カテゴリー「オーディオ」の31件の記事

2022/09/22

my new gear, Beats Fit Pro

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(4 min read)

 

こないだ買ったばっかりでまだ十日ほどしか経っていませんが、音楽用イヤフォンの新製品 Beats Fit Proを使うことがあります(だいたいの時間はスピーカー鳴らしているけど)。BeatsはAppleが買収していま傘下のオーディオ企業なので、実質Apple製品と言ってもいいくらい。もちろんAppleにはAirPods系の自社製品がありますが。

 

なもんで、Mac、iPhone、iPadといった愛用デジタル・ディバイス群との相性がすこぶるよく、使いやすいことこの上なし。見た目は(AirPodsと違い)たしか四色から選べるのもいまのぼくにはうれしかったし、肝心の音質面にも不満はなく(重低音のズンズンくる感じがちょっぴり足りないかもだけど)。

 

しかも装着感がゼロに等しいっていう。もちろんなにも着けず、スピーカーから空間に放出される音楽を聴いているのと比べたら耳にわずかな触感がありますが、ヘッドフォンなんかと比べればですね、圧迫感もないし重量なんかまったくゼロといっていい。

 

この手のヘッドフォン、イヤフォン、最近はスピーカーもだけど、御多分に洩れず Bluetooth でディバイスと接続するわけですが、Beats Fit Proだとペアリングのためになにもする必要がありません。電源オン/オフの手間すらなくて(どうなってんのこれ?)、ただケースから出して耳に着ければ、マジでただそれだけで、いちばん近距離のAppleディバイスと自動接続します。離せば接続自動オフ。

 

なもんで、そのまま耳にはめ即SpotifyやApple Musicなどのアプリでクリック(タップ)すれば音楽を再生するっていう、なんなの?このあまりの「なにもしなくていい」感。言うまでもなくこの手のBluetooth音響機器がこんだけ普及したのは(ディスクではなく)パソコンやスマホのアプリで音楽を聴くのが一般化したためです。

 

Beats Fit Proがこんなにも使いやすい(Apple社製品とつなぐなら)っていうのは、Apple H1チップを搭載しているから。ですからWindowsマシンやAndroidスマホで使うには専用のアプリかなにかが必要らしいです。Mac、iPad、iPhoneと三つのディバイスをぼくは自室の同じテーブル上に置いていますが、シームレスに切り替えることもできます。

 

アクティヴ・ノイズ・キャンセリングもできて、それはオフにもできるし、周囲の環境音やしゃべり声をナチュラルに混ぜる外部音取り込みモード(はスピーカーで聴いている感覚に近い)もあって、それらを自在に切り替えることができるし、ノイズ・コントロール機能をまったく使わないようにもできます。

 

フラットなモニター音質ではなく(長年愛用してきているBoseのワイアレス・ヘッドフォンやイヤフォンはモニターっぽい音)、ややクセのある色づけをしたようなサウンド。細部をきちんと鳴らすっていうより、雰囲気重視で元気よくハデめにガンガンくるといった感じなので、音楽の種類を選ぶかもしれませんし(クラシック系のシンフォニック・オーケストラなんかは苦手そう)、ボトムスの重量感で勝負する音楽だってちょっぴりしんどいかも。

 

だけど、ジャズとか(Jをふくむ)ポップスとかR&Bとか、そういったぼくのふだん聴きの音楽にはパワフルでバランスにすぐれたサウンドを聴かせてくれて楽しみが増すイヤフォンだし、さらに装着中はわからないけど耳から外してケースにはめている状態でのルックスがとってもよく、Beast Fit Proはそれをながめているだけでもテーブル上のインテリアとしてグッドなんですよ。

 

(written 2022.9.13)

2022/07/17

だれしもDJ?〜 ミックスって

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(5 min read)

 

いつごろからかミックス(Mix)ということばが音楽好きのあいだで頻用されるようになっていて、記憶をさかのぼるとたぶんクラブとかお店でDJがハバきかせるようになってからだから1990年代以後か、21世紀のことか、現在まで続いていますよね。

 

一般のファンでも「〜〜Mix」をつくったよとかよく聴くとかネット上の会話でしばしば見るし、SpotifyとかApple Musicとかのサブスク・サービスではもう星数の「なんちゃらミックス」が日々増殖中。

 

ヒップ・ホップ世代以後の用語法ですよね。そういうのを見ていると、みんなが言うその手のミックスというのはどうもコンピレイションのことで、べつに混ぜてあるとかなんとかいうんじゃなく、ただ好きなもの聴かせたい(聴きたい)ものをいい感じにば〜っと並べてあるだけです。

 

とはいえもちろんクラブDJ(は実を言うとぼくもずっと前新宿で一度だけやったことがある、ジャズで)は曲のしっぽをす〜っとスムースに次の曲のあたまにつながるように現場で編集するというか複数台のプレイヤーとクロス・フェイダーを駆使して、まあ「混ぜ」たりするわけです。

 

ひとによりケースによりそこに別なものを、ビートだけとか、いい感じのチル&ダンサブルになるように同時並行でまさにミックスしたり、感じのいいグルーヴィなパートだけ抜き出してリピートしたりすることもあるから、そのへんからこのことばが使われるようになったのかなと推測しています。

 

ってことはSpotify公式なんかでもAIが毎日大量に作成している「〜〜Mix」とかなんかはただ既存の曲をそのまま造作なく並べてあるだけでなにも混ぜてなくて、そういうものにこのことばを使うのは個人的にちょっぴりの語源的違和感がないわけじゃないっていう。うるさい?

