージからファイルをインポートできますので、ぼくは自分のパソコンから中島みゆきのとわさみんのをSpotifyに入れて、わいるどさん作成の「糸」プレイリストに追加しています。完璧や。)

 

(written 2020.9.17)

 

2020/09/18

なごみのサンバ・アルバム 〜 ミンゴ・シルヴァ

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(3 min read)

 

Mingo Silva / Arte do Povo

https://open.spotify.com/album/3ZBp3DlqwAYYRoOPWg4YpG?si=7TCxYJCiRzGTKVUzWLbOgg

 

bunboniさんに教わりました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-06-12

 

モアシール・ルス率いるサンバ・ド・トラバリャドールの歌い手、ミンゴ・シルヴァ(Mingo Silva)によるデビュー作を聴きました。『Arte do Povo』(2020)。デビューといっても50歳で、キャリアはすでに十分ですね。歌っている曲はたぶんすべてミンゴの自作だと思います。それをコクのある味わいの溌溂としたアンサンブルに乗せて余裕を持った歌いまわしでこなすミンゴ。文句なしのサンバ・アルバムですね。

 

収録曲は圧倒的に明るい陽のサンバが多く、哀影のあるサウダージは二曲か三曲しかありません。個人的にはどっちかというとサウダージに惹かれるタイプなんで、だからこのアルバムでもたとえば3曲目なんかが出た瞬間に、うんいいね!と思ってしまうんですけど、やや例外的な嗜好かもしれないですね。またその3曲目でもサビ部分は明るい調子にパッと移行します。

 

ミンゴの書く曲は聴きやすく親しみやすいメロディを持っていて、ポップなセンスもあります。歌手としてのみならずサンバのソングライターとして、もちろんいままでにキャリアを積んできたひとみたいですけど、なかなかいい曲を書きますよね。伴奏も歌も映えます。曲がいいというのはゲスト・シンガーがこのアルバムには複数いるんですけど、それを聴いてもわかりますね。

 

またどの曲でもミンゴの声はディープでありかつ甘さもあって、そんでもって曲の資質同様たいへんに聴きやすいというのが大きな特徴じゃないでしょうか。アレグリア(明るい陽)のサンバを歌うときの表情なんか、聴いていて思わずなごんでしまう、こっちも微笑みを浮かべてしまうような、そんなフィーリングがあるんですね。曲のよさと声のよさが一体になっているなと感じます。

 

ゲスト参加のなかでは7曲目のゼカ・パゴジーニョの存在感がきわだっているんじゃないでしょうか。特にここがこうというような大きな特徴や目立つ点はないけれど、なじみやすい極上のトラディショナルなサンバ・アルバムですね。

 

(written 2020.8.5)

 

2020/09/17

『夜のヒットスタジオ』時代の思い出

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(7 min read)

 

きのうピンク・レディーのことを書きましたが、このコンビもそうだし、山口百恵でも沢田研二でもだれでも、ぼくが10代のころに親しんでいた歌謡曲歌手のほとんど全員は、フジテレビ系の歌謡番組『夜のヒットスタジオ』で見聴きして知っていたものでした。

 

ウィキペディアの記述によれば、『夜のヒットスタジオ』は1968年から1990年まで放送されていたそうですけど、ぼくが見ていたのは中高大学生時代のことですから、70年代中盤〜80年代初頭までのことです。毎週月曜夜10時。

 

歴代司会者でいえば、芳村真理&井上順時代のことしか記憶になくて、実際その期間こそぼくにとっての『夜のヒットスタジオ』時代でしたね。見はじめたのがいつごろどういうきっかけでだったかは忘れましたが、見なくなったのは実家を離れて上京して、テレビのない部屋に住みはじめたからです。ジャズ狂になっていたので、音楽の趣味が変わったからということもありますが。

 

『夜のヒットスタジオ』は生放送。そしていまの音楽番組ではありえないことですが、番組専属のオーケストラがありました。ぼくがこの番組に夢中だった時代はダン池田とニューブリードで、それにくわえストリングス・セクション(東京放送管弦楽団から)が参加していました。これがどの歌手の伴奏もぜんぶやったんです。番組専属の生バンドがいるっていうのは、あの時代はあたりまえだったんですよ。いまではNHKの『紅白歌合戦』だけですかね、そういうのは。

