カテゴリー「マイルズ・デイヴィス」の233件の記事

2022/09/18

1982〜85年の未発表スタジオ音源に聴くブルーズ・サイドとポップ・サイド 〜 マイルズ

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(5 min read)

 

Miles Davis / That's What Happened 1982-1985: The Bootleg Series, Vol. 7
https://open.spotify.com/album/2mwZpszzkV5EzChG04oDWv?si=4cEZhJ1JT2S3JoIE9osT4Q

 

ネットとかしたりなどでのんびり軽い気持ちで流し聴いたマイルズ・デイヴィスの『That's What Happened 1982-1985: The Bootleg Series, Vol. 7』(2022)。リリースされたばかりの未発表発掘音源集で、ちょうどワーナー移籍直前、コロンビア時代末期のものですね。リアルタイム・リリースでいえば『スター・ピープル』(83)、『ディーコイ』(84)、『ユア・アンダー・アレスト』(85)のあたり。

 

CDなら三枚組ですが、三枚目は83年7月7日のモントリオール・ライヴ。二枚目までがスタジオ・アウトテイクで、興味をひかれるのはそっちです。おおざっぱにいってディスク1がブルーズ・サイド、ディスク2がポップ・サイドということになるんじゃないでしょうか。

 

これは晩年のマイルズを決定づけた二大要素であるとともに、本来この音楽家がなにを大切にして1948年以来のソロ・キャリア全体を歩んだかということも象徴しているとぼくには思えます。そしてこれら二つは81年復帰後マイルズの50年代回帰ということを明確に示していますよね。

 

特にハッこれはおもしろい!と身を乗り出すのがディスク1に収録されたブルーズ・ナンバーの数々。なんたって2、3トラック目の「マイナー・ナインス」はJ.J.ジョンスン(トロンボーン)との再会セッションで、二人だけでの演奏。バンドはおらず、JJが吹く伴奏をマイルズがエレピでやっている(トランペットは吹かず)というもの。この上なくブルージーな雰囲気満点で、こ〜りゃいい。

 

しかしJ.J.ジョンスンですからね。正式共演は1950年代前半のブルー・ノートやプレスティジでのレコーディング以来っていう。なんでJJだったのかともあれ、このころマイルズがJJとひさびさに再会してなにか録音したらしいぞっていうウワサは当時飛び交っていて、ぼくも目にしたことがありました。

 

それがようやく日の目を見たということで。しかも「マイナー・ナインス」パート1でJJが吹いているのは電気トロンボーンのサウンドに聴こえるし、マイルズのエレピだってブルージーでコクがあってうまいですよ。やはりブルーズ・ナンバーで、こっちはバンドで演奏する4〜6「セレスティアル・ブルーズ」のパート3にもJJが参加しています。

 

ブルーズ、というかブルージーなフィーリングという点では、ディスク1の末尾に収録された9、10「フリーキー・ディーキー」もみごと。編集済みの完成テイクが『ディーコイ』に入っていましたが、それはふわふわただようようなアンビエント感満載のアブストラクトなものでした。

 

ところがここではナマのむきだしのアーシーなブルーズ・フィールをこれでもかと聴かせてくれて、ジョン・スコフィールドも本来の持ち味を存分に発揮しているし、いまのところたぶんぼくはこの2トラックが今回のディスク1でいちばん好きですね。聴きものだとも思います。

 

ディスク2をポップ・サイドと呼んだのは、1950年代からもともとポップ・バラードのリリカルでプリティな演奏に本領を発揮していたマイルズが、その長所をフルに取り戻したような演奏がたくさん楽しめるからです。「タイム・アフター・タイム」「ヒューマン・ネイチャー」の別ヴァージョンもあるし、以前先行で聴けるようになったときに記事にした「愛の魔力」(ティナ・ターナー)もあります。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2022/06/post-3335a8.html

 

今回のこのアルバム・リリースで初めて聴けるようになったものでいえば、100%未発表で存在も知られていなかった4曲目「ネヴァー・ラヴド・ライク・ディス」に実は惹かれました。オープン・ホーンで吹いていますが、曲題の意味が身に沁みてくるような、いいバラードです。マイルズ作とクレジットされていますけど、ホントかな?

 

マイルズ公式Twitterアカウントが言うように、このトランペッターはリリカルで内省的かつメロディックに演奏することに生涯を懸けた音楽家だったんですが、そんな特色が今回リリースされたこのアルバムでもよくわかります。

 

(written 2022.9.17)

2022/09/05

個人的クールの誕生 〜 マイルズ関係の趣味も変わってきた

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(6 min read)

 

最近音楽の趣味がおだやか系に変化してきたというのはくどいほどくりかえしていますが、最愛好ミュージシャンのマイルズ・デイヴィス関係でもそれがはっきり反映されています。

 

しばらく前まではどっちかというと荒々しくごりごりハードでノリのいいファンク路線が好きだったんですけど、つまり『ビッチズ・ブルー』『オン・ザ・コーナー』『アガルタ』(その他70年代中期のライヴ作品)など。そのへんをめったに聴かなくなりました。あんなにも好きだったのに。

 

聴けば聴いたで、こういうのもやっぱりいいな〜とは思うんですけど、そもそも聴く気にあんまりなんないっていうか、ちょっとかけてみては、アッこういう気分じゃないよねいまのぼくは…ってなることが多いです。

 

入れ替わりに、傑作とは思うもののそんなに大好きというほどでもなかったかもしれないアルバムをどんどん聴くようになっていて、もちろんなかにはずっとフェイバリットだったものもあるんですが、『クールの誕生』『マイルズ・アヘッド』(の特にA面)『カインド・オヴ・ブルー』とかが最近のローテイションです。

