カテゴリー「台湾、香港、中国大陸」の11件の記事

2022/10/06

チルな台北ナイト 〜 リニオン

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(3 min read)

 

LINION / Leisurely
https://open.spotify.com/album/1oAlLcfYvBpOb6PaGM6h4a?si=-2OHgb87SW6NU-Hjy3yphg

 

bunboniさん経由で知りました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-09-12

 

レイチンと同じくこれも台湾の若手音楽家、リニオンの二作目『Leisurely』(2020)は、まさしく大都会台北の洗練されたナイト・ムードがよく似合うチルな音楽。生演奏ジャズでやったネオ・ソウル・テイストなシティ・ポップといえるでしょうね。

 

noteで台湾的音楽をどんどん紹介なさっている石井由紀子さん(レイチンのこともお書きだった)によれば、リニオンもインディーズだから配信でならカンタンに公開できるけどCDなどはかなり限定的にしか流通していないんだそう。置いているお店が少ないみたいで、数をつくらなかったってことかも。
https://note.com/yukiko928/n/n9072f65706d5

 

でもこれ、傑作ですよね。ドラマー以外は全員台湾の演奏家で、一曲レイチンも参加したものがあります。そ〜れが、もうみんなレベルが高くって、いま、ここ10年くらいかな、アメリカとかイギリスなどの新世代ジャズ・ミュージシャンがもてはやされていますけど、台湾とか(ヴォイジョン・シーを核として)中国語圏でも同様の演奏家が出現しています。

 

リニオンの本作はそうした現状を如実に反映したもの。そもそもネオ・ソウルはアメリカでもジャズ系のミュージシャンが大勢セッションに参加していたものですし、リニオンが演奏力の高いジャズ演奏家を起用してこうした新世代台湾的ネオ・ソウルをつくりあげるのも道理です。

 

クロス・ジャンルというか越境的というか、現在の世界の洗練音楽をジャズ/ネオ・ソウル/シティ・ポップなどと分別することにもはや意味なんかなくなっていて、聴き手次第でどう受けとってもいいし、やっているほうはジャンル区分なんか歯牙にも掛けていないっていう。

 

それにしても心地いいくつろげる本作、聴いていたら、特に夜になって部屋の照明をちょっと落とし、これをいい感じでかければ、極上のおしゃれリラックス・ムードになります。そうしたチルな感覚こそこの音楽のキモですね。対峙して聴き込んでもいいけど、BGM的に流してフィーリン・グッド。

 

すべてはそんな気分を演出するためにこそ、技術の高い演奏力がとことんまで活用し尽くされているっていう、それがこうした種類の音楽の特性です。1990年代〜21世紀以後的なラウンジ系っていうかクラブ・ミュージック的な感性がしっかり感じられ、結果、聴き流して楽しんでムーディな夜を味わうのがいいんじゃないですかね。

 

(written 2022.10.5)

2022/10/05

デジャ・ヴなブリコラージュでグルーヴする台湾産ネオ・ソウルの最高傑作 〜 レイチン

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(4 min read)

 

L8ching / Dive & Give
https://open.spotify.com/album/1Zl1TH7j0cZEHf03ScvES2?si=5Sr_ZJawSQS-zzIV3I9ZNA

 

bunboniさんに教わりました。感謝ですね〜。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-09-14

 

台湾の音楽家、レイチン(雷撃、L8ching)のリーダー・デビュー作『Dive & Give』(2021)がメロウでソフトで、とってもいいです。ジャジーでもあるし、都会的に洗練されていて、これはもはや退廃に近いスウィートさ。

 

ぼくが強く惹かれるのはこのひとの編集感覚。といっても録音後にやっているんじゃなくて、演奏時のひとづつきのものだと思うんですけど、さまざまに異なる音楽要素をブリコラージュでちりばめて、寄せ集められたパーツじたいは既視感満載でありながら、これにこれが接合するのか!という驚きは間違いなくDJ的で21世紀の感覚です。

 

作曲編曲段階からそうしたアイデアが活かされていて、演奏時はジャズの生演奏みたいに一回性でやっているんだと思うんですよね。なかでも4曲目「巫女」。これこそ本作の白眉だとぼくは思います。ここではメロウR&B、サンバ・ビート、プリミティヴなチャント(on クラブ・ビート)、ラテン・ボレーロの四つが次々出てきます。

 

基本はメロウR&Bとサンバがトグルで切り替わるんですが、後半突然先住民プリミティヴ・チャント(ロビー・ロバートスンが1998年作でやったようなやつ)が挿入され、すると一転して今度はラテン・ボレーロに変貌するんですね。こんなの聴いたことないよ。

 

