カテゴリー「自分語り」の66件の記事

2022/09/11

泣いた六月(第二腰椎圧迫骨折で)

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写真にある上から二番目の台形にひしゃげたやつが圧迫骨折した第二腰椎。こうなったのは2022年6月1日夕方の交通事故で四輪自動車にはねられたから。交通量が多く信号のない交差点でのまったくの出会い頭で、原付バイクのぼくもあまり注意せずうっかり進もうとしてしまいました。

 

それが本日9月9日の整形外科診察で、ようやくもうだいじょうぶだということになり、個人的な実感としても痛みとかほぼなにもなくなっていて、事故以前と同じように動けるようになってきているというのが間違いなく、鎮痛剤もコルセットも必要なくなったこのあたりで、泣いた六月来のことを個人メモとして記しておきたいと思います。

 

受傷直後〜二週間程度はほんとうにつらくて、毎日泣き暮らしていました。腰椎の骨折ってこんなにも痛いものなのか、腎臓結石が人類最大の痛みっていうけれどそれ以上じゃないのか?とビックリしましたが、なにしろ初体験でしたからね。60年の人生で感じた最大の痛みだったとして過言ではありません。

 

困ったのは、なにしてもどう動いてもめっちゃ痛いこと。鈍い痛みではなく、鋭利なもので思い切り突き刺すような鋭く激しい痛みが、腰というより体のその前側、股間のあたりにあって、もうなんにもできないじゃないかというつらさがありました。一人暮らしで、ヘルプに来てくださるかたもいないので、すべて自分でやらなくちゃいけないのにこりゃムリだろうっていう痛み。

 

でも食料品は買いにいってごはんをつくらないといけないし、糖尿病や心療内科のクリニックにも行かなくちゃ。お洗濯もするし、歯を磨いて顔洗って、夜は(湯船は救急で運ばれた松山市民病院の医師におぼれるからと当面禁止を告げられた)シャワーくらい浴びたいし、だけどそんな一日のもろもろすべてに強い痛みが常時ともなうわけです。トイレで排便後に拭くのだって痛かったし、そもそも排便じたいが痛い。

 

とにかくですね、すわることも起きることもできないんですから、動作時に痛すぎて。苦労していったんすわったらもう起きられないし、立ち上がったら二度とすわれない。だから同一姿勢保持。朝、目が覚めてもベッドから出るのにゆっくりゆっくり五分くらいかかっちゃうんです。パンツ一枚脱ぎ着するのに苦労する始末。

 

セレコキシブという鎮痛剤が処方されていましたが、当初は飲めども効いたという実感がゼロで、そのあいだはホントしんどかった。6月5日夜の服用後にようやく「あっ、なんかちょっと痛みが軽いぞ」となって、その後はセレコキシブを飲めば作用時間中はなんとか部屋のなかで(痛いながらも)動くことが可能となりました。

 

受傷翌日に行った地元の整形外科で、専用にあつらえたカスタム・コルセットを作りましょうとなり、業者に来ていただいて採寸し作りました。しかしこれ、プラスティックでできた硬質コルセットなんですね。いちばん暑くなる時期にさすがにしんどかったですが。

 

でも腰椎骨折はコルセットで固めておかないと、油断して骨が曲がってくっつくと神経に触り下半身がしびれたりしてとてもヤバいからっていうんで、じっとり汗をかきながらのコルセット着用でした、七月・八月は。外すのはトイレとお風呂のみ。

 

整形外科医の言う「骨癒合までの目安は三ヶ月」ということばを信じて、はじめは三ヶ月もこのままが続くのか…とうんざり気分でしたが、それでもなんとか。ちょうど梅雨明け宣言が四国地方にも出た6月28日に、ぱっと劇的に痛みが軽くなったという感触があって、気温や湿度も関係あるんですかね。

 

その後しかし動きが蓄積すると強く痛みはじめるのでなるべく部屋のなかでおとなしく(以前のようなウォーキングはできない)して、骨が折れてなくてもだいたいがふだんからじっとすわって音楽聴きながら文章書いているだけの人間ですからぁ、生活そのものに特に変化はなく、ただただこの痛みと動きの不自由さだけはやく解決してほしかった。

 

三ヶ月との医師の診たてどおり八月末か九月頭ごろに、あれっもうこれ鎮痛剤飲んでも飲まなくても同じだ、痛まないじゃないか、どんどん動きがたまっても腰がダル重くなる感覚も弱くなってきているし、コルセット外して動いたって着用時と同じだぞっていうふうになってきて、もはやいいんじゃないかと思うようになってきましたね。

 

それで自己判断でコルセット外している時間帯を増やし、鎮痛剤(は6/1からず〜っと一日二回欠かさず飲んでいたわけですが、三ヶ月間)も飲んだり飲まなかったりになって、だから骨折はこれといった治療もべつになくて放っておくしかない怪我なんで、日にち薬ともいうように、もうだいじょうぶになったと思いますね、やった。

