カテゴリー「マイルズ・デイヴィス」の248件の記事

2023/09/27

マイルズ60年ライヴの「ソー・ワット」でのトレインにしびれる

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(3 min read)

 

Miles Davis / Kind of Blue (Legacy Edition)

https://open.spotify.com/album/4sb0eMpDn3upAFfyi4q2rw?si=JPrLQFpkTEKydN3Y92hqAQ

 

『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』を聴いていたら、この時期にこのマイルズ・バンドで吹きまくるジョン・コルトレインをもっと楽しみたくなってきて、『カインド・オヴ・ブルー』レガシー・エディション(2009)をピック・アップしました。

 

それのラストに1960年欧州ツアーからのオランダ公演「ソー・ワット」が入っているんですよね。かの『ファイナル・ツアー』と同時期の録音ですが、あのボックスにその「ソー・ワット」は(なぜか)収録されていません。

 

トレインをたっぷりっていうんならそのリーダー作を聴けばいいじゃないかと思われるかもですが、あのときのマイルズ・バンドでの60年欧州ツアーほど吹きまくっているものってあんがい少ないんですよ。それくらいあのツアーでのトレインは苛烈。

 

それになんたってぼくはウィントン・ケリー、ポール・チェインバーズ、ジミー・コブのリズム・セクションが大好きで、この穏当なリズムに過激なトレインのあまりにも過剰なソロが乗るっていう構図がですね、もうたまらないわけです。

 

くだんの「ソー・ワット」におけるトレインのソロ長は8分以上。ボスのトランペット・ソロが3分程度ですからねえ、サイド・メンバーなのに二倍以上も吹いていて、こんなにやっちゃってだいじょうぶだったのか?と心配になるくらい。

 

しかし当時のマイルズはトレインに絶大なる信頼を置いていましたから、好きなようにやらせてあげようっていう気分だったでしょう。それでもさすがに一回聞いたことがあるそうです:「なんでそんなに長く吹くんだ?」と。いはく「夢中になりすぎて終わりかたがわからなかった」。

 

このころからすでにトレインは自身のリーダー作での疾走ぶりを予感させる激烈ぶりがはじまっていて、その端緒がこの「ソー・ワット」で聴けるというわけです。個人的にトレインの(アトランティック、インパルスでの)リーダー作はそうでもないっていう感想を持つ自分にとっては、このマイルズ60年ツアーあたりが臨界点かなあと。

 

臨界点ならではのグツグツ煮えたぎる熱さが聴けますし、それを冷静沈着に支える3リズムの安定感もあいまって、大好物というわけです。

 

(written 2023.9.6)

2023/07/05

今年のレコード・ストア・デイで発売されたマイルズ・ファンク

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Miles Davis / Turnaround: Rare Miles from the Complete On the Corner Sessions
https://open.spotify.com/album/0wjje5HkrFhR7SrIwlHoGT?si=YZZKycuhRX-kN91Yj7CxOw

 

こんなのいつ出たんだ?マイルズ・デイヴィスの新コンピ『Turnaround: Rare Miles from the Complete On the Corner Sessions』(2023)。調べてみたら、今年四月のレコード・ストア・デイ用の商品としてリリースされたものらしいです。へえ。

 

ちょっとした拡大アナログ・シングルみたいなもんで、もちろん四曲すべて『The Complete On the Corner Sessions』(2007)が初出の既発音源をそのまま再録。だけど器が変われば気分も違うってわけでしょ。レコード一枚サイズだし。サブスクにもあったので、ささっと聴いてみましたよ。カッコ内は録音日付↓

 

1 Jabali (1972/6/12)
2 U-Turnaround (1972/11)
3 The Hen (1973/1/4-5)
4 Big Fun / Holly-wuud Take 3 (1973.7.26)

 

「レア」ってことなんですけども、たしかにね、『オン・ザ・コーナー』ボックスが出たときにトータル六枚すみずみまで漏らさずなんども聴きまくって体に染み込ませたぼくみたいなファンがかなりの例外的特殊人間ってことでしょうから、世間一般ではレアな知られていない四曲でしょう。

 

そもそもこの1972〜75年時期のマイルズ・スタジオ音源って、当時リリースされていたのが『オン・ザ・コーナー』と『ゲット・アップ・ウィズ・イット』だけで、『ビッグ・ファン』もあったけどこれからしてすでに蔵出し音源集みたいな趣でした。

 

とにかくマイルズの70年代はLP二枚組ライヴ・アルバムばっかりで、スタジオ音源はちょっとしか公式リリースされていなかったんです。CD時代になってからだって一連の(コンプリートと銘打った)ボックスものが出るまでまるまるごっそり眠ったままで、大部なボックスなんて一曲一音づつ細かく分析的に聴くひとあまりいませんしね。