 

もっともある時期以後は『夜のヒットスタジオ』でも、いわゆるフォーク、ニューミュージック、ロック系の音楽家を出演させることも増え、そういうひとたちは当時テレビに出たがらなかったのですが、『夜のヒットスタジオ』には出るときもあって、そういうときは番組のオケじゃなくて、歌手のバンドがそのまま務めるということがありましたね。

 

ぼくの記憶にいちばん焼き付いているのは沢田研二のバックだった井上堯之バンドで、でもジュリーもしばらくのあいだは番組のダン池田とニューブリードで歌っていたような気がするんですが、いつごろからかなあ、井上堯之バンドを引き連れて出演するようになりましたね。あるいは最初から?

 

ジュリーは歌詞が飛びやすい(忘れやすい)歌手としてもよく憶えていて、『夜のヒットスタジオ』は生放送ですからね、歌詞が飛ぶとどうにもならないんですよねえ。ただ呆然として立ち尽くすジュリーが映っているのみなんです。じっと伴奏だけが流れるなか、脇から司会の井上順が歩み寄ってジュリーの背中をポンポンとリズムに合わせて叩いてみたり。いまなら放送事故ですよねえ。

 

生放送ということは、予定されていたのに放送時間に出演しそこねる、つまり間に合わないといったこともあったんです。この件でいちばんよく憶えているのはピンク・レディー。このコンビの絶頂期はそ〜りゃも〜う超多忙で、なんでも睡眠時間が毎日ほとんどないっていうような状態がずっと続いていたそうですからね。

 

だからスケジュールがびっしりで、出演依頼があまりにも舞い込み受けすぎてダブル・ブッキングに近いことも日常茶飯だったみたいです。そんなありえないほど忙しすぎるピンク・レディーだったから、『夜のヒットスタジオ』の放送時間に間に合わないっていうことがなんどかあったんです。

 

そんなときこの番組はそこにいる歌手のだれかにピンチ・ヒッターとして代役になってもらい、歌ってもらうということがあったんですね。どうです、こんなこと、いまでは絶対に考えられないですよねえ。見ている側のぼくらとしては、代役歌手がちょっと動揺しながら緊張感満点でピンク・レディーを歌ったりするのも、ちょっとした楽しみでしたよ。

 

代役が歌うといえばですね、『夜のヒットスタジオ』の幕開けには「オープニング・メドレー」というのがあってですね、司会者から最初に紹介された歌手が「他歌手の持ち歌」のワン・フレーズを歌い、次に「その歌われた歌の持ち主」にマイクを手渡しその歌手が「他歌手(その歌手の次に歌う歌手)の持ち歌」を歌うといったメドレーでした。

 

バトン・リレーのように他人の歌をワン・フレーズずつメドレー形式で歌っていき、最後はトリの歌手が「トリ前の歌手が歌った自分の歌」のサビを歌い、集まった出演者とともにフィニッシュとなるというもので、この番組オープニングがほんとうに楽しかったですね。

 

『夜のヒットスタジオ』は番組内でさまざまな(歌とは無関係な)企画もやっていて、記憶しているかぎりでは「歌謡ドラマ」とか「コンピューター恋人選び」とか「ラッキーテレフォンプレゼント」とか、いくつもあったように思いますが、そのへんは個人的にあまりちゃんと見ていなかったですね。

 

あくまで歌番組として、いろんな歌手の最新ヒット曲を、時代の流行歌を、聴けるのがぼくにとっての最大の魅力だったんです。やっぱり出演しない歌手も、一部の「アーティスト」系のひとたちのなかにいたんじゃないかと思いますが、かなりたくさんの、つまりヒット・チャートをにぎわせているような歌手はだいたいぜんぶ『夜のヒットスタジオ』で聴けたんじゃないかと思います。

 

そんなことが、当時はもちろんわかっていなかったし、その後はずっとそんな歌謡曲の世界を何十年間も否定するような気分が続いていたんですけど、いまとなっては岩佐美咲や原田知世なんかが好きになってみると、彼女たちがどんどんカヴァーする往年の歌謡ヒットをなにもかも憶えているというのが、10代のころのこんな『夜のヒットスタジオ』体験のおかげだったなと、いまではわかるようになりました。

 

(written 2020.9.15)

 