 

(written 2022.9.9)

2022/09/07

60代になってできるようになったこと

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・ひとそれぞれの人生があって、感じかた、考えかた、行動などみんな違う。だからあれこれ言わず、ほっとこう

・だれにも近づかない、距離を常に保つ

・それでも言いたいことはちゃんと言う(自分の場で)

・熱心で懸命なのをバカにしたり笑ったりしない

・長い目でみればだいたいの違和感は一時的なものにすぎず、しばらく経てばふだんどおりの日常にもどる

・感情の起伏が平坦になって、落ち着いてきた。あれこれ動じない

・願望はだいたい叶わない

・理解してほしい認めてほしい見てほしいというのは放棄した

・どう思われても、なにを言われても、気にしない

・自分の都合を優先する

・苦労も努力も我慢もしない

・好きなこと、やりたいことだけをやる

・それものんびりゆっくりやる

・楽しく静かに生きていたい

・急くのがきらい、余裕をもって行動する

・うまくいかないときは、ちょっとあいだをおく

・イヤなこと、つらいことからはできるだけ逃げる、忘れる

・こだわらない執着しない、あっさりあきらめる、こっちがダメならあっちがあるさ

・まぁそんな日もあるよねっていう考えをいつも持っておく

・生きてりゃいろいろとつらいこともあるさ

・幸せ不幸せあわせて人生だ

・気にやむだけならムダなので、さっさと寝よう

・お金の心配はしなくていい

・なんだかんだで人生なんとかなる、だいじょうぶ

・音楽と結婚した

・貧乏人だけど、どんなときも気高さを失わないように

 

(written 2022.9.4 〜 9.5)

2022/08/05

100%独力で書くのはしんどいこともある

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つまり、音楽について書くとき、なにか参照できるテキストとか情報源があるときはほぼ常にそれを踏み台というか下敷きにしながらぼくは毎日のブログ用テキストを書いているわけです。その手のものがなにかちょっとはあることが多いし。

 

でもそういう参照源がほんとうにまったくないというケースもあって。ネットでどう検索してもいっさいなにも出てこないっていうことがですね、ときたまあります。がっかりなんですけど、というよりそれが当然だと思える歌手もいますね。

 

その代表格がぼくにとっての岩佐美咲と原田知世。その他こうした演歌、歌謡曲、J-POPなどのばあいは、ていねいでつきつめた音楽的考察の対象にならないという認識なのか、さがしてもなにも出てこないということばかりで。おもしろいと感じたり感動したので書きとめておこうとしたときに、よすがもないんです。

 

いっぽうかなりたくさんのテキストがあるけれどほぼなにも見ないで書いてきたのはマイルズ・デイヴィスとプリンス。この両名にかんしては、しかしいままで長年山ほど読んできた蓄積が血肉となって染み込んでいるので、特にあらためて読みなおさなくてもおっけ〜みたいなことなんでしょう。音源を聴きかえせば自然に出てくるっていうか。

 

もちろんパーソネルとか録音年月日とか、その他レコーディング・データにかんすること、ディスコグラフィカルに細かなことは憶えていられないので、逐一検索してそれを見ながら書いてはいるんですけども。そういえば原田知世と岩佐美咲のディスコグラフィって、ないなあ。だれかつくって!

 

ってことはブログのカテゴリー分類でわざわざ分けてある四人がそうだということで、ぼくにとってスペシャルな存在だから分けてあるんですが、それらについてはどれも独力で書いてきたというわけです。マイルズとプリンスはともかく、美咲と知世は最初2017年に書きはじめたころきわめて心細かったですよ。

 

溺れながら藁にもすがりたい気分であれこれさがしましたが(考察みたいなものは)なにもなく、あきらめてその歌、音楽を徹底的に聴き込むことに集中しました。「読書百遍意おのずから通ず」という古いことばがありますが、まさにこれ。といっても美咲や知世はそんな難解な書物みたいなものじゃなくその逆で、とってもとっつきやすい歌手なんです。

 

でも観察しやすい歌手ほど文章化する際のとっかかりがなく、なめらかにスムースで、どこからどう斬り込んでいいのかわからないと思ったりします。ぼくはそう。歯ごたえのある音楽家のほうが書きやすい。でも裏返せばそうした丸さ柔らかさこそ美咲や知世の魅力なんですよね。そこに気がついて、その一点から掘り下げていけばいいだろうと。

 

美咲や知世のそうした平穏さは、実は近年の世界的な大衆音楽トレンドとも合致しています。ぼくがこのトレンドを明確に理解するようになったのはわずかここ二年ほどの話なんですけど、そうなってみれば、な〜んだぼくが好きな歌手音楽家ってそういうタイプが多いじゃないかと気づきました。マイルズだって『クールの誕生』以後ずっとそう。