 

ですから『オン・ザ・コーナー』『ゲット・アップ・ウィズ・イット』『ビッグ・ファン』未収録のものはすべて2023年時点でもレア音源ってことになるかもしれないです。そ〜りゃもう膨大な量があったんですよ。メイジャーなレコード会社(当時のマイルズはコロンビア)の一般的販売ペースだと出しようもなく、お蔵入りさせるしかなかったもの。

 

それらのなかにはじっさい聴いてみればかなり充実したものがたくさんあったというのが今回の『ターナラウンド』でおわかりいただけるかと思います。個人的にはあっさり淡白趣味へと変貌してしまいましたから、このへんの荒々しいマイルズはまず聴かなくなっていますが、夢中だったころに皮下骨髄まで浸入させたサウンドをすみずみまで鮮明に記憶しています。

 

好みだけでいえばB面の二曲がけっこういい(な気分のときなら)。B1「ザ・ヘン」はファンクというよりロック・チューンに近い質感で、ビート・スタイルもそうだしギターのサウンド・メイクもそう。マイルズはトランペットを多重録音しています(二本聴こえる)。

 

B2「ビッグ・ファン/ホリー・ウード-テイク3」は、これをソースに二曲のシングル「ビッグ・ファン」「ホリー・ウード」が抽出され、シングル盤の両面となって73年にリアルタイム発売されたもの。その元音源です。

 

それらシングルの風のような軽ろみのあるさわやかさに比べたら、元音源はイマイチ重たい土ぼこりフィール。当時のマイルズ・ファンクとしてはそのほうが普段着の真実に近かったなとは思います。

 

(written 2023.6.28)

2023/04/27

むかし渋谷にマザーズというCDショップがあって(マイルズ・ブートを買っていたところ)

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いまでもあるんじゃないかと思いますが確認していませんマザーズという渋谷のCDショップ。主にブートレグを扱っているお店で、東京在住時代にマイルズ・デイヴィス関係のブートは大半ここで買いました。総額100万円やそこらじゃありません。

 

そこと通販の名古屋サイバーシーカーズですね日本のマイルズ・ブート聖地は。西新宿のブート街にもちょっとあったんですが、あのへんはどっちかというとロック系ブートでしょ。マザーズはジャズに強かった。といっても店名で知れるとおりフランク・ザッパも置いていました。

 

マイルズ・ブート関係でのマザーズとサイバーシーカーズは、中山康樹さん『マイルスを聴け!』何版目かの巻末にひっそりと記載があって、それで知りました。同様のマイルズ・ファンは多かったはず。マイルズにかんしてはこうした情報というかリーダーシップを持っているひとだったので、書く文章には疑問を感じることが多々あったものの。

 

いちおうは通販もやっているマザーズですがそれは電話&銀行振込でってことなんで、やっぱり渋谷の路面店に足を運ぶというのが基本でしたね。しかしここはとにかくどこにあるのか場所がわかりにくくって、初回はずいぶんさがし歩きましたよ。

 

宇田川町のジーンズ・ショップ二階に初期のタワーレコード渋谷店が入っていた時代があったでしょ。みなさん憶えていらっしゃいますか、ぼくそこでたっくさんレコードやCDを買ったんですけど、その道路をはさんだ斜め向かいあたりの雑居ビル二階の一室で看板も出さずに営んでいるのがマザーズでした。

 

ほんと店名すらどこにも出ていないんだから、最初はだれもたどりつけませんよねえ。むろん音楽の著作権者に許諾を得ていないブートでの商売は違法なので、看板など出しておおっぴらにやることなどできないっていうことなんでしょう。

 

マイルズ・ブートで個人的にそそられていたのは1969年から70年代もの、それもライヴ音源です。文字どおり山ほどマザーズで買いました。オーディエンス録音だとあの当時まだ機材が不十分だったので聴けたもんじゃなかったですが、なかにはこりゃオフィシャル筋からの流出じゃないのかと推測できる極上のものもあったりして。

 

お店の在庫点数としては80年代ライヴ音源のほうが多かったと記憶しています。音質も向上したんですが、音楽的にさほどでもなかったというのと、もう一点、来日コンサートにぼくも行けるようになったので満たされていたような気分で、さほどブートをあさり狂わなくてもいいなと感じていました。

 

復帰後は毎年のように来日するようになっていたし、あのころのマイルズ・ライヴがどんななのか、わかっているつもりでした。つまり70年代ものは数の多くない公式ライヴ・アルバムで聴くしかなかったから、なんだか雲をつかむようなぼんやりした像しか結んでいなくて、不充足感をなんとか埋めようとブート・ライヴCDを買っていました、マザーズで。