まるでかつてのラテン・プレイボーイズみたいですが、しかしレイチンのおもしろさはこんだけの異種混淆をやってゴタ混ぜ感がいっさいなく、グルーヴが一貫していること。はじめからそう作曲された一回性の演奏だからなのか、多要素をつぎはぎしているということを感じさせず、よどみない川のようなナチュラルでスムースな流れがありますよね。

 

そんな「巫女」のあとも、5、6曲目あたりは完璧にぼく好みの音楽。そっとささやくようにやわらかく歌うレイチンのヴォーカルもこうした曲想にはぴったり。やや日本の歌謡曲っぽいフィールもあるなとぼくは感じますが、ルーツをたどればそれだってもらったものです。

 

しゃべり声、こどもの泣く声、日常の生活音など、さまざまにサンプリングされて各所にちりばめられているのも音楽の臨場感と雰囲気を高める大きな要素となっていますが、そうした音は不思議にリアリティというよりファンタジーを感じさせる結果になっているのも楽しい。

 

10、12曲目なんかのさわやかな曲想も大好きで、ビートはかなり強めに効いているのにしつこい感じはなく、あっさり淡白っていうか落ち着いたおだやかな感触があるのは、やはりこのひとも近年のグローバル・ポップスのトレンドに乗っているんでしょう。各パーツはレトロ感覚が基調になっているし。台湾から出現した最高の才能じゃないでしょうか。

 

去年の作品ですが、2022年のベスト・アルバムに選びたいと思うくらいです。

 

(2022.9.18)

2022/08/30

My Favorite 梅朵(精選版)

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(4 min read)

 

My Favorite 梅朵(精選版)
https://open.spotify.com/playlist/1yDx2eyj8j3DZJSgVere0L?si=02fdeca98bbd4783

 

マジすばらしいし、七曲30分と選りに選ったので、ぜひちょっと聴いてみてほしい『My Favorite 梅朵(精選版)』プレイリスト。ぼくがつくりました。梅朵(メイドァ)は1970年北京生まれの中国ポップ歌手。孙露(は遼寧省出身でずっと若い)きっかけで知り、梅朵にもハマって、もはや抜けられず。

 

梅朵の魅力をひとことにすれば「さわやかに香る笑み」。聴いていると吸い込まれてしまい、身動きできない、じっとこのままでいたいと思えてくるような心地よさ、快適な明るさがあります。曲がそもそもそうしたメロディなんですが、梅朵のこねくらないふわっととした軽快なヴォーカルでそれがいっそうきわだちます。

 

それにしても七曲までしぼるのは難儀しました。プレイリスト『孙露 Mix』で耳にして惚れてしまい、ある意味孙露以上に好きかもと思え、Spotifyで聴けるだけのものをぜんぶ聴いちゃおうとみてみたら、141曲10時間半。ベテランにしては少ないでしょうが、梅朵はどうも2016年デビューみたいです(百度百科情報)。

 

1970年生まれなのにデビューは遅かったんですね。SpotifyにはアルバムとEPが一つづつあるのを除き、ほかはシングル・ナンバーのみ大量に。ここは百度情報と食い違うところですが、フィジカルとサブスクの差っていうことでしょうか。そもそも梅朵のCDは日本にいながらだとどこで買えるんでしょう?

 

とりあえずSpotifyで聴ける梅朵141曲は漏らさず聴きました。それでまず最初30曲くらいのプレイリストにして、そこから厳選して12曲まで減らし、最終的に「精選版」七曲となったわけです。サブスクで、それもまったく見ず知らずの歌手へのとっかかりとしては、自分もみなさんも短いほうがいいだろうと。すべてシングル曲です。

 

いずれもほんとうにとっても心地いいんですが、曲の作者を見ても当然ながら知らない名前ばかり。プロデューサー欄は空白で、このさわやかサウンドをだれがアレンジしつくりあげているのか、とっても知りたいです。名前の漢字表記だけわかってもちんぷんかんぷんでしょうけどね。

 

ビートはすべて打ち込み。それ以外の部分もかなりデジタル・サウンドっていうかプログラミングされたコンピューター・サウンドです。そこにピアノやギターやサックスなどの演奏楽器もうまく交え、さらにこれ、頻用されているのは古筝でしょうか、その音色に聴こえるんですが、伝統的というより不思議にコンテンポラリーに響くっていうマジック。

 

なかでも個人的にいちばんメロメロなのは3曲目に入れておいた「有没有一种思念永不疲惫」(2020)。この曲では中国楽器の使用なし。なんですかね、このさわやかなよい香りは。晴天のもと通りすがりにふわっとただよう柑橘系の香気を思わせる空気感。アクースティック・ギターのシングル・ノートとそのバックに薄くからむシンセ・サウンドっていうイントロだけでノックアウトされますが、そこに人力演奏みたいなオーガニックふう打ち込みドラムスが刻みはじめたその刹那、もう昇天。