 

それでも美咲と知世は最初の書きはじめ時期がむずかしかったというのはレッキとした事実なんで、あのころホントCDに穴を開けんばかりになんどもなんどもじっくり聴き込んでいましたよねえ。微に入り細にうがちくりかえし聴いて、そうした徹底的な観察の果てにようやく皮膚の下からにじみでてくるように気づくようになった感想を書きとめていったんです。

 

聴きはじめたばかりだったというのも困難を感じていた大きな理由だったでしょう。マイルズとプリンスは長年聴き込んできていたので、それもあって頼るものがなくとも書きやすい。美咲も知世もすっかり耳なじみとなってなにげなく口ずさめるほどにまでなったいまでは、きょう書いてきたことはすっかり過去の話になったような気がします。まだわずか五年ほどしか経っていませんけどね。

 

(written 2022.7.12)

2022/07/16

ハード・バップ、たまに聴いたらとてもいい(字余り)〜 ソニー・クラーク

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Sonny Clark / Sonny’s Crib
https://open.spotify.com/album/469Y1IVCrttWSp2qQYzioA?si=F8BXhhlAS-O2qnlwqJHqpQ
(オリジナル・アルバムは5曲目まで)

 

ハード・バップでジャズ&洋楽に開眼したせいなのか、なんだかいまでもたまに聴けば心地いいと感じちゃうソニー・クラークの、それもホーンズ入りコンボ編成アルバム。どれも大差ないですが、きょうは『ソニーズ・クリブ』(1957年録音58年発売)を聴いています。いや、たぶんこれがいちばん好きかも。

 

こういうのはぼくにとって一種のノルタルジアっていうか、なつかしく青春時代を思い出すよすが。つまり脳内で濾過され美化されていて、イヤなことはぜんぶ忘れ、楽しかったこと美しいことだけきれいに蒸留されているんですよね。音楽も。あのころのことも。

 

だからそういう気分のときに無性に聴きたいハード・バップは、大学生時代にハマっていたありきたりの典型であればあるほどよくて、ぼくにとってはそれがソニー・クラークのホーンズ入りアルバムだということ。実際『ソニーズ・クリブ』にしろ、どこからどう切り取っても王道ハード・バップどまんなかじゃないですか。

 

2020年代になってこんなハード・バップにもはやなんの現代的意味もなく、といってもいまだ歴史的名盤紹介のたぐいには載っている機会が多いと思いますが(本作が、というよりソニー・クラークのどれかが)、個人的には名作だから云々っていうんじゃなく、なんとなく当時のことをなつかしくふりかえり、あの薄暗くタバコの匂いが充満していたジャズ喫茶の風景を連想させる音楽なので、そんな大学生当時(1980〜84)の、ほんとノスタルジアだからたまに聴くだけ。

 

『ソニーズ・クリブ』というアルバムの音楽的中身や評価、感想を書いておく必要はないでしょう、きょうは。そんなことじゃなくて、ただなんとなくのムード音楽、イージー・リスニング、私的青春プレイバックBGMとして、たまに聴いてみたら気持ちいいよっていう、そういったことを思い出しただけですから。

 

あ、そうそう、ひとこと付言しておくと、ジャズにはまった一枚目であるモダン・ジャズ・カルテット(MJQ)の『ジャンゴ』といっしょに、トミー・フラナガン『オーヴァーシーズ』を買ったんですが(二、三枚買いがぼくのあたりまえだった)、聴いて即そのまま大好きになり、フラナガンこそぼくがいちばんはじめに好きになったジャズ・ピアニストだったんですが、二番目がソニー・クラーク。

 

フラナガンと違って個人的にソニーのピアノ・スタイルはそんな好みというほどじゃなかったです。くりかえしていますように複数ホーンズ入りのコンボ編成でやっているその風情がもうたまらず大好きでした。コンポーザー/アレンジャー/バンド・リーダーとしての才のほうにずっと長けていたミュージシャンだったなあというのは当時から感じていました。

 

かつては寡作だったフラナガンには『オーヴァーシーズ』一枚しかなく、ピアノ・トリオ作品が1950年代からもっとあればまた違った道があったかもしれません。その点ソニー・クラークにはコンボ・アルバムがそこそこありましたからね。

 

(written 2022.6.26)

2022/07/15

最近は写真撮りまくっているけど

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カメラというものを買ったり持ったりしたことのない人生でした。撮るのにも撮られるのにもいっさい興味がなく、学校卒業の際に写真アルバムとかもらいましたけど一度も開けずにそのままどこかへ置きっぱなしにしてわからなくなるというタイプ。

 