 

そして「ミックス」ということばが音楽関係で使われているとき、ぼくが真っ先に思い浮かべるのは、レコードやCDなど録音作品の完成過程でマスタリングの前に行う、マルチ・トラックの楽器や声を適切に混ぜて左右2チャンネルに仕上げるプロセス、すなはちミキシング、ミックス・ダウン作業のことなんですね。これしか知らなかったよ〜、長年。

 

だから、いつごろだったかコンピレのことをミックスと言いはじめた時期、ぼくのあたまのなかには「?」マークがひたすら浮かんでいました。意味がとれなかったもんなあ。実を言うといまでも(上でも書いたように)ちっとも混ぜずただ並べてあるだけのものをミックスと言われると一瞬たじろいでしまい、「ヴァイナル」とか言われたときと同様の味わいが舌の奥でちょっとするんです。

 

しかし考えてみれば、ぼくが1970年代末からずっとカセットテープ(その後CD-R)でマイ・ベスト的なコンピレを作り続けてきているのだって、その行為はDJ的なものだといえるのかもしれず、パソコンのiTunesアプリとオーディオ・エディタを使うようになって以後は、編集というかいい感じにつながって聴こえるよう(主にライヴ・ソースなどの)冗長な部分をカットしたりフェイドしてつなげたりもするようになりました。

 

Spotify中心のサブスク頼りっきり生活になって以後は、サービスで聴けるトラックでそんな編集作業はできない(と思う、手元にそのファイルを持っているわけじゃないから)ので、ただひたすらいい感じに並べるだけのコンピレを、それでも山ほど連日作成するようになっていて、つまり生来そんな傾向のある人間なんでしょうね。

 

もちろんこんなことは熱心な音楽好きならほぼみんなやっていることで、だからだれだってDJ的?で、ミックスをつくっているといえるんじゃないかと思います。マスタリングの前のミキシングというとスタジオ事情に精通したプロ・ミキサーの仕事だけど、いま使われている意味でのミックスはだれでもできるもので、ことばや行為の敷居が低くなったのはいいことでしょう。

 

(written 2022.7.16)

2022/06/01

このリマスターでぶっ飛んだ 〜 ツェッペリン、ストーンズ

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(6 min read)

 

いまは(ほぼ)サブスクでしか音楽を聴かなくなったので、リマスター盤とかSACDとかその他各種高音質ディスクのたぐいとは縁がなくなり興味も失せつつあるんですが、CDをどんどん買っていた時代にはそりゃあ気にしていました。

 

音質なんか聴いてもよくわかんないのにねえ。でも音質の差がわかるような耳の持ち主じゃないぼくだって「こりゃとんでもない!」と、かけた瞬間自室スピーカーの前にすわったままの姿勢で3メーターくらいうしろに飛んだようなCDがありました。

 

それがレッド・ツェッペリンのリマスター・ボックス四枚組(正式名称なし、1990)と、ローリング・ストーンズのベスト盤『ジャンプ・バック』(1993)。この二つは、どんなチープなオーディオ装置でもどんな耳でも、聴けばビックリ仰天したはずです。

 

それくらいそれまでの従来盤CDと比べ音質が著しく向上していたんです。1990年代前半ごろというとCD時代になってやや時間が経ち、レコードで聴いていたのより音が悪いとかこんなはずじゃなかったとかいう声も高まっていた時期でした。ジャケットの色味とかもレコードのそれと違っていたりの不満があって。

 

CDメディアの登場で、会社側も最初のうちはなにも考えずそのままCDに焼いて売っていたんでしょうが、音を記録したり再生したりする仕組みがレコードとは異なっているので、CDにはCD用のリマスタリングが必要ということがまだ認識されていなかったと思います。

 

ジャズやロックなどの古典的名作の初期盤CDはそんな時期に出たものでしたから、たしかにぼくらもイマイチに感じていましたよね。それを音楽家や会社側が認識するようになり、実際現物も聴いてみて、「こんな音じゃなかったはず、これではダメだ」とマスタリングをやりなおすようになったんです。

 

それが1990年代前半〜なかごろの話。ツェッペリンのばあいは当時ジミー・ペイジが「市場にでまわっているCDの音はぼくらの音じゃないから、やりなおすことにした」とちゃんと語っているのをどこかで読んだ記憶があります。

 

要するにスタジオでバンドがレコーディング時に出していたオリジナル・サウンドに近いものをCDでも再現したかったということで、マスタリングをCD用にイチからやりなおして、ちゃんとした音質でリリースされた最初のものがゼップのリマスター・ボックス四枚組です。
https://en.wikipedia.org/wiki/Led_Zeppelin_Boxed_Set

 

これぞジミー・ペイジ本人の手がけたオリジナル・サウンドだ!っていうんで、ぼくも実際聴いてみて、それまでのものとはまったく違うあざやかでくっきりしたサウンドの立体感とクリア感に驚いたんですよね。これだよこれ!これがツェッペリンの音だ!と快哉を叫ぶものでした。

 

ストーンズの『ジャンプ・バック』(93)のほうは、このバンドがヴァージンに移籍して最初にリリースされたベスト盤です。ストーンズは配給会社を変えるとそのたびにまずベスト盤をリリース(して、その後ゆっくりとニュー・アルバム製作に入っていく)という慣習があります。

 