 

『イン・ア・サイレント・ウェイ』もそうかな。それらいずれもいままでだって大好きだったんですけど、相対的にごりごりなハード・ファンク期のほうを聴くことが多かったので、比べればやや影が薄くなっていました。

 

これらのアルバム群は、マイルズのクールでおだやかな傾向を代表するもので、いっぽうにハードでワイルドな路線も、特に1969〜75年の電化ファンク時代にはあったんですけど、考えてみればこの音楽家はそもそも静かで淡々としたクールな音楽のほうに本領を発揮したというのがキャリア・トータルでみればよくわかるし、そういう資質の持ち主だったんだと思います。

 

いままではそれをあまり考慮せず、まあ無視して、69〜75年の電化ファンク時代がいいんだぞと自分に言い聞かせるようにしていて、一種のこだわりだったというか、そのへんがマイルズの生涯でも特にクレイジーだった時期なのは間違いないことで、ロック/ファンク方面にもファンを拡大していましたし。

 

つまり、こっちが歳とって嗜好が変化したというだけの話。どのへんがマイルズという音楽家最大の成果だったか、どうやって時代をリードしてきたか、名作とはなにか、なんていう部分に興味がなくなって、なくなったわけじゃないけどさんざん聴いてきたので、いまはもうただひたすら自分にとって快適な音楽だけを選んでいきたいという気分になってきたわけです。

 

それで残ったのが上であげた『クールの誕生』『マイルズ・アヘッド』『カインド・オヴ・ブルー』『イン・ア・サイレント・ウェイ』とかそのへん。快適にスウィング、というかグルーヴするナンバーもあるもの、それらだって決して激しくないし、全体的には落ち着いたおだやかさ、まろやかさ、平坦さ、要するに抑制された美を実現しているのがとってもグッド。

 

そして(いままでなんども書いてきたことですが)マイルズはもとからこんな方向性のアマチュア・トランペッターだったのにチャーリー・パーカーなんかのコンボでデビューしちまって、苛烈を極めるビ・バップ・ムーヴメントのどまんなかでプロ演奏活動を開始してしまったというのが、独立後の方向性を反動的にしたという面も確実にあると思います。

 

パーカーはといえばマイルズのおだやか系資質をうまく利用していて、自分のサックス・サウンドと並べたときにいい感じのコントラストを生むので音楽全体でバランスがとれてよいと考えていたでしょう。自分のバンドを持つようになってからのマイルズがハードな吹きまくり系サックス奏者をサイドに置くことが多かったのも、こうしたバード経験から得た知恵に違いありません。

 

さて、たとえば『クールの誕生』の「ムーン・ドリームズ」とか、スローじゃないけどバリトン・サックスと低音ブラスの合奏がなんともいえず心地いいおだやかサロン・スウィングに聴こえる「ガッドチャイルド」「バプリシティ」などや。

 

『マイルズ・アヘッド』の「カディスの乙女」「マイ・シップ」といった、空の雲がゆっくり流れてうつろっていくような静かで美しいオーケストラ・サウンドのゆったりとしたただよいとか。『カインド・オヴ・ブルー』の「ブルー・イン・グリーン」「フラメンコ・スケッチズ」などのまるでピアニッシモな静けさとか。

 

『イン・ア・サイレント・ウェイ』のタイトル曲での牧歌的な響きもいいけど、それにサンドウィッチされているファンキー・グルーヴァー「イッツ・アバウト・ザット・タイム」のステディでじっとしている湖面のさざなみをおもわせるたたずまいに石を投げたら波紋がひろがるみたいなふうのエモーションが込められていて、後半一瞬で解放されるところとか。

 

こういった数々の瞬間にいまのぼくは心底快適さを感じ、ほんとにいいなぁ〜って惚れ惚れとため息をつくような感動を、いまさらはじめて発見したかのごとく味わっているんです。

 

(written 2022.8.20)

2022/08/27

マイルズ・デイヴィス新入門ガイド 2022

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(5 min read)

 

ブログのアクセス解析をながめていると、ぼくはどうやらマイルズ・デイヴィスの専門家とみなされているようで、もちろんそうです。ここのところはなんだかマイルズ入門としてどこから聴けばいいの?っていうたぐいの情報を求めてごらんになっているケースが多少あるのかもしれないな、という実感があります。

 

ブートレグでそういった記事をあらためて書く気はあまりなくなったと以前言いましたが、公式アルバムならその場でサッとSpotifyリンクを貼ってご紹介できるので、サブスク時代のいま、じゃあ書いておこうかな、マイルズ再入門ガイド2022を。

 

ひょっとしてあらたに or はじめてマイルズを聴いてみたいけど、アルバム数も情報量も多すぎて、とりあえずなにを聴けばいいか戸惑ってしまうという(お若くなくても)リスナーはいらっしゃるでしょうからね。いまふたたびのマイルズ・ブームかどうかはわかりませんが。

 

そいで、マイルズ入門的なガイド・ブックはいままでた〜っくさん出ました。Webにも同種の記事は多いです。そういうのに掲載される機会の少ない、しかしほんとうに上質の音楽なんだけどなぁ、どうしてあまり話題にならないの?っていうあたりを書くのがぼくの仕事でしょうから、そのへんを中心に以下九作。

 

リリース年(カッコ内)順に並べました。パッとごらんになって、ジャケット・デザインがいい感じだからこれにしようかなっていうような選びかたでおっけ〜。お勉強的なことじゃなく、楽しまなくっちゃね。

 

1)Miles Davis and Milt Jackson Quintet / Sextet (1956)