1995年33歳でネットをはじめてもそうで、いまでいうソーシャル・メディアに相当するような会員制の交流サービスみたいなのが当時からありましたけど、なにせみんなまだダイアルアップ接続でしたから、テキストしかやりとりできないシステム。画像なんてファイル・サイズでかすぎて。

 

ぼくにはそれでじゅうぶんだったんです。文字だけ人間で、そう、吃音症であるがゆえ独りで部屋で読書しながらで幼少期からきましたから、とにかく情報を獲得したりやりとりしたり発信したりっていうのはすべて「文字の読み書きで」というのがぼくのやりかた。

 

これでありますから、2022年のいまでも、実を言うと筋道立てた論説文のほうがとっつきやすくイージー。ダイアログ形式や音声や写真・画像で示されるとウゲッと身構えてしまい、理解するのに時間がかかります。たいていみんな逆ですよねえ。ぼくってヘン。

 

ともあれ写真について、もちろん音楽愛好者になって以後雑誌なんかにたくさん載るようなものは楽しいなと思ってながめるんですが、写真を作品としてとらえたことがなく、写真展なども行ったことがないし写真集のたぐいも買わず、そもそも写真ってどう読みとったらいいのか?わからないまま最近まで来ました。

 

自分で一度もカメラを持ったこともなく、なにも写さず。というと正確には間違いです。パートナーと外国旅行をしていたころは、空港への行き道で寄ったコンビニでインスタント・カメラを何台か買っていっていました。それで現地で撮影し、帰国したらカメラ機ごとヨドバシカメラとかに出してプリントしてもらうっていう。

 

でもホントそれだけでしたよ。それ以外はマジで生涯一度もカメラを持ったことがなかったんですから。そんなぼくが2017年6月1日に突然 iPhoneを買い、いきなりカメラを一日中どこにでも携帯する人間へと豹変したわけです。理由は端的にInstagramがやりたかった、投稿したかったんですよね。

 

そうなってみたら、こんなに楽しい人生もなかなかないもんだと心底実感していますから、なにがきっかけで人は変わるかわからない。Instagramに投稿するにはモバイル機器が必要だけど、みんなの写真を見るだけならパソコンでもやれるんで、以前からいろいろながめてはいいなぁ〜と思っていて、これだったら自分もやりたいぞと感じはじめていたんです。

 

生来のナルシシストゆえか、インカメラで自分を写してはアップすることも多く、ちょっとでもいい感じに写りたいから修正美肌機能を持つ自撮り専用アプリもダウンロードして頻用しています(ぼくはB612)。いまのところいちばん興味ある被写体が自分だっていう(笑)。あとはコーヒーとか食事とか猫など。

 

もうそりゃめちゃめちゃ iPhoneのカメラで撮りまくる日々になって、そうなってみてはじめて写真というものの持つ意味というか、記録として残しておく重要性、メンタルに及ぼす好影響みたいなものを理解するようになりました。プリントはめったにしないんですが、いまはもう iPhoneのカメラなしでは生きていけないくらいになったように思います。

 

大きかったことは、やはりInstagramみたいな写真共有系ソーシャル・メディアが普及したことでしたね。Twitterなんか最初の数年は文字しか投稿できず、写真を載せるにはサード・パーティ製のサービスを使ってURL字列としてハメこむしかなかったですし。スマホで撮った写真をそのままどんどん載せられて余計なことも言われないInstagramがなかったらぼくは iPhone買わなかったので、いまみたいな人間になっていません。

 

それでもやっぱり映像情報の把握と理解に(文字より)時間がかかる人間であるのはいまでも同じなんですけども。

 

(written 2022.7.13)

2022/07/08

バンドエイドのアワトーンがほしい(黒人への共感と同化願望)

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(6 min read)

 

2021年の初春ごろからアメリカ合衆国で販売されるようになったバンドエイド(ジョンソン・エンド・ジョンソン)のOurtone。肌の色が濃いみんなも着けやすいようにと絆創膏のカラーを工夫したもので、五色あります。まさに多様性尊重の時代だからこそですね。

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これ、しかし日本では売られていないんですよ。ぼくはただの東アジア系黄色人なので従来カラーのバンドエイドでいいのに、なぜか発売直後から濃色のアワトーンがほしくて、各所さがしたり、一度か二度はジョンソン・エンド・ジョンソンのカスタマー・サポートにじかに問い合わせてみたりもしたんですが、やはり不可でした。USアマゾンなどから個人輸入するしかないみたい、いまのところは。

 

日本だけでなく、そもそもアメリカ合衆国以外では買いにくいものなのかもしれませんね、バンドエイドのアワトーン。怪我なんかしてなくてもペタッと貼りたいくらいなんだけどなぁ。

 

