カテゴリー「演歌歌謡曲、日本」の97件の記事

2022/09/01

夏の終わり 〜 Cheakbea Boys feat. 1031jp

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Cheakbea Boys feat. 1031jp / End Of Summer
https://www.youtube.com/watch?v=naCMZWRBtyY

 

8月26日朝、YouTubeに突如出現したCheakbea Boys feat. 1031jpの曲「End Of Summer」(2022)。1031jpというのが(ぼくには)おなじみのとみーさんで、これは新作なのかな、チークビー・ボーイズという三人組ヒップ・ホップ・ユニット+とみーさんというかたち。メインはチークビー・ボーイズでしょうか。

 

知らないユニットだったんですが、とみーさんのほうとはずっと前からのおつきあいで、2019年1月末に渋谷の小さなライヴ・ハウスでお会いしたこともあるし、音楽活動をずっと見守ってきているんで(なぜなら書く曲と声が好きだから)、そのとみーさんのTwitterでアナウンスされたわけですから、チークビー・ボーイズにも出会うことになりました。

 

チークビー・ボーイズは東京高円寺が拠点のユニットらしく、_MC björki、_MC I'mSorry、_DJ SATANの三人。そしてこの「エンド・オヴ・サマー」はどうやら高円寺のライヴ・ハウス Club Liner のメモリーにささげられた曲だということです。Club Liner は2019年に閉店していますから、それを終わった夏に喩えノスタルジアを込めた歌にしているんでしょう。

 

というわけで、「エンド・オヴ・サマー」は2018年にクラブ・ライナーで録音された素材を使い、19年に音を重ね、ミックスとマスタリングは今年終えたばかりでMVも添え、アップロードされたということみたいです。曲はとみーさん、リリックがチークビー・ボーイズととみーさんの共作で、ギターやベースその他楽器はとみーさんによるもの。「えんどおぶさま〜」っていうリフレインを歌うのもとみーさんの声のような。

 

楽しかったこと、大切なものがなくなってしまった、終わった、けど、その思い出は生きていて、自分のなかでいつでも取り出して愛でることのできるもので、でもいまここにはもはやないんだ 〜 っていうような郷愁というか切ない気分は、生きていればだれだって持つフィーリングですし、ぼくも強く共感できるものですよ。みんなそうでしょう。

 

そういった意味ではこの「エンド・オヴ・サマー」も普遍的な意味を放っている曲だと言えると思うし、夏が毎年来るように、いまはなくなってしまったものが、また未来にかたちを変えて甦りふたたびめぐってくるっていうことだってあるんじゃないですか。真冬には到底二度と夏なんて来ないんだって感じちゃいますけど。

 

(written 2022.8.31)

2022/08/20

なにがあっても中澤卓也を応援し続ける 〜 新曲「陽はまた昇る」

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中澤卓也 / 陽はまた昇る
https://open.spotify.com/album/4agtldRZuI4Wz1QiqBHRoZ?si=-lhxubjUTZqreZ7U61NBLA

 

Nobody knows you when you’re down and out.

 

若手演歌歌手、中澤卓也の新曲「陽はまた昇る」が、2022年8月17日にまずは配信先行で、リリースされました。エレキ・スライド・ギターが炸裂したりして演歌というよりサザン・ロック・チューンな感じですが、以前から卓也はそういった中間領域みたいなところでソフト&メロウに歌っていくのが得意ですよね。

 

卓也は、しかし歌謡芸能界で最近はすっかり干されてしまっているような感じです。原因は昨2021年に発覚した泥沼二股恋愛スキャンダルでしょう。日本クラウンの所属だったのに、それも契約を解除されてしまい、いまはインディ。「陽はまた昇る」はタクミレコードというよくわからないところから出ています。

 

たしかにあのときの卓也の対応は誠実さを欠いたのかもしれませんが、犯罪行為でも既婚者の不倫でもなく、ただの色恋遊びで会社も離れていってしまうなんてさびしいじゃないか、そこまで追い詰めなくたって…、というのがぼくの正直な気持ち。

 

そもそも古今、歌手や音楽家、芸で生きる人間はこんなもの。違法ドラッグ常用だったビートルズのメンバーが活動停止になったなんて話は聞いたことがありませんし、殺人者として刑務所内で生涯を終えたフィル・スペクターだってその音楽はいまだ愛され続けているんですから。

 