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 軽快で明るいブルーズ中心。油分の薄いさっぱりした演奏がいいですね。ミルト・ジャクスンがうまあじなので、ヴァイブラフォン好きにも推薦できます。
https://open.spotify.com/album/6QV1iyREyud3AGQZxf8Yt7?si=0bO1cQCUTnSBFREcjNDAfg

 

2)Miles Ahead (57)

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 ギル・エヴァンズと組んだオーケストラ作品で、ソロはもっぱらマイルズをフィーチャー。きっちりアレンジされた管楽器の響きと動かしかたがマジきれいで、ため息しか出ず。
https://open.spotify.com/album/6WOddaa5Vqp8gQZic8ZUw9?si=VuwQINz7QXOl8n5yrvGxtA

 

3)Someday My Prince Will Come (61)

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 かわいらしくおだやかで日常的な、とんがったところのまったくないサロン・ミュージック。レギュラー・コンボでの落ち着いた丸みのある演奏が心地いいです。
https://open.spotify.com/album/68A4o4tkirJRFYbO9Ag0YZ?si=nc_NVZ8ARm-Cp8knwz-hHw

 

4)In Person, Friday Night At the Blackhawk, San Francisco, Volume I (61)

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 (3)のバンドでのライヴ。「サタデイ」もありますが、ぼくは「フライデイ」が好き。配信には完全版しかないので、オリジナルLPどおりのプレイリストにしておきました。リズム・セクションの明快なスウィンギーさに熟達の味がよく出ています。
https://open.spotify.com/playlist/2gDinlJa9TevAPKk1h6Nvw?si=35ce9b806b5647ae

 

5)Miles In Berlin (65)

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 マイルズ・バンドによる「枯葉」はこれがいちばんいいような(トニーの印象派ドラミングもみごと)。ウェイン・ショーター加入後の初録音で、すでに甘みと情緒感を抑え鋭角的に斬り込んでいく新時代のジャズ・マナーが全体的に聴けます。
https://open.spotify.com/album/0Eyp5TVXsL4z6arSvy7DMB?si=5FvsCowiSYSBC40r_VEKDg

 

6)Filles de Kilimanjaro (69)

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 電気楽器を使ったカリブ〜アフリカ路線。数年前からの気分ではマイルズのNo.1傑作に選んでもいいのでは?と思っているくらい。ソウル〜ロック〜ファンクへのアプローチがあきらかになった時期ですね。
https://open.spotify.com/album/7pFyY6SvB0XlUKp8srk8Az?si=AoC5Rn0bSpWWj-vW4Ri7Pg

 

7)In A Silent Way (69)

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 なんだか90年代以後のクラブ世代にもアピールできるチルでドープな作品のようにいまでは聴こえ。とにかくさわやかでカッコいいし、静的でクールなたたずまいだってコンテンポラリーだし、もはや『ビッチズ・ブルー』(70)より断然こっち。
https://open.spotify.com/album/0Hs3BomCdwIWRhgT57x22T?si=eiuM4PjYRt-WOpoFXfPOpg

 

8)A Tribute To Jack Johnson (71)

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 ストレートでカッコいいギター・ロックなので、ロック好きにもいけるはず。特に1トラック目の「ライト・オフ」。これがマイルズ・バンドでのデビューだったマイケル・ヘンダスンのベースもファンキーでグルーヴィ。
https://open.spotify.com/album/0xr31or2qYglJpiX6pODjY?si=G3t_P2_WSx-kxrC8mkf1Pg

 

9)Doo-Bop (92)

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 ラッパーのイージー・モー・ビーとのコラボで、サンプリングとデジタル・ビートを基調にしたヒップ・ホップ・ジャズ作品。先鋭的な感じはなくて、すっと聴きやすくポップなのがいいですね。ハーマン・ミュートをつけたトランペット・サウンドは50年代から変わらぬマイルズだけの水銀の音。
https://open.spotify.com/album/28IDISyL4r5E5PXP0aQMnl?si=QAKzcV1uQ4OR2jsgNB2baQ