 

歌がはじまってからの梅朵のヴォーカルもひたすら心地よい緑の草木のごとき。明るくやわらかい陽光が注ぐ公園をゆっくりお散歩して、小鳥や蝶がひらひら舞い、小川の水がさらさら流れていく 〜 まるでそんな光景のさなかに身をおいたかのような気分で、もうただひたすらの癒しです。

 

(written 2022.8.28)

2022/08/24

孙露 Mixで聴くチャイニーズ・ポップス良き

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(3 min read)

 

孙露 Mix
https://open.spotify.com/playlist/37i9dQZF1EIW9iW7WOze8X?si=6f4e136480104693

 

個人的にもうメロメロの中国歌手、孙露(スンルー)。最近そればかり聴いている日常なので、さっき8/22夜、Spotifyに『孙露 Mix』というプレイリストが出現しました。もちろんぼく向けにAIがカスタマイズしたもので、計50曲約三時間半、いんや〜、心地いい。

 

孙露ヘヴィロテだからできたプレイリストなので、50曲の中身はもちろん孙露中心。くわえ同傾向のおだやか淡白路線なチャイニーズ・ポップスをミックスしてあるっていうわけ。簡体字表記の人名曲名が並んでいますので、おそらくすべて中国大陸(内地)歌手なんでしょうね。

 

まったく無知な分野ですが、孙露と同傾向のおだやか系ばかりチョイスされているっていうのは、世界の流れに沿うように近年の中国ポップスにもそうした流れがあるんでしょうか。それともAIが自動判断できるようにその手の情報までデータとして分析・蓄積されているのかなあ。

 

いずれにせよ、この『孙露 Mix』で流れてくる中国歌手たちの歌は、いまのぼくのフィーリングにぴったり。そういうジャンルなのかもしれませんが、ドラマティックでもダイナミックでもなく、声を荒めに強げたりすることなどちっともなしに、しとやかなメロディ・ラインをひたすらソフトに平穏につづるだけだっていうのが、いまのぼくには最高にくつろげる音楽に聴こえるんですよ。

 

無知だから、孙露以外だれひとり知りませんでしたが、なかにオオッこれはひときわすばらしいと思ってメモしておいた歌手もできました。それが梅朵(メイドァ)。百度百科で調べてみたら、1970年北京生まれで、作品もたくさんあります。だから(孙露と比較して)ずっとベテランの域ですよね。なのにコンテンポラリーなあっさりネスを身につけていて、ぼくには文句なし。

 

やや陰な翳や都会的な退廃も感じさせる孙露に比し、梅朵は素朴で明るくさわやかに香る笑みの表情が声と歌いまわしにあって、曲のつくりや伴奏もそうだけど本人のヴォーカルのクォリティがそうしたテイストをただよわせていて、なんともいえずすばらしいと感じチェックするようになったので、そのうち梅朵についての記事も書くかも。

 

8/22夜7時すぎごろに誕生したばかりの『孙露 Mix』なのに、こうしたプレイリストの常として日々中身が入れ替わるという具合なので、きょう8/23に聴いている内容はもはや同じではなく(だから梅朵はもういない)、それでも最愛の孙露だけは軸としてしっかりいるので、それきっかけでこれから近年のおだやか系チャイニーズ・ポップスをディグしていきたいと思っています。

 

(written 2022.8.23)

2022/08/04

テレサは菩薩 〜『淡淡幽情』

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(2 min read)

 

鄧麗君 / 淡淡幽情
https://open.spotify.com/album/5ylz7ilTcwYSDIRQC5CaLp?si=iLBQ8vVWS9-ajA6sQjp0yQ

 

孙露が最新作で二曲とりあげてカヴァーしているのを耳にしていたらもうたまらなくなって、やっぱり聴きなおしました鄧麗君(テレサ・テン)の『淡淡幽情』(1983)。宋代の詩に現代台湾のコンポーザーがメロディをつけ、北京語で歌ったもので、いまのぼくにとってはまさに理想郷のような音楽です。

 

オリジナルは香港盤ですが、ぼくが出会ったのは1990年代なかばごろの日本盤CDリイシューで。しかしその当時、ケバいとんがったハードな音楽がまだまだ大好きだったので、こんなのどこがいいの?という感想しか持たなかったかもしれません。

 

テレサのことは日本の演歌系歌謡曲を日本語で歌う歌手としてテレビ歌番組などでよく見たり聴いていたので、存在を知ってはいました。それがいまではもうテレサの歌みたいなのがないと生きていけなくなりましたから。