あくまで歌や音楽が魅力的かどうかで判断していけばいいんであって、政治家じゃないんだからそんな清廉潔白でなくていい。もう大人なんだから、私生活のゴタゴタを持ち出して歌手活動のことを云々するのはおかしいでしょうし、そんな態度は音楽界にとって滅びの道でしかありません。

 

いままで卓也のことをときどき書いてくれていたブロガーだって、一件以来見放したようになり、言及しても「N」という書きかたしかしないなんて、ちょっとガッカリです。笑ったりあざけったりの対象になってしまっていて、ふだんはわさみんの(生活ではなく)歌唱のことを書いてくれているのになあ。

 

そんな現況なので、卓也は無援で孤軍奮闘しています。決して歌の魅力が減じたわけじゃないことは「陽はまた昇る」を聴いてもわかること。冷たい周囲のサポートが得られなくなっただけです。事務所とレコード会社がないとなにもできない一介の歌手なので、相当な苦労をしているでしょうし、心境をおもんばかるに涙が出ます。

 

個人的にぼくも人生は失敗続きで、周囲の他人はおろか血族からも見捨てられているといったありさまですから、昨年来の卓也には共感と同情でいっぱいです。クサらずに一生懸命がんばっているんだから、東京王子の北とぴあで出会った2019年8月以来と同じようにこれからもずっと変わらず応援していくだけ。甘くて颯爽とした歌声に惚れたんですから。

 

いまは雌伏期というかガマンどきです。きっと卓也のノドが正当に評価され、ふたたび表舞台で活躍する時代が来るはず。それまでは辛抱して地道に活動を続けていきましょう。ぼくら熱心で忠実なファンは離れず応援していきますから。とにかく声そのものにチャームが宿る歌手なので、それさえ消えなければ歌手中澤卓也は抜群なんで。

 

いまは、卓也自身の作詞で現在の心境を素直につづったような「陽はまた昇る」をくりかえし聴いていきます。不思議に脳内反復する印象的でさわやかなメロディ・ラインですし、なによりスウィートな声質は以前とちっとも変わっていませんから。

 

(written 2022.8.18)

2022/06/24

My Favorite 美空ひばり in the Early Era(演歌前)

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My Favorite 美空ひばり in the Early Era
https://open.spotify.com/playlist/75OXS3FlLhYWO8da4pds1H?si=faae34770496481d

 

またまた書きます美空ひばりの10代エラ。ここらへんこそがひばりのいちばんよかったころだというぼくの考えは微塵も揺るがないもので、ふだんからいつも楽しんでいるのに、世間は理解しませんからね。それどころか演歌時代しか存在しなかった歌手のようにみなされたりすることもあって、なんだよモ〜。

 

若かったころのひばりのジャジーでシャープでスウィンギーな魅力とそれを愛するぼくの嗜好が理解されずとも、最高に楽しい〜っ!というのは間違いのないことなので、大切なことだからやはりなんどもくりかえし言っておきたいわけです。

 

いままでの記事と今回の違いはSpotifyでプレイリストをつくっておいたということ。日本コロムビアの『アーリー・ソング・コレクション 1949-1957』から、個人的に特に好きだ、もうたまらんというものばかり、たった12曲とはいえ、抜き出してまとめて聴けるっていう、これはすばらしい(自画自賛)。

 

これら10代だったころのひばりの魅力に、いはゆる「おんな」的な部分はほぼ(まったく)ありません。ちょっとボーイッシュというか中性的っていうか、さっぱりあっさりしたヴォーカルで、後年大歌手になって以後のもってまわったような女々しくおおげさな感情表現もなし。

 

演歌というジャンルが確立される前の時代で(それっぽい先駆けフィーリングが聴けるものは数曲あり)ロックも台頭していなかったですから、日本でも流行歌といえばジャズ系のポップスばかり。ひばりだってブギ・ウギ・ベースの、つまりジャンプ・ミュージックっぽいスウィンギーな歌をやっていたのがピッタリ好みなんです。

 

ジャンプといってもさわやかで軽快なノリのやつで、ひばりがやったのは。重さや激しさのない薄味の音楽です。「河童ブギウギ」だけでもお聴きになれば、ぼくの言わんとするところはわかっていただけるはず。軽やかなユーモア・センスも込められていて、人生の悲哀をマジにつづる、なんていう部分はちっともないわけです。

 