 

~~~
マイルズ関係の教科書的な歴史的名盤ガイドみたいなのは、ホント、たくさんあふれかえっていて、ちょこっと調べればいくらでも出ますので、きょうはそういったあたりを迂回するようなセレクションを書きました。享楽の一助となれば幸いです。

 

(written 2022.8.24)

2022/08/22

マイルズ「フラメンコ・スケッチズ」(59)と「ファット・タイム」(81)

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(3 min read)

 

Miles Davis / Flamenco Sketches & Fat Time
https://open.spotify.com/playlist/5nZ6K8fuodDf9aKaHL4qJ0?si=b5541fddb5cf4fff

 

の二曲が似ているんじゃないかという話をしたいわけです。前者は知らぬひとのない『カインド・オヴ・ブルー』のクロージング、後者は人気ないけど復帰作『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』のオープニングに置かれていたもの。

 

ジャズ史上最高傑作とすら言われることがある『カインド・オヴ・ブルー』のなかにある「フラメンコ・スケッチズ」と違って、いまでも散々な評判の『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』の「ファット・タイム」なんてほとんど話題になったことすらないかもですが、実は59年の前者に対するセルフ・オマージュですから。

 

自身の多くの強気発言とは裏腹に、すくなくとも音楽的には過去の自分をなんどもよくふりかえり吟味して焼きなおしたりで新作をつくっていたマイルズ。これもその一環というわけです。そもそも81年の復帰まで六年間休んでいたわけですから、じっくり内省する時間はこれでもかというほどあったはず。

 

音楽的に「フラメンコ・スケッチズ」と「ファット・タイム」はほぼ同じ構造をしています。いずれもあらかじめ用意されたテーマとかモチーフ、リフみたいものはなにもなく、提示されたのはただ複数のスケール(=モード)だけ。それを並べて、それに沿って各人が順にソロをとっているのが曲の実体です。

 

並べられたスケールは「フラメンコ・スケッチズ」のほうが五つ、「ファット・タイム」では六つ。そして前者ではその四つ目がスパニッシュ・スケールで、後者では五つ目がそう。このスパニッシュ・スケールを途中で使ってあって、そこでだけリズム・パターンも変化し、そのパートが各人のソロでいちばんの聴きどころ、急所であるという点でも両曲は共通しています。

 

もちろん大きな違いもあって、「フラメンコ・スケッチズ」はずっとほぼテンポ・ルバートに近いひたすら淡々とおだやかで平穏な演奏なのに対し、「ファット・タイム」のほうではかなり強いロック・ビートが効いていて、しかも後半は著しく高揚します。

 

そう、もりあがりというかピーク感が強い(マイク・スターンのソロ部と最終盤オープン・ホーンにしてのマイルズのソロ部)のが「ファット・タイム」の大きな特徴で、なにかがひたひたと迫りくるようなスリルとテンションを一気に解放するっていうそんな爆発が聴かれるのは、しかしこれも以前からマイルズの常套手段。

 

こうした部分以外は、ほぼ同じつくりになっているといえるこれら二曲。ぼくの考えでは、復帰作のレコーディングを進めていくうち、マイルズ自身『カインド・オヴ・ブルー』をじっくり聴きなおし、「フラメンコ・スケッチズ」がいいので同じパターンを使ってエレキ・バンドで現代的な新曲ができないかと案を練ったに違いないと思うんですよね。

 

(written 2022.7.4)

2022/08/07

マイルズの知られざる好作シリーズ(2)〜 『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』

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(5 min read)

 

Miles Davis / Someday My Prince Will Come
https://open.spotify.com/album/68A4o4tkirJRFYbO9Ag0YZ?si=-h0L8qOlSeyu9m61jf1Ttw
(オリジナル・アルバムは6曲目まで)

 

これを「知られざる」という枠に入れるのにはかなり抵抗があります。以前から人気があってけっこう知られている、聴かれている人気作ですからね。決して隠れてなんかいません。

 

でも人気だっていうのは、ひょっとしてマイルズ・デイヴィスやジャズ・トランペットが好きだというファンのあいだでの話。それが漏れ伝わって一般のリスナーのあいだでも一部に愛聴作となっているケースがあるかもしれませんが、歴史的傑作、名作とかいったものじゃありませんから。

 

マイルズという音楽家だと、時代をかたちづくってきた、ジャズの歴史を複数回変えたという歴史的な評価がどうしても先行してしまう面があって、いっぽうにぜんぜんそんな作品じゃないけれど実は愛すべきプリティな好作みたいなのがあるのに、傑作群のかげに隠れほぼ無視されてきた事実があります。

 

マイルズのキャリアをトータルで聴いているといった熱心なファンじゃなかったら、一般に評価の高い名作を中心に(名盤ガイドなんかを参考にしながら)聴いていくかもしれません。総作品数の多い音楽家なので、そうやってフォーカスをしぼらないと追いにくいっていう面もあり。

 

そう考えてくると、1961年の(実は人気作なんだけど)『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』も、一般的に知られているとはかぎらないんじゃないかと思えてきて、内容がいいだけにもったいないなと、きょうここで書いておくことにしました。ジャズの歴史なんか1ミリも変えていないアルバムですけど。

 

本作がいいといっても、ジョン・コルトレイン参加の二曲「サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム」「ティオ」を、コルトレインが吹くがゆえにほめる気はいまはあまりなく。かつてはそれらばかり聴き狂っていたというのに、趣味が変わりました。レギュラー・クインテットによる演奏部分がくつろげてとてもいいと思うんです。

 

ですからテナー・サックスはハンク・モブリー。イモだイモだといままで散々悪口言ってほんとうにゴメンナサイ。コルトレイン演奏部はたしかにすばらしく、それと比べればどうしても聴き劣りしてしまうのはやむをえないのですが、61年のトレインといえばああいった苛烈な吹きまくり、それが気持ちいい時間もあるものの、おだやにくつろぎたい気分のときはトゥー・マッチに感じることがあるんです、ぼくは。

 