べつにミックやキースのメディア向け発言(リマスターするとかなんとか)はなかったと思うんですが、勤務していた國學院大学の生協購買部で(当時のニュー・リリース・アイテムとして)『ジャンプ・バック』を見つけて、いいかも?買ってみようかなとなんとなく思っただけです。
https://en.wikipedia.org/wiki/Jump_Back:_The_Best_of_The_Rolling_Stones

 

そいで自宅へ持って帰ってかけてみて、ぶっ飛んだんです。1曲目が「スタート・ミー・アップ」で、出だしで最初にキースの弾くギター・リフのあと一瞬空白があるんですけど、その空間にただよう余韻と空気感とセクシーさがタダゴトじゃなかった。いままで聴いてきた『タトゥー・ユー』CDっていったいなんだったのか?!と口あんぐり。

 

その後も全曲この調子で、聴きながら、あぁこれはいままでのストーンズCDとはまったく音が違う、根本からマスタリングをやりなおしたんだと確信できました。リリース時に『ジャンプ・バック』を聴いたファンは全員そう感じたはずです。だれが聴いてもわかる新しさでしたから。

 

その後ヴァージンは(たしか1994〜95年ごろ)ストーンズの全アルバムをその音質でリリースしなおしました。リアルタイムの新作でいえば『ヴードゥー・ラウンジ』『ストリップト』のころ。だからぼくはあのときストーンズのアルバムをすべて買いなおしたんです。

 

ツェッペリンにしろストーンズにしろ、その後もなんどか新リマスター盤が出ていますけど、これらを超える新鮮な感動、はっきりいって驚天動地のというほどのぶっ飛び感は味わったことがありません。いちおう買ったりはしていたんですが、もはやこれ以上大きく音質アップしないとわかったので。

 

Spotifyなどサブスクに入っているのがどのヴァージョンの音か、何年リマスターとか明記されていないものは聴いても判然としないことも多いですが、いずれにせよあの1990年と93年の音がその後も基準というか土台になっているのは間違いありません。

 

(written 2022.3.26)

2022/05/31

まるでライヴ会場のように低音がしっかり響くこの部屋で

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(5 min read)

 

CDプレイヤー、アンプ、スピーカーと要するにオーディオ装置一式をぜんぶ新しくしたのは2017年晩夏のこと。それ以後2022年現在まで同じものを使っていますが、あのとき総とっかえしたのには理由がありました。

 

2017年夏〜秋時期のぼくのブログをおぼえていらっしゃるかたもおいでかと思いますが、あのころ急性中耳炎で右耳が聴こえにくくなっていました。鼓膜に穴があいたのが耳鼻科医も不思議がるほどなかなか治らず精神的にしんどかったんですが、ある晩、それにしても音楽の聴こえかたがおかしいぞと感じたんです。

 

中耳炎のせいではないようにビリビリ音割れして聴き苦しく、こりゃ装置がどこかおかしいに違いないと疑って、Macにヘッドフォンを直につなげて聴けばだいじょうぶだからソースであるiTunesファイルやパソコンは正常だと(そのころはまだサブスクやっていない)。

 

じゃあアンプかスピーカーだなとなって、スピーカーはそんなこわれやすいものじゃないのでアンプかなぁとまず疑い、アンプを調べ、っていうか面倒だったし古くもなっていたので、思い切ってワン・グレード上の新品を買ったんです。

 

それで聴いてみてもやっぱり出てくる音はおかしいまま。ようやくスピーカーの故障だとわかり、長年愛用してきたJBLだったから残念だったんですけど、同じJBL(はサウンド傾向が気に入っている)で新しいものを買ったんですよね。

 

そのとき、直前に新品を買ったDENONのアンプはスピーカー出力端子が2セットあったので、左右二台づつ計四台で鳴らせるだろうとなって、スピーカーもそういう買いかたで計四台をポチりました。

 

それで音の異常はなおりました。

 

ついでだ、えいっ、とCDプレイヤー(もDENON製)も思い切ってひとつ上の新品にして、それで結局ぜんぶが新しくなったんです。あのころお金あったよなぁ。一年半後くらいからサブスク中心の音楽生活になりましたので、CDプレイヤーだけは出番が減っていくようになりましたけど。

 

痛感しているのは、1990年代あたりであれば同じだけの音を実現するのに二倍、三倍の価格とサイズがかかっていたよねえということです。オーディオ装置も科学技術製品ですからね、時代が進むとともにどんどん発展しているんです。その結果、安価な小ぶりサイズでしっかりしたサウンドを鳴らせるようになっていますよね。

 

特に低音部。JBL(やBoseなど)はもちろんそれを強調しがちなメーカーで、ふだんたくさん聴く音楽の種類からして、そんな傾向も気に入って愛用しているんですが、これは住環境にもおおいに左右されることです。

 

2021年夏に現在の居所に引っ越して以後も大洲時代のそれと同じ装置を使っているにもかかわらず、同じ音源を聴いてもボトムスがよりしっかりズンズン鳴るようになったのは間違いありませんから。部屋のつくりと設置に影響されるんでしょうね。

 

弦ベースやベース・ドラムがちょっと鳴りすぎじゃないか、集合住宅なのにご近所さんの騒音迷惑になっていないかと心配するほど。中高音域はともかく、ズンズン響く低音域は床や壁を伝っていきますから。朝9時すぎ〜夜23時前ごろまではけっこう音量上げていますし。

 