 

『淡淡幽情』でもわかるテレサの真骨頂とは、すなはちどこまでもおだやかだということ、これに尽きます。そんな部分こそがいま還暦のぼくのフィーリングに深く深く沁み込んでくるところなんです。その底にはとてつもなくすぐれた歌唱力があって、それでもって全体が支えられているからこその平穏なのだ、ということもわかるようになりました。

 

テレサならではだと思うのは、そんな落ち着いたヴォーカル表現のなかにとってもやわらかい笑みの表情を浮かべているようなところ。『淡淡幽情』を聴いていると、まるですべての参拝者をそっとつつみこむ菩薩像でもながめているような気分になってきます。さわやかなあたたかみが声や歌いまわしにあって、こんな包容力は真に秀でたトップ歌手だけが持ちうる資質でしょう。

 

ほんの五、六年前まで、こういったことをぼくはちっともわかっていませんでした。心底納得できて骨髄の芯奥まで染みわたるようにテレサの歌をとりいれるようになったいまでは、これ以上にスケールの大きな歌はない、より偉大な歌手なんてどこにもいない、テレサこそ真のNo.1なのだと、これはこちらが歳をとったからこそはじめて理解できるようになったことですけれど。

 

(written 2022.8.3)

2022/08/03

孙露推し 〜『忘不了』

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(4 min read)

 

孙露 / 忘不了
https://open.spotify.com/album/1UL8CRnyaqwSlBjWvodInI?si=fqsN-H6RTyibvPU88i0SwA

 

中国遼寧省生まれの歌手、孙露(スンルー)の新作アルバム『忘不了』(2022)が出ました。リリース月日をよく見ると4月14日になっていますが、これはCDリリースのタイミングなんでしょう、Spotifyではつい先週末の新作紹介に載ったばかり。

 

この歌手については、以前2017年作『十大华语金曲』のことを書いたことがあります。正直言って(孙露にかぎらず)こうした夕凪のように変化なく平坦でおだやかで淡々とした世界に、もうゾッコンなんですね。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2021/11/post-6c6b6c.html

 

そして新作でもまったく同じ路線がつらぬかれていて、一聴でぼくは溶けました。『忘不了』という中国語のアルバム題の意味はよくわかりませんが、ジャケットには英語で「Cannot Forget」とも記されています。忘れられない大切な愛の思い出を切なくつづった一作なんでしょうか。

 

といっても歌手と伴奏の表現はどこまでもおだやかで静か。失われたものを泣くように希求する哀切なんていうものはちっともなく、とことんそっとやさしくソフトに、エモーションをあたかも殺すように抑揚のない、まるで仮面をかぶっているかのごとき無表情で、そこになにもないかのごときフラットな音楽があるだけです。

 

ここには内奥のひだに深く刻まれた傷、喪失感が決して癒えもせずじっとたたずんでいるのであって、その深さゆえに日常生活の一部となって心身に染み込んでいて、それが表面的にはおだやかで、さわやかさすら感じさせるクールなたたずまいとなって表出されているんです。

 

人間だれしも歳をとるとそうしたおだやかな境地にたどりつきますが、歌手や音楽家は、自身は若くともそんなぼくらのフィーリングに寄り添うようなソフトなサウンドとヴォーカルを与えてくれるんですね。聴き手でしかないぼくは、20代だったころ孙露と出会っても、よさが理解できなかったはず。

 

今回は鄧麗君(テレサ・テン)が『淡淡幽情』(1983)で歌った二曲をカヴァーしているのもうれしいところ。孙露のほうは簡体字表記なので、トラックリストだけ見ていても気づきにくかったですが、聴けば瞭然、7曲目がテレサの「但願人長久」、11曲目が「幾多愁」。

 

「但願人長久」での孙露はテレサ・ヴァージョンよりもいっそう声の抑揚を抑え、徹底的におだやかに平坦に世界をつづっていく様子に感動をおぼえます。あえて故意にメロディの上下をなくそうと、あくまでフラットさを貫こうとつとめているような歌いかた。

 

「幾多愁」でも甘さは控えめ、そもそもテレサの声よりもいっそう薄味でビターなハスキー・ヴォイスですから、それでもってまるで感情がないかのように淡々と静かにつづっていく様子は、まるでベテラン高齢歌手の枯淡の味わいのよう。

 

それでも全体的に孙露の歌いかたは、声の出しかたやメロディの細かな節まわしにほんとうにデリケートな扱いを聴かせていて、とってもとっても小さな抑揚や変化を愛おしむようにやさしくそっと触れていくような、そんな繊細さを備えているんですね。

 

(written 2022.8.2)

2022/07/20

最愛...鄧麗君

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(3 min read)