そこいくとモブリーはいつも中庸でおだやかなリラクシング・ムード。音色もフレイジングもおだやかで、その適切さ加減がいまの歳とったぼくの嗜好には実にピッタリくるんですよね。そういった「なんでもないような」ぬるま湯フィーリングこそ、老齢に近づき個人的にたどりついた心地よい境地です。

 

ウィントン・ケリー、ポール・チェインバーズ、ジミー・コブのリズム・セクションも、古いスタンダードだろうと新曲だろうとブルーズだろうとおだやかに淡々とこなしていて、マイルズが率いたハード・バップ・コンボのなかでもいちばんの聴きやすさを実現しているといえるかも。

 

エッジの利いた緊張感やわくわくするスリルを音楽に求めていればものたりないであろう『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』、ぼくだっていまだそういう追求をしている時間もありますが、もはやいつもいつもそうじゃない。リビング・ルームでゆっくりコーヒーでも飲みながらのんびりしていたいことも増えてですね、そんなときマイルズの諸作から選ぶなら、本作は絶好なんです。

 

いままでもファンのあいだでずっと人気作だったというのは、実はそういう部分じゃないかと思いますね。「時代をリードした」とか「ジャズの帝王」とかいったイメージばかり先行でマイルズのことをとらえてきたみなさんも、たまには立ち止まって聴いてみてほしいという気がします。

 

(written 2022.6.24)

2022/07/22

マイケル・ヘンダスンはマイルズになにをもたらしたのか

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(5 min read)

 

Miles Davis / A Tribute To Jack Johnson
https://open.spotify.com/album/0xr31or2qYglJpiX6pODjY?si=9YMVASbIRuOqCPOrURgD_w

 

マイケル・ヘンダスンが亡くなったということで。ぼくにとってこのベーシストはマイルズ・デイヴィスとやったものがすべてなので、なかでも個人的にいちばん好きな『ア・トリビュート・トゥ・ジャック・ジョンスン』(1970年録音71年発売)を聴きかえしました。

 

特にベースにフォーカスするように聴いたんですが、そうでなくたってこのアルバムでのヘンダスンのプレイはきわだっています。レコードだとA面だった「ライト・オフ」でのベース・ラインなんかファンキーで絶品グルーヴィ。かなりロックっぽいけど、実はファンクですよね。

 

しかもこの『ジャック・ジョンスン』になった主要マテリアルを録音した1970年4月7日というと、ヘンダスンはまだバンドに加入しておらず、加入させるかどうかの判断をマイルズが下すためのオーディションだったんですから。それでこのキレ味、いい演奏すれば使ってもらえると張りきったというのがあったにせよ。正規加入は同年秋ごろ。

 

ベースの前任者はデイヴ・ホランドで、「ライト・オフ」とかでこれだけの演奏をヘンダスンがしているにもかかわらずそのまますぐにはバンドに入れずしばらくホランドを使っていたというのが信じられないと思ったりもするんですが。やっぱりちょっと保守的なところのあったトランペッターでした。

 

でも実はこのセッションのテープをホランドも聴いたに違いなく(発売は翌年)、こりゃヤバいぞ!と思ったのかその後のスタジオ・セッションやライヴ・デイトでは(ジャズ・ベースというより)ソウルフルでグルーヴィな演奏をして、ときどきラリー・グレアムになっていたりもしたんです。

 

つまりレギュラーの座が危ういと先輩をあわてさせ豹変させたベースだったということ。ソウル界出身のヘンダスンがマイルズ・バンドにもたらしたものとは、上で(スライの「サンキュー」をやった)ラリー・グレアムの名前を出しましたが、まさに湧き出てくるように反復するヒプノティックなグルーヴを飽かず延々と持続させられる往復力。

 

もちろんそんなのはジャズにそれまでなかったもので、ファンク・ミュージックへとマイルズが舵を切るコーナーストーンをヘンダスンがもたらしてくれたんです。68年ごろから描いていた自己未来像とも合致し、75年夏の隠遁までヘンダスン以外ありえないといった感じで一つの例外もなく使い続けました。

 

ヘンダスンらが実現していたこの手のグルーヴとは人間にとって要はセックスのグルーヴ。生理的でナマナマしい身体的な快感なんですよね。70年あたりからマイルズは自分の音楽にそうした肉体性を宿らせようと試みていて、67年暮れから実験がはじまっていました。

 

スタジオではロン・カーターだったりホランドだったりしても、自由に(ジャズ的に)演奏させるのではなく、あるいは譜面化しておくとかあらじめ用意しておいたお決まりのラインを定常的に弾かせるという、ドラマーへの指示にしてもそうで、つまりリズム・セクションの役割を限定的に固定し、マイルズは最初まずそうやってファンク・グルーヴを実現しようとしていました。

 

1970年春ヘンダスンの参加は、自由に弾かせてもスポンティニアスにそうしたプレイのできるベーシストの登場を意味するもので、あわせてジャック・ディジョネット(ら)のドラミングもよりタイトなものへと変貌していくようになり、バンド全体がニュー・ミュージックに取り組む方向性がしっかりするようになりました。

 

ヘンダスンが具現化したそうしたグルーヴの例証として、『アガルタ』(75)など、より超絶的なベース演奏がほかにあるのに『ジャック・ジョンスン』を選んだのには、これが嚆矢であったということ以外に、ベースが聴こえやすいという理由もあります。フロントの管楽器以外はシンプルなトリオ編成(ギター、ベース、ドラムス)で空間があって、機材の揃ったスタジオ録音で音響も良好鮮明、エレベの粒だちや音色、細かな表情までとてもよくわかります。

 

Michael Henderson (July 7, 1951 - July 19, 2022)

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(written 2022.7.20)

2022/07/19

ぼくの『クッキン』A面愛 〜 マイルズ

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(4 min read)

 

Miles Davis / Cookin’