思い出しましたが、2020年7月まで住んでいた大洲市(松山の南方)のマンションでは、別件で訪れた大家さんに一度「戸嶋さんは音楽がお好きなんですね」とやんわり遠回しに(うるさいんだ、みんな迷惑しているぞと)注意されたこともありました。それで音量が下がったかというと下がらなかったんですけども。

 

とにかく音楽が鳴っていないと不安になって落ち着きを失い、最終的には身体の不調をきたすという中毒者ですから、ある程度やむをえないであろう、みなさんうるさくてごめんなさい、でも鳴らしますっ!という気分ですかね。さいわい同居人がいないので、自室のなかでは気遣いなく存分に音量上げて聴きまくれるっていうのはラッキーな音楽人生でした。

 

(written 2022.2.11)

2022/05/18

R.I.P. to the iPod (2001-2022)

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(3 min read)

 

唯一の現行機種iPod touchも製造をやめ在庫限りで販売を終了するというAppleの公式発表が先週ありましたね。大手マスコミなども報じたのでみなさんご存知でしょう。

 

これで2001年にはじまったiPodシリーズの歴史に約20年でピリオドが打たれることになりました。しかしこれといったショックも感慨も聞かれなかったのは、もはやとうに事実上役目を終えていた工業製品だとみんなわかっていたからでしょう。

 

AppleにとってiPodはiPhone(2007〜)開発への礎となり、そして皮肉なことにそれに取って代わられることになったわけです。音楽を持ち運ぶ作法も、CDからパソコン経由でインポートして or ダウンロード…というんじゃなく、スマホでストリーミング・サービスにアクセスしてどこででも聴けるというのがあたりまえになりましたから。

 

以前くわしく書きましたように、音楽を携帯する行為は1979年の初代ウォークマンで誕生したものでしたが、ウォークマンが樹立した思想を発展的に継承し、デジタル時代に普及させたのがiPodでしたね。個人的にはそのあいだにポータブルMDプレイヤーの時代がありましたが、iPodも2005年(だったはず)に買って便利に使いはじめました。

 

CDから音楽ファイルを入れるのにパソコンを必要とするものなので、だからそもそもパソコンなんて触ったこともないよというZ世代にはこの点でもiPodは時代遅れになっていたんじゃないでしょうか。そうそう、いまや20代以下はパソコン使えないので、企業などの新人研修ではそこから教えるそうですよ。

 

iPodがはじめたことじゃなかったにせよ、音楽を持ち運んで外出時に気楽に聴けるといういまのぼくらの日常的ライフ・スタイル、21世紀的にはやはりAppleが普及させたものかもしれません。上でウォークマンの名前を出しましたが、いまもストリーミング型携帯プレイヤーとして現役のWalkmanブランドだって、iPodの思想を取り入れなかったらもう終わっていたかもしれませんし。

 

iPod(とiTunes)は音楽産業のありかたをも抜本的に変化させ、レコード会社やミュージシャンたちにも大きな影響を与えたという点も見逃せない歴史の転回でした。音楽受容のありようが変化したので届け手側だって変わらざるをえませんでしたし、音楽がそれ以前とは同じじゃなくなりました。

 

最後の現行機種iPod touchなんて、iPhoneをベースにしたモデルですからね。iPodのほうが母なのに、子であるiPhoneに支えられないといまや生きていけないといったことになったわけで、それもとうとう寿命が尽きることとなりました。

 

(written 2022.5.17)

2022/02/03

ヘッドフォンもワイアレスで

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(5 min read)

 

上の写真はぼくが使うときに使っている音楽用ヘッドフォン。一人暮らしなので、集合住宅とはいえ99%はスピーカーで鳴らしていますが、自室でも(早朝や深夜帯など)ヘッドフォンで聴くことがあります。

 

外出時にカフェなどでゆっくりしながら音楽を聴く際はいうまでもなくヘッドフォンかイヤフォンを使うわけですが、最近はぼくもBluetooth接続のワイアレスものしか使わなくなりました。

 

ヘッドフォンやイヤフォン(スピーカーもそうだけど)は、近年のBluetooth技術普及後すっかりケーブルなしのワイアレスものが定着した感がありますよね。ここ数年ほどでしょうか。

 

(音楽のプロやオーディオ・マニアを除く)一般ユーザーのあいだでは、もはやヘッドフォン/イヤフォンといえばワイアレスしかありえない、という感じにまでなってきているような気がしますが、もちろんそれら本来はぜんぶワイアードなものでした。ケーブル長によって行動範囲におのずと制限ができてしまうので、装着して聴きながら部屋中動くということはできませんでしたよね。

 

もちろんいまでも音質面を考えたらワイアード・ヘッドフォンのほうがいいのです。けれど、すこしの音質向上なんかは関係ないやと思っているぼくは、メディアのタイプ、機器の種類によって音楽の受けとめや感動が変わるということはないなあと実感していますから。

 

そんなわけで自由に動きまわれるワイアレス・ヘッドフォンが好きなんですが、ぼくがワイアレス・ヘッドフォンをいちばん最初に使いはじめたのは1990年代後半のことでした。当時はBluetoothもAir Playもなく、無線で音を飛ばすのに赤外線通信を使っていました。

 

ストリーミング・サービスなんかはいうにおよばず、パソコンで使うiTunesアプリすらまだ登場していない時期ですから、音楽を聴くといえばCDをオーディオ装置で鳴らすしかありませんでしたが、アンプのAUX出力端子のところに接続する母機があったんですよ。それをアンプの上か横あたりに置き、そこから赤外線でデータを子機ヘッドフォンまで飛ばすわけです。