 

ここまで思い出して書き記してきたのは、こないだSpotifyに『Tivoli Koncertsal (Live Copenhagen ’71)』というアルバムが突然載ったから。1971年でコロンビア・レガシーからのリリースじゃないものはすべてブート。サブスクでもときどきこうして非公式海賊音源が出てきますよね。業者が入れているのでしょう。

 

それでちょっと耳を通しながら、ブートを買いあさっていた時代があったなあとなつかしんでいるというわけです。いまでも自室にはそれらの山がありますがもはや聴くことはなく。スタジオ/ライヴのいかんにかかわらず公式録音でも70年代マイルズって(一部を除き)ほとんど聴かなくなりました。イキっていないおだやかでサイレント・ウェイっていうかピースフルな音楽が好きになりましたから。

 

マイルズってだいたいはそんな静的な指向の音楽家なんですよ。70年代に狂っていただけで。かつてのぼくなら『Tivoli Koncertsal』もワクワクしながら聴いたかもですが、いまとなってはもはや。

 

そうそう、マイルズ・ブートがどんどん出るようになったのは1991年9月の逝去後です。まるで雪崩というか土砂崩れというか堤防が決壊したみたいなリリース・ラッシュになって。やっぱり本人がいるかいないかっていうのが大きいんでしょうね。

 

(written 2023.3.25)

2023/03/23

マイルズ・デイヴィスの手がけた映画サントラ・アルバム

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ってぜんぶで四作あって、リリース順に『死刑台のエレベーター』(1958)、『ジャック・ジョンスン』(71)、『ミュージック・フロム・シエスタ』(87)、『ディンゴ』(91)。ジャズ・ミュージシャンのなかでは多いほうでしょうか。

 

日本で映画本編が劇場公開されたのは『死刑台のエレベーター』と『シエスタ』だけじゃなかったかと思います。あれっ、いま調べたら『ジャック・ジョンスン』は1989年、『ディンゴ』も95年に日本で上映されたっていうネット情報が見つかりましたが、そうなんでしたっけ?

 

でもあれですね、映画が成功しいまだに語り継がれているのは『死刑台のエレベーター』だけのような。あのころ1950年代、フランスの若手映画監督がさかんにアメリカ黒人ジャズ・ミュージシャンに音楽を依頼していました。ルイ・マルとマイルズとの関係もそんな流れの一環だったのでしょう。

 

音楽は音楽として映画本編から切り離し自律作品として聴く傾向のあるぼくとしては、上記四作のうち最も楽しめるのが『ジャック・ジョンスン』です。カッコいいグルーヴィなブラック・ロック。たまらなく大好き。

 

だいたい『ジャック・ジョンスン』の音楽は、映画用にと企画されたものじゃなかったというのがほかの三作と異なるところ。1970年ごろ創造力が著しく高まっていたマイルズがどんどんスタジオ入りしてセッションをくりかえしていたのをノン・ストップ録音したテープ群から、映画音楽をとの依頼を受けたティオ・マセロが編集しただけのこと。

 

そうそう、ティオのコロンビアでの音楽プロデューサー生涯でいちばん成功した作品は、映画『卒業』(1967)のサントラ・アルバムだそうです。このことにより映画音楽が得意との定評がついたんでしょうね。だから『ジャック・ジョンスン』もオファーが来たんだと思います。

 

それで黒人ボクサーの映画だからっていうんで、担当していたミュージシャンのうちマイルズ(ボクシング好きでつとに有名)に目をつけて、しかし新規に映画用にとのレコーディング・セッションは持たず、既存音源をフル活用することになったんです。あるいは締め切りが早く時間がなかったのかも、わかりませんけど。

 

そんなこともあって映画から切り離して聴きやすいっていうのが『ジャック・ジョンスン』については言えること。しかし映画用の録音であっても『死刑台のエレベーター』だってけっこういいですよね、音楽作品として。映画もスリリングで楽しいし、だから二度おいしいっていう。

 

映画本編がちっともおもしろくなかったのが『シエスタ』。アメリカ映画ですが舞台がスペインで、セックスと死をテーマにした実験前衛作品でした。渋谷のスペイン坂を上がったところの映画館に(パートナーを誘っていっしょに)観にいった結果、二人とも死ぬほど退屈しました。

 

スペインが舞台なので、音楽を依頼されたマーカス・ミラーもスパニッシュ・スケールとラテン・リズムを全編で活用しています。フィーチャード・ソロイストのマイルズも「ちょっと『スケッチズ・オヴ・スペイン』みたいだろう」とか言ってはいますが、それはちょっとどうかなあ。でもスペイン調が好きだから、まずまず聴けるんですよね。

