カテゴリー「自分語り」の80件の記事

2023/11/16

ASD(=ぼく)が苦手に感じる人たち

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(50 sec read)

 

・ロゴスが通じない人

・事実や正しさを第一優先にしない人

・時間にルーズな人

・集団行動(チーム・ワーク)を強いる人

・精神論をふりかざす人

・明確に言わず、察しろという人

・自分でこうと決めたルール、信条・信念を守り抜かない人

・首尾一貫しない人

・ウソをつく人

・言外の意味を込める人

・本音と建前を使い分ける人

・おおざっぱでテキトーな人

 

~~~

ASDのコミュニケーション特性は、社会との相性が悪すぎる。「空気を読む文化」では、非言語的なやり取りや暗黙の社会規範が重視されて、率直さや理屈っぽさが売りのASDは、日常で違和感や苦痛が絶えない。

 

(written 2023.11.10)

2023/08/31

公営住宅へのアクセスをもっと容易にしてほしい

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(4 min read)

 

いま住んでいるのは愛媛県営の森松団地なんですが、お風呂、トイレ、DK、6畳+4.5畳+4.5畳で毎月の家賃はたったの11,700円くらい。非課税世帯ならさらに減額され7,800円です。1972年竣工のかなり古い住宅で、もちろん現在の耐震基準は満たさず、あちこちボロボロになっていますけど、それでもこの値段ならね。

 

こうした公営住宅はもちろん低収入・無収入で住宅問題に苦しむひとたちを対象としていて、なので入居申請にあたっては厳しい収入状況審査(年収が一定額を超えていないこと)がもちろんあります。そのほか条件がなかなかキツくて、たとえば単身者なら60歳を超えているか障害者であるということが愛媛では必須。

 

ぼくは申請時59歳でしたのでその点では不可だったんですが、精神障害者手帳2級を持っていますので。もとより収入は乏しいし、ってなわけでわりかしすんなり通りましたが、申請のプロセスはなかなかめんどくさくハードルの高いものでした。公営だからやむをえないとはいえ。

 

そもそもたとえば森松団地が地元だし格安だから入居したいなと思っても、まず最初どこに連絡をつけたらいいかもわかりません。どこにも書いていないんですから。ぼくはネットで検索しまくって、入居申請の手続き管理をやっている会社とその連絡先を見つけることができましたが、これ、インターネットをやらない人間はどうすんの?

 

1972年完成当時はまっさらな文化住宅だったでしょうから入居希望者殺到だったかもですが、いまやねえ。ネットが普及してからまだ20年程度しか経っていませんが、それ以前はどうやっていたんでしょうか。いまの時代に入居を希望するひとは、どこを最初のとっかかりとするのか。

 

管理会社を見つけて連絡してのちも、実にさまざまな書類上の手続きがあって、くりかえしますがそりゃ公営ですからね堅苦しくめんどくさいのはやむをえないとは思いますが、それにしても生活困難者が入居対象となる住宅なのに、ちょっとあんまりじゃないだろうかと感じる場面もありました。

 

建物や部屋の構造などに不満は数々あれど、それは言ってもしかたのないことです。でも申請開始 → 手続きの積み重ね → 認可 → 入居開始となるまでの約四ヶ月間(そう、四ヶ月もかかったんですよ!)に困難なプロセスが多すぎだと感じました。

 

しかも!入居開始までにお金がけっこうかかっちゃうんですよね。貧乏人しか住めない公営住宅なのに!たとえば役所でこれこれの書類をもらってこいっていうそのためにお金が必要ですし(しかもなんども)、入居時は部屋の天井の照明も窓のカーテンレールもバスタブもなにかもいっさい付いていないスッピン状態で、イチから自分のお金でやらなくちゃなのかと思うとちょっとあれでしたよ。

 

インターネットをやっておらず書類上の諸手続きも不得手なお年寄りも多く住んでいますが、ってか入居者の九割は年金受給者世代ですが、どういうことなんでしょうかねえ。

 

入居して一年も経てば環境にも慣れて、住めば都とのことばどおり快適で楽しくて、それにそもそもぼくのいる棟は団地の大きな公園にじかに面しているのでおいしい空気や緑や花や小鳥や蝶などに囲まれた生活。まるで極楽のよう。ここに住んでよかったと心から思う次第であります。ボロいから安いし。

 