2020/09/16

思春期をピンク・レディーとともに過ごした

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(11 min read)

 

https://open.spotify.com/album/5Ng95KIiBpeNl4uBOK5Zju?si=J1y36LzVTDqMkjqS-EphLA

 

つい昨日(9/11)気づいたばかりなんですが、いつの間にかピンク・レディーが全曲ストリーミングで聴けるようになっていますねえ。いつから?ちょっと調べてみたら昨年の冬あたりに解禁になっていたようです。知らなかった…。大きく告知してくれたらよかったのに。

 

でもそれがなかった(気づかなかっただけ?)のは、もういまやピンク・レディーがどうこうっていうような時代じゃないんだということでしょうね。ぼくらの世代がちょうど中高生のころの最大のアイドルがピンク・レディーにほかならず、そう、沢田研二も山口百恵もキャンディーズもいたけれど、ぼくにとってはピンク・レディーでしたねえ。レコード売り上げ数からいっても断然No.1でしたし、露出度からいってもねえ。

 

だから思春期をピンク・レディーとともに過ごしたと言ってよく、ほ〜んとあのころ、テレビの歌謡番組にどんどん出まくっては歌い踊る二人の姿に夢中になっていたものでした。かわいくて、あのころのぼくにとってはちょっと年上のきれいなお姉さんたちで、セクシーさも感じていたから、思春期のある種の目覚めをミーちゃんとケイちゃんに見出していたような気がします。

 

いまSpotifyで見ますと、ピンク・レディーは当時わりとアルバムもリリースしていたんですね。ライヴ・アルバムだって三つもあるみたい。このへんは山口百恵にしろだれにしろ、いまの現役アイドルでもたぶん同じなんですけど、どんどん発売されテレビの歌番組で披露されるシングルA面曲(表題曲)のことしか、ぼくも頭になかったですね。45回転のドーナツ盤は買っていましたが、アルバムがあると意識すらしたことなく。

 

逆に言えば、ピンク・レディーのシングルA面曲はぜんぶいまでも鮮明に憶えていますし、歌えます。踊りはもう忘れたかも。このコンビの活動期は(解散後の復活には興味なかったので除くと)「ペッパー警部」(1976/8)から「OH!」(1981/3)まで。でもその解散前近くのことはもうあまり記憶になくて、ぼくが夢中だったのは78年12月の「カメレオン・アーミー」まででしたね。

 

実際ピンク・レディーの人気もそのへんを境にガクンと落ちるようになり(「カメレオン・アーミー」が最後のオリコン・チャート1位でした)、世間ではアイドルが人気を保てるのは二年か三年だけと言われていますけど、このコンビも例外ではなかったということです。でも絶頂期の人気はそりゃ〜あもう!ものすごいものだったんですよ。ピンク・レディー現象とまで言われました。

 

個人的にはデビュー曲だった「ペッパー警部」が大きな衝撃で、当時ぼくは14歳。だから中学生でした。いきなりテレビの歌番組に見知らぬ女性二人組が登場し、曲題が「ペッパー警部」と画面にテロップで出たときは、なんじゃそりゃ?!と驚きました。警部もヘンだと思ったけど、ペッパーがなんのことやらわかりませんでしたからねえ。

 

いまであればペッパー警部→サージェント・ペパーと連想が働きますから(サージェントは軍曹だけど)、あぁビートルズなんだと、作詞の阿久悠は完璧その世代ですからね、ちょっとはわかるんですけど、当時はただただ不思議で。もっとびっくりしたのはテレビ画面で歌いながら踊るミーとケイのちょっと大胆な振り付けです。こんな格好していいのか?って子ども心に思ったもんです。

 

その数年前から山本リンダの「どうにもとまらない」とか「狙いうち」とかに釘付けだったわけでしたから、ピンク・レディーの「ペッパー警部」なんかどうってことないだろうと、いまではそう感じます。でも当時はですね、リンダのころぼくはまだ10歳くらいで、ただただおもしろいと思って真似していただけで、要するにまだ「目覚めて」いなかったんですよ。

 

ピンク・レディーがデビューしたときぼくは14歳になっていましたから、見聴きする側のこっちが思春期に入っていたから、だからテレビで見ているだけでちょっと恥ずかしいと、リンダのほうがもっといやらしく激しかったのにあのころはワケわかっていませんでしたからねえ。