ぼくのこういった思考や行動は、ひとえにブラック・ピープルへの共感と同調願望ってことです。言ってみれば「黒人になりたい」、とまでは過ぎているとしても「ブラザーの一員になりたい」とか、そんな気分で。そうなったきっかけはもちろん17歳でジャズ・ミュージックにはまったこと。

 

ベージュ肌のぼくにアフリカ系の血は一滴も流れていない(んじゃないかと思う)し、黒人、特にアメリカの黒人に近づくための現実的な行動なんてなにもしたことがないと言えるので、こういうのも気分だけ、言ってみているだけの、要はフェイクってことなんですけども。

 

ジャズで最初に買ったLPレコード二枚はMJQの『ジャンゴ』とトミー・フラナガンの『オーヴァーシーズ』。前者の四人も後者のトリオも全員黒人です。ぼくは最初のうちそれを知りませんでした。ただただひたすら楽しい魅力的な音楽だと思って、ほぼ電撃的にジャズに惚れてしまったわけです。

 

それでレコードをどんどん買い、ライナーノーツを読み、関連する本や雑誌を熟読するようになってみて、はじめてジャズ・ミュージシャンには黒人(ばかりじゃないけども)が多いということを知り、さらに一般にアメリカ社会で黒人がどんな立場におかれてきたか、どんな生活を送ってきたのかも知るようになってみて、それでようやくぼくのなかに怒りというか、ここまで理不尽なことはないだろう!というやるせない気持ちが芽生えてきたんです、大学生のころ。

 

フラナガンの『オーヴァーシーズ』B面1曲目は「リトル・ロック」というタイトルなんですが、この楽しいブルーズ・ナンバーの曲題がなにを指しているか、かなりしばらく経って理解するようになったんですよね。

 

おりしも公民権運動がさかんだった時期に誕生したようなジャズ・アルバムが最初のうちはかなり好きだったので、たとえばチャールズ・ミンガスやマックス・ローチとか聴きながら、これら音楽のこういうフィーリングはいったいなんだろう?なぜ怒りや抗議を表明しているの?ということも、聴きはじめて数年後に納得するようになったことです。

 

もっと古く、1920年代から「ブラック・アンド・タン・ファンタシー」(デューク・エリントン)や「ブラック・アンド・ブルー」(ファッツ・ウォーラー、ルイ・アームストロング)といったジャズ・ソングだってあるし、この手の人種差別問題はジャズ史を一本貫く定常的なテーマみたいなもんですよね。

 

こうしたアメリカン・ブラック・ピープルについての(日本人なのになぜか)憤りに満ちた認識は、もう古いんだろう、時代遅れなんだろうとある時期以後思うようになって、おおやけの文章で表明したりはしないようになっていたんですが、そうじゃないんだとあらためてわかったきっかけは、2020年初夏以後のBLM運動のもりあがり。

 

BLMに関連したようなブラック・ミュージック・アルバム、ブラック・フィルムもここ二年ほど増殖するようになっているし、アメリカ合衆国社会で黒人がおかれている状況は要するになにも変わっていない、いまだ根深い(構造的な)偏見と差別に身をさらし危険な目に遭いながら日々戦闘的に生きている、音楽づくりをしているんだなあと、痛感しています。

 

ジャズや、あるいはブルーズとかソウルとかファンクとか、こういった音楽がぼくにもたらしてくれる恩恵の大きさ、心の芯奥に沁み入り、身体の骨の髄から自然発生的に噴出しそうになる愉快さと感動の深さを考えるとき、それを産み出している黒人音楽家本人は直後にも白人警官に射殺されるかもしれないなんていう社会の事実があるとなれば、そのことに黙っているなんて、なにもしないなんて、到底できないのです。

 

バンドエイドの濃色アワトーンをなんとか日本にいながら入手してみたところで、アメリカ合衆国黒人へシンパシーを示しているかのようなたんなる自己満足でしかないのかもしれませんけれども。

 

(written 2022.7.7)

2022/06/29

コメ食い女まゆみ(仮名)

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※ 写真はこないだの自作リゾットで、以下の本文とは関係ありません。

 

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主食がお米じゃないとダメっていうところがぼくにはなくてですね、パンやうどんやパスタなど小麦粉系とか、そばや、あるいはじゃがいもなど、そういったものでじゅうぶん満足できる人間です。いつもいつもお米ばかりじゃなくていい。

 

だから過去にをちょっとだけ外国旅行したときも、現地の料理店で(偏食者だけど)メニューにあるものを食べればそれでおっけ〜だったんですけど、パートナーはときたま無性にお米が食べた〜い!と言い出すひとでした。

 

外国旅行はすべてパートナーといっしょでした。そんな調子ですから、特に夕食ですね、お米!お米!と強く主張されることもあって、バラバラでというのもあれですから、いっしょに行けるところでお米メニューのあるレストランなりビストロなりをさがすんですけど、お米文化が根付いていない土地もありますから。