入居申請の手続きはあまりにも煩雑で時間がかかりましたたけどね。まず最初のアクセスだけでも、もうちょっと簡素にしたほうがいいと思います。

 

(written 2023.5.10)

2023/08/07

現在の体調(8/5土午後2〜3時以後)

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(3 min read)

 

・気持ちがつらい、しんどい、楽しくない、やる気がない

 

・胃部不快感(痛いというほどではない)

・食欲がまったくない

・食事をつくるのがしんどい、億劫(大の料理好きなのに)

・食べる量がかなり減っている

・熱いものを食べにくい

・味がヘン、または味があまりしない

・ゆっくり30分くらいかければ少量をなんとかぜんぶ食べられる

・おいしくない

・食べ終えたものがなかなか消化されず、長いあいだ胃に停滞している感じ

・食後おなかが妙に張る

・食後の歯磨きとゆすぎで戻しそう

・時間が経てば空腹になってきたというような感覚はある

 

・なにをしても楽しくない、億劫、しんどい、めんどい、やる気がない

・好きな趣味のことでもそう

・ブログ文章が書きにくい、なにも頭に浮かばない、考えられない

・音楽が聴けない耳に入らないというほどではない

 

・お風呂が沸いても入るまでに時間がかかる、ややめんどい億劫な気分

・ゆっくり湯船につかり終わり、出てからだを拭き終えたころに若干気持ちがラクになっている

 

・日曜夕〜夜は胸がなんかちょっと詰まるというか息苦しい感じもあった(お風呂あがりには消えた)

 

・若干寒い

 

・土日の夜はそれまでどおり寝られた。しかしこのままだと…という懸念もある

 

・一週間ほど前からこれが続くとメンタルがヤバいのでは?という予感があった

 

・血圧は平常どおり

 

〜〜

・こうなったのは腰、お尻、膝、ふくらはぎの痛みが続くストレスによるもの

・現在は腰よりもお尻とふくらはぎの痛みが中心

・8/1から一段と悪くなった

・整形外科で痛み止めはもらっているものの、飲んでも痛みがさほど軽減されないことが多い、ある程度は効いているときもある

 

・きっかけは6/17午後4時半ごろ、おとなりのおばあちゃんが玄関で倒れていたのを持ち上げたから

・それで腰をやられた

 

〜〜

きょう8/7月曜日たまたま心療内科の予約通院日だったので相談し、内服薬での対応がなされました。

 

(written 2023.8.7)

2023/07/25

心底くだらないとASDが思ってしまう日本の文化

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(10 sec read)

 

・空気を読む

・遠慮会釈

・年功序列

・忖度

・ギヴ・アンド・テイク

・出る杭は打たれる

・本音と建前

・立場上の発言

・非言語コミュニケーション

・根まわし

・前例主義

・名指しせずに言及する

・ときどきウソを言う

 

(written 2023.7.15)

2023/06/27

偏食と好き嫌いは違う

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(3 min read)

 

いっしょくたにされているというか、同じことじゃんねということで使われているこれら二つのことば、実は内容が異なります。ぼくはかなりな偏食者ですが、食べものの好き嫌いはありません。食べられないものが多いですが、それらが嫌いなわけじゃないです。

 

偏食とは嫌いだから食べないんじゃなくて、食べることがたんに生理的身体的に不可能なだけです。口に入れられないとか咀嚼できない飲み込めず吐き出すだけとか。それはおそらく生まれつきのもので、生育過程でそうなったとかなにかの経験がきっかけで後天的にとかじゃありません。

 

嗜好ではなくて、自分ではどうしようもできない生来の体質、それが偏食。ぼくのばあいASDであることもこれに関係しているんじゃないかと思います(偏食者が発達障害者であることが多い医学的因果関係は解明されていません、数は多いけど)。

 

たとえばお寿司。生の切り身も米酢も受けつけない体質なので最も食べられないものですが、好きなので食べたい気持ちは人一倍あります。きっとすごくおいしいだろうなというのも、家庭料理人であるぼくにはとってもよくわかります。嫌いなんかじゃない。受けつけないだけで。

 