https://open.spotify.com/album/50J57uCvPub0yK2kjkfC9J?si=vz95nPY8Ro2yfecZDud2mA

 

マイルズ・デイヴィスのプレスティジ末期録音がかなり好きだ、特にそのモノラルな音響、という話は以前しましたが、音楽性もふくめ例のマラソン・セッションからできた「〜in’」四部作でいちばんいいなと思うのは『リラクシン』(1958年発売)。

 

でもそれら四作すべて、もとはレコードですからA面B面があったわけです。ぼくもCDメディアへの総切り替えまではずっとレコードを片面単位で聴いていたし、っていうんで面で考えたら『クッキン』(57年発売)のA面が絶頂的に最高なんですね。2曲目まで。個人の感想です。

 

ってことはつまりB面がぼくにはどうもイマイチで、がゆえにアルバム単位ではさまざまなセレクションに選んでこなかったんです。なんかダサいし。そんなこともあっていままでさほどは話題にしてこなかったアルバムかも。A面だけならな〜って切に思いますよ。

 

『クッキン』A面は音響も最高だし、それになんたって曲の構成がいいです。リリカルできれいな絶品バラードとスウィングする愉快なジャズ・ブルーズっていう、もうこれ以上ない並び。どっちの演奏もすばらしく、みごとにそれらしかないっていう、完璧じゃないですか、このA面。

 

1曲目の「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」のことはもはや語り尽くされているような気がしますが、1964年例のリンカーン・センターでのライヴ・ヴァージョン(『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』)と比較すれば、まだちょっとこじんまりスケール小さく落ち着いているこのプレスティジ・ヴァージョンがあんがい好きなんです。

 

それから、なんだかピアノ(レッド・ガーランド)とベース(ポール・チェインバーズ)の音が鮮明でいいですよね。『〜in’』四部作のなかでもこの面がいちばんサウンドがくっくりしているような気がぼくにはするんですけど、気のせいかも。同じ日の同じエンジニアによる録音だから差がないはずなのに、でもなんだかねえ。

 

そして2曲目のストレートな定型ブルーズ「ブルーズ・バイ・ファイヴ」こそ最も愛するもの。信頼しているブロガーが以前ハード・バップにおけるブルーズは退屈であるなんて書いていたもんだから、この種のことを言明するのになんだかちょっと引け目を感じるようになってしまい、ちょっぴり恨みに感じていますが、それでもなんど聴いても心から愛しているとしか言いようがない事実は変わらず。

 

ただのシンプルな定型ブルーズなんで演奏前の簡単な打ち合わせだけで本番に入っていますが、ここでもまたレッド・ガーランドがいいです。こういったジャズ・ブルーズをそもそも得意にしたピアニストではありますが、それにしてもここではいったいどうしちゃったんだろう?と思うほどの水を得た魚感。

 

三番手で出るそのレッドのソロは、お得意のシングル・トーン → ブロック・コードと前後半を使い分ける作法ではなく、終始シングル・トーンで鈴の転がるようなきれいなフレーズを奏でていて、ファンキーでもあるし、これ以上の快感はぼくにはないんです。たった5コーラスといわずその倍弾いてほしかった。

 

(written 2022.6.10)

2022/07/13

マイルズでもモノラル録音がわりと好き

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(5 min read)

 

資金と設備を持っているアメリカ合衆国の大手レコード会社がステレオ録音を開始したのは1957年ごろですが、そこから10年間くらいかな、ステレオ盤でレコード発売されたものって音響がイマイチだと感じることがありませんか。

 

それに比べたら50年代後半〜末ごろのモノラル録音技術って円熟期で、楽器や声のサウンドはどれもしっかりハイ・ファイできれいに録れるし、がちっと痩身にひきしまって、シャープで聴きやすいし、こっちのほうがいいなと感じているリスナーはぼくだけじゃないような気がします。

 

ステレオ録音がちゃんとしてくるのって1960年代末〜70年代初期ごろからというのが私見。実はそれ以後音場感がモノラルっぽい方向へ回帰しているなと思うんです。左右中に音がくっきり分かれちゃうってことがなくなって、そのほうがライヴ・ミュージックに近いんですよね。録音音楽は別物という認識があるにせよ。

 

マイルズ・デイヴィスでも『マイルストーンズ』(1958)や『カインド・オヴ・ブルー』(59)あたりの、音楽性は文句なしとして音響のほうがイマイチ好きじゃないと感じることもあるはこのため。なんだかぶわっとひろがっていてシマリがないな、空間あきすぎ、エコーもかけすぎだろうと。そのせいで音楽のほうまでどうもなんかちょっと…、ってことはないはずなんですけど。

 

こうしたことをときどき実感するのはプレイリストをよく自作するからです。プレスティジ時代(はぜんぶモノラル)からコロンビア時代まで一連続で流れてきたら、やっぱりどうも1958、59年あたりでアレッ?と感じちゃう。なんだかつまんない、単独でアルバムを聴けばそんなことないのに、プレイリストで聴いていてこの違和感を発見するようになりました。

 

コロンビア時代でも第一作の『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』(57)はモノラル・マスターしか存在しません。これは中身がそもそも(プレスティジ在籍中の)1955、56年にレコーディングされたため。移籍後録音によるアルバムはすべてステレオ・マスターがあります。が、『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』(61)あたりまではモノラルで聴いたほうがぼくは好きでした。

 

ですからそういったたぐいの迷いというか選択が発生しないプレスティジ時代末期のマイルズがいいなと、音楽的にもファースト・クインテットが充実していたし、かのマラソン・セッションによる「〜in’」四部作なんかはもうホント文句なしに聴きやすいしすばらしいと心から痛感しています。

 

そういえばずっと前ピーター・バラカンさんが、ビートルズなんかでも『ホワイト・アルバム』(1968)まではモノラル盤を買って聴いてなじんでいたので、実を言うとそっちのほうがいまでもしっくりくると発言していたことがありましたね。ぼくだって最初の四作までのビートルズのステレオ・マスターって聴きにくいなと感じますから。

 