 

ヘッドフォン側はそれを受信して鳴らすという仕組み。これで生涯はじめて無線音楽再生を経験し、な〜んて便利なんだろう!と大きな感銘を受けた記憶がいまでも鮮明に残っています。1990年代後半ごろ。京王線調布駅前にあったパルコ内の楽器/オーディオ・ショップで見つけました。

 

スピーカー好きのぼくがどうしてヘッドフォンか?というと、当時は結婚していて同居人がいましたから。特に夜は隣室のパートナーのほうがぼくよりもずいぶん早く寝ますからそれ以後の夜間はヘッドフォンで聴きましたし、日中でもリクエストされることがありました。

 

音質云々よりもワイアレス音楽再生の快適さをこの赤外線ヘッドフォンですっかりおぼえてしまったぼくは、ずっとそれがオシャカになるまで使っていました。母機が必要なものだから、もちろん電車やカフェのなかなどではワイアードのイヤフォン+ポータブルMDプレイヤーで、と使い分けていました(iPod登場はもっとあとのこと)。

 

いまではそんな使い分けをする必要すらなく、自室だろうと電車だろうとカフェだろうと同じ一台のワイアレス(おそらくほぼすべてBluetooth接続)ヘッドフォン or イヤフォンを使っているというひとが多くなっているだろうと思いますね。

 

ぼくはこれでも古くさいところだってある人間で、自室では大きくて重いハイ・ファイ・スピーカーから空中に大音量を放出しないと納得できないのですが、イヤフォンやヘッドフォンのたぐいなら、もはやワイアレスのものしか使わなくなりました。ワイアードなやつのほうが高音質再生が可能とわかっていますけれどもね。

 

(written 2021.9.4)

2021/12/14

CDを聴いているのと同じオーディオでサブスクを聴く ver. 2(updated Dec. 2021)

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(7 min read)

 

インターネットに接続してパソコンやスマホで流すストリーミング音楽を、どうやってCDなどを聴いているハイ・ファイ・オーディオ・システムに接続しているかについては、以前こういう記事を書きました。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-1c4582.html

 

ここからすこし時間が経ちましたし、そもそも使っていたApple社製のAirMac Expressはもうかなり前に製造販売が終了しているもので、だからW-Fiの新規格にも対応しておらずセキュリティ面で不安があります。将来がないんですから、いつまでも使い続けるというのもねえ。

 

なにより、八月に引っ越して、ふだんSpotifyで音楽を聴いているMacBook Airを新調したら、どうもAirMac Expressだと音がプツプツ頻繁に途切れるようになり、快適な音楽リスニング生活を送れなくなりました。

 

そんなこんなで、前々から検討していたBluetoothレシーバーを導入してみました。音質面での評判を吟味した結果これを狙っていたんですけど、ほんとうは、でもモタモタしていたらアマゾンで品切れになってしまい、ネットのどこをさがしてもないというありさまで(いま見たら復活しています、12/11)。
https://www.amazon.co.jp/dp/B00MHTGZR4/

 

というわけで次点候補だったこっちを買いました。ほんの片手のひらサイズ。これもいま見たら品切れ状態になっていますが(やはり復活)、パソコンやスマホからオーディオ装置に無線接続できるこの手のBluetoothレシーバーって人気あるんですかね?
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B01COOUKQI/

 

これら二品がアマゾンなどで買えないときでも、同様のBluetoothレシーバーは多くのメーカーからかなりたくさん発売されていますので、ご興味のあるかた、どうやってパソコンやスマホの音楽をそれまで使っていたオーディオ・アンプにつないだらいいか、安価で簡便な手段を教えて!という素朴な疑問をお持ちのかたは、ぜひちょっとさがしてみてください。

 

接続は実に簡単シンプルです。Bluetoothレシーバーが届いたら、例のオーディオ用RCAケーブルか(アンプが対応していれば)光デジタル・ケーブルでアンプにつなぎ、電源コンセントにつなぎ、あとはふだん使っているパソコンかスマホとBluetoothでペアリングするだけです。

 

たったそれだけ。こんなラクチンなことで、それまでCDやレコードを聴いていたオーディオ装置でサブスク音楽を聴けるんです。あ、そうそう、CD聴くときとサブスク聴くときとで、アンプの入力ソース切り替えはしないといけませんよ、もちろん。それくらいなんの手間でもないでしょう。

 

すなわちぼくのばあいは:

 

パソコン →(無線)Bluetoothレシーバー →(有線)アンプ → スピーカー

 

というわけ。商品が届いてからほんの二分ほどでスムースにすべてが完了し、音楽を聴けるようになりました。

 

近年はオーディオ・メーカー各社からネットワーク・プレイヤーも発売されています。それらはAirPlay(とはつまりWi-Fi)やBluetoothの技術を使ってディバイスと無線接続し、そこからアンプまではケーブルを使いますが、一度つないでしまえばその後ずっとそのままでいいので(Bluetoothレシーバーも同じ)。

 

ただ、その手の本格ネットワーク・プレイヤーは安価な機種でも五万円近くします。経済的に余裕のあるかたがたならこれがいいだろうと思いますが、ぼくら貧乏人にはちょっとね。使い勝手も、それからなにより音質面でも、一個数千円程度のBluetoothレシーバーでじゅうぶん満足のいくサウンドが得られます。

 