このへん、偏食のない健常なみなさんにはまったく理解されない人生を送ってきたという強い強い実感があります。「あ、戸嶋さん、好き嫌いがあるんですね」みたいなことを言われるたびに深く傷つき、それは違う、偏食者なだけ、嫌いだから食べないんじゃないぞと内心で叫ぶんですが、到底理解されないであろうと腹に飲み込むばかり。

 

食べられるけど好きじゃない、どっちかというと嫌いだっていうものもたくさんありますよ。でもそれは偏食じゃない多くのみなさんもそうでしょう。それらは食べられるのでTPOによっては食べます。自分からはちょっと避けているだけで。

 

偏食者が食べられない理由はこういったこととまったく違うんですよ。文字どおり不可能なんですから、無理強いしたり「出されたものを食べないんだったらなにも食べんでいい」とか言ったりしないでいただきたいと思います。

 

「好き嫌いせず残さず食べましょう」〜 これが偏食者をいちばん傷つけるセリフです。

 

(written 2023.4.15)

2023/06/20

どうか年老いた自分を助けてくれ〜っ!〜 ビリー・デイヴィス Jr.の「ヘルプ!」

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(3 min read)

 

Marilyn McCoo & Billy Davis Jr. / Blackbird: Lennon-McCartney Icons
https://open.spotify.com/album/3yWA8N5YKVQqhQQTPpQiLl?si=FRO0hvymTpONOFiY8zztzQ

 

毎日FacebookのMemoriesをチェックするのがお気に入りの日課ですが、それでマリリン・マックーとビリー・デイヴィス Jr.のビートルズ曲集『Blackbird: Lennon-McCartney Icons』(2021)のことを思い出し(数年前の同日に記事を書いていた)再聴。

 

念のため付記しておくと、この夫婦歌手は元フィフス・ディメンションのメンバーで(1966〜75年ごろ)、脱退以後ペアで活動を続け、2020年代のいまでも現役だっていう存在。もちろん二人とも高齢ですが、歌声を聴くかぎりぜんぜんパワフルですよね。

 

そのときFacebookのMemoriesを見ていたのは、中澤卓也の大阪コンサートに参加するためJRで同地に向かっていた最中。まず松山 → 岡山間が特急しおかぜ一本でノン・ストップなんですが、車窓の風景をながめながら『Blackbird: Lennon-McCartney Icons』を流していて8曲目の「ヘルプ!」でハッとして目と手が止まりました。

 

ってかそもそもこのアルバムのことを二年前に書いたときも「ヘルプ!」がとてもいいぞと言ったわけですが、あのときより還暦越えになったいまのほうが歌の意味をいっそう強く心底感じることができるようになったと思います。そして歌詞の意味とアレンジ、サウンドがまさに一体化しています、このビリー・デイヴィス Jr. ヴァージョンは。

 

歌手自身も老齢者となり、「いまよりずっと若かったころはだれのどんな助けもぜんぜんいらなかったけど、いまやそんな日々は去り自分に自信もなくなり、思うようにならなくなった、考えを変えなくちゃ、だれかどうか自分のことを助けてくれ、だれかの助けが絶対に必要だ、それがなかったらもう生きていけないよ」というこの歌を、身をもって沁みるように歌っています。

 

スロー・ゴスペル・バラード調にアレンジしているバンドのサウンドと合唱隊もいいし、切々と訴えかけるようにマジの思いを込めて歌うビリー・デイヴィス Jr. のヴォーカルはホンモノの切迫感に満ちています。それを感じることができるはず。

 

聴き手のぼくも、もはや若くない、どころか老齢者の入り口に立つようになって、この歌の意味をまざまざと心の底から痛感するようになりました。こういった歌を相棒というか心の支えにして、結局だれも助けてくれないと思うけどぼくのばあいは、でも音楽に杖に残りの人生を送っていきます。

 

このビリー・デイヴィス Jr. の「ヘルプ!」はそんなかけがえのない拠り所になる歌なんじゃないでしょうか。

 

(written 2023.6.2)

2023/05/30

高嶺の花