そして、ずいぶん前に書きましたが、マイルズでも実をいうと1961年発売の『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』まではモノ・マスターも制作されモノ盤でも発売されていました。もちろん一般家庭での再生装置普及のことを考えてのことだったんですが、コロンビア側としても音響面でまだモノラルのほうがいいぞとする判断があったかもしれません(個人の感想です)。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-89ae.html

 

いずれにせよ、ぼくは左右中と音があまりくっきり分離しすぎないほうが好みで、ステレオ録音でもそうなってきた現代はともかく、技術開発・運用開始直後あたりのものは、あきらかにモノラルのほうがいいと感じます。マイルズの『マイルズ・アヘッド』『マイルストーンズ』『カインド・オヴ・ブルー』なんかでもレコードやCDだとそれが選べたんですけど、サブスクだとステレオ・ヴァージョンしかありませんよね。そこはちょっとね。

 

(written 2022.6.9)

2022/07/05

マイルズの知られざる好作シリーズ(1)〜『ザ・ミュージングズ・オヴ・マイルズ』

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(7 min read)

 

Miles Davis / The Musings of Miles
https://open.spotify.com/album/7fRwdr4MvqlJhhhssTKutU?si=DE5kCOkUR1KAZnTqYjEFUA

 

昨年もマイルズ・デイヴィスの残した音源であまり聴かれていない良質なものをディグする四回シリーズをやりました。実際この音楽家は総録音数、アルバム数がとても多いので、看過されているものがやはりあります。

 

ジャズの歴史を変えた、時代をかたちづくった、それも何度も、という人物として評価されてきましたから、どうしてもそういうエポック・メイキングな傑作、問題作ばかり話題になってきたのはしかたがないのかもしれません。

 

がしかし(昨年も言ったことですが)熱心なマイルズ・マニアとして長年聴き続けてきている身としては、日の当たる話題作ばかりいつもいつもとりあげられるのではややさびしいというのも事実。あまりだれもふりかえらないけれど、なかなかすぐれた愛すべき佳作、良作というのはあるんです。

 

そんななかからまたちょっと、個人的に愛聴しているものをピック・アップして、語られざる魅力をしゃべっておきましょう。シリーズ(1)などと銘打ってはいますが、何回続くか?一回だけで終わるか?わからないんですけれども。

 

きょうはプレスティジの『ザ・ミュージングズ・オヴ・マイルズ』。1955年の録音・発売で、マイルズ初の12インチLP。これ以前のものはもともとSPだったり10インチだったりしたものを後年12インチにまとめたもので、はじめから12インチで発売されたのは『ザ・ミュージングズ・オヴ・マイルズ』が最初だったんです。

 

ワン・デイ・セッションが行われた1955年6月7日というと、ジョン・コルトレインらを擁した例のファースト・クインテット結成直前。その正式発足がいつか?なんてのはもちろんわからないわけですが、記録をたぐるとそのメンバーで同年10月18日にNBCのテレビ放送に出演しているのが最初。

 

スタジオ正式録音となれば(プレスティジ契約下でありながらこっそりと)ご存知のとおりコロンビアに5曲9テイクを吹き込んだのが同年10月26日。そのなかから「アー・ルー・チャ」だけがアルバム『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』に収録され、1957年の移籍直後に発売されました。

 

プレスティジに、ということであれば同年11月16日に録音した六曲が『ザ・ニュー・マイルズ・デイヴィス・クインテット』になりました。こう見てくれば、かのファースト・クインテットは1955年の初秋あたりに姿を整えたのであろうとデータ的に推測できるわけであります。

 

そしてワン・ホーン・カルテット編成の『ザ・ミュージングズ・オヴ・マイルズ』には、すでにレッド・ガーランドとフィリー・ジョー・ジョーンズがいます。ベースはオスカー・ペティフォードですが、もしポール・チェインバーズであったならファースト・クインテットと同一メンバーなんですね。

 

マイルズ個人はこの時点ですでに完成されていて、かの「〜 in’」四部作と変わらぬ演奏ぶり。あとは自分を活かせるバンド・メンバーの用意ができるかどうかという段階まで来ていました。ルイ・アームストロング、チャーリー・パーカー、クリフォード・ブラウンなど伴奏バンドがどんな平凡でも関係なくすぐれた演奏ができたというタイプのミュージシャンじゃなかったですからね、マイルズは。

 

ですから、ファースト・クインテットと(ほぼ)同じメンバーを用意できた『ザ・ミュージングズ・オヴ・マイルズ』は、もはや内容も保証されたに同然。このあたりでレギュラー・バンドの構想がかたまりつつあったのでしょうね。

 

特にすばらしいなと感心するのがマット・デニスの一曲(1「ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン」)とアーサー・シュウォーツの二曲(2「アイ・シー・ユア・フェイス・ビフォー・ミー」4「ギャル・イン・キャリコ」)。この時期のマイルズはこういった小唄系ラヴ・ソングの演奏に真価を発揮していました。

 

うち「ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン」だけはオープン・ホーンですが、ほかの二曲は(後年)トレード・マークになったハーマン・ミュートをつけての演奏。弱音器ですが、以前よりジャズでは音色のおもしろさで数種類活用されてきました。

 

パーカー・コンボ時代はカップ・ミュートをときどき使ったマイルズが、このころから(それまでだれもあまり使わなかった)ハーマン・ミュートを頻用するようになったのは、みずからの繊細でデリケート、ややフェミニンな吹奏スタイルの持ち味を存分に活かそうとして、よりいっそうか細く聴こえるようにと思ったんでしょう。どこに自分の生きる道があるか見つけたんです。

 

特に4曲目「ギャル・イン・キャリコ」は絶品で、このアルバムの白眉でしょう。マイルズならではのチャーミングでかわいいバラード・プレイですし、伴奏のレッド・ガーランドも冴えていて、そのソロでは「in’」四部作でいくらでも聴けるあの鈴の転がるようなシングル・トーンから後半はブロック・コード弾きでというおなじみのパターンが確立されています。

 