 

そこいくと、音楽だけでなく生涯ただ一度俳優としても出演したオーストラリア/フランス映画の『ディンゴ』サントラはなんてことないストレート・ジャズ。1991年9月にこのトランペッターが亡くなる直前にやった仕事の一つに結果的にはなって、11月に出たこれがしばらくのあいだ遺作的なポジションだったから、もう残念で残念で。

 

この遺憾は、翌92年6月に真の遺作『ドゥー・バップ』が出たことにより払拭されました。ただ『ディンゴ』には俳優としても出演したということで、サントラにもマイルズのしゃべったセリフがそこそこ収録されています。サンプリング全盛時代になって、それがいろんなところで使われるようになったのも声を忘れないゆえんです。クラブふうの楽しいナンバーもちょっとはあるし。

 

(written 2023.2.6)

2023/02/19

イージー・リスニングといえるマイルズのアルバムがいくつかあって 〜『マイルズ・アヘッド』

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Miles Davis / Miles Ahead
https://open.spotify.com/album/4ZhmiWgc0KsRjV5samK6wG?si=UCBV8Zk0TY217WkMUS1WvA

 

マイルズ・デイヴィスのキャリアでというのみならずジャズ史上でも屈指の名作とされる『クールの誕生』(1957)も『カインド・オヴ・ブルー』(59)も『イン・ア・サイレント・ウェイ』(69)も、いまのぼくは一種のイージー・リスニングみたいなもんとして聴いていることがあります。

 

ことばを換えればBGM的ってことで、こんなこと言うと各所から石投げられそうですけども、ぼくのなかでは間違いないかと。そんなマイルズ本来の特質がいちばんはっきり表れているのがギル・エヴァンズ編曲指揮の大編成ホーン・アンサンブルと共演した『マイルズ・アヘッド』(57)です。

 

ところで本作のオリジナル・ジャケットは上に掲げたヨットに女性とこどもが乗ってくつろいでいるものなんですが、どうして黒人ミュージシャン本人を使わないんだ?!というマイルズのクレームによってわりとすんなり下掲のジャケットに変更されました↓

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1971年の『ジャック・ジョンスン』とちょっと似たジャケ変更で、その後は『マイルズ・アヘッド』も演奏中のマイルズの姿を写したこれのまま現在まできています。ディスクであれサブスクであれ今やこれしかないので、ヨット・ジャケなんか見たことないよというファンだってけっこういるかも。

 

しかし、イージー・リスニングというかなめらかで聴きやすい音楽性のことを考えたら、実はヨット・ジャケのほうが中身によく合致しているんじゃないか、初出のこれのままのほうがよかったよなあというのがぼくの本音ですねえ。

 

ともあれ『マイルズ・アヘッド』の音楽はスムースで丸くおだやか。火花を散らすようなインプロ・バトルなんかどこにもなく、ギルの手により徹底的に練り込まれたやわらかいホーン・アンサンブルがどこまでも美しく楽しく、まるでお天気のいい暖かい日にぼんやり空を見あげ雲がゆっくり動くのをながめているような、そんな心地がするでしょう。

 

あるいはひょっとして、フリューゲル・ホーンで吹くマイルズのラインすらギルのペンであらかじめ譜面化されていたのではないか?整いすぎだ、と疑いたくなってくるくらい完璧にアンサンブルとみごと不可分一体化しています。

 

発売用のプロダクションで片面五曲づつメドレーっていうか組曲みたいに連続してどんどん流れてくるのだっていいし、とてつもなく美しいけれど壮大感がなく、全体としてこじんまりまとまったプリティでキュートな小品といったおもむきなのも2020年代の気分です。

 

ごりごりハードにグルーヴするものだってたくさんやったマイルズですが、実は『マイルズ・アヘッド』みたくムード重視でふわっとソフトにただよう感じのものこそ本領だったのではないか、というのがこのごろのぼくの嗜好と見解ですね。

 

(written 2023.2.2)

2023/02/05

短命だったマイルズのエヴァンズ・バンドをまとめて 〜『カインド・オヴ・ブルー』レガシー・エディション

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Miles Davis / Kind of Blue (Legacy Edition)
https://open.spotify.com/album/4sb0eMpDn3upAFfyi4q2rw?si=RyhhyVHARsu53k9D5rMb0Q

 

それで昨日の続き。マイルズ・デイヴィス『カインド・オヴ・ブルー』は一曲を除きマイルズ、ジョン・コルトレイン、キャノンボール・アダリー、ビル・エヴァンズ、ポール・チェインバーズ、ジミー・コブの布陣。

 