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(4 min read)

 

Carmen McRae / It’s Like Reaching for the Moon
https://www.youtube.com/watch?v=WwodkqC26iA

 

だれにも絶対に近づかないのは、2020年はじめごろ自分がASD(自閉スペクトラム障害、アスペルガー)だとハッキリわかるようになってから。あらゆる人間関係をみずから「必ず」破壊してしまうやつなんで。そうとは意図していないんですよ、でも健常発達のみなさんからすれば、コイツなんやねん!ってことになっているみたい。結果、拒絶され自分が泣くことになります。

 

だからだれかとの関係を大切に思えばそれだけ、いいねと思えばなおさら、絶対に近づかないように、しっかり距離を保つようになったんですけれど、そんなぼくの気分にピッタリな歌があります。ビリー・ホリデイが歌って有名にした(1936)「It’s Like Reaching for the Moon」っていうポップ・ソング。

 

〜〜 あなたにはどう考えても近づけない、まるで月に届けと願うようなものだから、星や太陽に届かないように、羽根なしに飛ぶなんて、弦なしにヴァイオリンを弾くなんてできないように、あなたはそんなはるか遠く高い場所にいる、天使がこっちを好きになってくれるなんてありえないでしょ、そういう至高の存在だから 〜〜

 

っていう歌で、むかし「高嶺の花」という邦題になっていた時代もありました。最近ではそのままカタカナ表記ですね。Spotifyで曲検索するとたくさん出ますが、いちばんの個人的お気に入りはビリー・ホリデイのではなくカーメン・マクレエがジミー・ロウルズのピアノ一台で歌ったライヴ・ヴァージョン(『ザ・グレイト・アメリカン・ソングブック』1972)。
https://www.youtube.com/watch?v=WwodkqC26iA

 

ビリーが定番化させた歌ではあるものの、72年発売だったカーメンのも同じほどの影響力を持っていて、二大ヴァージョンと言っていいはず。カーメンは歌う前に「ビリー・ホリデイの歌をやらずに終わることなどできませんから」としゃべっているんですが、そんなカーメンのほうも有名になっているだろう、というのを後世のヴァージョンズを聴いていると実感できるものがあります。

 

かつて大好きだった『ザ・グレイト・アメリカン・ソングブック』というアルバム全体は、実をいうと最近そうでもなくなってきていて、なぜかってカーメンはやや重い、ねっとりと粘りつくような歌いくちでしょ、引きずるような感じっていうか。ちょっとそういうのがですね、イマイチになってきています。あっさり淡白系のほうがいまではいいのです。

 

でも二枚組レコード二枚目B面ラスト前だったこの「イッツ・ライク・リーチング・フォー・ザ・ムーン」は完璧。いつなんど聴いてもため息が出るほど美しいと感じます。歌詞を反映するように発声を控えめにして、やや遠慮がちにひっそり淡々と&ていねいにつづっているのがすばらしいですよ。

 

ほぼビートのないテンポ・ルバートで、ジミー・ロウルズの弾くピアノだけが伴奏っていうのもいい(アルバム全体ではバンドが演奏している)。

 

すくなくともぼくにとってはカーメンのこれこそ、この歌の決定的レンディション。ねばっこいヴォーカル・スタイルもこうした歌なら最適でステキに聴こえるし、ジミー・ロウルズの歌伴だって呼吸というか間合いというかツボを心得ていて、シンプルだけど細部に神経が行き届いていて、押し引きも自在、心地いいです。

 

最終盤で「薄い望みだけど、いつの日かふりむいてくれたらいいな」とも歌っているのは、やっぱり人間のメンタリティってこういうもんですよね。でもぼくにはこの気分、まったくないです。あくまで自分のなかの妄想にとどめておかなくちゃ。そのためのBGMとして、常なるいましめとして、カーメンのこの「イッツ・ライク・リーチング・フォー・ザ・ムーン」はぴったりです。

 

(written 2023.3.19)

2023/05/16

加齢による身体的衰弱が思考に深みをもたらす

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※ 写真は本文と関係ありません

 

(4 min read)

 

こないだ作家の近藤雄生(ゆうき)さんがいいこと言っていました。