「リンゴ追分」も入れておきましたが、これなんかは要するに望郷演歌っぽい内容なわけで、といっても東京に出て働いている人間が北の故郷をしのび泣くというんじゃなく、主人公のいる舞台は津軽で、東京で死んだおかあちゃんのことを思い出してしんみりするという内容。

 

すなはち典型的な演歌テーマではあって、濃厚でシリアスになりがちなものなのに、この初演でのひばりのヴォーカルにはそれがなく、歌の世界に没入しすぎずどこか他人事みたいに突き放して外側からあっさりやっているというのが、ぼくから言わせたら健全な距離感。「悲しい酒」でほんとうにステージで涙をこぼしながら歌ったようなああいった姿とは真逆。あんなのは気持ち悪かった。

 

「お祭りマンボ」にせよ「港町十三番地」にせよ得意レパートリーにしていて亡くなるまでひばりはずっと歌ったし、スタンダード・ナンバーとしてカヴァーしている演歌歌手も多いんですが、初演時のひばりヴァージョンが持っていたノリよい軽みはいずれからも消えています。

 

伴奏だってゴテゴテの派手な分厚いオーケストラ・サウンドじゃなく、必要最小限のシンプルな楽器編成でスカスカ隙間のあいた、もういま聴いたら「こんなんでええのんか?」と心配になってくるくらいなんですが、実に味わい深いものです。特に「港町十三番地」、も〜う大好きでたまらん!

 

(written 2022.5.14)

2022/06/09

失われた「さくらの唄」〜 門松みゆき

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門松みゆき / さくらの唄
https://open.spotify.com/track/1uFfVfprXk3NvdWwu8dF5L?si=50025d08ffb04fb9

 

第七世代の一人に数えられる若手演歌歌手、門松みゆきの新曲「彼岸花咲いて」(2022)が五月末に出ましたが、そのカップリングで同時リリースされた「さくらの唄」が暗くて悲しくってすばらしく、惚れちゃいました。もちろんぼくはサブスクで聴いているんです。

 

個人的にはみゆきのこのヴァージョンではじめて出会った曲だったんですが、ひょっとして?と感じるものがあって調べてみたら、初演は美空ひばり(1976)です。その前に曲を書いた三木たかしみずから歌ってレコード発売しているらしいので、正確にはひばりのもカヴァー。

 

作詞がなかにし礼で、曲ができた経緯についてはウィキペディアでぼくも読んだだけですから、どうしてここまで絶望に満ちた陰鬱な歌なのか?気になるかたはぜひ検索して読んでみてください。

 

三木たかしヴァージョンはサブスクはおろかYouTubeでも見つからず。ですからひばりの二つのヴァージョン(76、2016)と今回のみゆきのと、それからSpotifyで曲検索をかけたら加藤登紀子と香西かおりが出てきましたから、計五つ、プレイリストにしておきました。
https://open.spotify.com/playlist/4y0dmEvpDLA2SMEgWsquwf?si=9612dd3b4ac04398

 

そもそも「さくらの唄」というのがあるということを、2022年、演歌歌謡関係者以外いったいどれだけが憶えていたでしょう。ひばりの76年オリジナルだってまったく売れず、そもそもカヴァーをレコーディングし発売するというのはこの歌手にとって前例がなく難色を示したそうです。

 

死後の2016年になって、ひばりがギター伴奏のみで歌唱する別バージョンの存在が初発見され、オリジナルもふくめEPとして再発売されたんですが、やはり話題にならなかったはず。つまり「さくらの唄」というのはだれにも存在を認められていない失われた曲というにひとしいわけです。

 

それを門松みゆきサイドは今回どうしてとりあげようと考えたのでしょう。もちろんそんなことは想像もつかないことですが、ひばりのギター・ヴァージョンに基本則しながら、+ピアノ+ベース+パーカッション+チェロでサウンド・メイクされているように聴こえます。

 

2ヴァージョンともおだやかでふくらみのある笑みすら声にたたえて歌っていたひばりに比べ、みゆきの「さくらの唄」にはある種の気高さすら感じるきびしさとシビアさに満ちていて、いずれがいいか好みはそれぞれでしょうが、個人的にはスティール弦アクースティック・ギターの響きもふくめみゆきのが好きです。

 

これで、どうでしょう、ひばりみたいな存在が歌ったにもかかわらず一般のファンはもはやだれも憶えていない、存在しなかったも同然の曲だった「さくらの唄」が甦り、(はじめて)命を吹き込まれ世間に認知されるということになるでしょうか。その可能性は低いと言わざるをえませんが、ぼくには忘れられない一曲になりました。