 

最愛...鄧麗君
https://open.spotify.com/playlist/37i9dQZF1DX3fJV4e8nUd6?si=c47701126d7b4924

 

今年はじめごろSpotifyに登場した公式プレイリスト『最愛...鄧麗君』。愛聴しています。テレサの代表的な歌を中国語のものも日本語のものもとりまぜていっしょくたで流してくれるというもので、50曲三時間弱、これ一個あればだいたいわかるとしても過言でもないような。

 

台湾出身のテレサは日本でも(それこそ東アジア全域で)かなり活躍したので、いまだそれをよく憶えているファンが相当な数いて、当時を知らない若手歌手のなかにもお手本とするひとは多いし、演歌歌謡曲の歴史に名を残す大きなスターとしてしっかり認識されています。

 

でもちょっとくやしいなと日頃からぼくが感じているのは、テレサの日本語の歌と中国語の歌を聴く層が分離して重なっていないこともあるようにみえていること。それじゃあこの大歌手の真価を理解できないですよ。プレイリスト『最愛...鄧麗君』では区別せず流れてくるので、あらためてこのことを思い出しました。

 

中国語圏でのスタンダードもあれば、日本語で歌ったみずからのレパートリーだけでなく有名演歌歌謡曲のカヴァーも多数あり、また日本語で最初歌ったものを中国語に翻案して歌いなお(すことをテレサはよくやった)してあるものだってどんどん流れてきて、傾向というかこのプレイリストには一定のポリシーみたいなものがないのかなとは感じるんですが。

 

でもテレサ本人は中国語の歌も日本語の歌もぜんぜん区別なんかしていなかったんだよなあということもよくわかります。そのへん、どうも、日本人演歌ファンはそっちばっかり聴いて中国語圏スターとしてのテレサを聴かないし、(主に中村とうようさんの手引きで)鄧麗君を聴くようになったワールド・ミュージック・ファンは、演歌歌謡歌手テレサなんて…と見向きもしない。

 

もったいないですよ。東アジア全域で大活躍し急逝したテレサの歌のほんとうの魅力をちゃんとしっかりとらえたいなら、中国語の歌も日本語の歌もおんなじように並べてどっちも差別せず聴いたほうがいいと思います。それがテレサを理解し、歌手としての全貌に寄り添うことなんですから。

 

それからもう一個。これは最近ふだんから言っていますが、感情の激しい起伏をともなわない、エモーショナルというよりクールな、す〜っとなめらかでおだやかで静かな音楽が、ここ数年グローバル規模で流行し、確固たるトレンドとなっていますよね。テレサはそんな世界の完璧なる先駆けだったのではないでしょうか。

 

コンテンポラリー・ポップスのそんなトレンドがはっきりしてきた2020年代だからこそ、テレサみたいなおだやかに歌の世界をそのまま強い個性を込めずに届けてくれていた歌手が、ふたたび脚光を浴びてもいいような気がしますよ。

 

(written 2022.7.18)

2021/11/10

夕凪のようにおだやかに 〜 孙露

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(4 min read)

 

孙露 / 十大华语金曲
https://open.spotify.com/album/3lhzaYDoPziTrjRJRmS86p?si=B4e5MgB5Q56Vt4WCQ-0EdQ

 

2021年11月7日朝、突如としてエル・スールのサイトに出現した孙露の『十大华语金曲』(2017)。これがだれなのか?どんなアルバムなのか?(そのときは)いっさい説明がなかったのでわかりませんでしたが、なにか予感がして、Spotifyでさがして聴いてみたら、抜け殻に。それほど強い感動をおぼえたんです。

 

完璧なアダルト・オリエンティッド・ポップス。もう心は溶けちゃってメロメロ。ピアノ、ギター、ベース、ドラムスのアクースティックなリズム編成に、チェロなど若干の弦楽器、そして中国系の楽器(胡弓、古筝)も薄く混じった、とことんおだやかで静かなサウンドに乗せ、孙露がどこまでもソフトにソフトに、その中低域を中心としたややハスキーなアルト・ヴォイスでさっぱりと歌っています。いやあ、惚れちゃったぁ。

 

孙露(スン・ルー)は1986年中国遼寧省生まれの女性歌手。同省の沈阳音楽学院を卒業後、2006年にデビュー。だから今年でキャリア15年目ということになりますが、『十大华语金曲』はおそらくトータル七作目のアルバムにあたるんじゃないかと思います。

 

もとは2017年にリリースされていたものですが、エル・スールに入荷した2021年盤はDSDリマスターCD。DSDとはダイレクト・ストリーム・デジタルという手法による高音質化プロセスのことです。

 