~~~
加齢や体力の衰えを感じるほどに、人間の精神や考え方に、物理的な肉体が与えている影響の大きさを実感する。体が衰え、死に向かっていくからこそ人間には人間の思想や文化があるんだなあと。
~~~

 

こうしたことは、ぼくら60歳も越えた世代なら日々皮膚感覚で実感していること。肉体的に衰え、要介護段階にはまだ遠いけれど前フレイル状態にやや入りつつあるかもしれないようなステージにあって、内面的思考のほうはどんどん冴えを増すばかり。

 

もちろん肉体/精神と二分して考えたりするのはちょっとおかしなことで、気持ちとかハート、感情もすべて脳の働きなので、その意味では(肉体と切り離すかたちでの)心、精神なんてものはなく、なにもかもがピュアに身体的な現象ってことではあります。

 

近藤さんは、だから病気もケガも衰えも年齢的限界もないAIは人間的思考にとってかわりようがない、生身の人間の思考はそれら肉体的衰弱によってこそ深みや鋭さを増すのだから、という方向へ結論づけなさりたいようです。

 

ぼくとしてはAIならではの活躍シチュエーションがあると思っていて、もうすでにそうなっているし、人間に置き換わるものでないにせよ、ネガティヴなとらえかたはしていません。イノベーション万歳?Spotifyとかで日々AIのありがたみを味わっているおかげ?

 

いずれにせよAI思考と人間思考は異なるもの。そして後者は年齢を経れば経るほど、加齢で肉体が衰えればそれだけかえって、斬れ味と味わいを増していくものです。渋みというか落ち着き、まろやかみも出てくるし。

 

あれもできないこれもできなくなったとか、人生あきらめなくちゃなんないことも増えて、だからこそかえってというか引き換えにっていうか得られるものが思想や文化にはあって、それでこそ人間思考の存在価値があるというものです。

 

こんなこと、言語化していなかったまでも日々実感しているあたりまえのことであるにもかかわらず、近藤さんのツイートがあるまでぼくは意識していませんでした。が、たしかにこのとおりです。音楽を聴き、考え、文章を書き、発表するという生活のなかで、その作業がここ数年どんどん容易になってきているのも事実。

 

ブロガーとして経験を重ねて熟練したっていうことなんですけど、大きなケガや病気もかかえるようになったし、若いころのように思いどおりには動作できなくなってきたと痛感することが多いですが、テーブルに置いたノート・パソコンの前にすわって執筆に専念するという一点においては以前よりスムースにできるようになりました。

 

気持ちもフラットでピースフルになっているし、おだやかで淡々とした薄味なメンタルで落ち着いていて、そうなったのと相前後するように好きな音楽の傾向も変化しました。ケバケバしいものを遠ざけるようになり、静かでまろやかな淡々とした音楽をどんどん聴くようになりました。

 

こうしたことは生命体としての人間の有限性にきわめて密接に関係しているというか、人生が限りあるもので、死へ向かって徐々に衰えていくからこその充実なんだと言えるはず。歳とっていなかったら、いまのぼくの文章はないです。

 

(written 2023.3.30)

2023/04/16

落ちぶれたらみんな知らん顔

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(1 min read)

 

Nobody Knows You When You’re Down and Out
https://open.spotify.com/playlist/6MSqBoanOlgtdGuF2mJev2?si=dff3d3bf2ea640bb

 

むかし大金持ちだったころは
どんなに金を使おうが平気で
友だちを引き連れて遊びまくり
酒という酒をガバガバ飲んだけど

そのうち金がなくなってきたら
友だちなんてみんな消えちゃって、行くあてだってなくなった
こんど金を手に入れることができれば
つぶれるほど握りしめて離さないぞ

なんでかって、落ちぶれたらみんな知らん顔
ポケットに一円もなかったら
友だちだって一人もいなくなる

もう一回立ちなおってくれば
だれもがむかしなじみだって顔してまた寄ってくる
妙なことかもしれないけど間違いない
みんな知らん顔だぞ落ちぶれてしまったら