 

(written 2022.6.8)

2022/06/02

新作『X-Cross IV-』で聴く石川さゆりの新世代感

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石川さゆり / X-Cross IV-
https://open.spotify.com/album/119pcXgNdYLQf0mNk7jVVb?si=wgkNqJ_MTqCP-vnV28u19g

 

石川さゆりの新作アルバムが出ましたが、なんなんですかねこのジャケット?そもそも『X-Cross IV-』(2022)というアルバム題だってどう読んだらいいかわからないし。

 

調べてみたら、どうやらジャケ・デザインはクリエイティブ・ディレクター箭内道彦率いる東京藝術大学美術学部デザイン科第2研究室の学生らとのコラボ作品らしいです。顔みたいなのがさゆりかな。アルバム題の読みはよくわからず。

 

中身も、このジャケットとタイトルが端的に表しているといえます。Xというのはクロスということらしく、収録曲はさまざまな(演歌系ではない)音楽家とのコラボというかクロスによってできあがっている内容です。それを一覧にしておきました。

 

~~~~~
1「虹が見えるでしょう」X NARGO/谷中 敦(東京スカパラダイスオーケストラ)
 〜 作詞:谷中 敦、作曲 NARGO、編曲 村田 陽一
2「琥珀」 X 阿木燿子/宇崎竜童
 〜 作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童、編曲:斎藤ネコ
3「人生かぞえ歌」 X 亀田誠治
 〜 作詞:いしわたり淳治、作曲編曲:亀田誠治
4「いつか微笑むとき」X NARGO/谷中 敦(東京スカパラダイスオーケストラ)
 〜 作詞:谷中 敦、作曲 NARGO、編曲 村田 陽一
5「本気で愛した」 X 布袋寅泰
 〜 作詞:いしわたり淳治、作曲編曲:布袋寅泰
6「再会」 X 加藤登紀子
 〜 作詞作曲:加藤登紀子、編曲:斎藤ネコ
7「ふる里に帰ろう」 X 神津善行
 〜 作詞作曲:神津善行、編曲:松本峰明
8「残雪」 X 加藤登紀子
 〜 作詞作曲:加藤登紀子、編曲:斎藤ネコ
~~~~~

 

目立つのはスカパラの二曲と加藤登紀子の二曲でしょう。実際、音楽としてとびぬけておもしろいと思えます。ことさらグッと胸をつかまれたのは登紀子とクロスした「再会」と「残雪」。この二曲こそ本アルバムの白眉でしょう(個人の感想です)。

 

人生のさいごのさいご、死ぬ前にどうしてももう一度だけ会いたいと願い届いた二行の手紙に心を動かされてしまう情景をつづった「再会」は、メロディも人間的なやさしさと美しさに満ちています。オーケストラ・アレンジは松本峰明かな、それもすばらしいメロウさ。

 

いっぽう人間という存在の本質的な孤独をテーマにした「残雪」のほうは、寒くきびしいメロディ・ラインが、かえって生身の鮮血を感じさせ、きわだった気高さと寂寥感、だからこその崇高な美を表現しているといえます。登紀子の書いたこれ、すばらしい曲じゃないですか。もうこればっかり聴いてしまうな。

 

さゆりのヴォーカルは完璧に2020年代的な新世代スタイルへと脱皮していて、いまだ「津軽海峡冬景色」「天城越え」などしかあたまになければ、えっ、これがあの石川さゆりなの?同じ歌手なの?と不思議に感じるかもしれません。

 

でも正統派の有名演歌歌手が違うことをやる、他ジャンルとのミックスというかクロスにチャレンジしてみるというのは、実はずっと前からけっこうあって、八代亜紀だってジャズ・アルバムを出したことがあるんですから(『夜のアルバム』2012)、一段若いさゆりがこうした歌を聴かせるのに違和感はありません。そもそもXシリーズの四作目みたいですし。

 

スカパラとやったのはスウィング・ジャズ・スタイルだったり、おしゃれで都会的なボサ・ノーヴァだったり。阿木宇崎とやったのや布袋と組んだのがややフレンチ・ポップスみたいだったりして。

 

かと思うと亀田誠治のと神津善行の二曲はいずれも従来的な演歌的世界観というか、つまり農村共同体的なものを、やはりトラディショナルなメロディとサウンドでくるんでありますが、それでもさゆりのヴォーカルはあっさりさっぱりしていて、おだやかでストレートな発声。