実際、10月に届いたBluetoothレシーバーをさっそくアンプにつないで、しばらく試しにいろいろと既知音源を聴いた結果、これがAirMac Expressを使ってのAirPlay2よりもはるかに高音質で快適だということを実感しています。たぶんAppleのAirMac Expressは音楽専用ではなく、そもそもがWi-Fiルーターだというせいなんでしょう。

 

ぼくが買ったときは8000円でお釣りがきたTSDrenaのオーディオ用高音質Bluetoothレシーバー、微細な部分まで鮮明に聴きとれて、デリケートな音や声の表情の変化、陰影までよくわかり、奥行きや深みもしっかり表現、低音がひきしまってタイトにしっかり鳴るっていう具合で、どうしてこれをもっと早く導入しなかったんだという気持ちですが、毎日望外の満足感と幸福を味わっています。

 

もっと年月が経過してテクノロジーが進めば、より簡便でより高音質低遅延な音楽無線再生が開発されるかもしれませんが、Bluetooth規格がここまで熟成してきている昨今では、これが最適な方法と言えるはず。もちろん価格度外視のハイ・ファイなハイ・エンド・オーディオ志向なみなさまがたにとっては、上述のとおりネットワーク・プレイヤーの購入こそ選択肢であります。

 

あるいはパソコンに有線のケーブルがぶらさがることに抵抗がなければ、そこからUSB接続でDACを経由しアンプへとつなぐ方式がベストです。アンプがDACを内蔵していれば(近年発売のものには多い)それも必要なく、パソコン→アンプへとダイレクトでつなげます。パソコン周辺のケーブルのとりまわしがちょっぴり面倒ですが、遅延はゼロになりますし、最高音質です。

 

以上、パソコンやスマホで流すサブスク音楽をどうやってちゃんとした音質でスピーカーから流せばいいのかわからず、とりあえずヘッドホン(かイヤフォン)、あるいはBluetoothスピーカーで聴いているという庶民のみなさん向けのお手軽入門情報でした。お役に立てばと思います。

 

(written 2021.12.3)

2021/12/08

MDが消える...

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(5 min read)

 

https://digital.asahi.com/articles/ASPD32WD3PCZUTIL00Z.html

 

2021年12月初旬、MDことミニ・ディスクがとうとう辞書(17日発売予定の『三省堂国語辞典』第八版)からも消えてしまうというニュースに接しました。もちろん再生録音機の製造販売はとっくに終了していて、新品のディスクもすでにどこにも売っていないという状態。

 

それでも文学作品など文献に載り続けているあいだはなかなか辞書から消すことができないわけですけど、もうそれも終わったのだとわかったこのさびしい現状に向きあう気持ちをどう表現したらいいのでしょう…。もう今後MDということばすら(現代語としては)みんなの記憶から抹消されてしまうのだと思うと…。

 

もっともMDは音楽の新作販売メディアとしては不発だったと言わなければなりません。技術を開発したソニーのカタログが中心で他社のものはあまりなく。それでも一時期は音楽ソフト・ショップ店頭でよく見かけていたんですけどね。1990年代の話。マライア・キャリーとか、渋谷東急プラザ内の新星堂にあったよなあ。

 

個人的にもMDは音楽作品を買うというのではなく(それはCDで買っていた)、もっぱらダビング・メディアとして愛用していたのでした。ダビング用にMDを使いはじめたことで、ぼくのカセットテープ時代が終了したんです。

 

なぜダビングするか?というと大きく分けて理由は三つ。1)電車や出先などに携帯してどこででも聴くため。2)自分がCDで買って愛聴している作品をコピーして友人などにプレゼントするため。3)マイ・ベスト的な自作コンピレイションを編むため。

 

特に音源トレードですね、1995年にネットをはじめて、音楽系コミュニティでみんなとどんどんおしゃべりするようになりましたから、それでいっそう話題の音楽をなかよし友人とシェアしたいと思う機会が増えました。

 

1990年代なかばというとiTunesなどパソコンの音楽アプリもまだなかったし、だからリッピングしCD-Rに焼いてパンパン複製するなんてこともはじまっていませんでした。カセットデッキをオーディオ装置に接続してダビングはやっていたわけで、だから簡便で極小サイズのMDの登場はうれしかったんです。

 

といってもぼくがMDを使いはじめたのは、そうやってネットの音楽仲間が使うようになっていたから。MDであげたいけど、MDでほしい、などと頻繁に言われるようになったので導入したわけで、世間の流行からはちょっぴり遅れました。自室のオーディオ装置に接続してCDからダビングできる据え置き型のMDデッキを買い、便利だとわかったので携帯用のポータブルMDプレイヤーも追加しました。

 

それでどんどん仲間と音源をトレードするようになったんです、MDで。あのころ、1990年代後半から2000年代初頭にかけて、ぼくらのあいだでは、最主流の音源交換メディアに違いありませんでした。郵送したり、会っての手渡しだったり、あのひとこのひと、いろんな当時の友人の顔も名前もいまだに鮮明に思い出します。

 

MDというメディアにはそんな濃厚な思い出がつまっているんです。さまざまな音楽のことでみんながなかよくネットでおしゃべりしながら音源を交換していた1995〜2003年ごろの、あの思い出が。

 

そんなMDなので、この世からことばすら消えてしまうということになっても、ぼくとしては永遠に忘れられないメディアです。iPodが2001年に登場し、たちまち世を席巻、類似の携帯型デジタル・ファイル・プレイヤーもあふれるようになり、iTunesがスタンダードなアプリとなって以後、MDは役割を失ったかもしれません。