落ちぶれたらみんな知らん顔
ほんとうにほんとうに
無一文になったらだれもが知らん顔するようになる
一人もいなくなってしまう、みんな逃げちゃうんだ

 

(written 2023.3.16)

2023/03/01

先生のことが好き!

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写真は2018年のものです

 

(5 min read)

 

と言われることが若い時分にはよくあって、あのころホントもてたなあ。自慢話はいやらしいでしょうが、かなりむかしの思い出話で、いまはもうそんなことありえなくなったジジイが懐古というかなつかしんでいるだけなので、どうかご勘弁ください。

 

先生と呼ばれたのは大学の教師だったからで、職場には二十歳前後の女性がたくさんいたわけですから、そう、ばあいによっては告白されたりヴァレンタインのチョコレートを意味を込めてプレゼントされたり手紙をもらったりなんてことがよくありました。

 

30代後半からはこんなこともなくなったんですが、それ以前の若いころは学生にとっても身近でリアルな感情を持てる対象だったからなんでしょう。年齢が近く話がおもしろくルックスもいい異性教師に学生や生徒が好意をいだくなんてのはよくあることじゃないかと思います。

 

しかもその後結婚することになるパートナーと深いおつきあいをはじめたら途端にモテるようになったというのがちょっと皮肉というかジレンマというか、フリーの時代にモテていればウハウハだったのかもしれませんけど、でも人間そんなもんですね。

 

なかにはですね、同じ大学の同僚だったか明言できませんが、委細かまわず教え子との禁断の関係に走ってしまう教師もいたとかいないとかのウワサを耳にはさんではいました。その点ぼくは徹底的に抑制が効いていたというか、若い女性に興味なかったというか、そもそもパートナーとほやほやの時期でしたし。だから一線を踏み越えたことはありません。

 

それでもいまだ鮮明におぼえている女子学生もいて、うんそうですね、好きだおつきあいしてくれと言われるのは悪い気分じゃないし、熱烈アタックかけてきた相手のことは忘れないもんです、還暦になっても。氏名までくっきり憶えている女性もいますから。

 

それほどじゃなくても、なんとなくのぼんやりした好感を集団的に寄せられていたことは鈍感なぼくでも理解していて、たとえば三年間ほど埼玉県にある小さな女子短大に非常勤で教えに行っていたころはそうでした。教室に入ると「今週は先生何色着てくるかとみんなでうわさしているんですよ」などとうれしそうに言われるし。

 

ファッション・チェックより教科書読んできてほしいというのが教師としての内心でしたけど。下校時に校門で待ち伏せされていたし(これは他校でもそうだった)。その女子短大はかなりな田舎にあったので電車の路線も一本だけ、学校から駅まで一本道で逃げようがなかったので、結局池袋まで毎週ずっといっしょでした。

 

JR山手線新宿駅のホームで、電車が来た別れ際に強引にキスしてきた学生もこの女子短大二年生でした。だから19歳か20歳でしたか。ぼくは当時28歳。駅のホームに一人残され、ほっぺたに赤いのがついたけどしばらくは拭くのもなんか違う気がするしで。

 

そんなこんな一切合切、ぼくはパートナーに残らずしゃべっていました。もらった手紙も見せるし、チョコレートをもらったら仲よくいっしょに食べるっていうようなぐあいだったので、知らないとはいえ学生のほうからしたら残酷なことだったかもしれません。

 

いま思い出しました。1991年三鷹市役所(最寄駅はつつじヶ丘だったけど住所だけ三鷹だったあのころ)に婚姻届を出し受理された半年後に、吉祥寺で記念パーティをやりました。友人や仕事仲間を呼んでお茶だけするっていうものを。

 

その際パートナーの旧学友もたくさん来たんですけど、終わってから「ねえ、岡本、心配じゃない?ダンナがあんなハンサムで、しかも職場には若い女がうじゃうじゃいるんでしょ、ねえ心配でしょ?」って、みんなにそればっかり言われたってことで、帰宅してから二人で笑いました。

 

いまはむかし。

 

(written 2023.2.4)

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