 

(written 2022.6.1)

2022/05/29

とってもうれしい『ショッピング』サブスク入り 〜 井上陽水奥田民生

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井上陽水奥田民生 / ショッピング
https://open.spotify.com/album/2pY4LrYkT9BOfBQtlfcJX1?si=WFSHGIAZQzqibLlj3vWWMQ

 

これ、いつからサブスクに?つい数日前のお散歩ミュージックにとチョイスし、CDからインポート済みの(Apple)Musicアプリで聴こうと立ち上げて、あれっでもなんかちょっと、ジャケットが全曲で表示されるようになっているし、っていうんでSpotifyでも検索したら見つかりました。

 

そう、井上陽水奥田民生の『ショッピング』(1997)は稀代の傑作ですよ。どこでも見たことない意見ですが、ぼくはそう思っています。こういう音楽にここまでひどく共感するっていうのは要するに1960〜70sのクラシック・ロック的なもの(へのオマージュなんだけどこれは)が好きだからというだけの趣味ですけど。

 

それがサブスク(ぼくはたいていSpotify)で手軽にいつでもどこででもワン・クリック or タップで聴けるようになったというのがあまりにもうれしくて、音楽的なことはいままで二度書いてきたし、再言の必要がないわかりきった内容ですが、いまさらのように新鮮な楽しみを味わっています。

 

聴きながら涙と涎をたらすほど好きでたまらないというものが本作にはいくつかあります。アルバム全体が好きだけど、なかでもことさら大好きっていうものが。リリース当時からぼくにとってのNo.1は、ボートラっぽくラストに収録されている「アジアの純真」。もちろんPUFFYが初演のあれ。

 

陽水民生は「アジアの純真」のソングライター・コンビなんで、本人たちヴァージョンがどんだけカッコいいか、まざまざとみせつけたような格好ですね。強力なドラムスとエレキ・ギターを軸に、重心を低くしてタメの効いたノリを聴かせるバンドもヴォーカルも最高。そうそう、このアルバムは全曲人力生演奏なんです。いまでいえばオーガニック。

 

とにかく本人たちヴァージョンのこの「アジアの純真」のことをどんだけ愛しているか、ことばを尽くしても尽くしきれないと思うほど。これを聴きながらだったら死んでもいい。ふざけた無意味な歌詞ときわめて音楽的なメロとサウンドもいい。

 

そのほか民生の独壇場である5「意外な言葉」は60s的にクラシカルなギター・トリオのサウンドで(いちおうフェンダー・ローズも入っている)、特にエレキ・ギターがあまりにもカッコよくてシビレちゃう。やはり民生が歌うレッド・ツェッペリンふうの7「2500」も。

 

作詞でも参加の小泉今日子に提供した9「月ひとしずく」はジョージ・ハリスンの「マイ・スウィート・ロード」を意識したもので、これももおだやかでまろやかで心が落ち着きます。アクースティック・ギターのカッティングを多重してあるサウンドゆえ、このところ愛好度がどん増しな一曲ですね。

 

一曲一曲、終わって次の曲がはじまるまでのあいだの無音部分がしっかりとられているのもレトロ仕様というか、これ1997年の作品ですからね。クラブ系などの音楽CDで曲間のポーズをおかずどんどん連続で流れてくるのが定着していた時期です。

 

だから『ショッピング』を聴くと一瞬、あれっ、再生不良?と感じちゃうくらいなんですが、そのへんもサブスクでそのまま再現されています。いまや2010年代以後これだけレトロな眼差しが大流行しポジティヴにとらえられるようになって、若いミュージシャンたちがどんどんやっていますから、陽水民生の本作みたいなのに(サブスクで聴けるようになったので)もう一度日が当たってもいいと思います。

 

(written 2022.5.28)

2022/05/11

音楽というそびえる山を支える裾野庶民の歌の楽しみとはこういうもん

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こないだのゴールデン・ウィークはちょうど住んでいる団地の棟のゴミ当番だったので、ゴミ置き場の管理と棟周囲の公共スペースにポイ捨てされているゴミやタバコ吸い殻を拾って歩いていました。

 

お天気のいいある午後、いつものようにごみチェックで棟まわりを歩いていると、ふと、ある部屋から歌声が聴こえてきました。姿は見えなかったけれど、レコードやCDや配信とかその他作品を流しているのではなく、住人のかたが大きな声で歌っていました、美空ひばりの「川の流れのように」(1989)を、ア・カペラで。