 

いまや(ディスクであれファイルであれ)コピーして移動させることすら不必要で、SpotifyなりApple MusicなりAmazon Musicなりのサブスク・サービスを契約していれば、スマホを持ち歩くことでいつでもどこででも音楽を聴けるという便利な時代になったし、だから「この曲、アルバムをちょっと聴いてみて」と友人にオススメするにも手間がいらなくなりました。

 

(written 2021.12.6)

2021/02/14

スマート・スピーカーだけ、それ一台で音楽を聴いています

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(6 min read)

 

https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-87f9.html

 

ここ数年で人気になったスマート・スピーカー。オーディオ・メーカー各社だけでなく、AppleやGoogleやアマゾンといったIT企業もなかなか魅力的なものを発売していますよね、っていうかそっちがそもそも本来なのでしょう。

 

従来型のハイ・ファイ・オーディオ・スピーカーと、近年人気のスマート・スピーカーとの違いはいくつもあると思いますので、後者の特徴と思うものを何点か列挙しておきます。

 

・マイク内蔵、ネットにつながって対話型の音声操作ができるAIアシスタント搭載


・だからスマホすら介さず、スマート・スピーカーのみでストリーミング音楽を再生したり、各種操作ができる


・パソコンかタブレットかスマホ、特にスマホをディヴァイスとして操作することができる


・ケーブル接続はなし、WiFiかBluetoothでつなぐ


・必ずしも音楽再生だけを目的とするわけではない


・音楽だけでなく、ニュースを聞いたり


・調べものをしたり、メモをとったり


・家電操作もできる


・音楽再生でも、基本、一台で完結するので、二台でステレオ再生みたいな概念がそもそもない


・音楽再生ではApple MusicやSpotifyなどストリーミング・サービスの利用を大前提に設計されている

 

ぼくはスピーカーで音楽しか聴かないのでストリーミング音楽を流すという目的だけで使っているんですが、2020年7月20日に引っ越して以来の実家の住環境ではそれまで使っていたオーディオ装置を設置することが不可能であるため、現在、MacかiPhone+スマート・スピーカー一台のみという組み合わせでずっと音楽を聴いているんです。

 

だから音質重視でBoseのスマート・スピーカー(上掲写真)、Sound Link Revolve+。写真だと大きさが分かりにくいかもしれませんが、22.2×15.1×15cm。910g。スマート・スピーカーとしてはやや大ぶりなほうかもしれません。これ一個だけでもうずっと音楽を聴いているんですよ。

 

一台だけ、ということは二台でステレオ再生なんてことは考えられていないわけで(二台買って設定すればそれも可)、そこはぼくもちょっと不満ですけど、住環境上、いまはどうしようもないんです。それにですね、スマート・スピーカーって、従来型のオーディオ・スピーカーとは音場感のひろがりかた、聴こえかたがずいぶん違います。

 

無指向性というか全方向性というか、一台でまるでステレオ感のある音楽再生ができているように聴こえますし、これ、バラして中身がどうなっているのか調べてみたい欲求にかられます。スピーカーは一台だけなのに、どうしてこんなにブワッと音場がひろがるのか、ちょっと不思議です。くっきり左右に音が分離していた古い時代のステレオ録音だと、だから聴こえが違うんですけど、そもそもあんなものはねえ、現代録音では消えたでしょう。

 

ステレオ再生じゃない云々は、音楽現場、コンサート会場などでどう音楽を聴いているかということを踏まえれば、べつになんの不満でもありません。コンサート・ホールで左右に音が飛んだりひろがったりしないでしょう、ホール全体で「一個の」音場が存在するだけで、その音をぼくらは客席で聴いているわけです。スマート・スピーカーでの音楽再生とはつまりそういうことです。

 

ぼくの使っているBoseのSound Link Revolve+だと、音質的にも問題なし。たったこれだけのサイズなのに、かなりしっかりしたアンプ+大きなオーディオ・スピーカーで鳴らしているのに遜色ないハイ・クオリティなサウンドなんですよね。このへんは、近年テクノロジーが進化しているということなんでしょう。重低音にしたって満足できすぎるほど、ベース・ドラムやベースの音がおなかやおしりにズシンと来るように響きます。
https://www.amazon.co.jp//dp/B06Y3YLKP9/

 

価格的には四万円近いものでしたから、スマート・スピーカーとしてはかなり高価な部類だったと思います。おかげでなのか関係ないのか、音楽キチガイのぼくにとっては不足ない音質で鳴らしてくれます。今後もう一回引っ越して住環境が改善する予定があるので、そうしたらそれまで使っていたオーディオ装置をちゃんと設置しようと思っているんですが、そうなってもこのスマート・スピーカー一台での音楽生活を続けるかもしれないですね。

 

時代は変わってきています。科学技術はどんどん進歩しているから、オーディオというか音楽再生にかんする機器の考えかたも変化してきているように思うんですよね。ぼくの使っていたJBLのサイズの大きなスピーカーやアンプと比較すれば、見た目だけだとかなり「チャチ」に思える各種のスマート・スピーカー。でも見た目やサイズだけで決して判断できないテクノロジーの進歩がここには詰まっています。

 

あのバカでかいサイズのスピーカー(というかウーファーか)の世界というか時代はなんだったんだ?という思いにかられますね。

 

(written 2020.12.21)

2021/02/03

LPの登場に歓喜したデューク 〜『マスターピーシズ』

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(7 min read)