 

アメリカのニュー・オーリンズ(や近隣南部)にはジャンバラヤ、ガンボといったお米料理があるし、イタリアにもリゾットがある。香港や台湾も行きましたけど東アジアは米食文化圏だからパートナーも困りません。そうじゃない土地でも夕飯はお米を食べたがるので弱って、結局いつも中華料理店でチャーハンを注文することに。

 

みなさんもご存知でしょう、中華料理店ってほんとうに世界中どこにでもにあるんですよね。だからお米渇望がもたげてきたときの中華料理店だのみにパートナーのなかではなっていて、ヴェネツィアとかでもチャーハン食べたい!からぼくにもいっしょに行ってくれと言うんです。

 

そもそもぼくなんか大のパスタ好きですから、せっかく料理のおいしい国イタリアに来たんだから、本場の各種パスタを食べまくりたいぞと思っていたのに、ヴェネツィアだけでなく、なぜかローマでもフィレンツェでもミラノでも毎夕がチャーハンになってしまい、なんだったんだあれは、まゆみさん(仮名)。

 

パリでだって、朝も昼も小麦粉系だから夕食くらいはお米を食べたいんだと主張され、結局宿の近くにあった手狭で安い庶民派中華へ通うハメになり、見た目中国系の店員みたいでしたから「Deux 炒飯 s'il vous plait!」などというムチャな仏中ちゃんぽんでオーダーしたりはぼくでしたが、通じました。

 

そんなお米大好き人間だったパートナーなのに、せっかくお米類が食べまくれるニュー・オーリンズでの夕食は、ぼくがジャンバラヤをオーダーするかたわらでいきなり口が裂けそうなほど大きなハンバーガーをぱくついたりなど、なんだかワケわかりませんよねえ。

 

それはそうとニュー・オーリンズではフレンチ・クォーター内の専門店で毎昼のように食べたガンボがおいしかったです。ガンボは見た目が泥なんですが、超美味。なんとかあれを再現したいと思い帰国してからあれこれ試しましたが、どうも日本に住む素人一般家庭料理人にはムリみたい。

 

フィレが入手できないし、ケイジャン・スパイスだってねえ。東京あたりだと本格ガンボを出すお店があってよさそうなのに、ないと思います。食べた料理は再現できることもあるぼくですが、ガンボは思い出のなかにしか存在しません。だからなのか、世界のお米系料理のなかでいちばん好きだったかも。過去の記憶が美化されているだけかなぁ。

 

働かなくなったので経済的な余裕がなくなって、外国旅行はもうできなくなりました。国内だってどこへ行くにしてもぼくはわりと foodie な人間なんですよね。その土地その土地のおいしい料理を食べて、それでいい気分で、それこそがあちこち行く醍醐味のひとつでもあるんですから。どこへ行ってもチェーン店牛丼かハンバーガーか回転寿司なんてイヤ。

 

いまはもう自宅近所のスーパーで入手できる材料でちゃちゃっと、それでも多少手をかけて、つくって食べるのがほんとうに楽しみで充実していますが、そんな生活のなかでも週七日の夕食のうち二日か三日くらいはお米料理じゃないものをつくって食べていますね。

 

(written 2022.4.29)

2022/05/17

いちばんダメだったあのころのぼくを、モー娘。の「LOVEマシーン」とやぐっちゃんが救っていた

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モーニング娘。/ LOVEマシーン
https://www.youtube.com/watch?v=6A7j6eryPV4

 

こないだ、いやちょっと前か、わさみんこと岩佐美咲がなにかのコンサートでモーニング娘。のメガ・ヒット曲「LOVEマシーン」(1999)をカヴァーするということがありました。わさみんによく似合いそうですよね。

 

モー娘。の「LOVEマシーン」シングルは99年の9月に発売されています。しかし買いませんでした。そもそもモー娘。は一枚もCDを買ったことがありません。テレビの歌謡芸能番組で、もれなくぜんぶ聴けましたから。いま聴こうと思ってもサブスクにモー娘。が一曲もないのはなぜだか知りませんが。

 

「LOVEマシーン」。あるとき突然テレビから流れてきたノリいいディスコ調のダンス・ポップに思わず前のめりになったんです。すぐにモー娘。の新曲だと知り。このグループのことは、テレビ東京で毎週日曜夜に放送されていた『ASAYAN』っていうオーディション番組で前から知っていました。

 

1999年の9月のぼくは人生でいちばんのドン底で、ちょうど直前にパートナーが家を出ていったという時期。あれでなにもかもダメになり、私生活だけでなく仕事にも行けなくなって、どうにもならずその後退職するまで、約10年間は地獄みたいなもんでした、ぼくのほうも。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2021/10/post-be8c33.html