 

それにおおいに感銘を受けてしまったんですね。こういうのこそが一般庶民にとっての音楽というか歌の楽しみかただよねえって。熱心にレコードやCDを買い集めたりサブスクで聴きまくったりするようじゃない、世間の「大勢」にとっての歌とは、そういうもんです。

 

ぼくと同じ棟にお住まいのそのかたがひばりの「川の流れのように」を大声で口ずさんでいたのは、たぶんむかしヒットしていたころに聴きおぼえたのをそのままリピートしているかなんかだと思うんですが、あるいはひょっとしてひばりヴァージョンじゃなかったのかもしれませんけどね。

 

それでも歌、曲ってこうやって生き続けていくんですよね。ぼくの住んでいる森松団地はもちろん公営住宅(愛媛県営)ですから、低収入・無収入者向けのもの。音楽ソフトを買いまくったりできない層が住人ですし、しっかりしたオーディオ装置なんてもちろん持っていない。「川の流れのように」だってたぶんテレビ歌番組かなんかで聴きおぼえたんでしょう。

 

歌がこの世の隅々にまで浸透する、生活の一部になり、世の血肉となって沁み込んで、日常生活の不可欠な一部になる、それで生きていく、っていうのは、なにも熱心な音楽マニアやファン、紙やWeb媒体に文章を書いたりなど、そういった人間が支えているんじゃありませんよ。

 

そして、ふとしたときに団地の一室などからなにか好きな歌を口ずさむのが聴こえてくるようにまでなれば、それはすなわち裾野がひろがった、末端まで行きわたったということで、そうであってこそ音楽という山がそびえる高みを獲得することができるんです。音楽の世界を支えているのは、低地の裾野にいる無数の貧乏庶民です。

 

(written 2022.5.7)

2022/05/06

愛されない者のための歌 〜「化粧」

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化粧
https://open.spotify.com/playlist/2DosOA5mqniaF6KKuYLs9o?si=c42eb811115e4192

 

中島みゆきはサブスクに存在しない音楽家で、たぶん本人の強い意向かなにかが働いているんでしょうね。なかにはとても沁みるいい曲があるソングライターなんで、聴きたくなったらほかの歌手によるカヴァーで、ってことになります。

 

それでこないだやはりみゆきの名曲の一つである1978年の「化粧」のことを思い出すきっかけがありました。宮本浩次のアルバム『ROMANCE』(2020)のことは以前ブログでとりあげましたが、先だって四月に松山公演があり、同作に収録されていた「化粧」も歌ったそうです(ぼくは行かなかった)。

 

聴きに行った美容室経営の友人スタイリストからとてもよかったと伝え聞き、同曲のいろんなヴァージョンをまとめて聴きなおしたいと(ほんとはみゆきのオリジナルがいいけど…)Spotifyで曲検索し、あるものぜんぶ、ダブりのないようにまとめてプレイリストにしておいたのが、いちばん上のリンクです。

 

トータル七つ。桜田淳子、宮本浩次、清水翔太、丘みどり、工藤静香、navy & ivory、J-JUN とこれは出てきた順にそのまま。サブスクにだってもっとあるだろうと思っていました。坂本冬美などもカヴァーしているらしいですが見つからず。

 

宮本のとみどりの以外は初耳でしたが、やはり曲がもとからいいんですねこれは、どのヴァージョンを聴いても胸に痛いほど沁み入ります。歌詞の世界が鮮烈で、ぼくなんかもそこにとてもとても強く共感するわけですが、感情を込めずに淡々と歌うのも、エモーショナルに歌うのも、この曲に似合っていると思います。

 

七つのうちでは、やはりこの曲に強く惹かれるきっかけだった宮本ヴァージョンがいいなぁと感じたんですが、それはたんに耳なじみがあるというだけのこと。ぜんぶをじっくりなんども聴くと、ピアノ一台の静かな伴奏でしんみりつづっているようなものが実は最高かもしれません。

 

たとえば清水翔太のとか navy & ivory のとか。後者は名前も初めて見たと思って調べました。キーボードとヴォーカルの二人組日本人音楽ユニットみたいですよ。2000年結成で13年に解散しています。韓国人歌手ジェジュンのヴァージョンもピアノだけでのしっとり伴奏。