 

そう、だから上でも触れましたが思春期のある種の目覚めをピンク・レディーに刺激されて、それでちょっと恥ずかしいでもテレビ画面から目を離すことができないっていう、そんなアンビヴァレンスのジュブナイルをぼくは過ごしました。ぼくにとっての思春期=ピンク・レディーを見聴きする体験でした。

 

第二弾シングル「S・O・S」(1976/11)、第三弾「カルメン ’77」(77/3)と、徐々にぼくのちょっとした恥ずかしさとともにあったある種の抵抗感も薄れ、ひたすら楽しくテレビの歌番組でピンク・レディーを見聴きするようになっていったんですね。

 

ところで「S・O・S」って、いま聴くと楽曲としてかなり完成度が高いっていうか、いい曲ですよねえ。ピンク・レディーのばあい、あくまでああいった振り付けあってこそ、踊りながら歌うのであってこそ、意味がある楽しさがあるという存在だったんで、レコードやCDや配信で曲だけ聴いてもなぁ…とずっと感じていましたが、今回Spotifyで聴きなおし、なかなかどうして楽しいぞとみなおしました。

 

阿久悠(作詞)&都倉俊一(作編曲)の曲づくりもどんどん深化していって、四枚目のシングル「渚のシンドバッド」(1977/6)のころにはだれも及ばない高いレベルの歌謡曲を産み出すことに成功していました。この曲はこのコンビが歌ったなかの最高傑作じゃないですか。ピンク・レディーに書いた阿久悠の詞はかなり不思議というか、「渚のシンドバッド」にしたって曲題そのものが妙でしょう、渚にシンドバッドがいるんですよ。

 

でもそのへんの歌詞の不可思議さ、すっとんきょうなミョウチクリンさ、必ずしも男女の恋愛をテーマにしたものではなかったりした新鮮な題材、「UFO」(1977/12)のように宇宙人に恋をする設定とか、「サウスポー」(78/3)のような<時代>を反映したタイムリーさ、などなど、だれも追いつけない世界を実現していました。「サウスポー」に出てくるバッターは王貞治のことであると全員がわかっていましたけれども、歌詞にしちゃっていいのかよとか、思っていましたよね。

 

そのあたりの、ちょっと、いや、かなりヘンな阿久悠の歌詞がちょうど思春期のぼくを強くくすぐり刺激したのは間違いありません。都倉俊一の書くメロディとアレンジにしたって、いま聴けば、あぁここはブギ・ウギ・ベースのロックンロールだ、これはディスコ・ポップスだなとか解析できますが、10代のころのぼくの耳にはひたすら新鮮でカッコいいサウンドだったんですから。

 

阿久と都倉の歌詞と曲に分割整理して語っていますけど、当時はもちろん両者合体で一体化した魅惑として、土居甫のつけた振り付けとあいまって、ちょっぴりエキゾティックで(見慣れないという意味で)ありかつ一種のキワモノ的な快感もあって、非常に強く当時の子どもたちにアピールしてきていたんですよ。そう、ピンク・レディー人気は子どもが支えていました。1978年のオリコン調査によれば、このコンビの支持層は3〜12歳が42.5%だったそうです。女性アイドルなのに女性ファンのほうが多かったのも特徴です。

 

とにかくレコードが売れに売れて(売れる=正義という世界)、「渚のシンドバッド」で初のミリオン・セラーを記録して以来100万枚突破が常態化し、テレビ番組に出まくってはあんな感じで踊り歌って、しかしピンク・レディーは健全で明るくポップな感じだったのでお茶の間にも違和感なく受け入れられて、当時このコンビを知らない日本人はいなかったのでは?と思うほどでしたねえ。

 

流行歌はあくまで<時代の>ものでしかないんで、過ぎてしまえば忘れられる運命。いまやピンク・レディーの一連のメガ・ヒット・ナンバーも懐メロとなってしまったかもしれません。大学生のころからぼくはジャズにハマるようになると同時に日本のヒット歌謡の世界からは遠ざかり、意識して蔑視してしまっていたような気がします。

 