聴いていると、凪状態の海をじっとながめているような気分になるこのアルバム、さざなみすら立たないおだやかさなんですが、こういったサウンドとヴォーカルでアルバム全体をまとめたプロデューサーの手腕も光りますね。だれなんだろう、調べても出てきませんが、名前くらい憶えておきたいもんです。

 

選曲もおそらくプロデューサーや制作側によるものでしょう。中国や香港、台湾、そして一部日本でも歌われ愛されてきた有名スタンダードなラヴ・ソングばかり、ていねいに選ばれています。「十大」との文字がありながら、13曲。それぞれの初演歌手がエル・スールのサイトに掲載されています。

 

それらを、ピアノを中心に据えたややジャジーでおだやかでまろやかなソフト・サウンドでくるみ、どこまでもオーガニック。ほんのちょっぴり、打ち込みのデジタル・ビートかな?と思えるものも聴こえますが、一部だけで、しかもかなり控えめ。あくまで生演奏で徹底されているところに特徴がありますね。

 

その上を孙露がたおやかにゆらめくといった歌いかた。つぶやくようにささやくように、とても抑制の効いた表現スタイルをとる孙露の、その低めの声でたなびくように、しかし軽く、そっと優しくていねいに置いていくようなヴォーカルは、まさしく大人の熟練の音楽ファンをもトリコにするチャームがありますね。

 

サウンドといいヴォーカルといい、決して感情表現があらわにならない淡々としたこの世界は、一聴やや物足りない地味さに思えるかもしれませんが、実のところ徹底的につくり込まれれたプロの編みもの。湖上をエレガントに泳ぐ白鳥のように、エモーションは内側にひめやかに込められています。

 

そんな音楽、強いビートが効いたハードでアグレッシヴでアシッドなサウンドに疲れた耳と心を、まるで仏陀のようにそっと手をかざし慰撫してくれているかのようじゃないですか。

 

夕凪の海辺をずっとながめていて飽きないように、孙露の『十大华语金曲』、なんどでもいつまでも聴いていたいと思わせる心地よさです。

 

(written 2021.11.9)

2019/10/30

南洋グルーヴ 〜 查勞 巴西瓦里

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https://open.spotify.com/album/08gFdMo1OUGmavOyRpPywW?si=1LxoVB2QRCyqYna4CClwdA

 

チャーロウ・バシワリと読むらしいこのひとは台湾の先住民、アミ族のミュージシャン。今年の新作『Salama』(2019.5.17 )は、チャーロウ自身がマダガスカルに乗り込んで、現地の音楽家たちと全面共演したもののようです。これが気持ちいいんですよ。快感ですね、全編をとおし貫いているこの南洋グルーヴがですね。このアルバムみたいなのを汎南洋音楽と呼んでもいいんじゃないでしょうか。

 

このアルバムで聴くかぎり、チャーロウのこだわりはオーガニック・サウンドですね。音楽が本当に大好きでたまらないんだなというのが全身からあふれ出ているチャーロウのこのアルバムは、全編アクースティック・サウンドに徹しているんですね。アルバム・ラストの9曲目は3曲目のリミックスですから、そこでだけエレクトロニックなサウンド処理が聴けますけど、ほかは電気・電子はいっさいなし。ベースもコントラバスですし、そのほか生音楽器しか使っていません。

 

いかにも自然の、大地の、大海の、ナチュラルなオーガニック志向を明確に打ち出したというようなサウンドで、曲も(たぶんぜんぶチャーロウの自作と思います)広大な大自然を思わせるようなゆったり雄大なグルーヴで貫かれていますよね。しかもなんだか底抜けにとまで言いたいほど明るい曲と演唱ばかり。つらい気持ちになって沈んでいたりする聴き手の心情をもかきたててしまう、しかし無理強いではない、気持ちよさとパワーがありますね。

 

レゲエっぽい曲がふたつ(それらでも裏拍の刻みを入れるのはアクースティック・ギター)ありますが、シリアスさは微塵もなく、徹底的に突き抜けた解放感があるのがチャーロウの音楽の特色ですね。ンゴニ?かあるいは親指ピアノ?か、なんだかそんな音も聴こえますし、アコーディオンも全編で効果的に使われています。控えめながらドラムスやパーカッションや、またコーラス隊、ホーンズも活躍。

 

チャーロウは台湾先住民のアミ族ですが、アミ族の言語は、オーストロネシア語族に属するそうです。オーストロネシア人は、ほかならぬ台湾を起点に、紀元前2000年ぐらいに、現在のフィリピンやインドネシア、マレイ半島に移り住み、そこからまたインド洋を渡って、西暦五世紀ごろにアフリカ沖のマダガスカル島まで到達しました。かたや、南太平洋へ渡り、ポリネシア人やミクロネシア人の祖先になったともされています。