 

清水翔太ヴァージョンでは歌いまわしにやや演歌っぽい回転が聴かれます。本人の資質というより曲由来のこぶしかもしれません、みゆきの書くメロディはときどきそうなりますから。正真正銘の演歌歌手、丘みどりのヴァージョンは、たしかにそれらしさ全開。声のハリやノビや強さ、濃厚さ、フレーズ終わりごとに入る軽いけどしっかりしたヴィブラートなど、モノが違うなと思わせるものがあります。

 

がしかし歌唱力が卓越しているからといって、曲を、特にみゆきの「化粧」みたいなのを、強く沁みるようにリスナーに伝達できるかは別問題。決してここでのみどりヴァージョンがイマイチという意味ではなく、曲の力が強いソングライターなので、ストレートに歌うほうがかえっていいかも。声にも癖や色がないほうが。

 

なので、Spotifyで聴ける「化粧」七つのなかでいちばんの好みは navy & ivory のやつ。ジェジュン・ヴァージョンはピアノにジャジーなフレイジングの癖や置換和音が聴かれ、伴奏だけならこれがいちばんですけど、ヴォーカルにややリキみがあります。navy & ivory のはチェロのオブリガートが随所に入っていますが、曲想によく似合っていて効果的。

 

(written 2022.4.24)

2022/04/15

演歌新世代を先取りしていた島倉千代子の軽み

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島倉千代子 / 全曲集 2022
https://open.spotify.com/album/5PFAkB68xy0LPr88XKNw5Q?si=r9-Htj-iQCmrhGP_hAIxww

 

理由があってここのところ島倉千代子を聴くことがあるんですが、以前は大嫌いな歌手でした。演歌というジャンルはこどものころから(17歳でジャズに目覚めるまで)好きでずっと親しんできたのに、千代子だけはなんだか生理的に受け入れられないものがあると感じていました。

 

なぜかってたぶんあの世代(千代子は1955年デビュー)の演歌歌手としては声が異様にか細かったから。「演歌」というステレオタイプからかけ離れた存在を理解できなかっただけというこちらの未熟さゆえですけどね、結局のところ。

 

おととい書きましたように、あの時代のティピカルな演歌ヴォーカルといえば強く張ったノビのある太く丸い声で、コブシやヴィブラートを多用しながら、ぐりぐり濃厚&劇的にやるというもので、ぼくだってそんな演歌歌手が好きでずっと親しんでいたんですから。

 

(余談)最近はあっさり淡々としたおだやかな薄味嗜好に傾いていますけどね、洋楽に目覚めてもやはり(歌手であれ楽器奏者であれ)同様に濃厚な発音スタイルを持つ音楽家のほうが長年好きだったのは、そうした演歌ヴォーカルに親しむことで素地ができていたのかも。アリーサ・フランクリン、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン、サリフ・ケイタ、ユッスー・ンドゥールなどなど。

 

ともあれ、演歌唱法の常道から千代子は大きく外れていました。このひとだけあまりにもか細く頼りないひ弱なヴォーカル。歌った瞬間に消え入りそうで、かわいいとか可憐とか女々しいっていうようなヴォーカルが要は嫌いだったんですよね、前は。でも千代子のレコードは売れに売れて、大人気歌手でした。年末の『紅白歌合戦』にだって30年も連続出場していたんですから(当時の最高記録)。

 

そんな千代子の歌を「あっ、これはひょっとしたらいいかも」とごくごく最近感じるようになったきっかけは、おととい書いた『This Is 演歌 30』のプレイリストを今年二月に作成したこと。大ヒット曲「人生いろいろ」「からたちの小径」の二つ、やはり演歌史を代表するものだからと(最初はしぶしぶ)入れておいたんです。

 

それでプレイリスト全体をじっくりなんども聴くうち、九割以上を濃厚演歌歌手が占めているなかで千代子の声が流れてきたら、あれっ、ひょっとしてこれは新しいんじゃないか、2010年代以後の演歌新世代に通じるストレート&ナイーヴなヴォーカル・スタイルじゃあるまいか、千代子はそれを先取りしていたかも?と気づくようになりました。

 

あの世代としては例外中の例外だった千代子の発声と歌唱法。それでもちゃんと世間に理解され売れて厚遇されましたが(20歳で一軒家を購入した)、いはゆる演歌第七世代的なニュー演歌タイプが流行している現在2010年代以後に千代子がもっと再評価されてもいいように思えてきましたよ。