このメンツでのスタジオ録音って、ほかには『1958 マイルズ』に収録されている四曲しかないんですよね、実は。つまりトータルでたったの八曲。マイルズ史上最も記憶されているバンドかもしれないのに、それは印象が強いというだけの話なんですね。

 

たしかに存在したレギュラー・バンドだったにもかかわらず八曲とはかなり少ないでしょう。1950年代のファースト・クインテット、60年代セカンド・クインテットともにアルバムで最低でも四つはあるっていうのにねえ。

 

しかも『カインド・オヴ・ブルー』を録った1959年3月2日、4月22日というとビル・エヴァンズはすでにマイルズ・バンドを去っていた時期。セッションのため例外的に呼び戻されただけだったんですから短命のほどが知れようってもの。

 

ディスコグラフィをくってみれば、エヴァンズもジミー・コブも『1958 マイルズ』に(いまでは)なった1958年5月26日のセッションが初のスタジオ正式録音。その十数日前に同バンドでライヴ出演しているのが(記録に残るかぎりでは)初顔合わせだったんです。

 

コブは61年まで在籍したものの、エヴァンズはっていうと58年9月のライヴ出演がレギュラーでのマイルズ・バンドではラスト。いっときの臨時的レッド・ガーランド復帰を経て、翌59年1月のラジオ出演からウィントン・ケリーになっています。

 

つまりエヴァンズ定期参加時代のマイルズ・バンドはわずか三ヶ月ちょいしか存在しなかったってことになるんです。その間スタジオ正式録音は『1958 マイルズ』の四曲だけ。もちろん『カインド・オヴ・ブルー』への参加のほうが鮮烈な印象ですけども。

 

そんな短命バンドでありながら影響力は絶大で、どんどんスタイルが移り変わったマイルズ個人のキャリアにとっても、このエヴァンズ・バンド時代は忘れられないものだった様子。特にハーモナイゼイションの面では(エレキ・ギター時代でも)生涯エヴァンズ的なものを求め続けたのでした。

 

そのへんのこと(マイルズとエヴァンズ・ハーモニーの関係)はずっと以前に一度詳述したので、ぜひそちらをごらんください。ともあれコロンビアによる正規スタジオ録音がたったの八曲しかないこのバンド、それらをまとめてぜんぶ聴けるというアルバムがいまではあります。

 

2009年リリースだった『カインド・オヴ・ブルー』レガシー・エディション二枚組のことで、これの一枚目に『カインド・オヴ・ブルー』全曲、二枚目に『1958 マイルズ』から58年録音の四曲が収録されているんです。その他一枚目には『カインド・オヴ・ブルー』の未発表スタジオ・シークエンス(ブートレグでは出ていたものですが、公式発売はこれだけ)なども入っています。

 

これ、もちろん漏らさずサブスクで聴けるんですね。ですから、CDで買ってもいいし、みなさんのお好きなようになさっていただきたいと思います。レガシー・エディションのさらなるメリットだと思うのは、末尾に伝説的な1960年春の欧州ツアーから一曲「ソー・ワット」のライヴ・テイクが収録されていること。

 

つまり『ファイナル・ツアー』ボックス・セット(2018)でも聴けた、かのコルトレイン苛烈なやりすぎ吹きまくりソロが聴けるんです。その「ソー・ワット」、ちょっと計ってみたらマイルズのソロ長が3分2秒なのに、トレインは実に8分31秒も吹いていて。

 

マイルズのもとでのこうした饒舌トレインがぼくは大好物なんですよね。むろん『ファイナル・ツアー』でこれでもかとたっぷり聴けるんですが、『カインド・オヴ・ブルー』レガシー・エディション収録のオランダ、デン・ハーグ公演「ソー・ワット」は『ファイナル・ツアー』に入っていません。

 

さすがにこれ一曲だけピック・アップしただけあるっていう内容で、『ファイナル・ツアー』に各地のが収録されている「ソー・ワット」ほか全曲と比較しても、『カインド・オヴ・ブルー』レガシー・エディションの「ソー・ワット」こそ最良ですからね。

 

いうまでもなく1960年欧州ツアーはエヴァンズ・バンドではありません。きょうの本稿の趣旨からは逸れてしまうプッシュなんですが、いってみればそれだけ『カインド・オヴ・ブルー』レガシー・エディションは聴きどころ豊富な盛りだくさんの内容ってわけです。

 

(written 2023.1.14)

2023/02/04

マイルズの名盤解放同盟(2)〜『カインド・オヴ・ブルー』をお気軽BGMとして聴こう

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Miles Davis / Kind of Blue
https://open.spotify.com/album/1weenld61qoidwYuZ1GESA?si=XzXhZPfKQzWq2RVEtYzAWw