 

モー娘。の「LOVEマシーン」はちょうどそんな時期のヒット・チューン。それがテレビ歌謡芸能界を席巻していたんです。日が落ちても照明つける気にならない暗い自室のなかでヒザを抱えてめそめそ泣きながら途方に暮れていたようなあのころのぼくにとっては、ほぼ唯一の救いだったんです。

 

曲も歌詞もノリがいいし、明るくて、バナナ・ラマの「ヴィーナス」っていう洋楽ナンバーが元ネタなんですけど、作者のつんくならではのオリジナルとしてちゃんと成立していると、いま聴きかえしても思います。つんくが書いた最大の名曲でしょうねえ(私見)。

 

そして1990年代末〜21世紀はじめごろのモー娘。にはやぐっちゃん(矢口真里)がいたんです。これが大きかった。当時まだ10代でしたが、もうかわいくてセクシーで、ぼくの好みどんぴしゃのストライク・ゾーンどまんなかなんですよね。こんなにも大好きなやぐっちゃんがいるモー娘。が「LOVEマシーン」みたいなはじけるダンス・ポップを歌うっていうのが、それをテレビの歌謡番組で観聴きするっていうのが、ほんとうに楽しみでした。

 

下のYouTubeリンクはそんなテレビ歌番組出演の際の「LOVEマシーン」。伴奏はカラオケですが歌はリップ・シンクじゃないです。2001年。そう、ちょうどそのころです、世間にとってもモー娘。にとってもぼくにとっても、この曲がいちばん大きな意味を持っていたのは。
https://www.youtube.com/watch?v=xbZzBe0tgto

 

これは作者のつんく♂自身によるヴァージョン。ご存知のとおり、つんく♂は喉頭がんで2014年の秋に手術し声を失っているので、その前です。現在でも続くモー娘。やその派生ユニット、あるいは桑田佳祐などそのほかYouTubeにいくつも上がっている「LOVEマシーン」のどれを聴いてもカッコいいと思えるので、曲そのものがいまでも大好きでたまらないっていうことなんでしょう。
https://www.youtube.com/watch?v=pvugt96zoXQ

 

あのころのぼくにとってはやぐっちゃんあってこそのモー娘。であり「LOVEマシーン」であったので、2005年の某一件で(報道発表もなく、卒業公演すらやってもらえず、まるでささっと夜逃げするように)モー娘。を脱退して以後は、興味がやぐっちゃん個人の芸能活動へと移っていくようになりました。

 

モー娘。OGで最も成功しているタレントと言われていたくらいだったのに、一度結婚しての自身の自宅不倫行為(2013年)で大バッシングを浴び、それはたぶんいまでも続いていると思うんですけど、やぐっちゃんがかわいくて笑顔がチャーミングでセクシーだっていうのはいまでもぜんぜん変わりません。それに、色恋沙汰でいろいろあるっていうのは、実はぼくにとってプラス・ポイント。清純派なんてクソくらえ。

 

やぐっちゃんは二度目の結婚でこどもが二人できて、いまやすっかり落ち着いたような感じです。ソーシャル・メディア系はInstagramだけを公式にやっていて、それで日常や仕事のことに身近に接することができるようになったのはありがたいかぎり。本人にいいねしたりされたりコメントでやりとりしたりなど、「LOVEマシーン」がヒットしていたあの20世紀末ごろのぼくからは考えられないことです。

 

(written 2022.3.20)

2022/05/07

これがいまのぼく 〜 マイ・フェイバリット100

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(3 min read)

 

My Favorite 100 Tunes
https://open.spotify.com/playlist/5ZSMnayfaVFOe2P1sv7VSi?si=913d539f7f3c4b44

 

ふと思い立ち、自分で聴くお楽しみ用に「好きな100曲」というプレイリストを作成しておきました。最初100という枠は設定していませんでしたが、ドラッグ&ドロップで次々と放り込んで、ちょうど100に到達したところでストップしただけです。

 

もちろん下敷きなしのまるごしで100曲を選び出すのはむずかしい。2015年秋にブログをはじめて以来毎年末に書いているベスト10ランキングと、もうすでに400個以上になっている自作Spotifyプレイリスト、この二つを再確認しながら、これらこそいまのぼくのモスト・フェイバリットだといえるものを選んでいきました。

 

100もあれば一個一個どこがどう好きを具体的に説明するなんてできません。ざっとみわたしていただいて、だいたいこういったあたりがいまのぼくの好きな音楽だ、つまりこういう人間なんだ、という全体的な傾向を感じていただけるんじゃないかと。

 

アメリカ合衆国とブラジルと日本の音楽が中心で、しかもジャズとか、そのほかのジャンルでもジャジーで、しかもさっぱりおだやかで薄味なものがここのところの大の好みなんで、これで音楽キチガイとしての<いまのぼく>の正直なありようをそのままストレートにいつわりなく出したつもりです。