 

つまり、海洋民族だった台湾の先住民たちが、インド洋や南太平洋に渡り世界に拡がったという経緯が、最近の DNA 研究から解明されたそうですが、そんな古代史的物語に想像力をふくらませて音楽の旅を繰り広げるチャーロウ・バシワリの全編マダガスカル録音のこのアルバム『Salama』、実に広大な音楽じゃありませんか。根っこに野太いグルーヴがありましすし、徹底的に人生肯定的ですし、こんな陽光のもとで水浴びしているような解放感に救われることもあるんですね。

 

※最後の二段落はエル・スール HP 記載文を参考にしました。

 

(written 2019.9.30)

2018/08/30

在りし日の上海 updated 〜 林寶

 

 

といってもそんなアルバムはないし、話題にしたいのは古い録音じゃない。ラテン・ジャジーなモダン・ポップス、林寶(リン・バオ)の『上海歌姬』(ShangHai DIVA)のことだ。そう、あのころの、つまり第二次大戦前の、国際都市だった上海に、こんな音楽があったはず。それをそのままではなく現代化して21世紀録音で現代によみがえらせたのが林寶の『上海歌姬』。完璧ぼく好み。しかしごく最近まで忘れてた(^_^;)。夏休み中(にいま書いている)でヒマだから、部屋のなかの CD カオス山脈をほじくり返すと出てきたってわけ。

 

 

しかしこれ、いつどこで買ったのかも忘れちゃったなあ。CD パッケージ裏を見なおすと 2011 と書いてある。そうかあのころか。ちょうど東京を去り愛媛に戻ってきた年だ。エル・スールのサイトで探しても出てこないから…、あっ、ちょっと待って、2011年なら旧サイト時代だから…ということでそっちで探そうとしたら、あれっ?検索機能がなかったんだっけ…(^_^;)…。でもスクロールすればちゃんと出てきたそれには、これまた bunboni さんのブログ記事のリンクが貼ってあった。モ〜ッ、ヤダ(^^)。まぁ見なかったことにしよう。

 

 

 

やっぱり当時のエル・スールで買ったんじゃなかったはずだけど、パッケージがとにかくデカすぎるんだよね、この林寶『上海歌姬』は。記憶では、どなたか Twitter で紹介なさっていたかたがあのころいらして、その推薦を信用してどこかの海外ネット通販サイトで、2012年かな?買ったのだ。円払いじゃなかったはずだけど、米ドルでもなかったような…、う〜ん、もはや忘却の彼方。

 

 

中身の音楽も忘却とは忘れ去ることなり(わかるひとだけわかる)という具合だったので、引っぱり出して聴きかえしたのだった。そうしたら、かなりいいぞ、このアルバム!こんな良作、いや、かなりの傑作なんだから当時もいいなと思ったはずだが憶えていないということは、ダメだなあ。CD 一枚なのにパッケージ・サイズのデカさゆえ部屋のなかのボックスものコーナーに置いてあったこの林寶『上海歌姬』。出てきて、本当によかった。いまでは Spotify で聴けますよ。

 

 

林寶の『上海歌姬』。ジャケット写真とアルバム・タイトルで察せられるとおり、あの時代の上海で流行していたような、つまりいまから見たらレトロな、ポップスを再現した内容だけど、これまた豪華なブックレットに一曲づつそれぞれ、(中国での)初演歌手の名前と顔写真が小さく掲載されている。以下にそれを整理しておこう。10曲目は1曲目と同じく「天涯歌女」で、リプリーズみたいなもんかな。言葉が違うみたいだけど。周璇の写真も違うものを使ってある。

 

 

1「天涯歌女」〜 周璇

 

2「情人的眼淚」〜潘秀瓊

 

3「上海歌姬」〜 なし(後述)

 

4「夜上海+夜來香+ 鳳凰于飛」〜 周璇、李香蘭

 

5「我要你的愛」〜 葛蘭

 

6「卡門」〜 葛蘭

 

7「狂戀」〜 白光

 

8「得不到的愛情」〜 姚莉

 

9「明月千里寄相思」〜 呉鶯音

 

 

1と10の「天涯歌女」での林寶は、ちょっとしたロリータ声。正直言ってちょっと苦手だ。でも周璇を意識したんだよね。曲はすばらしい。歌いこなしだっていいんだけど…(以下略)。「音樂故事」という言葉が曲名に付記されている10曲目がどういうことかは、上の bunboni さんの文章に書いてあるので、ご一読を。マイルズ・デイヴィスだって模して使った(『リラクシン』)鐘の音でまずはじまって、次いでグレン・ミラー楽団「イン・ザ・ムード」のテーマ・リフを引用してある。