 

激しくなく劇的でもない細いヴォーカルで、重々しくせず軽やかに歌いつづる千代子のスタイルは、コブシもヴィブラートも使わずストレートであっさりした淡白な薄味の演歌新世代歌唱法を、数十年前にまさしく予見し実践していたのかもしれません。

 

裏返せば、岩佐美咲や中澤卓也など第七世代のニュー演歌に親しむようになった現在だからこそ、ふりかえって千代子のこういった歌がなかなかいいぞと感じられたんです。だから、その意味ではこれも「美咲のおかげ」だっていうことなんですが、島倉千代子の21世紀的重要性を考えるようになったわけです。

 

歌の内容は千代子のばあいも(演歌定型らしく)重く暗くつらいものが多いですが、こんな声と歌いかただからシリアスな悲壮感みたいなものがただよわずさっぱりしていて、リスナー側も落ち込むことなくすんなり気楽に親しめたんじゃないでしょうか。それは、トゲがとれ人生を達観した熟年の境地に置きかえることができるような気もします。

 

(written 2022.4.9)

2022/04/14

This is 演歌第七世代

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This is 演歌第七世代
https://open.spotify.com/playlist/2tL0MOVSbdg1kkipEYWpPo?si=35d75ed49c804696

 

さてさて、きのうは「これが演歌だ」という古典的なスタンダードどころを30曲まとめてド〜ンと聴いたわけですけど、記事のおしまいで軽く触れておきましたように、2010年代以後、演歌のヴォーカル・スタイルも時代にあわせてアップデートされるようになっています。

 

それがいはゆる「演歌第七世代」。これについては以前くわしく書いたことがあるので、具体的な歌唱特性や活動様式など、ぜひそちらをご一読いただきたいと思います。岩佐美咲をその先駆けと位置づけた内容です。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2021/11/post-46c7a9.html

 

具体的にどんなもんなの?どういった歌なのかちょっと聴いてみたいんだけど?というみなさんのために編んでおいたプレイリストがいちばん上でリンクを貼った「This is 演歌第七世代」というわけです。全14曲、約58分。

 

演歌第七世代の代表的名曲は、中澤卓也(1995〜)の「青いダイヤモンド」(2017)だとぼくは思っていて、これは曲も最高だし、さわやかメロウな声の質といいソフトでありながら強さも感じる歌いまわしのチャーミングさといい、歌手として間違いなく次世代の日本歌謡界を背負って立つ資質の持ち主が卓也です。

 

「青いダイヤモンド」はマジ曲がこれ以上ないほどすばらしいんですよね(田尾将実作曲)。さわやかで涼しげな調子、しかもサビ部分で軽く効いているグルーヴィなラテン・ビート香味がえもいわれぬ快感で、もうたまりません。パッと青空が開けたような爽快感とノリのよさがただよい、卓也の甘くソフトなミラクル・ヴォイスでとろけてしまいます。もうこればっかり聴いてしまう。

 

第七世代の先駆とぼくは考えている美咲と、そんな卓也を三曲づつ選び、そのほかはこの分野で名前が一般的にあがる歌手たちを一曲づつ入れておきました。似たようなスタイルを持つ若手演歌歌手はたくさんいて、あきらかに演歌新世代という潮流があるのを感じさせるんですが、キリがないので代表的な存在だけに限定しました。

 

例外は二曲入れた辰巳ゆうと。第七世代的なあっさり淡白で薄味の演歌は代表曲「誘われてエデン」で味わえますが、今2022年の新曲「雪月花」にはやや驚くかもしれません。まるで50年くらい時代をさかのぼったような、浪曲ベースの古典演歌そのもので、こりゃいったいどうしたんでしょう。

 

ゆうとだけでなく、氷川きよしその他の新曲にも同様に古典回帰傾向がみられますし、どうもひょっとしたら今年以後こうしたレトロでクラシカルな演歌復興がこの世界のニュー・トレンドになっていくのかも?という可能性の兆候を感じないでもありません。もうしばらく観察してみないとなんともいえませんけども。

 

ともあれ、ここ数年ほどで大きくなった「第七世代」に代表される演歌界の新潮流、これが確固たるものになってきたというのは、だれも無視できないしっかりした事実に違いありません。これで、ファン層が固定的で高齢化している演歌が、若年ファンを獲得できるでしょうか。

 

(written 2022.4.6)

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