 

あれもこれも入っていない(たとえば岩佐美咲)とか、作成後に聴きなおしながら修正したい気持ちもないわけじゃありません。それでもサッチモ(ルイ・アームストロング)の1930年「ディア・オールド・サウスランド」(大好き!)や、テディ・ウィルスンのブランズウィック・セッション、ライオネル・ハンプトンのヴィクター・セッションからも一曲づつ選べましたので。

 

ブルーズ・ロック・ナンバーだって複数入ったし、演歌も歌謡曲もあり。いちおうアンガーム(エジプト)やレー・クエン(ベトナム)だって大好きなものを一曲づつ選んでおきましたし、生涯の最愛聴曲二つ「星に願いを」「シボネイ」も欠かしませんでしたよ。

 

七時間以上もあるプレイリストなので、ぜんぶを通して聴くことはふだんできません。でも集中するでもなくなんとなく流しながら、お散歩したり部屋で料理をつくって食べたりゆっくりお風呂でくつろいだりなどなど、ノン・ストップで好きな音楽ばかり聴こえてくるんで、ほんとうにリラックスできていい気分です。

 

聴いたことのない未知の音楽にチャレンジしたり、はじめての新鮮な出会いがあったりするのはもちろん緊張感があってスリリングで楽しいこと。還暦をむかえたぼくだっていまだそういった発見にわくわくしながら音楽ライフを楽しんでいます。

 

ですがそのいっぽうで、自分にとってすっかりおなじみのよく知っている好みの世界、いはばコージー・コーナーを持っておいて、気分次第でそれを流し平穏な心地で安寧するというのも大事なことだよなぁと感じるようになってきました。

 

(written 2022.4.18)

2022/04/26

青春のスーヴニア(2)〜 ビル・エヴァンズ『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』

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(3 min read)

 

Bill Evans / You Must Believe In Spring
https://open.spotify.com/album/2B583jxnkHmIyBU6Z8VlmI?si=iSrA1m7UTW2I3Yx-1c8yAA
(オリジナル・アルバムは7曲目まで)

 

高三1979年で電撃的に突如ジャズ熱愛者に豹変したんですが(しつこい)、本格的にはお金と、なにより時間的な余裕が手に入った80年4月からの大学生時代がジャズざんまいの日々でした。

 

そんなジャズきちとしての青春にいちばんのBGMになっていたのがビル・エヴァンズ。そりゃあ個人的にはウィントン・ケリーみたいなスタイルのほうが好きでしたが、エヴァンズはジャズ喫茶など関係各所で、もう流れまくっていたんです。

 

1980年の9月に亡くなったというのが、こりゃまたそのころのエヴァンズ熱にいっそう拍車をかけていました。これはあの当時のことをリアルタイムで経験したジャズ・ファンなら間違いなく記憶があるはず。

 

死の翌81年にリリースされたアルバムが『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』。録音は77年に行われています。追悼盤みたいになっていて、実を言うと自分では当時レコードを買わなかったんですが(CD買ったのはたしか1990年代末)それでも鮮明に音楽を記憶していますから。ジャズ喫茶などでこれでもかというほど聴いたんです。

 

大学四年間のジャズ狂生活でいちばん耳に入ってきていた音楽がエヴァンズの『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』だったとしても過言ではないと思うほど。当時から「さほど好きじゃないよ」と意識したり発言したりしていたのは、周囲のそんなフィーバーぶりへの反発というのもあったんじゃないかといまでは思います。

 

そこから長い年月が経ってぼくも還暦。自分の心に素直に、好きなものは好きだと、イマイチなものもそう言おう、偽らずウソをつかず正直に対応しようという気分になっているんですが、するとやっぱりエヴァンズみたいなピアニストはほんとうにそれほど大好きというほどには感じず。猛然とスウィンギーにドライヴする黒人ピアニストのほうが個人的な嗜好には合います。

 

それでも(エモーションは内に秘めて)おだやかで静かで淡々と美の世界に耽溺しているような音楽をどんどん聴き、そういうのがいいなと心から感じるようになってみて、平穏でなにもない日々に若かったころのことをなつかしく思い出し、ぼんやり感慨にふけって、いい気分といういまのぼく。

 

そうすると、エヴァンズのピアノ、特に『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』みたいな体内の芯奥に沁み込んだ青春の音記憶は、いま聴きかえすと、あぁすばらしい、なんてきれいな音楽だろうか、これこそがぼくのジュヴナイルだったなあと思い出し、その後約40年の経過で失ったものと、だからこそ得たものに思いをいたします。

 

こんなところまで来たんだなあと、同じアルバムを聴いて、そう思うんです。

 

(written 2022.3.18)

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