ワン・ホーン編成だけにピアニストの演奏は重要になってくるわけですが、このアルバムでのレッドは実にすばらしいです。この手の、ホテルのピアノ・ラウンジでやっているようなムーディーな、つまりカクテル・ピアノ・スタイルがぼくは大好き。

 

アルバム・ラストのブルーズ「グリーン・ヘイズ」でもレッドのうまあじが発揮されているし、オスカー・ペティフォードのベース・ソロもいい。ボスのトランペットは文句なしで、ハード・バップにおけるブルーズも楽しい者には楽しいと声を大にして言いたいです。

 

(written 2022.4.3)

2022/06/20

「愛の魔力」(ティナ・ターナー)by マイルズ・デイヴィス

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(6 min read)

 

Miles Davis / What’s Love Got To Do With It
https://open.spotify.com/album/6QeWVuTZluyIIsbJWzXYHK?si=TOQxM4LJRpKqmWQ_O0EMBw

 

いまはスイスで悠々自適の余生を送っているティナ・ターナー。そのソロ歌手生涯を代表する傑作曲「愛の魔力」(What’s Love Got To Do With It)は、1984年の復帰アルバム『プライヴェイト・ダンサー』に収録されていたもの。シングル・カットもされ大ヒットしました。

 

これをマイルズ・デイヴィスがスタジオで正式録音したっていう、なんだか風説みたいなものは、1984〜85年ごろにぼくもどこかでチラ読みしていたんですよね。ひょっとしたらソースはインタヴューかなんかで本人がぽろっとしゃべったものかも(70年代からよくある)。そこから伝言ゲームみたいになったんじゃないかと。

 

かなり前のことなので当時のことはだいぶ忘れましたが、読んだのはたしかコロンビア時代末期か、あるいはワーナー移籍(1986)直後あたりだったかもしれません。しかしマイルズによる「愛の魔力」録音が84/85年ごろだったというのは記憶のなかの一片として、ほんの小さなものだけどしっかりと、2022年でも残っています。

 

それがとうとうこないだ6月17日に公式リリースされました。見つけたときはうれしかったなあ。瞬時に脈拍が速くなり血圧も上がったような、そんな感じでした。だって、マイルズがティナの名曲「愛の魔力」を吹くのを聴けるんですから。ウワサがようやくホンモノになったし、アルバム『プライヴェイト・ダンサー』のなかでいちばんの愛聴曲でしたから。

 

聴けば、かの1985年バンドとわかります。そのまま85年夏に来日したので勝手にそう呼んでいますが、要はアルバム『ユア・アンダー・アレスト』(1985)をやったメンバー。ボブ・バーグ(sax)、ジョン・スコフィールド(g)、ロバート・アーヴィング III(key)、ダリル・ジョーンズ(b)、ヴィンス・ウィルバーン(dms)、スティーヴ・ソーントン(per)。

 

そのへん、ちゃんとしたレコーディング・データ・クレジットは、来たる9月16日にCDなら三枚組のボックス『ザッツ・ワット・ハプンド 1982-85:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol.7』が発売され、それに「愛の魔力」も収録される予定なので、それが出れば録音に至ったエピソード的なものもあるいはふくめ、あきらかになると思います。三ヶ月前に先行で一曲だけ聴けるようになったというわけ。
https://www.legacyrecordings.com/2022/06/17/miles-davis-thats-what-happened-1982-1985-the-bootleg-series-vol-7-coming-september-16

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この1982〜85年、特に『ユア・アンダー・アレスト』に至った84年ごろのマイルズは、ラジオのヒット・チャート番組で流れてくるようなポップ・ヒットをそこそことりあげ録音していた時期で、それはティン・パン・アリー系や同時代のものでもスタンダードな流行歌をたくさんやっていた1960年代前半までと同じこと。

 

ご存知のように『ユア・アンダー・アレスト』には「ヒューマン・ネイチャー」(マイケル・ジャクスン)と「タイム・アフター・タイム」(シンディ・ローパー)がありますよね。マイルズによる録音は前者が84年12月、後者が同年1月です。

 

ですからティナの「愛の魔力」もマイルズによる録音はやはり84年だったであろうと推測できるんです。アルバム『プライヴェイト・ダンサー』は同年5月に発売されていて、シングル盤リリースも同時期、ってことはマイルズが耳にして演奏したのは同年それ以後ということになります。

 

バラードだけどしっかりしたビートが効いていたティナのオリジナルに比べれば、マイルズ・ヴァージョンはぐっとテンポを落とし、ビート感は弱くして、マイルズが吹くメロディ・ライン一本をきわだたせるようにアレンジ(おそらく本人か、ロバート・アーヴィング IIIの手になるもの)されています。

 

浮遊感の強いイントロのシンセサイザーとギターのリフ・フレーズはそのまま踏襲されていますね。ティナのでは聴けないややラテンというかカリビアンな香味がまぶされているように感じるのは、スティーヴ・ソーントンのおかげでもありますが、このころレゲエ・ビートをマイルズはときどき使っていましたから(「タイム・アフター・タイム」だってそう)。

 

メロディをきれいに吹くバラディアーとしての本領発揮といえるリリカルで内省的でメロディックな吹奏ぶりで、こういうのこそまさにマイルズのマイルズたるゆえんですよ。原曲のメロディ・ラインが美しいがゆえなんですけど、ハーマン・ミュートをつけたトランペットのサウンドは、まるで泣いているような、きわめて線の細い、いまにも消え入りそうなデリケートさ。

 

1957年のコロンビア移籍に際し同社のジョージ・アヴァキャンが「卵の殻の上を歩く」とマイルズの演奏スタイルを評し、この比喩も有名になりましたが、そんな持ち味は81年復帰後もまったく失われていない、それどころかいっそう磨きがかかっていたという聴きかただってできそうです。

 

なお「愛の魔力」という邦題になっていますが、「What’s Love Got To Do With It」というのは「それに愛なんてべつに関係ないでしょ」という程度の意味。ティナの歌う歌詞を聴いても、実にマイルズが共感しそうな内容だと思います。

 

(written 2022.6.19)

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