おかあさんぼくこっちのカレーがいい!
写真は本文と無関係な街のカレー
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1997年8月、USテネシー州の大都会ナッシュヴィルに、じゃなくて正確にはその近郊の田舎町なんですけど、夏休みを利用して夫婦で遊びに行ったときのことです。友人のカワサキキョーコさんちにステイしました。
キョーコさんはぼくのパートナーの学習院大仏文科時代の同級生で、ときどき連絡をとりあっていたらしいのですが、ある年男性パートナーさんの転勤でナッシュヴィル(近郊)へ家族で引っ越していったのです。
「周囲に日本語しゃべる人間がぜんぜんいないのよ〜、日本語忘れそう〜、さびしいぃ」っていうことらしかったので、ちょっとでも癒しになればとぼくたち夫婦で夏に一週間ほど遊びに行くことにしました。
キョーコさんちはパートナーさんとお子さんの三人家族。そこへお邪魔して居候しながら、あちこちクルマで連れて行ってもらったりで楽しい時間を過ごしました。
パートナーさんはお仕事で昼間はいません。キョーコさんが自宅でつくる料理をいただいていたんですが、そんな準備中にあるときぼくのパートナーが不意にうっかりもらしてしまったんです:「このひと料理うまいのよ、特にカレー」と。
じゃあつくってつくってということに当然なって、そんなこと言ったってなあ、使い慣れないよそのキッチン、しかもここはナッシュヴィル(近郊)だし、買い出しからして様子が違うよねえとちょっぴり尻込みしたんですが、押されて決意。
カレーのときは午後を存分に使って仕込むということで、翌日午前中にスーパーへみんなで行きました。いま思い出すにあれは行ける範囲でなるべく大規模な、日本食材だって揃うスーパーへ連れて行ってくれたんでしょう。
日本のルーや追加する各種スパイス類その他も無事買えたので一安心。お家に帰って下準備の開始です。パートナーは見慣れたもんですが(といってもあまりキッチンにおらずぼくがひとりでつくっていたけど)キョーコさんはとなりで見つめていました。
作成手順を書くと長大になってしまうので省略。小学校低学年のこどもも食べるということで、大人用にスパイスを効かせる前にそのぶんはとりわけて、合計五人×約二日分という大量のカレーが完成しました。キョーコさんには意外なプロセスもあったみたいです。
夕方パートナーさんも帰宅して、みんなで大きなダイニング・テーブルを囲み、ぼく製の日本式カレーを食べました。おいしいぃ〜とみんな言ってくれて楽しい夕食タイムをなごやかに過ごせましたからハッピーでした。ぼくもふだんは夫婦二人分しかつくらないので新鮮でした。
五人とも食べ終わったとき、お子さんがキョーコさんの席へとことこ歩み寄り言い放ってしまったのです:「おかあさんぼくこっちのカレーがいい!」。こうなるとキョーコさんの立つ瀬がありませんが、それでもみんな笑顔でした。
ってなわけでお願いされて、合い挽き肉を使うぼくのカレー(キーマ・カレーではない)買いものメモとレシピをキョーコさんのために書き残しておきました。
夕食が終わって大型テレビのあるリビングでくつろいでいると、TVニュース・アナウンサーが突然泣き声になって、なにごと?と思ったら英ダイアナ妃の交通事故死を伝えはじめました。ぼくはあれをナッシュヴィル(近郊)でカレーをつくった晩にCNNで知ったのです。
(written 2023.3.1)
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