 

「帝王」とか「歴史的名盤」っていうようなことばは、それきっかけでオッじゃあ聴いてみようかと思うリスナーも生み出すいっぽうで、聴き手によってはかえって緊張し萎縮してしまう効果もときどき出してしまうんじゃないでしょうか。

 

それに輪をかけるのがフィジカルじゃなくちゃいけない、お手軽サブスクなんかじゃダメなんだという一部頑迷老人層の言説。それやこれやでリスナーを束縛してしまい、自由な楽しみかたができなくなってしまうと本末転倒でしょう。

 

マイルズ・デイヴィスでいうとなんたって『カインド・オヴ・ブルー』(1959)。この音楽家の生涯最高傑作と言われるばかりか、全ジャズ史上でみて最もすぐれた本格名作ということになっていて、もちろんそれは間違いないことです。

 

しかしこれをあんまり強調しすぎると入門者(はいつでもいる)はかえって身構えてしまうんじゃないかという気がしないでもなく。もっと気楽にっていうかカジュアル&イージーに『カインド・オヴ・ブルー』に入ってこられるようにするのがわれわれベテランの仕事じゃないかと思うんですよね。敷居は低くしとかないと。

 

近ごろのぼくの見かたでは、このアルバムはシリアス・ジャズでもいいし、それよりもっとこう、イージー・リスニングというと語弊があるかもですけど、とっつきやすい、おしゃれムード重視のリラクシング・ミュージックじゃないかという気がしているんです。

 

これはですね、もちろん長年クソ真面目に、それこそ眉間にシワでも寄せてむずかしい顔でこのアルバムに真っ向対峙してきた結果として、その経験の積み重ねの果てに、結果的にあっさり淡白な境地をみちびいている、つまりある種の老化現象かも、という面があると自覚しているんですけども。

 

そもそもマイルズという音楽家本来の持ち味はビ・バップな白熱真剣勝負からやや距離を置いたところに最初からあって、ソロ・デビューになった例の九重奏団(『クールの誕生』)からずっとそうだったじゃないか、1969年の『イン・ア・サイレント・ウェイ』にしてみたってそうだと、このごろぼくは考えるようになりました。

 

静的っていうかクールでおだやかな、沸騰しない水平的な淡々としたグルーヴこそマイルズの領域でしょう。決して枠をはみださないし、いつもいつも計算内にある均整美を大切にしていて、むろん長いキャリアでみれば強く激しくとんがった音楽に傾いていた時期もありましたが、全体的な傾向というか趣味がどこらへんにあったかはあきらかだと思います。

 

そう考えれば、静かでクールで平和なマイルズ・ミュージックのなかで最もすぐれた心地いいBGMになるのが『カインド・オヴ・ブルー』(とか『マイルズ・アヘッド』とか)じゃないかというのがぼくの認識です。音楽的にむずかしいことを言わなくたって、ただ流し聴きすれば楽しいじゃないかと思うんですよね。

 

この事実、大向こうにはばかってかいままでだれも言ってこなかったことですが、実は『カインド・オヴ・ブルー』を聴いた大勢が感じてきたムードじゃないでしょうか。そうに違いないという肌あたりがこの音楽にはあります、だれも疑えないはずだという実感が。

 

マイルズの『カインド・オヴ・ブルー』はジャズの歴史を変えた、時代を創り出した超傑作である 〜 それは間違いのないことです。ですが、キャノンだという事実をあんまり言いすぎない考えすぎないほうが、むしろ素直に、このきれいな音楽だけに向き合えると思いますよ。

 

すくなくともぼくの最近の聴きかたは、お風呂あがりとかの自室でゆったりリラックスしてくつろぎたいときのぼんやりBGMとして『カインド・オヴ・ブルー』を流しています。それで心地いいんです。極上のイージー・ジャズ。それが2020年代的マイルズの聴きかた。

 

(written 2023.1.7)

2023/01/23

マイルズのB面名作(2)〜『コレクターズ・アイテムズ』

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(4 min read)

 

Miles Davis / Collectors’ Items
https://open.spotify.com/album/7ala9fiogyYeZkXLvTZO9r?si=0-RxyubSTRGnWidaCBAPNg

 

これも1953年録音のA面と56年のB面(5曲目から)はなんの関係もないアルバムであるマイルズ・デイヴィスの『コレクターズ・アイテムズ』(1956)。変名でチャーリー・パーカーが参加しているという事実以外におもしろみがないと個人的には思うA面とは対照的に、B面三曲は立派な演奏なんです。

 