長い時間が経過して、2017年の初春ごろからわさみんこと岩佐美咲のことが好きになり、するとわさみんは(ファン層がオジサン中心だからでしょうけど)コンサートで往年のヒット曲、つまりピンク・レディーなんかをよく歌うし、DVDにも収録されているんですね。ぼくの記憶しているかぎりでは、わさみんはいままでに二曲、2018年のソロ・コンサートで「UFO」と「ペッパー警部」を歌いました。これからもまた聴きたいな〜。

 

(written 2020.9.14)

 

2020/09/15

ブリュッセルの多様なグナーワ 〜 ジョラ

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(5 min read)

 

Jola - Hidden Gnawa Music in Brussels

https://open.spotify.com/album/28cFTIMyW0hovbkWDbQuN7?si=N0D7v1iiQ-yY-iF_Y1r6Cw

 

ベルギーのブリュッセルはヨーロッパにおけるグナーワの中心地になっているらしく、モロッコから現在40名ほどのグナーワ音楽家が移住しているんだそうです。ジョラ(Jola)は、そんなブリュッセルで活動するグナーワ・グループのひとつなんでしょうか、その2020年発売作『Jola - Hidden Gnawa Music in Brussels』を聴きました。なかなかディープでいいですよ。ブリュッセルのグナーワ集団を録音した世界初のアルバムだとのこと。

 

グナーワ・ミュージックというと、ゲンブリ(三弦のベース的なもの)、カルカベ(鉄製カスタネット)、手拍子、(男声)ヴォーカルのコール&レスポンス、で構成されるのが標準的なフォーマットだという考えがあると思うんですが、このアルバム『ヒッドゥン・グナーワ・ミュージック』では、たしかにそういったものが中心になっているとはいえ、必ずしもそれに沿っていないものだってたくさん収録されています。

 

モロッコのであれ、グナーワの多様な姿のうちぼくが知っているものはCDなどで聴いてきたごく一部なので、実際にはいろんなものがあるんだろうと想像はできますね。たとえばこのアルバム1曲目の楽器伴奏はゲンブリ一台のみ。それと手拍子とヴォーカルだけで構成されています。それがしかしけっこうコクと深みのある味わいで、なかなかいいんですね。

 

2曲目は、手拍子のエフェクトも入るとはいえ、ほぼゲンブリ一台の独奏です。ゲンブリ独奏というのはぼくはモロッコのグナーワで聴いたことがなかったんじゃないかと思いますね。このアルバムでもインタールード的な短い演奏で、アルバムのちょっとしたアクセントになっているだけですけれども。本場モロッコのグナーワにもゲンブリ独奏があるのかもしれません。

 

もっと変わり種は3曲目。これは太鼓アンサンブルだけの演奏なんですね。トゥバールという両面太鼓を使っているそうで、太鼓だけのアンサンブルがグナーワ・ミュージックのなかにあるとは、ぼくは無知にしてぜんぜん知らず、かなり意外な感じがしました。上でも触れましたが、実際にはグナーワのなかにもさまざまな演奏があるのかもしれないですね。きっとそうでしょう。

 

4曲目も、これはカルカベ・アンサンブルだけの伴奏に乗せてヴォーカリストが歌うといったもので、ホントこのアルバムにはいろんなスタイルのグナーワがあって、たぶん日本のぼくなど現場外の人間にはあまり知られていないというだけのことなんでしょうけどね。

 

またこれもちょっとめずらしいのかもと思ったのは10曲目。ここでは女声がメイン・ヴォーカルなんですね。ゲンブリ+カルカベ+手拍子といった伴奏編成は標準的ですが、女声がリードをとって男声コーラスがレスポンスするグナーワというのはぼくは聴いたことなかったです。この女声はちょっと西アフリカ〜トゥアレグ的なフィーリングを持っていますね。そんな発声です。

 

と、ここまでは、このアルバムで聴けるぼく個人はいままで知らなかったスタイルのグナーワ・ミュージックのことを書いてきましたが、これら以外はきわめてスタンダードなスタイルで演唱しているものばかりです。特にいいな、アルバムのクライマックスかなと思えるのは中盤6〜8曲目あたりですが、ディープさ、コクのあるエグ味などにおいてモロッコのルーツ・グナーワになんら劣るものではなく、決して外部向けに観光商品化したものでもないし、ナマの、現場の、そのままのグナーワの姿を、ブリュッセルにおいてとらえたものだと言えましょう。

 

(written 2020.8.4)

 

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