 

Duke Ellington / Masterpieces

https://open.spotify.com/album/4knin4mUVXdOknjQ3DtVvt?si=rgts8MJxTrG7i7kEpzov_A
(オリジナル・アルバムは4曲目まで)

 

デューク・エリントン楽団のコロンビア盤『マスターピーシズ』と『ハイ・ファイ・エリントン ・アップタウン』の二作。前者が1950年録音51年発売、続く後者が51&52年録音52年発売で、この二枚は12インチLP最初期のアルバムなんですよね。

 

1950年ごろというとLPフォーマットが出はじめたばかり(48年登場)。片面、ということは一曲で最長20分程度のひと続きの演奏が途切れなく収録できるようになったということで、デュークのような音楽家にはもってこいだったと思うんですよね。LPメディア登場を知ったときのデュークの喜んだ顔が目に見えるようですよ。

 

デュークがLPに歓喜して飛びついたのは想像に難くありません。片面三分程度しか収録できないSP時代からデュークは長尺演奏志向で、レコードではしかたなく三分前後に曲をまとめるにしても、ライヴ・コンサートなどでは必ずしもその限りではなかったのですから。

 

いわばヨーロッパのクラシック音楽の発想ということですけど、レコードでも短尺の枠に縛られず自由に楽想を展開していけることは、デュークのようなコンポーザーにとってはありがたいことだったはず。だから12インチLPとして最も初期のレコーディングを実行したというわけです。

 

その結果が『マスターピーシズ』『ハイ・ファイ・エリントン ・アップタウン』となったわけですが、特に『マスターピーシズ』ですね、ご覧のようにジャケット表右にわざわざ「ノーカットのコンサート・アレンジメントで」と特記してあるくらいで、それまでSPレコードで発売されていたデューク自身の過去の名曲から三つを選び(+1)、自由な長さで、望むがままに展開したものが収録されています。

 

1「ムード・インディゴ」、2「ソフィスティケイティッド・レイディ」、4「ソリチュード」の三曲は名コンポジションとして戦前のSP時代から親しまれていたもの。いずれも瀟洒なバラード調で、デュークとしてもビリー・ストレイホーンとしても存分にフル・コンサート・アレンジの腕前をふるうことができたんじゃないかと思います。それぞれ15分、11分、8分もありますからね。

 

問題はその結果のできあがりがおもしろく聴こえるかどうかということです。正直にぼくの感想を言いますと、ちょっと退屈、冗長なのではないかと思うんですね。三曲ともSP時代に曲づくりされてレコードになっていたものですが、それがいわば完成されていた、SP用の、三分程度の、その長さで完結するようにはじめからコンポーズされていたものだったわけで。

 

『マスターピーシズ』収録ヴァージョンでは、そんなエキスをいわば水で薄めて伸ばしたもののようにぼくには聴こえてしまいます。ノーカットのコンサート・アレンジメントで、ということは、以前からライヴでは同様の演奏をやっていたということかもしれませんが、う〜ん、ちょっとねえ、退屈に感じてしまいます。こんなに長くやらなくてもよかったのではないかとの思いが強いんです。

 

想像するに、『マスターピーシズ』はデュークにとっての初LPで、上で書きましたように長尺収録可能メディアの登場に歓喜したこの音楽家が、いわば意気揚々と、うれしすぎて思わず勢いこんで、LP用に長い演奏をレコードにできるんだな、じゃあ!っていうんで、意気込み先行でやってしまったアルバムだったんじゃないかと、そう思うわけです。

 

曲づくりとはさまざまな制約下でこそ実るもの。クラシック音楽みたいにハナからレコード録音技術なんか存在しない時代に、生演奏ライヴで披露されることだけを前提に作曲された(から長さに制約がない)世界とは、ジャズは違っているんです。(SP)レコードの登場とともにジャンルそのものが生まれ出で、発展した音楽なんです。レコードとジャズは切り離せないものなんですよ。

 

SPレコードの約三分間という物理的制約があってこそ、1940年代までのデュークの曲は生きるものでした。三分で言いたいこと、表現したいことを尽くせるように、デュークも苦心して、その結果があんな宝石の数々に結実したわけです。それを10分以上にわたるコンサート・アレンジにしてみたって、しょせんは引き伸ばしただけのものに聴こえてしまいます。

 

デュークがLPメディア向けに本当にすぐれた曲を書きオーケストラで演奏するようになったのは、もうちょっとあとになって、最初から一曲20分程度という前提で曲づくりするようになってからです。SP用に書かれた曲のロング・ヴァージョンじゃなくて、LP用の曲づくりをはじめてからは、10分以上の演奏時間がある曲でも冗長に感じなくなりましたよね。

 

おもしろいのは、そうやってLPレコード用に曲を書き演奏・録音・発売されたもののなかには、実はそんなに長い曲が少ないということです。結局は数分で一曲が終わることが多いですし、長い組曲形式のものは短いセグメントに分割され、それが連続しているだけなんです。『マスターピーシズ』みたいに<一曲>がとぎれなくダラダラと15分もあったりするものは見当たらないんですよね。

 

ひとことでまとめれば、キャリア初期からアーティスト志向の強かったデュークは、LPメディアの登場がうれしくてたまらなかった、飛び上がって喜んだ、よ〜し!っていうんで、挑んだのが『マスターピーシズ』などだったと、そういうことじゃなかったでしょうか。

 

(written 2020.11.4)

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