それら三曲をレコーディングしたセッションがちょっとおもしろいのは、その56年3月16日というとマイルズはすでにファースト・レギュラー・クインテットを結成済みで、正規録音もちょっとはしていたということ。

 

それなのにこのときだけバンドを使わず、ソニー・ロリンズ、トミー・フラナガン、ポール・チェインバーズ、アート・テイラーで三曲やりました。ロリンズ重用はつとに有名ですが、フラナガン(大好き)とはこれが生涯唯一の共演記録で貴重。

 

そんなこともあってか、つまんないな〜とぼくは感じるA面に比し、むかしからこのB面が個人的大好物。そりゃあもうこっちばっかりターンテーブルに乗せていました。53年だとまだビ・バップの余韻から抜け出せず模索中だったのが、56年なら立派に自己の音楽スタイルを確立していましたし。

 

三曲では、トップの「ノー・ライン」からしてハーマン・ミュートで鈴の転がるようなチャーミングな音色でもって軽快にスウィングするトランペッターの妙味に惹きつけられます。曲題は、テーマなしいきなりインプロではじまりそのまま終わるっていうものだからでしょう、おそらく。

 

オープン・ホーンで吹く二つ目の「ヴィアード・ブルーズ」は定型12小節。そして実はこのブルーズ、レギュラー・クインテットでやった同年五月ヴァージョンが『ワーキン』に収録されています。同じ曲ですが、あっちでは「トレインズ・ブルーズ」という曲題になり、作者もジョン・コルトレインにクレジットされています。

 

それと比較すると「ヴィアード・ブルーズ」のほうはテンポと重心が低く、しかもややコミカルというかユーモラスなファンキーさをただよわせているのが特徴。ブルーズのうまいフラナガンの持ち味も光ります。こっちのほうがぼくは好みです。

 

こうした中庸テンポでのファンキーさは『バグズ・グルーヴ』B面でも味だったもので、「ヴィアード・ブルーズ」のこうしたラインの上下をあわせ勘案すると、あるいはひょっとしてこれもロリンズの書いたものなんじゃないかと思ったり。マイルズにクレジットされていますけども。

 

三つ目のプリティ・バラード「イン・ユア・オウン・スウィート・ウェイ」。これこそ全体的にすぐれているこのB面のなかでも特に傑出していて、大学生のころからこれ一曲を溺愛してきました。やはりレギュラー・クインテット・ヴァージョンが『ワーキン』で聴けますが、ぼくの耳にはこっちのほうがいっそう美しく切なく響きます。

 

(written 2022.12.27)

2023/01/06

マイルズのB面名作(1)〜『ウォーキン』

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(4 min read)

 

Miles Davis / Walkin’
https://open.spotify.com/album/2aiYquTSYZ6xdi1gyHHR76?si=RpZruuLHSayIHgyeo6z-CQ

 

CDやサブスクでは「(片)面」なんてありませんが、シングルでもアルバムでもレコードでは通常A面こそが売り、メインというか主力商品を投入するもので、B面はおまけみたいなもん、裏面、という認識が一般的ですよね、届け手も聴き手も。

 

だからそれを逆手にとってあえてB面にちょっとおもしろそうなものを入れてみたり、両A面扱いにしたり、マニアックな聴き手も注目したりっていうことがむかしからあると思います。好きなら全面聴きたいというのが本心でもありますし。

 

それにある時期以後みたいにアルバム全体で一貫した統一性、流れなんてものがまだなかった時代、LPレコード登場初期には、無関係のセッション音源を寄せ集めた、いはばコンピレイション的なものが多かったという側面もあって、A面B面でガラリと様子が違うなんてのもあたりまえでした。

 

マイルズ・デイヴィスの『ウォーキン』(1957年発売)だってそう。A面のブルーズ二曲こそが時代を画する傑作だというみなされかたをしてきましたが、B面の三曲は別なセッションからの音源なんですよね。そして、実はそっちも(そっちこそ?)チャーミング。

 

バンド編成もムードもA面とはだいぶ違う『ウォーキン』B面の三曲はクインテット編成。アルト・サックスにデイヴ・シルドクラウト(ってだれだかいまだによく知らない、ほかでも見ないし)、リズムはA面と同一でホレス・シルヴァー、パーシー・ヒース、ケニー・クラーク。

 

バップ系の熱いもりあがりこそが命のA面に比し、B面の「ソーラー」「ユー・ドント・ノウ・ワット・ラヴ・イズ」「ラヴ・ミー・オア・リーヴ・ミー」には冷ややかなクールネス、温度の低さ、淡々としたおだやかさがあって、そういうところこそ好きですよ、いまのぼくは。A面が非日常とすれば、B面には日常的な室内楽っぽさがあります。

 