 

 

ぼくにとっての林寶『上海歌姬』のツボはしかしここじゃない。3曲目「上海歌姬」から6曲目「上海歌姬」らへんが、も〜う最高なのだ。中国語でやるラテン・ジャジー R&B みたいなのがね。「天涯歌女」に感じとれる若干の中国ローカル色は、ここらへんにはほぼなし。普遍的に世界中どこでも通用するモダン・ポップスだ。

 

 

アルバム全体の表向きは、ジャジーでもあった上海レトロ・ポップスのカヴァー集という顔をしているんだけど、この3〜6曲目を聴くと、裏のというか真のテーマはファンキーなラテン歌謡集だということがわかってくる。戦前の上海での中国語歌謡(あのころ、スウィング・ジャズが中心だったと思うんだけど)にラテンふうな21世紀型 R&B スタイルのアレンジを施して現代化したようなポップ・アルバムなんだよね。

 

 

3曲目の「上海歌姬」がアルバム・タイトルになっているから、アルバム全体をサンドウィッチしている「天涯歌女」とは違った意味で聴かせどころでありクライマックスなんだよね。この曲はかつての上海には存在しないもの。「上海歌姬」はケニー・G の「Mirame Bailar」が原曲で、それの歌はバルバラ・ムニョス。曲創りに、マライア・キャリーとも仕事をしたあのウォルター・アファナシエフが参加している。

 

 

 

林寶の「上海歌姬」は、これをほぼ忠実にアダプトしてあるよね。もとからフュージョン(スムース・ジャズ?)色のあるラテン R&B ソングだから、この林寶のアルバムのコンセプトがどこにあるか、的確に示していると思う。林寶は上海出身で、この当時も上海で活動しているということで、伴奏陣も現地のミュージシャンを起用しているようだから、「Mirame Bailar」が「上海歌姬」になったんだね、きっと。

 

 

同傾向のモダン R&B みたいなのが5曲目「我要你的愛」。英語でもたくさん歌うこれは、しかし古いアメリカン・ジャンプ・チューンだ。林寶の『上海歌姬』ブックレットには、1955年ジョージア・ギブズの名前が記載されてある。女性リズム&ブルーズ歌手だね。でもかなりジャジーというか、ジャンプ・ミュージックというに近い。

 

 

 

林寶の「我要你的愛」は、ここからアダプトした葛蘭ヴァージョンを下敷きにしてあるから、ってことなんだろうけれど、ちょっと一言くらいルイ・ジョーダンの名前を出しておいてくれてもよかったんじゃないかと思う。そう、この「アイ・ウォント・トゥ・ビー・マイ・ベイビー」(ジョン・ヘンドリクス作)は、1953年にルイ・ジョーダンがヒットさせたジャンプ・ブルーズ・ソング。

 

 

 

ラテンなモダン R&B ソングにアレンジしてあるといえば、6曲目「卡門」。これはジョルジュ・ビゼーの「カルメン」なんだけど、ブックレットには<原曲改編>として服部良一の名前がクレジットされてある。葛蘭が歌った際に服部が仕事をしたってことだろうか?そのへんの事情はまったく知らない。

 

 

林寶の「卡門」は、まず最初無伴奏のナイロン・ギター独奏ではじまって、そこはフラメンコふうだけど、ヴォーカルが出てきてリズムも入ってくると、ちょっぴりアバネーラっぽくなるのはビゼーのオリジナルどおりだ。そしてしばらくしてマンボになっていくんだよね。マンボといってもヒップ・ホップの影すらある21世紀型のフィーリング。

 

 

4トラック目「夜上海+夜來香+鳳凰于飛」。個人的にはこの三曲メドレーが、林寶のアルバム『上海歌姬』でいちばんの好物。2曲目の「夜來香」は日本でもみんな知っている有名曲だよね。その前の「夜上海」は、やはりスウィング・ジャズでやっている。聴きとりやすい変わり目で「夜來香」になった刹那、爽やかな花の香りがフワ〜と漂ってきたかのようで、文句なしに快適な気分。いやあ、いいですねえ。

 

 

「夜來香」パートではやはりアバネーラっぽいリズム・アレンジなんだけど、間奏部のエレキ・ギターはジャズ・フュージョンの弾きかたで、ぼくはわりと好き。三つ目の「鳳凰于飛」パートでふたたび4/4拍子のスウィング・ジャズに戻り、いかにもあんな時代の<在りし日の上海>を、しかもアップデートして、聴かせてくれる。

 

 

ノルタルジックに…、なんて言葉で簡単に片付けることのできない、21世紀中国語ポップスの傑作じゃないかな。

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