ボスがトランペットにカップ・ミュートをつけているのも(A面はいずれもオープン)そんなムードを醸成している一因です。くわえてA面に比べB面はビート感というかグルーヴが水平的でなめらか。スウィングするというよりす〜っと横に流れていく感じ。それは三曲ともドラマーがブラシしか使っていないことにも原因があります。

 

曲はですね、「ソーラー」がこのセッションのために用意されたマイルズ・オリジナルで、これしかしかなりの有名曲ですよ。なんたってこの音楽家の墓石にはこの曲の譜面が刻印されているくらいだし、じっさいSpotifyデスクトップ・アプリでみるとアルバム中再生回数も最多(600万回弱)。

 

「ユー・ドント・ノウ・ワット・ラヴ・イズ」はサックス抜きのワン・ホーン・バラード。イントロでホレス・シルヴァーが弾くちょっぴりいびつに跳ねるフレイジング(はこのピアニストが得意とするところ)に導かれ、しかしテーマ吹奏に入るとビート感は平坦なものになります。

 

その上をリリカル&メロディアスに吹いていくマイルズのプレイがとっても魅力的だと思うんですよね。バラディアーとしてまだ若干の未熟さも散見されますが、すでに数年後フル開花する持ち味の片鱗は、いやかなりか、覗かせているとぼくは聴きますね。

 

あんがいカップ・ミュートの音色が蠱惑的に響くという面だってあります。このジャズ・トランペッターはいうまでもなくハーマン・ミュートこそが生涯のトレードマークだったんですが、そうなる前はチャーリー・パーカー・コンボ以来ずっとカップ・ミュートを使っていました。

 

(written 2022.12.16)

2022/12/06

マイルズの知られざる好作シリーズ(4)〜『イン・パーソン、フライデイ・ナイト・アット・ブラックホーク』

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(3 min read)

 

Miles Davis / In Person, Friday Night At the Blackhawk, San Francisco, Volume I
https://open.spotify.com/playlist/2gDinlJa9TevAPKk1h6Nvw?si=67f5e58853f74cc3

 

マイルズ・デイヴィスが生涯で率いた全バンドちゅう、いまとなってはいちばん好きかもしれないとすら思う1961年バンド。ハンク・モブリー、ウィントン・ケリー、ポール・チェインバーズ、ジミー・コブ。

 

このバンドになったのがいつか、正確なことなんてわかりようもありませんが、ジミー・コブは『1958マイルズ』になった音源を録音した58年5月のスタジオから参加していたし、『カインド・オヴ・ブルー』の59年3、4月セッションではもうすでにウィントン・ケリーがレギュラーでした(が、あのときだけ例外的にビル・エヴァンズを呼びもどした)。

 

ハンク・モブリーはアルバム『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』になった61年3月セッションがマイルズ・バンドでの初録音。これでラインナップが整ったわけですが、このバンドでそのまま続く4月にサン・フランシスコのブラックホークに出演した記録二日間のうち金曜ぶんがきょう話題にしたいアルバム『イン・パーソン、フライデイ・ナイト・アット・ブラックホーク』(1961)です。

 

どこがそんな「生涯の全バンドでもいちばん好きだ(いまでは)」といえるほどなのかっていうと、極上のリラックス感と熟練のまろやかな職人芸的スウィンギーさがよく出ているところ。小さなクラブにコロンビアが大かがりな機材を持ち込んでやりにくかったなどとマイルズは述懐していましたが、どうしてどうして中身はすばらしい。

 

この61年バンドの特質は以前も『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』の記事のときにも書きましたが、おだやかで平坦な日常性、インティミットなアット・ホーム感がサウンドに鮮明に出ているところにあるなというのがぼくの見解です。マイルズといえばテンションの強い張り詰めたような音楽性が売りではありましたが、いまのぼくにはリラクシングな日常的音楽のほうが心地いいんです。

 

そんな嗜好で選べば、マイルズの残した全ライヴ・アルバムでもいちばんといえるのがこれ。おなじみのレパートリーが並びますが、1曲目のブルーズ・チューン「ウォーキン」でも、たとえば世紀の傑作と名高い『’フォー’&モア』(1966)ヴァージョンと比較すれば、いはんとするところはわかっていただけるはず。その間三年、バンドが変わればボスもその音楽性も変わるっていう、そんなトランペッターだったことは以前も書きました。

 

『フライデイ・ナイト・アット・ブラックホーク』、ここまでまろやか&明快で歯切れよくスウィングし間然しない内容なんですから、正直いって名作、傑作の一つに数えてもいいんじゃないか、間違いないぞと、だれもそういわないですけど、ぼくはそう断言したいですね。

 

(written 2022.10.8)

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